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8話「飛んで火にいる夏の虫」
しおりを挟むいつもより早い時間に帰宅すると、私の部屋にエマがいた。
エマは王太子の言いつけを守り、かつて王太子から贈れた宝石の一部を私の部屋に隠しにきたのだろう。エマを呼び出す手間が省けたわ。
「エマ、何をしているの? ここは私の部屋よ」
「お姉様、お帰りでしたか」
エマは慌てた様子もなく振り返ると、私の目を見てニッコリとほほ笑んだ。この様子だとすでに王太子から贈られた宝石を私の部屋に隠し終えた後なのだろう。
「何を驚いているの? 私はただ自分の部屋に帰って来ただけよ」
「驚くだなんてそん、ただお姉様はいつも真夜中にご帰宅なさっていましたので……」
「そうね、朝は皆が目を覚ます前に家を出て夜は皆が寝静まったあと帰宅する……家族と顔を合わせることも会話をすることもない、それが普段の私よね」
「お姉様そんな言い方をなさらないで、早く戻られたのでしたら一緒に夕食を食べましょう」
昨日までの私は、エマが食事に誘ってくれるのはエマの思いやりだと信じていた、エマの本心を知ってしまった今はそう思うことができない。
父母が私を嫌っていることを知りながら私を夕食に誘うエマ、父母が私の悪口を言っているときずっと腹の中で笑っていた……とても嫌な子。
「結構よ外で済ませてきたわ、それより質問の答えがまだよ、エマがどうして私の部屋にいるの」
本当は何も食べていないのだが、ダイニングルームに行けば父母と顔を合わせることになる、それは避けたい。
「メイドが間違えて私のハンカチをお姉様のお部屋のクローゼットに入れてしまったのです」
「それで私の部屋にハンカチを探しにきたの?」
下手な言い訳ね。
「ごめんなさい、お姉様の外出中に勝手に入ってしまって、メイドに悪気はないので叱らないでください」
さり気なく罪をメイドになすりつけたわね。
ここはエマを許しておきましょう。これから大事な話もあるし、エマの機嫌を損ねない方が話がスムーズに進むわ。
「いいのよ、私の帰りを待っていたらいつまでもハンカチを探せないものね」
「お姉様の優しさに感謝いたしますわ」
エマがペコリと頭を下げた。
「ところでお姉様不思議な本をお持ちですね……装飾は真っ黒、文字は血のように赤い、なんて書いてあるのかしら読めないわ」
エマは古代語の授業が苦手だったわね、他の教科の成績もあまり良くなかったわ。そんな成績でよく私から王太子の婚約者の座を奪おうなんて思えたわね、王太子の婚約者の仕事は見た目よりハードなのよ、エマはそれを分かっているのかしら?
両親に甘やかされて育ち、ニッコリとほほ笑めばなんでも許されてきたエマ。望めばなんでも手に入ってきたから、王太子の婚約者の地位も簡単に手に入ると勘違いしてしまったのね、かわいそうな子。
「図書室で見つけたのよ、私のお気に入りの本なの」
「そうでしたか、では私はこれで」
「待ってエマ、久しぶりに姉妹水入らずになれたのだか少し話さない、あなたに聞きたいこともあるし」
せっかくエマから私の部屋を訪ねてきてくれたのだ、簡単に帰すわけにはいかない。
「私に聞きたいことですか?」
「少し長くなるわ、ソファーに腰掛けて話しましょう」
エマを誘導し長椅子に座らせる、私はエマの隣に腰掛け呪いの魔本を私の膝の上に置いた。
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