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7話「初夜のお願い」
しおりを挟む式のあと、お披露目パーティーもパレードもなく、離宮に帰された。
私としては、ゴテゴテしたウェディングドレスを早く脱げて、ホッとしている。
それに、あんな格好で大勢の貴族や民衆の前に出たくはない。
重たいウェディングドレスを脱いで、安堵したのもつかの間。
「初夜の準備をします」
メイドが、猛毒を放つ蛾のモンスターの羽根のような、悪趣味なデザインのナイトドレスを出してきた。
契約結婚だから初夜なんか期待していないが、このデザインはない。
ひと目見ただけで夢に出てきてうなされそうだ。
フェルじゃないけど、ジャネットに対して「早く国に帰れ」と言いたくなってしまった。
「初夜……なのよね」
現在、私は枕を抱きしめてベッドの隅にうずくまっている。
王太子は私を嫌っているから、初夜に離宮を訪れないかもしれない。
別にそれでも構わない。
しかし、今夜王太子が来てくれないと、今後彼に会うのは難しそうだ。
それではいつまで経っても庭園の使用許可をもらえない。
この国の民は飢餓に苦しんでいるようだから、一日も早く畑を作り、お腹いっぱい野菜を食べさせてあげたい。
それに、果物の種は日持ちがするけど、種芋の方は時間が経ちすぎると腐ってしまう。
だからできれば王太子には、部屋に来てもらいたい。
「王太子はまだ来ないのだ? 僕、もう眠いのだ……」
フェルがまぶたを擦りながら、大きなあくびをした。
午後十時、普段ならとっくに眠っている時間だ。
「ごめんねフェル、もう少し我慢して」
フェルには王太子にいかがわしいことをされそうになったら、彼に眠りの魔法をかけてほしいと頼んでいる。
だけどその前に、フェル自身が眠ってしまいそうだ。
「フェル……」
そのとき、廊下を早足で歩いてくる足音が聞こえた。
ジャネットではなさそうだ。
扉が乱暴に開かれ、王太子が立っていた。
「殿下……!」
彼は黒い軍服を纏っていた。
本当に訪ねて来るとは思わなかったので、どうしていいかわからずあたふたしてしまう。
とりあえず立ち上がって、彼に向かって頭を下げた。
そうだフェルは?
ベッドの上に視線を戻すと、フェルがスースーと寝息を立てていた。
これではいざというときに、王太子に眠りの魔法をかけてもらえない。
「悪趣味だな」
王太子殿下は私のナイトドレスを見て、眉をしかめた。
私の趣味ではないのだが、面と向かってそう言われると、傷つく。
「お越しになるとは思わず」
「侍従が煩いから顔を見に来ただけだ。すぐに帰る。お前も血なまぐさい俺に触れられたくはないのだろう?」
「それは……」
殿下に「化け物」と言ったのはメイドのジャネットだ。
だけどそれを信じて貰えるかわからない。
それに一回のメイドにすぎないジャネットが、王族にそんな誹謗中傷したことが知られたら、彼女の命はない。
ジャネットは嫌な子だけど、死んでほしいとは思っていないのだ。
「心配するな。俺はお前の事を愛してないし、これから愛することもない。お前との間に子を作るつもりもない。お前はお飾りに妻として、離宮で大人しくしていればいい。いずれ時を見て離縁してやる」
王太子は眉間にしわを寄せ鋭い目つきで私を睨み、そう言い放った。
それは私としても好都合だ。
離縁されたらどこかの農村に移住し、フェルと一緒に畑を耕して暮らしたい。
母の旅した道をたどるのも良いかもしれない。
「それだけだ」
王太子はくるりと踵を返した。
今を逃したら、王太子と話す機会を永遠に逃してしまう。
「待って……!」
私は王太子に駆け寄り、彼の服を掴むんでいた。
私に触れられるとは思っていなかったのか、王太子が目を見開いている。
「放せ、私に触れると汚れるぞ」
「放しません!」
王太子に冷たく突き放されても、負けずに睨み返す。
庭園を畑にしてじゃがいもを植えるんだから! お城のみんなでじゃがいもをふーふーしながらたべるんだから!
そのためには絶対にここで引き下がれない。
「そなたのことを、愛することはないといったはずだ」
「あなたの愛などいりません!」
ピシャリと否定すると、彼は少しだけ動揺していた。
傷つけてしまったのだろうか?
「愛はいらないが子供だけは欲しいと言うわけか? 強欲だな」
「愛も子供もいりません!」
きっぱりと言い切られるとは思っていなかったのか、王太子殿下は少しだけ困惑しているように見えた。
「なら、なぜ俺を呼び止めた?」
「庭を……」
「庭?」
「離宮の庭園を私に貸して下さい! あとガーデニング用品と作業着も!」
私の提案に王太子は面食らったようだ。
だがすぐにいつもの冷たい表情に戻った。
「我が国では不作が続き、宮殿で働く庭師すら農業に従事している。だというのに道楽で花を育てたいだと?」
庭園を貸して欲しいとは言いましたが、花を育てたいとは一言も言ってません。
でも、王族が庭でじゃがいもを育てるとは思わないだろうから、そのように取られても仕方ないのかもしれない。
「言っておくが花にくれてやる肥料はないぞ」
「肥料はいりません。クワとスキとスコップなどの用具と、作業着を貸してくださればそれで十分です」
王太子は凍てつくような瞳で睨んできたが、それに負けずにこちらも彼の目をまっすぐに見据えた。
しばしのにらみ合いが続いた。
「おかしな女だ。いいだろう。庭は好きに使え。道具はあとで届けさせる」
それだけ言うと、王太子は部屋から出ていった。
「はぁ……疲れた」
一気に疲労が押し寄せてきて、私はその場にしゃがみ込んでしまった。
でもこれで、庭園の使用許可はおりた。
道具も貸して貰える。
これで明日から庭園を自由に使えるわ。
明後日にはじゃがいもの収穫が出来る。
お城の人たちにもじゃがいもを食べて貰おう。
みんなきっと喜ぶわ。
みんなの笑顔を想像すると、体の底から力が湧いてきた。
私はジャネットに施されたメイクを落とし、すでに眠っているフェルを起こさないようにベッドに横になった。
「しまった。どうせなら使いやすい寝間着も用意して貰えばよかった」
祖国が用意した派手派手のドレスと、お母様の形見のドレスと、誰もが裸足で逃げ出す不気味なデザインの寝間着しか持っていない。
クレアさんと親しくなったら、街に連れて行って貰おう。
派手派手なドレスを売りに出して、必要な物を買い揃えなくては。
あんなドレスでも売ればいくらかにはなるだろう。
何にしても、今日は眠いわ。
「お休みフェル」
フェルをそっと抱きしめると、お日様の匂いがした。
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