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第二章・リシェルとエカードの出会い

第2章・1話「リシェルとエカードの出会い」

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――エカード視点――



十一年前、ゼーマン辺境伯領。

俺とリシェルの出会いは、俺が十歳、彼女が七歳のときだった。

当時の俺は剣術でも馬術でも勉学でも同年代の誰にも負けたことがなくて、ちょっとだけ天狗になっていた。

「誰も彼も弱すぎるな!
 俺の相手にならない」

俺は剣術の試合で少し年上の相手を打ち負かし優勝したことで天狗になっていた。

皇帝と皇后である俺の両親は、プライドの高くなった俺の将来を危惧したのだろう。

俺を武門で有名なニクラス王国のゼーマン辺境伯の元に留学させた。

ゼーマン辺境伯領行きが決まったとき、俺は「小国の辺境伯領で得られるものなんかない!」と思っていた。

だが天狗のように高くなっていた俺の鼻は、年下の少女に折られることになる。

それも再起に時間がかかるほど、バッキバキに折られることに……。

ゼーマン辺境伯領に着いた俺は、危険な魔物が数多く生息する魔の森の存在を知る。

魔の森のモンスター退治に、自分より年下の七歳の少女が参加していると知った。

俺は護衛の兵士の目を盗み、辺境伯家の馬を無断で借り、魔の森に馬を走らせた。

魔の森と言って大げさに脅しているが、七歳の少女でもモンスター退治に参加できるのだ。

魔の森に出てくるモンスターなど高が知れている。

どうせスライムやゴブリンやワーウルフ程度だろ!

そんな甘い考えで俺は魔の森に入り、五分後……めちゃくちゃ後悔していた。






「なっ、なんなんだよ!
 この森に出てくるモンスターは!?」

オークキングにキメラ、巨大化した軍隊アリの群れなど……剣術大会少年の部で優勝した程度の腕では太刀打ち出来ない、凶悪なモンスターが闊歩かっぽしていた。

俺はガタガタと震えながら木の陰に隠れ、モンスターが遠くに行くことを願っていた。

「ぐすっ、父上……! 母上……!
 家に帰りたいよ……!」

俺が木の陰で泣きべそをかいていたとき、みしみしバキバキと木が倒れる音がした。

俺は隠れていた茂みからそっと顔を出し、周りの様子を確認する。

巨大化した猪が、こちらをめがけて突進してくるのが見えた。

「ぎゃぁぁぁぁーー!!」

俺は悲鳴を上げてその場から逃げ出した。

「ぐすっ、なんなんだよこの森は……!
 モンスターだけでなく、動物も凶暴なのかよ!!」

俺は何分か走ってようやく猪から逃げ切った。
 
逃げ切れたのは良かったのだが……俺は自分がどこにいるのか気づかなかった。

いつの間にか俺は、開けた場所に来ていた。

「キキーー!」

上空から鳥のような声がして、見上げると空を埋め尽くすほどのガーゴイルの大群がいた。

「ひっ……!」

ガーゴイルの一匹と目が合った。

俺と目が合ったガーゴイルがこちらを目掛けて急降下してくる。

それに続いて何匹かのガーゴイルが地上を目掛けて降りてきた。

ガーゴイルに認識された……殺される!

もうダメだ……と思ったそのとき!

キンキンキンキンと音がして、こちらに向かってきたガーゴイル数体が、地面に倒れていた。

「坊や、一人で魔の森に来るなんて命知らずね」

サラリと揺れる黒髪とピンクのリボン。

桃色の服を着たポニーテールの少女が、俺の前に立っていた。

自分より背の低い少女に「坊や」と言われ、カチンときた。

「なっ、俺はお前より年上……」

「自分の身も守れないのに単身で魔の森に入ってくるポンコツは、年上でも『坊や』で十分よ」

「なんだと……!」

少女の物言いに腹が立った。

「危ないからじっとしてて」

少女は俺の話を最後まで聞かず地面を強く蹴ると遥か上空に飛んだ。

そして頭上にいたガーゴイルたちを、ばったばったと倒していく。

彼女に斬られたガーゴイルの残骸が、地面にぼとぼとと落ちてきた。

それでもガーゴイルはまだ半分ぐらい残っている。

「きりがないわね!」

少女は地面に降り立つと、呪文のようなものを唱えた。

直後、彼女の持っていた剣から真空波が巻き起こり、頭上にいたガーゴイルたちは真空波の直撃を受け木っ端微塵みじんになっていた。

「坊や大丈夫だった?」

少女が黒い髪をかき上げると、汗が真珠の玉のように飛び散った。

綺麗だ……!

俺の心は目の前の少女に全部持っていかれていた。

「俺は坊やじゃない!
 お前より年上だ!
 それにエカードという名前がある!」

「エカード? 
 ああ、あなたがフリーデル帝国から来た皇子様?
 お父様がぼやいていたわ。
 弱いくせに鼻息だけ荒い生意気な子供を預かったって」

「なっ!
 俺は弱くない!
 帝国の剣術大会で年上の対戦相手をやっつけて優勝してるんだぞ!」

「弱いじゃない。
 ガーゴイル程度のモンスターを相手に、泣きべそをかいてたんだもの」

「なっ、俺は泣いてない!」

「じゃあなんで頬が濡れてるのよ」

少女に指摘され、自分の頬が濡れていることに気づき、俺は服の袖で涙を拭った。

「お、お前だってずるしてるだろ!」

「ずる?
 私そんなことしてないわよ」

「お前が呪文を唱えたら剣から真空波が出た!
 その剣にお前の強さの秘密があるはずだ!」

「ああ、そういうこと。
 弱い奴ほど道具のせいにしたがるのよね。
 いいわ、私の剣を貸してあげる。
 私は素手で相手してあげるからかかってきなさい」

少女が腰に差していた剣を鞘ごと俺に差し出した。

「えっ?」

年下の女の子にそこまで言われて、俺はカチンと来ていた。

「いいけど、後で泣きべそかくなよ。
 女の子だからって手加減しないからな」

「泣きべそなんかかかないわよ。
 まぁもっとも、あなたがその剣をまともに扱えればの話だけどね」

「はっ?」

俺は同年代の子供より少し重い剣を持っている。

年下の女の子が軽々と振り回している剣を、持てないはずが……。

「ぐえっ……!」

少女から剣を受け取った瞬間、俺は剣を持ったまま地面に倒れてしまった。

こんな重い剣をこの子は軽々と振り回して、あまつさえ空高くジャンプしていたというのか……?!

重たい剣を軽々と振り回す少女と、剣を持ったまま地面にうずくまっている俺……まるっきり勝負にならない。

俺のプライドが粉々に砕かれた瞬間だった。

「苦しそうね。
 剣をどけてあげましょうか?」

「うるさい!
 こんな剣、俺だって本気になれば持ち上げられる……!」

「ならあなたが本気になるまで見ててあげるわ」

少女が俺の前にかがみ込む。

屈辱だ……! 幼女にここまでコケにされるなんて!

「リシェル、そこにいたのか?
 モンスターの間引きが終わったのでそろそろ帰るぞ。
 ……って、そこにいる少年は?」

「あらお父様。
 こちらもモンスターの間引きが終わったところよ。
 森で弱虫皇子様を見つけたから保護したの。
 重たい剣を持たせれば、動けないから逃げられる心配がないでしょう?」

リシェルと呼ばれた少女がくすくすと笑う。

彼女に「お父様」と呼ばれたのは、ゼーマン辺境伯だ。

ということは俺を助けたのはリシェル・ゼーマン辺境伯令嬢!?

辺境伯の娘は七歳だったはず。

冗談だろ!

七歳の女の子が重たい剣を振り回し、ガーゴイルの群れをあっさりやっつけたというのか!?

「お前という娘は……。
 殿下、ただいま剣をどけます」

辺境伯が剣をどけてくれた。

辺境伯に剣を返された少女は、バトンでも扱うように軽々と剣を回している。

「殿下、娘の非礼をお許しください」

「べ、別に俺は年下の少女にされたことをいつまでもネチネチ言ったりするほど、心が狭くない」

でもプライドはバッキバキに砕かれた。

「これも皇帝陛下から頼まれてのこと。
 皇帝陛下は殿下がこのままプライドの高いだけの傲慢な皇太子になることを危惧きぐしておられました」

父上と母上の言いたいことはわかる。

俺は井の中の蛙だった。

過去の自分が恥ずかしい。

帝国で同年代の子供相手に勝ったくらいで、調子に乗っていたのだから。

上には上がいると思い知らされた。

「許す。
 ただし条件がある」

「条件とは?」

「俺を辺境伯の弟子にしてくれ!
 そこの少女、じゃなくて……リシェル嬢より強くなりたいんだ!」

少女のことを「ゼーマン辺境伯令嬢」と呼ばなかったのは、彼女を名前で呼ぶことで、彼女との距離を少しでも詰めたかったからだ。

俺はガーゴイルを蹴散らす彼女の姿に、心を奪われていた。

初恋だった。

「弟子入りの件は承知いたしました。
 しかし殿下を娘より強くするのはちょっと……」

「皇子様が私より強くなるのは無理よ。
 だって皇子様普通の人間じゃない」

「普通の人間?
 君だって普通の人間だろ?」

「ゼーマン辺境伯家は大昔世界を救った勇者の末裔なの。
 だから普通の人間より戦闘能力が高いの。
 皇子様が私より強くなるなんて絶対無理」

「そんなのやってみなければわからないだろ!」

「わかるわよ。
 皇子様が私より強くなるなんて、逆立ちして鼻からスパゲッティを食べるくらい不可能だもん」

逆立ちして鼻からスパゲッティを食べる行為がどんな苦行か知らないが、そんな言い方をしなくても……!

「これリシェル、相手は帝国の皇太子殿下だ。
 口を慎みなさい」

「お父様の弟子になったのなら、私の弟弟子でしょう?
 それに皇子様は私より弱いし」

ツーンとした表情をするリシェル嬢も可愛い! 絶対に嫁にしたい! と思ってしまったのだから俺の恋も相当重症だ。

「殿下そういう訳ですので、リシェルより強くなるというのは諦めて……」

「そんなのやってみなければわからないだろ!
 絶対にリシェル嬢より強くなってやる!
 そして『皇子様素敵! お嫁さんになりたい!』って言わせてやる!」

何気にサラッと告白してしまった!

出会って一時間も経ってないのに、プロポーズするなんて俺って大胆すぎる!?

「殿下、我が家には初代勇者から受け継がれている呪いが……」

「私自分より弱い人嫌い。
 だから世界一強いお父様のお嫁さんになるの」

ソッコーで振られてしまった!

でも俺は諦めないぞ!

「絶対、君より強くなって『皇子様のお嫁さんになりたいの~~!』って言わせてやるからな!」

「皇子様は、私の使ってる剣すらまともに持てないじゃない」

「今から修行して、君の持ってる剣だって軽々と扱えるようになってみせる!!」

そうして俺は一年の期限付きで、辺境伯家で修行を積むことを許された。





このときの俺はゼーマン辺境伯家にかけられた呪いのことも、そのせいで彼女とは絶対に結婚できないことも知らなかった。

一年を待たずに帝国に帰らなければいけない日が来ることも……。

このときの俺は、だだこのほのかな恋心が叶い、好きな人に「素敵!」と言わせることだけを考えていた。


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