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11話「隣国の王女との出会い」王太子視点
しおりを挟む俺の名前はレオニス・ヴォルフハート。
ヴォルフハート王国の王太子だ。
我が国は、ここ数年、大寒波や水害や水不足に襲われ、作物の収穫量が激減している。
それに加え、モンスターの動きが活発になり、モンスターが村や畑を荒らす被害が増えている。
民を守るため、自ら先陣を切りモンスター退治に当たった。
そうしてついたのが「殺戮の王子」の二つ名だ。
恐ろしいあだ名だが、国と民とを守ったことで付いた呼び名だ。不服はない。
だが、この名前で呼ばれるようになってから、婚約や婚姻の話がパタリと来なくなった。
カラスのような漆黒の髪に、魔物のような真紅の瞳、長身で、目つきが鋭く、表情の乏しかった俺は、ただでさえ気弱な令嬢には敬遠されていた。
このあだ名がついたことが決定打となり、誰からも相手にされなくなった。
父は「裕福な国との政略結婚を考えていたのに、話すら持ち上がらなくなった」……と酷く消沈していた。
俺に「殺戮の王子」という恐ろしい二つ名がなくても、貧困に喘いでいる我が国に、嫁入りしたい姫などいないだろう。
そんな折、国境付近でモンスターに襲われている男を救ったのは、偶然だった。
俺が助けた男は、隣国ノーブルグラント王国の国王だった。
国王は「命を助けて貰った礼に王女を嫁がせたい」と言ってきた。
隣国は約二十年間、どのような天災が起きても、変わらぬ収穫量を誇る農業大国だ。
しかも国王は、ノーブルグラント王国の宝玉と歌われる美しいシャルロット王女を、目の中に入れても痛くないほどに可愛がっていると聞く。
シャルロット王女を嫁にすれば、隣国からの食料の援助を受けられるかもしれない。
打算にまみれた結婚に、年頃の王女を利用するのは気の毒だが、食糧難にあえぐ我が国には、他に選択肢がなかった。
俺は国王の申し出を二つ返事で了承した。
そして、数週間後……。
国境にシャルロット王女を迎えに行った俺は、嫁いできたのがシャルロット王女ではなく、アリアベルタ王女と知り酷くがっかりした。
アリアベルタ王女は、国王の愛人の娘だ。
彼女は酷く金遣いが荒く、使用人に暴力を振るうことで有名だ。
顔にゴテゴテした化粧を施し、成金趣味の金ピカのドレスを纏ったアリアベルタ王女が、馬車から降りてきたとき、俺は騙された気持ちになった。
隣国は、評判が悪く金遣いの荒い王女を厄介払いしたのだ。
愛人の子であるアリアベルタ王女では人質の価値は薄い。隣国から食料の援助は期待できない。
しかし、嫁いで来てしまった者を追い返す訳にもいかない。
隣国の国王は「命を助けて貰った礼に王女を嫁がせたい」と言った。
なるほど、アリアベルタ王女も姫には違いない。
国王は嘘をついていない。婚姻をなかったことにはできない。
アリアベルタ王女は、馬車から降りるとき、ドレスの裾を踏み、転びそうになった。
彼女の体を支えようと馬車の前まで走り、腕を広げた。
腕の中に降りてきた彼女は、羽のように軽かった。
彼女の体は思ったよりも細く、ちゃんと食べているのか心配になった。
俺の心配をよそに、彼女は何もないところに向かって、コクリと頷いていた。
そのあと、彼女は俺が支えていることに気付き、俺から体を離すと恥ずかしそうに頬を赤らめながら、ドレスの裾を直した。
「先程はお恥ずかしいところをお目にかけました。私の名はアリアベルタ・ノーブルグラント。ノーブルグラント王国の第一王女です。ヴォルフハート王国のレオニス殿下とお見受けします。この度は国境まで出迎えてくださりありがとうございます。ふつつか者ですが、いつ久しくよろしくお願いします」
彼女は、何事もなかったかのように淑女の礼をした。
王女としては少したどたどしい挨拶だが、見られないこともなかった。
彼女の名前を聞いた兵士から、ざわめきが起きた。
「なぜ、第一王女なんだ……?」
「第二王女が輿入れするはずでは?」
「第一王女ってあれだろ? 金遣いが荒くて、暴力的って噂の……」
「美少女と名高い第二王女ではなく、悪名高い第一王女が輿入れしてくるとはな……」
「詐欺じゃないか……」
彼女の悪名は我が国にも轟いているが、当人の前で言うことではない。
「静まれ!」
俺はザワつく兵士たちを一括した。
「ノーブルグラント国王は、『王女を嫁がせる』と言った。第一王女も国王の娘。嘘はついていない。こちら側が勝手に誤解しただけだ」
俺がそう言うと、兵士たちは静かになった。
隣国の国王は嘘は言っていない。どの王女が嫁いで来るか、確認を怠った俺の落ち度だ。
「部下が失礼した。俺の名前はレオニス・ヴォルフハート。この国の王太子だ。末永くよろしく頼む」
「はい、殿下」
こちらが手を差し出すと、彼女はその手をにぎりかえしてきた。
気弱な女性なら俺の顔を見て泣き出すが、彼女は平然としていた。
なかなかに度胸があるようだ。
化粧はくどいが、彼女の翡翠色の瞳は無垢な少女のように輝いていて……彼女と目が合った瞬間、ドキリと胸が鳴った。
その時、部下がモンスターの襲来を告げた。
「アリアベルタ王女を馬車に入れろ! お前は馬車の警護をしろ! それ以外は持ち場に付け!! モンスターを迎え撃つ!!」
俺は王女を部下に任せ、剣を抜きモンスターの群れに飛び込んでいった。
幸い、モンスターの数が少なかったので、割と簡単に討伐できた。
しかし、モンスターの断末魔はそれなりに響いていたので、王女を怖がらせてしまったかもしれない。
王女の様子を見るために彼女の乗った馬車に近づくと、馬車のカーテンが開いていた。
彼女は俺と目が合うと「きゃあっ!」と悲鳴を上げ、「化け物!!」と言ってカーテンを締めた。
彼女に言われ、俺は自分の格好を確認した。
俺の服や体は、モンスターの返り血を浴びて真っ赤に染まっていた。
そうだった……。戦場を知らない淑女から見れば、俺は化け物なのだ。
分かりきっていたことなのに、面と向かって言われたのにはショックだった……。
彼女とは、最低限の関わり以外持たないことにしよう。
向こうも「化け物」とは、一緒にいたくないだろう。
アリアベルタ王女には最低限の使用人を付け、離宮に閉じ込めることにしよう。
そうすれば、手当り次第に使用人に暴力を振るわれることもないだろう。
離宮に商人を近づけさせなければ、散財されることもないだろう。
それがお互いにとって、最善の道のはず……。
その時の俺はその判断が正しいと信じていた。
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