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21話「ヨッフム」ざまぁ・番外編7
しおりを挟む――ジェイ・ヨッフム視点――
「次は君の番だ。ジェイ・ヨッフム」
フォスター公爵は悲鳴を上げ続けるゲレを放置し、オレの顔を見た。
フォスター公爵の言葉には、怒気がこもっているように感じた。
オレの目の前まで来ると、フォスター公爵は、先程ゲレの手に杭を打ち込んだ金槌を俺に向けた。
フォスター公爵はしゃがみ込むと、オレの右手をしげしげと眺めた。
「アリシアを斬ったのはこの手だね」
公爵が金槌を振り下ろし、オレの親指の骨を砕いた。
「つ…………っ!」
「無抵抗の令嬢を斬って楽しかったかい?」
公爵は金槌を振り下ろし、親指に続き、オレの人差し指、中指を砕いていく。
「…………っ!」
バキバキと音を立て、指の骨が砕かれる。
もう右手で剣を持つことは、できないだろう。
オレは悲鳴を上げたいのを、騎士の意地でなんとかこらえた。
オレの右手の指を全て砕いた公爵が、ため息をついた。
「腐って廃棄処理されたクズでも騎士団長の息子だけある。
右手の指を全て砕かれても、悲鳴ひとつをあげないとはな。
どうやらお前は、わしが思っていたより、痛みに耐性があるようだ」
フォスター公爵は、オレが他の奴らみたいに泣き叫ばないことが、気に食わないらしい。
だからといって、公爵の思惑通りに悲鳴を上げてやるつもりはない。
「オレは殺されたって悲鳴を上げんぞ! せいぜい悔しがれ!」
オレが虚勢を張ると、公爵がくつくつと笑いだした。
「なるほど、クズ剣士にはクズの剣士としてのプライドがあるわけか。
さて……どうしたものかな」
公爵は顎に手を当て考え込むポーズを取った。
「閣下、体ではなく心を砕くのはどうでしょう?
こういう脳筋タイプは体は丈夫でも、心は脆いものです」
オレたちをこの部屋に誘導した女が言った。
美人店員だと思っていたのに、公爵の手下だったとは……!
「なるほど、心を砕く、それも一興だ。
さてジェイ・ヨッフム、貴様の心の痛みへの耐性はどの程度のものかな?」
フォスター公爵が口の端を上げ、ニヤリと笑った。
「ジェイ・ヨッフム、君は自分だけが死ねばそれで終わると思っているがそれは間違いだ」
「ど、どういう意味だ……!」
「わしは娘に直接手を下したお前には、特別な恨みを抱いている。
ここにいる他のメンバーは本人にお仕置きするだけで済ませるつもりだ。
しかしジェイ・ヨッフム、お前だけは違う。
お前の大切なものも一緒に破壊しよう。
お前はそれだけの罪を犯したのだから」
「オレの大切なもの……まさか?!」
全身の血が引く感覚に襲われる。
「ヨッフム子爵家は、家族仲が大変良いそうだね」
フォスター公爵が悪魔のような笑みを浮かべる。
「家族に、手を出す気なのか……! それだけは止め……!」
「まずは、騎士団長を務める勇敢な父親」
フォスター公爵が、左手の親指に狙いを定め、金槌を振り下ろした。
「ひっ……! やめ……!」
オレの頭の中に、フォスター公爵と公爵の部下に斬られ、頭から血を流して倒れる父の姿が浮かぶ。
「騎士団長を支える優しい母親」
母親の惨殺死体が脳裏をよぎる。
「やめろ!
やめてくれ!!
母さんは剣を持ったことのない、平凡な貴族の娘なんだ……!」
オレの必死の叫びも虚しく、公爵がオレの人差し指を砕いた。
「くっ……、母さん……!」
オレは知らない間に涙を流していた。
フォスター公爵に指を砕かれるたびに、オレの心も砕けていく。
「次は婚約者が決まったばかりの妹」
「妹は、まだ十二歳なんだ……!
何もしないでくれ……!
……いやしないで、ください!」
公爵は無情にもハンマーを振り下ろす。
オレの薬指がボキボキと音を立てて砕けた。
オレの瞼の裏に妹の刺殺死体が浮かぶ。
「あっ……、うっ、ぐぁっ……!
お願いします……!
もっ、やめ……止めてください…!」
公爵と公爵の部下は、泣きべそをかいているオレを瀕死の虫を見るような目で見ていた。
彼らはオレが泣き叫ぶのを見て楽しんでいる。
それが分かっていても、泣くのを止められない。
「お前に憧れて剣を握ったばかりの弟」
両腕を斬られ血まみれになった弟の姿が、オレの脳裏をかすめた。
「うつ、ひっく……!
弟は……弟はまだ小さいんです……!
どうか、どうか……後生ですから」
公爵が無表情でオレの小指を砕いた。
「ぐぁああ……!」
母さん、父さん、守れなくてごめん。
妹よ、弟よ、こんな兄貴でごめん!
涙と鼻水がとめどなく流れてきた。
だが、オレの血縁はもういない。
左手の中指は守られ……。
「最後は、お前に剣を教えた師匠」
絶望がオレを襲う。
「し、師匠は血縁関係にない!
師匠はオレと違っていい人なんだ!
彼を巻き込まないでください!
お願いだから傷つけないでください……!」
しかし公爵によって、オレの左手の中指は容赦なく砕かれた。
「うわぁぁぁぁああああああっ!!」
オレは泣いた。
泣くことしかオレにできることはなかった。
卒業パーティで、スタン殿下の命令されアリシアを斬ったときは、魔王を倒した英雄になったつもりでいた。
出世間違いなし!
父も母も喜んでくれると思っていた。
果たして本当にそうだったんだろうか?
長いものに巻かれろの父はともかく、優しい母や、純粋な妹、正義感の強い弟は、オレのしたことを喜んでくれたのだろうか?
幼い妹や弟に、剣を持ってない無抵抗の女を斬った……など、オレはどんな顔で伝える気だったんだろう?
今のオレにはもう分からない。
「ジェイ・ヨッフム、お前の両親と妹と弟の指の骨を金槌で砕く。
その上でバジリスクの毒を注射する。
お前のような息子 (兄) をもったせいで、お前の家族は殺されるのだよ」
「うっ、ひっく……。
全部、オレが……悪いんでず……。
だがらもう……止めでぐ、ださい……。
家族に手を出ずのは……止めで、ぐだじゃい」
オレは涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で、公爵に許しをこう。
オレは間違えた。
間違えてしまった……。
王太子の側近になったことで、調子に乗ってしまった。
王太子の命令に従い、周りの人間を傷つけたことも一度や二度ではない。
無抵抗なアリシア嬢を斬ったことを、スタン殿下のせいにはできない。
王太子の側近なら、スタン殿下の非道な言動を諌めなければならなかった。
必要とあれば、王太子の言動を国王陛下に報告すべきだったんだ。
オレはどこから間違えた……?
卒業パーティでアリシア嬢を斬ったとき?
学園でゲレに惚れたとき?
食堂で王太子の肩に触れた生徒を、スタン殿下の命令で半殺しにしたとき?
子供の頃、第一王子だったスタン殿下の命令で、第二王子をいじめて泣かせたとき?
オレはいったい、いつから人生を間違えてしまったんだ……。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
※ざまぁを書くのって難しいですね。
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