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5話「アリシアの火傷」
しおりを挟む「アリシア、なんてことを……」
父は切られて短くなった髪と、包帯を巻かれた足を見て悲しげな顔をした。
ここは私の自室。部屋には私とお父様とメイドのレニしかいない。気兼ねなく計画について話せる。
髪はまた伸びる。問題は足だ。
お医者様の話では歩けるようにはなるが、火傷の痕は残るらしい。
お医者様を抱き込んで「アリシア・フォスターは火傷により重症を負い、二度と歩けない」と診断書を書いてもらった。
第一王子の婚約者候補から下りるために、偽の診断書が必要なのだ。
「アリシアが体を傷つけると知っていたら、この計画に協力しなかったよ」
「わたしもです、お嬢様」
「ごめんなさい二人とも。でも第一王子の婚約者候補から外れるためには、必要なことなのです」
「確かに、体に傷のあるものは王子の婚約者にはなれない」
「第一王子の誕生日は半年後。その時、第一王子の婚約者が発表されます」
前世の私は第一王子の美しさに夢中だった。
第一王子の誕生日までに婚約者が決まるという情報を得て、ライバルを蹴落とすのに必死になっていた。
自分は第一王子の婚約者になれる。
第一王子は必ず立太子される。
そうなれば私は王太子妃、ゆくゆくは王妃になれる……やり直し前の人生の私は、そんなことばかり考えていた。
父のことも実家のことも何一つ見ていなかった。
叔父が父の心の隙間に付け入り、ルーウィーを公爵家の養子にしたことに、何も思わなかった。
今にして思えば、顔だけで中身スカスカの第一王子のどこが良かったのだろう?
恋は盲目というが、思慮が浅すぎる。
「ですが王家には婚約者候補を辞退すると、はっきり伝えないでください。病気療養中とだけ伝え、のらりくらりと交わしてください」
「分かった。わしはそういうのは得意なんだ」
第一王子のスタン殿下は側室の子。第一王子を産んだ側室は子爵家出身で力が弱い。
それでもスタン殿下が生まれたときは、第一王子の誕生に国中が湧いたという。
だが王妃様が王子を生んでからは、スタン殿下の立場は微妙なものになった。
王宮内には王妃様の生んだファルケ殿下こそを王太子に相応しい、という声もある。
第二王子のファルケ殿下は、第一王子のスタン殿下の五歳年下。
ファルケ殿下は物覚えがよく温厚な人柄で、人気が高い。
顔だけで怠け者で頭の悪い第一王子とは大違い。
側妃は息子を王太子にするために後ろ盾を欲している。それも強力な後ろ盾を。
やり直す前の人生で、フォスター公爵家の長女である私が、第一王子の婚約者に選ばれたのはそういう経緯からだ。
フォスター公爵家が第一王子の後ろ盾になったから、第一王子は王太子になれた。
それなのに第一王子は私に濡れ衣を着せ、裁判にもかけずに処刑した。
絶対に許さない。やられたらことは倍にして返してやる。
そういえば、私を処刑したあとあの五人はどうなったのかしら?
大方、ルーウィーが父を引退に追い込んで自分が公爵家の当主になり、男爵令嬢のゲレを養子にして、王太子に嫁がせる……という計画でも立てていたのでしょう。
そんな愚かな計画がうまく行くと思ったのかしら?
娘を殺した男に爵位を譲るほど、父は甘くない。
卒業パーティで高位貴族の令嬢を殺害したのだ。
父が直接手をくださなくても、国王がスタン殿下を裁いただろう。
王命による婚約を一方的に破棄。権限もないのに貴族令嬢を平民に落とし、殺害。
こんなことを平気でする男を、王太子の座につけていたら、貴族が暴動を起こす。
王太子は身分と王位継承権を剥奪され幽閉された。
騎士団長の息子と宰相の息子は廃嫡。
ルーウィーは公爵家を勘当され平民になったはず。
ゲレの実家の男爵家は、きっとお父様によって潰されたわね。男爵令嬢は娼館に送られた。
あくまでも私の想像ですけど、やり直し前の世界で私をはめた人たちは、こんな末路をたどったのではないかしら?
でもそんな裁きでは、生ぬるいですわ。
やり直す前の人生で私を傷つけた人たちには、しっかりと報復しなくてわ。
幽閉や廃嫡や娼館送りのような、軽い処分で済ませる気はありません。
前世の借りはきっちりと返します。せいぜい今のうちに幸せを味わっておいてください。
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