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1章

7 ピーナッツマフィア

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 アルミラージから情報を得たロイドは運転手のメイドに再び外周区西エリアの入り口へ戻るよう指示を出した。

 大通りを通って西エリアの入り口、JJの店があった場所に再び戻ると交差点手前で停止するよう言った。

「次は絶対に付いて来るなよ」

 停車した車から出ようとするロイドは、アルミラージの時と同じようについて来ようとするアリッサを手で制する。

「ええー。どうしても?」

 止められたアリッサは風俗店とは違って真剣な表情を浮かべるロイドを茶化す。が、彼の表情は変わらない。

「マジでダメだ。怪我したら洒落にならねえ」

「どういった場所なんです? それくらい聞いても良いでしょう?」

 アリッサの問いにロイドは目を逸らさず口を開いた。

「相手は外周区の西側を牛耳るマフィアだ」

「マフィア、ですか? さっきの会話でどうやってマフィアだと分かったんです?」

「西の裏、それとピーナッツ」

 ロイドは会話の中にあったヒントを告げる。それだけでどうやって? と首を傾げるアリッサ。

「2年前、ピーナッツバターの容器に手製の麻薬を入れて売っていたマフィアだ。当時のボスは憲兵隊との戦闘でくたばって組織は壊滅。だが、翌年にはボスの息子がファミリーを再結成した」 

 帝都の裏側界隈では有名な話でもある。憲兵隊に所属しながら様々な情報源を持つロイドもその事実は知っていたし、配属直前だったがピーナッツバター事件の捜査にも加わっていたからだ。

 故にピーナッツがヒントならば、この有名なマフィアの話を指すというわけである。

「最近は大人しくしていると思っていたがな」

 ただ、代替わりして以降は麻薬の販売に手を出していない。再結成後は縄張りを取り戻し、風俗店や酒場の経営で資金を得ていると聞いていた。

「その跡取り息子が人身売買で一儲けしていると?」

 アルミラージとのやり取りに合点がいったアリッサは「なるほど」と頷きながら問う。

「野郎共だけでやっているとは思えない。規模も縮小したから、恐らくはバックに大物がいる。マフィア自体は小間使いか兵隊程度だろう」

 小銭稼ぎでは満足できなくなったのか。それとも大物からのオファーを機に父親が作った栄光を取り戻そうとしているのか。

 理由は不明だが、ヒントは得られるはずだ。

 後ろ盾が誰なのか、誰から指示をされているか。それらが分かれば捜査は次へ進む事ができる。

「待ってろ。分かったな?」

 危険な相手だから付いて来るな。そう意味を込めて念押しするとロイドは1人で車から降りる。

 JJの店を通り過ぎて、交差点を渡ると反対側にあったパン屋の脇にある小さな路地に片足を踏み込む。

 乗っていた魔導車の方を振り返って、アリッサが下車していない事を確認してから奥へと進み始めた。

 建物が密集する間の道を進む事、10分程度。ロイドは目的の建物へと到着した。

 中を窓ガラス越しに窺うと、1階がバーのような内装になっている建物の中には誰もいない。

 マフィアの事務所は上の階だと知っているロイドはドアノブに手を掛けて捻ると鍵は開いていた。

 一瞬だけ何かを考えるかのように固まったロイドだったが、ごく自然な動きでドアを開けて建物の中へと侵入する。

 バーの奥に階段を見つけ、我が家のような態度で上へあがる。足音を隠すことも、身を隠すこともせず。

「おい、お前誰だ?」

 そんな自然な態度で2階に上がれば、上にいたマフィアの男に当然ながら見つかる。

 相手は白いシャツとグレーのジャケット。下もグレーのスラックスに茶色の革靴。帝国で大人の男が身に着ける服装としては標準的な恰好である。

 ファミリー全体で色を揃えているのがこの時代のマフィアらしいと言うべきか。

「お前、軍人か?」

 対し、ロイドは軍服である。

 マフィアの根城に軍人が現れた。となれば、マフィアの男は魔導拳銃を抜く。この時代のマフィアからしてみれば当然の行動だと言えよう。

 特に相手が軍人であろうと1人と分かれば態度も大きくなる。その証拠に、廊下に立っていた男の左手側にある部屋からもう1人男が現れた。

 追加で登場した男も同じように魔導拳銃を抜き、

「ここは軍人の来る場所じゃないぜ」

 と、ロイドに銃口を向けながら大きな態度を見せる。

「ああ? こっちは不動産の内見に来ただけだ。聞いてた話と違う。壁紙の色もだ。もっと上等な場所だって聞いたぜ?」

 銃を見せて脅すマフィアに対し、ロイドは肩を竦めながら言った。

「はぁ? どうでもいいから出て行け!」

 ロイドの態度が癪に障ったのか、マフィアの男は魔導拳銃を持った手で払いのけるようなジェスチャーをしながら声を荒げた。

「おうおう、落ち着けよ。カリカリしていると損するぜ?」

「ああ!? どういう――おわああッ!? ぐっ!?」

 マフィアの男が応えた瞬間、ロイドは飛ぶように一足で相手との距離を詰める。

 魔導拳銃を持っていた手を掴むと上に無理矢理捻り上げた。捻じ曲がった手から魔導拳銃がぽろりと床の上に落ちる。

 左手で手首を捻り上げたまま、空いている右手で男の顔面にパンチを叩き込む。顔面を殴って怯んだ隙に足を払い、マフィアの男は床に倒れて後頭部を強打した。

 床に落ちた魔導拳銃を足で遠くへと蹴飛ばしたロイドは次のターゲットへ顔を向けた。

 一方で、ロイドの早業に呆気に取られていた相方がようやく我に返って銃口を向けるが時遅し。

 1人目と同じように男の手首を掴んで捻り上げ、手に持っていた魔導拳銃を空いている片手で華麗に奪い取る。

「テメェ!!」

 銃を奪われた事でロイドの肩に掴みかかろうとした男だったが、ロイドは相手の膝を踏みつけるように脚を蹴りつけた。 

「ああああッ!?」

 蹴られた事で膝にヒビが入ったのか、激痛に襲われた男は廊下に崩れ落ちて悲鳴を上げる。

「ヘイ。ラークはどこにいる?」

 奪い取った魔導拳銃のセーフティが外れている事を確認したロイドは銃口を倒れた男に向けて質問した。

「ああああ! いてえ! いてえええ!!」

「ヘイ! ラークはどこだ!?」

「いてええよおおお!!」

 マフィアの男は脚の痛みに悶絶するばかりでロイドの問いに答えない。    

 チッ、と舌打ちしたロイドは魔導拳銃で男の無事だった右足のふとももを撃ち抜いた。

「ああああああ!!」

 銃口から発射された魔力の弾は男の足を貫通して床にめり込んだところで消失。

 弾が貫通した右のふとももから血が溢れ出すと、悲鳴を上げていた男は穴の開いたふとももを手で抑えながら声のボリュームをもう一段階上げて絶叫を口から吐き出した。

「さっさと答えた方が良い。さもなきゃケツの穴が3つになる」

 ふとももをぶち抜いたロイドは銃口を男の肩に向けて言った。

「おい、何の騒ぎだ!?」

 すると背後から叫び声が聞こえた。

 振り返れば知った顔。

 マフィアのボスは出かけていたようで、ロイドが登ってきた階段の前で部下の惨状に目を見開いて驚いた表情を見せた。

「ヘイ。ラーク。会いたかったぜ」

 そんな驚くラークへロイドは満面の笑みを浮かべつつ、両手を広げながら出迎えた。

「……何の用だ。ロイド」

 相手もロイドを知っていた。当然だ。憲兵隊だという事もあったが、ロイドは裏側の人間にとっては有名人。

 というよりは、彼等のような組織からすれば要注意人物と言うべきか。

「お前、最近は『人』売ってんだって? 水臭えじゃねえか。俺に隠し事なんてよ」

 魔導拳銃を片手に肩を竦めるロイド。銃は構えず、軽い態度で問うがロイドの目はラークの挙動に注目していた。

 ラークが銃を抜こうものならすぐにぶっ放す。そんな雰囲気と態度を相手にも見せつけて牽制する。

「……知らねえな」

 ラークはロイドの問いに少し間を空けて首を振る。

「本当に?」

「本当だ! ――あああああっ!?」

 本当だ、とラークが返答した瞬間、ロイドは彼の左ふとももを撃ち抜いた。

 まだラークは銃を抜いてもいなかったのに。これがロイド流。これが要注意人物と言われる所以。

 ご覧の通り、ロイドのやり方は少々過激だ。必要とあらば相手が銃を抜く前に躊躇いもなくぶっ放す。

 しかも、元軍人で最前線を生き抜いた男ともあれば人の体に穴を開ける技術は超一流である。

 小物相手が簡単に誤魔化せる相手でも、敵う相手でもない。

 部下達と同じく廊下に崩れ落ちるラーク。そんな彼に歩み寄ると、ロイドはラークの腰にあった魔導拳銃を奪い取って撃ち抜いたふとももを踏みつけた。

「本当に?」

 問いを繰り返しながら、奪い取った魔導拳銃のカートリッジを抜くと本体とカートリッジの両方を床に放り投げる。

 これでゆっくり話を聞けるだろう。

「ああああッ!! クソッ! クソッ! これだから嫌なんだ! テメェは、クソッ!!」

 ふとももに開いたケツの穴を踏みつけられたラークは悲鳴と共にロイドへ悪態を連発した。

「さっさと吐いた方が身のためだぜ。歩けなくると便所に苦労する」

 まるでそうなった人物を何人も見てきたかのような言い様だった。

 痛みに悶えるラークの瞳に映るのは魔導拳銃の銃口。それと、自分の顔を見下ろす冷えた表情。

 ロイドの指はトリガーに掛けられ、もう片方のふとももに向けられている。トリガーへ掛かる指にあと少し力を入れれば……便所に苦労しそうだ。

「クソ! 言う! 言うから! シャターンだ! それと憲兵隊の一部が絡んでる! 他は知らねえ!」 

 悶絶するラークの口から飛び出たのは、ロイドを憲兵隊から追い出した貴族の名前。

「あぁ? シャターンに憲兵隊? 麻薬だけじゃなかったのか?」

 まさか、もう一度シャターンの名を聞くとは。しかも、今度は古巣まで深く関わっているようだ。

 ロイドは足に掛ける体重をそのままに、ラークへ詳細を問う。

「麻薬の密輸も人身売買も同じ組織から依頼されてる! 指示を寄越したのはシャターンに抱き込まれた憲兵隊員だ! 憲兵隊はアイツを守ってる! あとは知らねえ!」

 麻薬の密輸と販売。人身売買。それらは同一組織の仕業とはラークは吐いた。

 つまり、アリッサの推測は当たっていたようだ。しかも、シャターンと憲兵隊は元々グルだったようで。

 司令官は賄賂を受け取って誤認逮捕とした訳じゃなさそうだ。

 だが、そうなるとロイドは気になる事が1つ増えた。

「テメェ、前に聞きに来た時は自分達は関係無いって言ったよな? 東側の商売敵を売って、テメェは知らんぷりってか? ああん!?」

 まだ憲兵隊に所属していた頃、麻薬捜査の件でこの場所にお邪魔していたようだ。

 その際は東側を縄張りとする別のマフィアが絡んでいると簡単に情報を寄越したようで、それは商売敵を潰す為に密告したのだとロイドは思っていた様子。

 事実、麻薬の密売を行っていたのは外周区東側を縄張りとするマフィアだったし、彼等からシャターンの情報を得たのだ。

 しかし、裏にはこんな事情があったとは。

 確かに麻薬捜査を行っていた時は人身売買の件を問わなかった。だから言わなかった。

 理屈は分かるが、ロイドにしてみれば馬鹿にされているようなものである。

 ロイドは怒りを込めながら踏みつける足に体重を掛けた。

「麻薬の担当は東の連中だったんだ! 俺達は関わってねえ! 嘘は言ってねえだろ!」

「そういう問題じゃねえんだよ! 密輸のルートは!? 知ってる事は全部吐けッ!」

「ああああああッ!! これ以上は知らねえッ!! 人を運ぶのは俺らの仕事じゃねえんだッ!! 俺達は会場を守るよう雇われただけだッ!!」 

 クソッタレな言い訳を聞いたロイドは踏みつける足に体重を掛けた。ラークの悲鳴が廊下に響くと、階段を登る足音が聞こえてきた。

「すごい状況ですね」

 階段を登って来たのはアリッサとメイド。廊下に転がる穴開き男達を見て、アリッサは笑ってみせた。

「そうだろ? SMプレイ中だ」

「そういう趣味が?」

「コイツがな」

 アリッサの問いにロイドは顎をしゃくりながらラークを指し示す。

「ところで、情報は? 何か聞けましたか?」

「今、聞いている途中だ。ヘイ、人身売買をしているパーティー会場はどこだ?」

 アリッサの問いに対し、ロイドはラークへ銃口を向けながら話の続きを再開した。

 勿論、足に体重を掛けて。お望みのSMプレイ再開である。

「南東エリアにあるバーの地下! スウィーティー・ドランカーの地下だ!」

「直近の開催日はいつだ?」

「今夜! 今夜だ!」

 ラークの返答を聞いたロイドはようやく足を彼のふとももから外した。

「だとよ」

「上々ですね」

 良い事を聞けた、とロイドとアリッサは2人揃って頷き合う。

 もうここに用は無い。

 ロイドはラークの部下から奪い取った魔導拳銃の本体に目を向けた。

 再結成したばかりのマフィアが持っていたのはブラックマーケットに流れた粗悪品。

 その証拠に本体に刻印されている製造番号とバレルに刻印された製造番号が違う。壊れていた魔導拳銃をバラして、使える部品を組み合わせた物なのだろう。

 こういった物は安いが信頼性に欠ける。奪ったものの、持ち帰るほどの価値は無い。

 ロイドは本体にあるカートリッジのリリースボタンを押してグリップからカートリッジを床に落とす。カートリッジの抜けた本体を床に投げ捨てながら階段へ向かった。

「また会おうぜ、ラーク。次は撃たれないようにな」

 階段を下る前にロイドはラークへ手を振って別れを告げた。

 しかし、3人で下の階へと降りるとそこには衝撃的な光景が。

「何だこりゃあ!?」

 下の階には刃物で斬られた男が2人転がっており、建物の外にある路地には5人の男達が転がっていた。

 どれもグレーのジャケットとスラックス。ラークのマフィアに所属する人間だと一目でわかった。

 どいつもこいつも足から血を流しながら呻き声を上げ、辺り一面血の海である。

「貴方が踏んでいた人が建物に戻って行った数分後、この人達も戻ってきたので足止めしておきました」

 足止め、とあるように転がっている男達は確かに死んでいない。

 足には切り裂かれた後、もしくは突き刺されたような跡がある。

 的確な一撃、もしくは一刃を振るったような。やった人物は相当の手練れだと容易に読み取れる。

「アンタが?」

 アリッサがやったのか? とロイドが問うが彼女は首をふるふると振って背後に控えるメイドに顔を向けた。

「彼女が」

 この惨状を作り上げたのは彼女のメイドだと言う。

 ロイドは黙ったまま控えるメイドの顔を見て小さく「マジかよ」と呟いた。

「アンタんとこは暗殺者がメイドも兼任してんのか?」

「皇族のメイドは優秀なんですよ。彼女は特に」

 ふふんと胸を張るアリッサ。張った瞬間、彼女の豊満な胸が揺れるがロイドはメイドに目を向けていたので見逃した。

 賞賛された本人は綺麗なお辞儀をするだけ。一言も言葉を発さず、ただ頭を下げた。

「娼婦養成所と暗殺者養成所が併設されているとはね。おっかねえ家だ」

 ロイドはそう言いながら首を振った。
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