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6話「ベルガー男爵家とハッセ子爵家」ざまぁ
しおりを挟む――一カ月後――
「ベルガー男爵家が取り潰されたそうだ。」
「なんでも違法賭博に関与していたらしい」
「へー」
私の誕生日から一カ月が過ぎた。
お父様のお話しでは、お茶会やパーティでそんな噂が流れているらしい。
噂に上っているベルガー男爵家とは、やり直し前の人生で、スタン殿下の浮気相手だったゲレの実家だ。
男爵は牢内で病にかかり亡くなったらしい。お気の毒に。
庶子だったゲレは、十三歳の誕生日に男爵家に引き取られた。
男爵家が取り潰されたことにより、孤児院にゲレを迎えに来る父親はいなくなった。
故にゲレは一生平民だ。
ゲレはたくましいから平民から這い上がり、王子に見初められることもあるかもしれない。
だが残念なことに、彼女はいま土の下で眠っている。
彼女のいる孤児院にある貴族がお金を出し、孤児たちに割のいい仕事をあてがった。
綺麗なドレスを着てお茶会に参加し、おじさんたちの前で座っているだけでいい、簡単なお仕事。
お茶会では服を脱ぐ必要があるのだが、そのことは少女たちには伝えられていない。
仕事が終われば、孤児たちは報酬として宝石のついたアクセサリーがもらえる。
金に目がないゲレはその仕事に飛びついた。
孤児たちは綺麗なドレスを身にまとい、豪華な馬車に乗せられた。
大人ならうまい話には裏があると気づくのだが、ピュアな少女たちはなんの疑いもなく馬車に乗った。
少女たちを乗せた馬車は森に入った。運悪くそこは盗賊の出る森だった。
豪華な馬車に乗っていたのが災いした。少女たちの乗った馬車は、貴族の馬車と勘違いされ、盗賊に襲われた。
他の少女たちは運良く駆けつけた騎士により助け出されたが、その時ゲレは息絶えていた。
森の奥で発見されたゲレの遺体は、衣服を破り捨てられ、ほぼ裸の状態だったそうです。
本当に、お気の毒に。心からお悔やみを申し上げます。
そうそう、孤児院の少女たちに仕事を斡旋した貴族も捕まりましたわ。
捕まった貴族の家は取り潰しになったとか。
少女たちに売春を斡旋していたのですから当然ですわね。
驚くことに少女たちに売春を斡旋していたその貴族というのが、側妃様のご実家のハッセ子爵家でした。
実家の起こした不祥事により、側妃様は妃の身分を剥奪され、北の塔に幽閉されました。
第一王子のスタン殿下の立場はさらに微妙なものになり、崖っぷちに立っているのも同じ。なんの後ろ盾もない彼は、はだかの王子と言われています。
スタン殿下のお茶会には年頃の令嬢が押し寄せていたのですが、次のお茶会には誰も参加しないだろうと噂されています。
スタン殿下は第一王子に生まれただけで、王太子になることが確定していると思っているので、ご自身の立場が危ういことに気づいていないでしょうけど。
☆
「お父様、ありがとうございました」
バルコニーに父を招き、一緒にお茶を飲んでいる。
ダージリンティーの香りが心地よい。
「わしは何もしてないよ。欲に溺れてうまい話に乗った下位貴族が、勝手に自滅し、その巻き添えで名もなき少女が一人死んだだけさ」
父はそう言って紅茶を一口飲んだ。
「そうでしたわね」
ベルガー男爵家の没落にも、ハッセ子爵家の破滅にも、孤児院の名もなき少女の死にも私たちは何も関与していない。
……表向きは。
前世では何度注意してもスタン殿下の側を離れなかったゲレ。
彼女には何度、腸が煮えくり返る思いをさせられたことか……。
彼女は徐々に仲間を増やし、私を追い詰めて行った。
そのゲレの処分が、こんなにも簡単に終わるとは……正直、肩透かしをくらった気分ですわ。
「やはり出る杭は打つのではなく、出てくる前に焼却処分するに限りますわね」
パウンドケーキを食しながら、しみじみ思う。
「そうだね、アリシアは良いことをいうね」
「ところで、お父様。側妃様が幽閉されたあと、貴族に動きはありましたか?」
「様子見が半分、第二王子派に鞍替えする貴族が半分だよ」
「お父様はどちらの派閥ですの?」
「わしは第一王子派ということになっているよ。表向きはね」
父が第一王子派でないことに、周りは感づいているはず。
父が第一王子派なら、娘が大きな怪我をしてようが、火傷を負ってようが、強引に第一王子の婚約者にねじ込んでいる。
体に傷のある令嬢を王子の婚約者にするのが無理なら、親戚から養女をもらってでも第一王子の婚約者にしている。
だが父は何もしていない。何もせず静観している父を見た貴族は、父を中立派とみなすだろう。
第二王子のファルケ殿下はまだ幼い。もう少し成長するまで、スタン殿下にはお飾りの王子でいてもらおう。
「旦那様、先触れが届きました。…………が明日公爵家を訪れたいそうです」
レニが知らせに来た。
「分かった。お受けすると伝えてくれ」
「承知いたしました」
レニが下がる。
「お父様、明日どなたか訪ねてくるのですか?」
「アリシア、黙っていて済まない。その……隣国の第三皇子が訪ねてくる」
「隣国というとゼーマン帝国ですか?」
「そうだよ。わしはアリシアの足の傷が心配なんだよ」
父は私の足に一生消えない火傷の痕が残ったことを気にしている。
「確かにゼーマン帝国は我が国より医療技術が進み、回復魔法に特化した者が多くいますが」
「わしはアリシアの将来が心配なんだよ。後ろ盾のなくなった第一王子は王太子になることを諦め、アリシアと婚約し、公爵家の婿養子になろうとするだろう」
「その可能性もありますわね」
スタン殿下がご自身の立場の危うさに気づけばの話ですが。
「だからその前にアリシアの婚約者を決めておきたいんだ。そんなときゼーマン帝国の第三皇子が婚約者を探しているという話を聞いた。皇帝に確認したところ、第三皇子をフォスター公爵家に婿入りさせてもいいと言ってくださった」
スタン殿下がご自身の立場の危うさに気づくのは、第二王子のファルケ殿下が立太子されたときだろう。
ファルケ殿下が立太子するのは、早くて五年後。
王太子になれないと知ったスタン殿下は、フォスター公爵家に婿入りを望むでしょうね。
スタン殿下のことだから「体に傷のあるお前を王族である俺がもらってやるんだ! ありがたく思え!」上から目線で偉そうに言ってきそうですわ。
「分かりました、お父様。私、ゼーマン帝国の第三皇子と婚約いたします」
「えっ? もう決めたの? 早くない? 勧めておいて何だけど、何度かお話しして、相手の人柄を確かめてから決断してもいいんだよ」
「私の今回の人生の目標は、スタン殿下とその仲間たちへの復讐です。そのためなら多少のことには目をつぶります。利用できるものは、婚約者の権力でも肩書きでも何でも利用します」
「復讐するなとは言わないけど。わしはアリシアには幸せになってもらいたいな」
「お父様のお選びになった方なら、家柄、容姿、知性、体力、話術……全てにおいて申し分ない方なのでしょう? 公爵家の仕事をこなせる方で、身分の高い、健康な男子なら誰でも構いませんわ」
「アリシアはその若さで人生も、恋愛も諦めてるね……パパは悲しいよ」
父がおいおいと泣き出した。
一度目の人生、若気の至りで見た目百点、中身零点の、ポンコツクズ王子を捕まえてしまいました。
なので今回は見た目で婚約者を選びたくないのです。
とはいえ一度目の人生で私が深く関わった殿方は、婚約者のスタン殿下と義弟のルーウィーだけ。どちらも顔だけのクズ男でしたわ。
男性を選ぶ基準がよく分からない。
なので婚約者選びは、人生経験豊かな父に丸投げしました。
スタン殿下と婚約しなくて済むなら、誰でもいいですわ。
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