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14話「これから」(最終話)
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ティーセットの用意されたガゼボで、私は父とエデルとお茶を楽しんでいた。
「復讐が終わっても、心が思ったより晴れませんわ」
父からスタン様の最後を聞いても、私の心は一ミリも動かなかった。
「そうですか」というのが、私の正直な感想だ。
スタン様は北の塔に幽閉されたあと、水一滴すら飲めなくなり、餓死したそうだ。
「それにしても餓死ですか。北の塔にはネズミや虫が出るのでしょう? ネズミに毒味させることもできたでしょうに」
「それは犠牲になるネズミが可愛そうだよ」
エデルの言い方では、スタン様の命はネズミ以下ということになる。あながち間違っていないかもしれない。
「わしはアリシアがもっと喜んでくれると思ったんだけどな」
父が拗ねたように言う。
「ごめんなさいお父様。あれこれして頂いたのに、気が晴れないなんて言ってしまって」
「大丈夫だよアリシア。わしは娘のためになんでもするから、消したい奴がいるなら、これからも遠慮なく言いなさい」
「ありがとうございますお父様。ですが、私が復讐したかったのはスタン殿下とその仲間たちだけでしたので、今後はご迷惑をおかけすることはないと思いますわ」
スタン殿下、ゲレ、ルーウィー、ジェイ、カスパーの五人は死んだ。
もう私の心を煩わせるものはいない。
「元気ないね、アリシア。彼らは前世で君を殺した奴らなんだろ?」
エデルにも、私がタイムリープしたことを話した。
笑われるかと思ったが、エデルは意外なほどあっさり信じてくれた。
「エデル。確かに私はやり直す前の人生で、スタン様たちに濡れ衣を着せられ殺されたわ」
「奴らは殺されて当然のことをした。君が彼らの死を心に留める必要はないよ」
エデルが言った。
「でも、今回の人生で彼らはまだ何も罪を犯していないわ。
殺られる前に殺ってやるという思いから、報復することだけを考えて生きてきたけど、復讐が終わった今、これで良かったのか分からないの」
「そうかな? 少なくとも、スタン、ジェイ、カスパーはこの世界でも罪を犯しているよ。ジェイとカスパーはファルケ殿下への不敬罪。スタンはアリシアへの暴行」
「エデル殿の言うとおりだ。それにスタンが生きていれば、ファルケ殿下や第三王子を妨害し、お二人の命を狙っただろう。アリシアが何もしなくても、スタンはいずれは粛清された。もしくは自滅した」
「エデルとお父様のおっしゃる通りかもしれないわね」
「弟と甥にしてもそうだ。バナンもルーウィーも、公爵家の長女であるアリシアに対して敬意がなかった。アリシアを軽んじるあの二人がわしは嫌いだった。
アリシアがスタンと婚約しないなら、アリシアは公爵家を継ぐことになる。アリシアがいるなら、ルーウィーを養子にする必要はない。
ルーウィーを公爵家の養子に出さなければ、バナンは公爵家から金をもらえず、借金を返せず破産した。
アリシアがスタンと結婚しないと決めた時点で、ホルン子爵家は破産し、バナンとルーウィーは平民に落ちることが決まっていたのさ。
ホルン子爵家の借金はバナンがギャンブルで作ったものだ。破産したのは自業自得さ。
貴族の暮らししか知らない甘ったれた二人が、市井で生きていけるとは思えない。
わしたちが何もしなくても、バナンとルーウィーは死んだよ」
「お父様。そう言われればそのとおりですね」
私が何もしなくてもあの二人は死んだ。私が罪悪感を覚える必要はない。
「フォスター公爵のおっしゃるとおりだよ。
ゲレという女だって、自らの意思で美味しい仕事に飛びついたんだろ?
簡単に大金が稼げるなんて怪しさ満載なのに。そういう女はいずれ破滅したさ」
「エデルの言うことにも一理あるわね」
「アリシア、他人のせいにする訳ではないが、ファルケ殿下を王太子にするために、邪魔な石を取り除いた……そう思えばいいんだよ」
お父様がおっしゃった。
「そうですわね。貴族社会なんて汚くて、泥臭くて、足の引っ張りあいが横行する世界。
己の保身のために殺られる前に殺る世界。邪魔な石ころなら取り除いて当然。
無駄にセンチメンタルな気分になって損しましたわ」
エデルとお父様と話していたら元気が出てきた。
「それでこそアリシアだよ」
「元気が出たみたいで良かった」
エデルとお父様が顔を綻ばせる。
つられて私も笑っていた。
私の笑顔を見た二人は、安堵の表情を浮かべた。
「それでも苦しいなら忘れないで。アリシアが背負う罪は僕も一緒に背負うよ」
エデルが私の手を握る。
「もちろんわしもアリシアの力になるよ」
父が私の肩に手を添えた。
「エデル、お父様、ありがとうございます」
私は、罪なき命を奪ったことを忘れることはないだろう。
だが決して後悔しない。
これからも私はフォスター公爵家の進路を阻む石ころを、時に蹴飛ばし、時に焼き尽くし、時に海に沈めて、排除する。
それが貴族の生き方だから。
貴族の世界は弱肉強食。
殺られる前に殺らなければ、滅びてしまうのだから――――。
――本編・完――
やり直し前の世界で、フォスター公爵が王太子(スタン)一味に復讐する話を執筆中です。近日中に番外編としてアップする予定ですので、そちらもよろしくお願いします。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
完結「彼女のことは愛してないし、彼女を愛することはこれからもないよ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/749914798/681592804 #アルファポリス
こちらもよろしくお願いします!
「復讐が終わっても、心が思ったより晴れませんわ」
父からスタン様の最後を聞いても、私の心は一ミリも動かなかった。
「そうですか」というのが、私の正直な感想だ。
スタン様は北の塔に幽閉されたあと、水一滴すら飲めなくなり、餓死したそうだ。
「それにしても餓死ですか。北の塔にはネズミや虫が出るのでしょう? ネズミに毒味させることもできたでしょうに」
「それは犠牲になるネズミが可愛そうだよ」
エデルの言い方では、スタン様の命はネズミ以下ということになる。あながち間違っていないかもしれない。
「わしはアリシアがもっと喜んでくれると思ったんだけどな」
父が拗ねたように言う。
「ごめんなさいお父様。あれこれして頂いたのに、気が晴れないなんて言ってしまって」
「大丈夫だよアリシア。わしは娘のためになんでもするから、消したい奴がいるなら、これからも遠慮なく言いなさい」
「ありがとうございますお父様。ですが、私が復讐したかったのはスタン殿下とその仲間たちだけでしたので、今後はご迷惑をおかけすることはないと思いますわ」
スタン殿下、ゲレ、ルーウィー、ジェイ、カスパーの五人は死んだ。
もう私の心を煩わせるものはいない。
「元気ないね、アリシア。彼らは前世で君を殺した奴らなんだろ?」
エデルにも、私がタイムリープしたことを話した。
笑われるかと思ったが、エデルは意外なほどあっさり信じてくれた。
「エデル。確かに私はやり直す前の人生で、スタン様たちに濡れ衣を着せられ殺されたわ」
「奴らは殺されて当然のことをした。君が彼らの死を心に留める必要はないよ」
エデルが言った。
「でも、今回の人生で彼らはまだ何も罪を犯していないわ。
殺られる前に殺ってやるという思いから、報復することだけを考えて生きてきたけど、復讐が終わった今、これで良かったのか分からないの」
「そうかな? 少なくとも、スタン、ジェイ、カスパーはこの世界でも罪を犯しているよ。ジェイとカスパーはファルケ殿下への不敬罪。スタンはアリシアへの暴行」
「エデル殿の言うとおりだ。それにスタンが生きていれば、ファルケ殿下や第三王子を妨害し、お二人の命を狙っただろう。アリシアが何もしなくても、スタンはいずれは粛清された。もしくは自滅した」
「エデルとお父様のおっしゃる通りかもしれないわね」
「弟と甥にしてもそうだ。バナンもルーウィーも、公爵家の長女であるアリシアに対して敬意がなかった。アリシアを軽んじるあの二人がわしは嫌いだった。
アリシアがスタンと婚約しないなら、アリシアは公爵家を継ぐことになる。アリシアがいるなら、ルーウィーを養子にする必要はない。
ルーウィーを公爵家の養子に出さなければ、バナンは公爵家から金をもらえず、借金を返せず破産した。
アリシアがスタンと結婚しないと決めた時点で、ホルン子爵家は破産し、バナンとルーウィーは平民に落ちることが決まっていたのさ。
ホルン子爵家の借金はバナンがギャンブルで作ったものだ。破産したのは自業自得さ。
貴族の暮らししか知らない甘ったれた二人が、市井で生きていけるとは思えない。
わしたちが何もしなくても、バナンとルーウィーは死んだよ」
「お父様。そう言われればそのとおりですね」
私が何もしなくてもあの二人は死んだ。私が罪悪感を覚える必要はない。
「フォスター公爵のおっしゃるとおりだよ。
ゲレという女だって、自らの意思で美味しい仕事に飛びついたんだろ?
簡単に大金が稼げるなんて怪しさ満載なのに。そういう女はいずれ破滅したさ」
「エデルの言うことにも一理あるわね」
「アリシア、他人のせいにする訳ではないが、ファルケ殿下を王太子にするために、邪魔な石を取り除いた……そう思えばいいんだよ」
お父様がおっしゃった。
「そうですわね。貴族社会なんて汚くて、泥臭くて、足の引っ張りあいが横行する世界。
己の保身のために殺られる前に殺る世界。邪魔な石ころなら取り除いて当然。
無駄にセンチメンタルな気分になって損しましたわ」
エデルとお父様と話していたら元気が出てきた。
「それでこそアリシアだよ」
「元気が出たみたいで良かった」
エデルとお父様が顔を綻ばせる。
つられて私も笑っていた。
私の笑顔を見た二人は、安堵の表情を浮かべた。
「それでも苦しいなら忘れないで。アリシアが背負う罪は僕も一緒に背負うよ」
エデルが私の手を握る。
「もちろんわしもアリシアの力になるよ」
父が私の肩に手を添えた。
「エデル、お父様、ありがとうございます」
私は、罪なき命を奪ったことを忘れることはないだろう。
だが決して後悔しない。
これからも私はフォスター公爵家の進路を阻む石ころを、時に蹴飛ばし、時に焼き尽くし、時に海に沈めて、排除する。
それが貴族の生き方だから。
貴族の世界は弱肉強食。
殺られる前に殺らなければ、滅びてしまうのだから――――。
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