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14話「離宮と王太子とじゃがいもと」

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「やっぱり、お庭で食べるのが最高ね。そう思わないフェル?」

「同感なのだ。お日様の下で食べるふかしたてのじゃがいもは格別なのだ!」

その日の午前中に収穫したじゃがいもは全て茹で終え、クレアさんに頼んで、お城の人達に配って貰った。

一仕事終えた私は、庭のベンチに腰掛け寛いでいた。

熱々のじゃがいもをほふほふしながら、お庭で食べられるなんて最高だわ。

膝の上には愛くるしいフェルがいるし、意地悪なメイドは自国に帰ったし、言うことなしね。

クレアさんは、午後は別の仕事があるから夕食まで来れないって言ってたし、フェルも一日中姿を消しているのは大変そうだし、半日ぐらいこのままでもいいよね?

誰もここにはこないし。

ピチチ……! と音がし、そちらを見るとりんごの木に小鳥が止まっていた。

「あっ、雀さんが来ているのだ!」

新しいお友達ができたことが嬉しいのか、フェルが私の膝から離れ、小鳥に向かって飛んでいく。

バキッ……! と小枝のようなものがふまれる音がした。

振り返ると、そこには漆黒のジュストコールを纏った男が立っていた。

「なっ……! 人が宙に浮いただと!?」

彼は宙に浮いたフェルを見て、呆然としていた。

「……殿下!」

この離宮に、クレアさん以外にも立ち入る人物がいることを、私は失念していた。

書類上の夫、王太子殿下の存在を、私はきれいさっぱり忘れていたのだ。

驚きのあまり、手にしていたじゃがいもを地面に落としてしまった。

まだ一口しか食べてないのに……!もったいない!

洗えばまだ食べられるかしら?

そんなことより……!

「大変! フェル……姿を消して!」

妖精の存在が知られたら、大事だわ!

「もう遅いのだアリー。王太子は完全に僕の姿を視認しているのだ」

フェルはふわふわと宙を舞い、私の腕の中に飛び込んできた。

あああああ……! どうしよう?! どうしたらいいの??

「アリアベルタ王女、事情を説明して貰おうか?」

気がつくと私の目の前に、王太子が立っていた。

彼は不機嫌そうな顔で、私のことを見下ろしていた。

もしかして絶体絶命というやつかしら??









「ふむ、これは確かに美味だ」

「そうでしょう! 熱々のじゃがいもにお塩をかけただけなのに、この世の何よりも美味しいんですよ!」

「バターをつけても合いそうだな」

「バター! そんな高給な食材があるんですか?」

「ある。食べたいか?」

「はい! 是非!」

「では、今度……いや、明日の朝持って来よう」

「お願いします!」

「僕が言うことではないかもしれないのだが……。ふたりとも、のんびりとじゃがいもを食べてる場合なのかなのだ?」

私の膝の上にいたフェルが、この状況にツッコミを入れた。

「はっ……そうよねフェル! 王太子殿下と大事なお話をしなくちゃいけないのよね!」

王太子にフェルの存在を知られてしまった。

取り敢えず離宮のリビングに移動し、お茶でもお出ししようとしたところで、殿下に「俺もじゃがいもが食べたい」と言われた。

じゃがいもをお出ししたら、殿下が絶賛してくださったので、つい話が逸れてしまったのだ。

「それで、これはどういうことかなアリアベルタ王女?」

王太子が真紅の瞳を細め、こちらを睨んでくる。

「えっと、彼の名前はフェル。お察しの通り人間ではなく妖精です」

ちらりと王太子の顔を見ると、不機嫌そうに眉をぴくぴくさせていた。

メルヘンな存在は受け入れられないのかしら?

「彼は母の代から私たちを見守ってくれている聖なる存在で、母が亡くなってからは私の唯一のお友達なんです。フェルは植物に力を与えるのが得意で、じゃがいもが一日で収穫できたのは彼のおかげなんです。フェルの好物はじゃがいもに塩をかけたものと、オムレツと、アップルパイで……」

「そんな事は聞いてない!」

王太子を怒らせてしまった。

フェルの趣味から話せば良かったかしら?

「仮にも君は俺の妻だ! なぜ夫でもない男を膝の上に乗せて、愛称で呼び合っているのかと聞いている!」

王太子が眉間にしわを寄せ、フェルを睨んでいる。

「えっ? そっちですか? そんなこと言われてもフェルは生まれたときからずっと一緒ですし、『アリー』『フェル』って呼び合うのも子供の頃からですし、フェルをぎゅーっと抱きしめるのも、フェルをお膝の上に乗せるのも、今に始まったことではありませんから……」

「なんだと!?」

王太子は私の言葉に衝撃を受けているようだった。

「お風呂も一緒に入ってるし、寝る時も一緒なのだ!」

「フェルはお日様の匂いがして、抱っこして寝ると暖かいんですよ」

フェルがいなかったら、隙間が吹く祖国の離宮で、冬を越せなかったわ。

「ふざけるな!」

王太子がバンとテーブルを叩いて、立ち上がった。

長身の王太子にいきなり立ち上がられると、少し怖い。

「すまない、怯えさせる気はなかったんだ」

王太子は私が怯えているのに気がつくと、謝罪して椅子に座り直した。

「今までのことはともかく、君は今俺の妻だ。他の男との必要以上の接触は絶ってもらおう」

「え~~!」

「そんなの横暴なのだ!」

「そうです横暴です!」

私はフェルをぎゅーっと抱きしめた。フェルも私にぎゅーっと抱きついてくる。

「そういう破廉恥な行いを慎めと言っているのだ! 夫の前で堂々と他の男と抱き合うなどと……!」

「夫と言っても書類上の関係にすぎないのだ! 王太子はアリーに酷いことを言ったのだ! それにどうせアリーと離縁するつもりなのだ! アリーに冷たくする男になんか、アリーは渡さないのだ! あっかんべーなのだ!」

フェルが王太子にあっかんべーをした。

フェル~~そんなことして、王太子を怒らせたらあとで面倒なことに……!

「……くそがきっ……!」

王太子が小さな声で呟いた。

「アリーに頼み事をするのなら、アリーにちゃんと謝ってからにするのだ」

「フェル、そんな言い方は……」

正しいけど、王太子の機嫌をますます損ねることに。

「……いや、妖精殿の言うとおりだ」

王太子は神妙な面持ちをしていた。

「えっ?」

「アリアベルタ王女、結婚式と初夜にそなたに失礼な態度を取ったことを謝罪したい。済まなかった」
 
王太子が立ち上がり、私に向かって頭を下げた。

「殿下、頭を上げてください。私、気にしてませんから」

王太子を立たせ、自分だけ座っているわけにもいかないので、私はフェルを抱えたまま席を立った。

異母妹の罪を着せられたとはいえ、この国での私の評判は最悪だった。

王太子は、そんな女と結婚することになったのだ。

結婚式や初夜に不機嫌になるのも仕方ない。

「アリーの有用性に気づいて、今さら頭を下げても遅いのだ~~!」

「違う! 俺はそんな理由で頭を下げたわけでは……」

「王太子は、結婚式でアリーに『安心しろ本当に(キス)はしない。フリだけだ。化け物に触れられたくはないだろう? 俺もお前に触れたくはない』と言ったのだ! 可愛いアリーにそんなことを言った王太子を、僕は許さないのだ!」

「それは……! アリアベルタ王女が俺の事を、化け物だと恐れているから……触れるのが忍びなくて……」

そうだった。

モンスターの返り血を浴びた彼に、メイドが「化け物」と言ったことを、王太子は私が言ったと勘違いしているのだ。

ジャネットも帰った事だし、本当のことを話してもいいかな?

でも、やっぱり……彼女の命を考えると……。

「王太子に『化け物』といったのは意地悪メイドのジャネットなのだ! アリーではないのだ!」

私があれこれと考えている間に、フェルが本当の事を話してしまった。

王太子はキョトンとした顔をしている。

「俺を『化け物』と言ったのは君ではなかったのか?」

「すみません! 当家のメイドが殿下に失礼な事を申しました! どうか命ばかりはお助けを……!」

私は殿下に頭を下げた。

「メイドを庇うために嘘をついていたのか? 君って人はどこまでも……」

「怒ってないんですか?」

顔を上げ王太子の様子を伺うと、彼は穏やかな表情をしていた。

「君はあの時、モンスターの返り血を浴びた俺を見てどう思った?」

「モンスターの返り血とは気が付かなかったので、殿下が怪我をしているのかと思いました。怪我をしているなら治療しなくてはとも……」

王太子の頬がみるみる赤く染まっていく。

やばい、さらに怒らせてしまった!

「すみません! 不敬なことを申しました!」

私は再度頭を下げた。

「いや、怒っているのではない」

「えっ……?」

ちらりと王太子の顔色を伺う。

「嬉しいのだ。そんな風に言ってくれたのは……君が初めてだから」

王太子の顔は耳まで赤く染まっていた。

「妖精殿、聞かせてくれないか? 隣国でアリアベルタ王女がどのような扱いを受けていたのかを! 俺には彼女が金遣いが荒く、使用人に暴力を振るうような悪女だとはどうしても思えないんだ!」

「王太子はなかなか見る目があるのだ! アリーにちゃんと謝ったから許してやっても良いのだ! 実はアリーは……」

フェルは私が隣国でどのような扱いを受けていたのかを、王太子に全て話した。

離宮に閉じ込められろくに食事も与えられなかったこと、ずっとボロボロの衣服を纏っていたこと、異母妹の濡れ衣を着せられ、妹の代わりに隣国に嫁がされたこと。

けばけばしいメイクも、ど派手なドレスも、私が噂通りの悪女に見えるように、祖国が仕掛けた罠だったこと。

結婚式の翌日に、結婚式に使用した貴金属を持ってジャネットが祖国に帰った事。

ジャネットには、私が嫁ぎ先で嫌われていると思っていてほしかったので、彼女のいる間は、彼女の好きにさせていたことなど、包み隠さず全て伝えた。


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