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第二章・リシェルとエカードの出会い
第2章・8話「ふたりきりのピクニック」
しおりを挟む「リシェル、今日はマナーの訓練を休んでいいぞ。
皇太子殿下、今日は剣術の訓練をお休みにしましょう」
それは日課となっている朝の十キロランニングと、腕立て伏せと腹筋とスクワット各1000回ずつを終えたあと、朝食の席に着いたとき、辺境伯から言われた。
「ですが辺境伯、今日は雨ではありませんよ」
雨の日は剣術の訓練を休み、勉学に当てることになっている。
今日は天気が良くて、風も穏やかだ。
「本当ですかお父様!?
今日はマナーのレッスンとダンスのレッスンを受けなくて良いのですか?」
困惑する俺をよそに、リシェル嬢が瞳を輝かせている。
リシェル嬢はマナーとダンスのレッスンの時間が嫌いだからな。
最近リシェル嬢は上手にステップを踏めるようになってきた。
今日はレッスン時間を全て使って、彼女とワルツを踊ろうと思っていたのに。
「殿下のおかげで、リシェルのテーブルマナーはかなり上達し、手づかみで料理を食べることもなくなった。
廊下をドタドタと走り回ることもなくなりだいぶ淑女らしくなってきた。
一日ぐらいレッスンを休んでも良いだろう」
五か月前、料理を手づかみで食べていたのが嘘のように、リシェル嬢のマナーは向上していた。
リシェル嬢はどこのお茶会に出しても恥ずかしくないぐらい、優雅に食事ができるようになっていた。
「そこで今日は、二人にはピクニックに行って貰おうと思っている」
「本当ですか!!」
俺は食い気味に辺境伯に訪ねた。
ピクニック、しかも二人きり!
これは完全にデートじゃないか!!
思えば最初のころに魔の森に行って以来外出らしい外出をしていなかった。
外に出るときはランニングのときぐらい。
あとはずっと屋敷の中で過ごしていた。
「南の森には美しい小川が流れていて、小川のほとりには綺麗な花畑がある。
リシェルよ、そこに皇太子殿下を連れて行って上げなさい」
綺麗なお花でリシェル嬢とピクニック!
リシェル嬢に花の冠と指輪を作ってあげたら彼女は喜ぶかな?
彼女の美しい指に花で作った指輪をはめ、
『いつか本物を君に贈るよ』と言ったら。
きっと彼女は頬を赤く染め、
『ありがとう! 皇子様大好き! 私と結婚して!』
俺に抱きついてくるかも……ぐふふ。
「え~~お花畑なんてつまんない。
久しぶりに魔の森に行って狩りができると思っていたのに」
「まぁそう言うな、この時期の小川付近にはお前の大好きなおやつが出る。
おやつなら好きなだけ狩ってよいぞ」
「本当! だったらピクニックに行くわ!
お父様、大好き!」
おやつを狩る? どういう意味だろう??
まぁ、いいか行けばわかることだ。
リシェル嬢との初めてのデートだ!
彼女をスマートにエスコートして、良い雰囲気を作らないとな!
俺はこのあと、辺境伯が言った「おやつ」について尋ねなかったことを後悔することになる。
まさかこの「おやつ」に運命を大きく動かされることになるなんて……。
このときの俺は想像すらしていなかった。
☆☆☆☆☆
「ピクニックシートに、虫よけのお香に、飲み物に、取皿とフォークとナイフとスプーンと、おしぼりに……」
俺はピクニックの準備をしていた。
「バスケットに、サンドイッチに、鳥の蒸し焼きに、肉団子に、ポテトの揚げたやつに、ゆで卵に、オムレツに、ソーセージに、マカロンにカヌレにクッキーにマドレーヌに」
隣ではリシェル嬢が楽しそうに、バスケットに入った食べ物の名前を挙げている。
「リシェル嬢は食べ物のことばかりだね」
「ピクニックの楽しみと言ったらお弁当でしょう?」
他にも楽しみはあると思うんだけどな?
例えばいい雰囲気になったら、膝枕をするとか、もっといい雰囲気になったらキスするとか……いけない、また鼻の下が伸びてしまう!
でもリシェル嬢がピクニックを楽しみにしてくれてよかった。
南の森までは馬車でいくんだよね?
リシェル嬢と馬車の中で何を話そうかな?
馬車の中でリシェル嬢の手を握れるといいなぁ……と思っていたんだけど。
「えっと、馬で行くの?」
乗馬用の衣服に着替えさせられ、馬車ではなく馬に乗せられた。
「馬は俺の分だけ?
リシェル嬢のは?」
「私は走っていくから平気」
「南の森まで走って行くつもり?」
確か辺境伯の話では、小川のある南の森まで二十キロぐらいあるって言ってなかった?
「うん。だって馬より私の方が早いもん」
「えっ?」
「大丈夫だよ、先に南の森についてもお弁当は食べないで待っていて上げるから」
「はっ、えっ?
待って、リシェル嬢……!」
「先に行ってるね!
馬が道を知ってるから迷わず来れるはずだよ!」
言うが早いかリシェル嬢はお弁当の入ったバスケットを抱えて駆け出して行った。
そして彼女の姿はあっという間に見えなくなった。
あとには取り残された俺と俺の乗っている馬が……。
「俺たちはゆっくり行こうか」
俺は自分より遥かに早く走る生き物を目の当たりにし呆然としている馬を慰め、馬の腹を軽く蹴り小川のある南の森に向かって歩を進めた。
☆☆☆☆☆
南の森に入ってすぐ、綺麗な小川の流れるお花畑が見えた。
赤や黄色や白や紫、色とりどりの花が咲く花畑の中央にリシェル嬢はいた。
リシェル嬢のハーフアップした黒髪を風が撫でる。
花畑で佇み風になびく自身の髪を押さえるリシェル嬢はまるで妖精のようで……花畑とリシェル嬢がセットで見れただけで俺は大満足だった。
リシェル嬢が俺に気づきニコリとほほ笑む。
そのほほ笑みに心臓を撃ち抜かれ、俺は馬から落ちそうになった。
「遅かったね。
私、皇子様のことずっと待ってたんだよ」
「ごめん、遅くなって……!」
俺は馬から降りて、リシェル嬢に視線を合わせた。
恋人同士のデートの待ち合わせのようなセリフを、リシェル嬢と交わす日が来ようとは!!
「皇子様のことを待って、待って、待って、待ちくたびれたんだよ!」
「リシェル嬢はそんなに俺に会いたかったの?」
ほんの少しの間離れただけで、リシェル嬢がこんなにデレてくれるなんて夢のようだ!
「もちろんだよ……だって」
リシェル嬢が俺の顔を見て頬を染めた。
「だって、皇子様が来ないとお弁当が食べられないじゃない!
今日はお父様も使用人も見てないから、手づかみで食べてもいいよね?
お弁当を先に食べててもよかったんだけど、お父様からは『お弁当は皇太子殿下と一緒に食べなさい』って言われてたし!
待ってる間、お弁当のことで頭がいっぱいで!
目の前にあるのに食べられないから、辛くて辛くて!
こんなことなら皇子様のこと背負って走って来ればよかった!」
リシェル嬢が俺のことを待っていたのは、俺が来ないとお弁当がたべられないから?
いや、いいんだ。
リシェル嬢がフライングしてお弁当を食べないでいてくれただけで、俺は満足なんだ。
俺は馬の手綱を適当な木の枝に結んだ。
馬の背からピクニックセットを下ろし、花畑の上にシートを広げ、取皿と飲み物をセットした。
最後にシートの中央にお弁当の入ったバスケットを置いた。
「準備ができたよ。
召し上がれ」
「いただきます!」
リシェル嬢は取り皿もフォークも使わず、鶏の蒸し焼きを手づかみし、口の中に放り込んだ。
彼女はサンドイッチや肉団子などを、次々に口の中に放り込んでいく。
「ひゃっぱり、食べ物は……もぐもぐ、手づかみで食べりゅのが……もぐもぐ……一番らよね!」
最近はテーブルマナーも身につき、すっかり淑女らしくなってきたと思っていたけど……。
まだ手づかみで食べていた頃の名残が消えないらしい。
「皇子様も……がつがつ……手づかみれ食べたりゃ?
今日は無礼講らよ!」
口の中いっぱいに食べ物を放り込みながら、リシェル嬢が話す。
こういう飾らない姿の彼女も好きだ。
「じゃあお言葉に甘えてそうしようかな?」
俺はポテトを薄くスライスして揚げたものを、手でつかみ口の中に放り込んだ。
「本当だ、この方が美味しいね」
「でしょう?」
リシェル嬢が満足気にほほ笑んだ。
「これも美味しいよ食べて」
リシェル嬢が肉団子を掴んで、俺の口に入れてくれた。
これは恋人にしてもらいたいこと、膝枕についで第二位の「はい、あ~~ん」では!?
リシェル嬢が俺に食べ物を食べさせてくれる日が来るとは!?
嬉しすぎる!!
俺が感動に浸っているとリシェル嬢が「これもこれもこれも美味しいよ!」と言って次々に俺の口の中に食べ物を押し込んでいく。
「ぐほぅ……!(もう止めて~~!)」
と言いたいが、口の中が食べ物でいっぱいで声が出せない!
危うく食べ物を喉に詰まらせて死にそうになりながら、楽しいランチタイムを過ごした。
川の向こうに天国にいるはずのお祖母様の姿が見えたことは、リシェル嬢には内緒だ。
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