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8話

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8話

食堂に向かうとベーコンの焼ける良い香りがした。

すでに何人かの客がいて、テーブルに付き食事をしていた。

朝ごはんはベーコンエッグと焼き立てのパンとコーンスープにサラダ、デザートにレモンパイもついてる!

ベーコンはカリカリ、卵は半熟、パンはふっくら、スープは甘くて、レモンパイのパイ生地はさくさく。

「夕食に続き、朝食も私の大好物、しかも美味しい!幸せ!」

クヴェルには私のご飯を小皿に盛ってあげた。

クヴェルは食い散らかすことなく品よく食べている。

実家の屋根裏部屋にいたときも部屋を汚さなかったし、どちらかというと忙しい私の代わりに部屋を掃除していてくれた。

話し方は丁寧だし、立ち居振る舞いも洗練されている。

もしかしたらクヴェルは育ちが良いのかもしれない。

トカゲの世界の上流階級出身? 

話せるし変身できるからトカゲというより精霊……竜という可能性もある。

そもそもクヴェルってトカゲの姿が本体なのかしら?

それとも人型が本体?うーん、謎は尽きないわ。

私、クヴェルのこと何も知らないのね。三年も一緒にいて名前以外知らないことが寂しく思った。

今度クヴェルに直接聞いて見ようかな?聞いたら教えてくれるかな?

「金髪のお嬢ちゃん、これからどこに向かうんだい?」

宿屋の女将さんが、紅茶のおかわりを持ってきてくれた。

アールグレイの香りが鼻孔をくすぐる。

「西に、川を越えてリスペルン国に行こうと思うんです」

「そうかい。
泊まり客の中にリスペルン国に向かう商談がいるんだよ、運が良ければ乗せて行って貰えるかもね」

「本当ですか?」

「ああ、よかったら話をつけてあげるよ」

「お願いします」

「お安いご用さ」

にこにこと笑いながら、女将さんが別のテーブルにいる一団に声をかけに行く。

「王子と婚約破棄してからいいことずくめだなぁ」

温かいアールグレイを味わいながら、しみじみ考える。

父と継母とカーリン王子との縁が切れてから、トントン拍子にことが進む。

「アデリナちょっとは警戒して、女将さんと商団の人が悪い人でアデリナを売り飛ばす気だったらどうするの?」

食事を終えたクヴェルが私の肩に乗り、小声で話しかけてきた。

「大丈夫だよ、おかみさんはいい人そうだったし。
それにいざとなったら魔法を使って対処できるしね」

「警戒心ゼロだね、
僕がアデリナを支えないとだめみたい……リスペルン国に着いたら人型に戻ってずっとアデリナの側にいないと」

クヴェルが小さく息を吐く。

そのあと何かボソボソと話していたけど、小さな声だったのでよく聞こえなかった。

「お嬢さん、商団の人がリスペルン国まで乗せて行ってくれるってさ」

「ありがとうございます」

私は立ち上がって女将さんに頭を下げた、

それからこっちを見ている商団の人たちに向かって深くおじぎをした。

宿を出るとき、女将さんに商団に口を聞いてくれたお礼に銀貨1枚を渡した。

商団の人たちにも馬車に乗せて貰うお礼もかねて、銀貨を10個渡した。

商団の人たちはみないい人で、クヴェルの心配するようなことは起こらなかった。

しかもりんごとかみかんとか、美味しい果物を分けて下さった。

頂いたりんごにかぶりついたら、
「知らない人から物を貰わない、貰った物を安易に口に入れないように」
クヴェルに注意されてしまった。

クヴェルが
「やっぱり僕が人型になって守らないと駄目かな」
と呟いていたことを私は知らない。

半日かけてリスペルン国との国境のヴィルト川の流れる、船着き場に着いた。

歩いたら一日半から二日かかる距離なので助かった。

ここからは渡し船に乗り隣国リスペルン国に向かう。

馬車が船着き場に着いたのが、渡し船が出る30分前、しかも定員に空きがあり、すんなり乗れた。

渡し船の運賃は一人銀貨5枚、トカゲは無料。

商団の団長さんが
「運が悪いと渡し船が2日来なかったり、ようやく来たと思っても定員オーバーで乗れなかったりするのだが、今日は運がいいな」
と話していた。

川も穏やかですいすいと船は進み、難なく向こう岸についてしまった。

船長さんが
「ヴィルト川は流れを読むのが難しい川で、荒れて渡れない日もある。今日は随分と穏やかだ。お空にいる竜の神様の機嫌がいいのかね」
と話していた。

団長さんが
「お嬢さんを乗せてからブラーゼ国でモンスターに会わなかったし、今日は付いてるな、お嬢さんはもしかしたら幸運の女神に愛されているのかもな」
と言って笑っていた。

私の肩でクヴェルが
「アデリナは幸運の女神じゃなくて、竜の神に愛されているんだよ」
と言っていたのを、私は初めて乗る船にはしゃいでしまって聞き逃していた。

ヴィルト川が穏やかなのも、モンスターに遭遇しなかったのも、旅が幸運続きなのも、全部クヴェルのおかげだと私が気づくのはもっとずっと後のこと。

私達が穏やかな旅を続けている間に、ブラーゼ国に次々に不幸が起こってるなんて、このときの私が知る由もない。

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