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3章 夏と教会

第33話 組織のヒントを探して 2

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「まずバーベナについてだが、彼女は王都にいるぞ」

 すっかり俺にビビッちまった親父は、腕毛モジャモジャな太い腕を組みながら語り始めた。

 バーベナの年齢は二十八歳。

 栗毛の長い髪と金色の瞳を持つ娼婦であり、王都南東区で働く全娼婦の中でもトップクラスの人気を持つ。

 美貌とスタイルは勿論の事、彼女の武器は男の心をくすぐる話術にあるという。

 聞き上手な彼女は相手の愚痴を全て受け止めつつ、相手の気分がよくなるように相槌を打つ。

 ここだけ聞けば簡単そうだが、幅広い客層全員を気持ちよく対応するにはそれなりの知識が必要だ。

 彼女はどんなジャンルの相手にも対応できる。それこそ、貴族まで。

 平民に対して秘密主義的な貴族の話し相手になれるだけじゃなく、客となった貴族は「まるで貴族令嬢と話しているようだよ」と感想を漏らすほどらしい。

「そんな相手が懸命に腰振ってくれるとなったらどうだ? 貴族共はメロメロさ」

 美貌とスタイル、話術。そこに夜のテクニックが加わる。

 日常に飽きたオッサン貴族共は若い頃を思い出し、燃える夜を過ごすってことだ。

「バーベナの異名は『赤いバラ』だ」

 この異名は貴族間の暗黙の了解からきている。

 貴族が異性に赤いバラを送ることは「貴方が好きです」と宣言するのと同義なのだ。言葉が無くてもね。

 特にこれは家を継ぐ前の男女に当てはまり、言葉でしっかり伝えない理由は家の事情があるから。

 例えば、ジョン君には許嫁の女性がいる。しかし、本当に好きなのはA子ちゃん。

 気持ちを抑えられないジョン君は、A子ちゃんに赤いバラを送った。受け取ったA子ちゃんは「嘘っ! ジョン君ってアタイのことが好きなの!?」となるわけ。

 実はジョン君が好きだったA子ちゃんも赤いバラを返す。

 二人の心は言葉なしに繋がった。

『家の事情で言葉に出来ないけど、俺の心はお前のもんやで?』

『アタイもジョン君のことめっちゃ好きやねん! アタイの心はジョン君の物だからねっ!!』

 と、示すわけだ。

 結果としてジョン君が好きでもない許嫁と結婚したとしても、二人はそれで良いのである。

 心が通じ合っているけど、家の事情で一緒になれない! ああ、私達は悲恋の二人っ! って自分達に酔いながら生きていくのだ。

 クソ笑える話だが、これが貴族に大ウケな恋愛観なのである。

 貴族って人種はロマンスを糧に生きる人種なんだよ。実はね。

 まぁ、俺はそんなオチで終わるつもりはないが――おっと、話が逸れてしまった。

 とにかく、赤いバラってのは貴族にとって「好きです」「好意があります」って感情の象徴だ。

 バーベナが「赤いバラ」の異名を持つ意味としては、貴族から『最も愛される娼婦』って意味になるのだろう。

 嫁さんよりも君が好きだよって、良い歳したオッサンがキザッたらく示しているってわけだ。

 それぐらいのだろうね。バーベナって女は。

「ただ、あの女の武器はそれだけじゃない」

「イイ女ってこと以外に?」

「相手と気持ちよく喋れると、つい口が軽くなっちまうだろう? 酒も入ってりゃ完璧さ」

「ああ、なるほど。貴族の秘密を握ってるのか」

 酔いとバーベナの話術に気持ち良くなった貴族は、つい余計なことまで話してしまうらしい。

 嫁への愚痴から家の事情、果ては敵対する派閥の貴族についてまで。

 そういった情報が積み重なり、バーベナの中には『貴族の秘密』が充満していく。

「太い客を掴んでおくために、貴族の秘密を使うこともあるみたいだな。家庭が崩壊した貴族も何人かいるらしい」

 嫁の愚痴を吐きにバーベナに会いに行くと、彼女の口から「あなたの奥さん、別の男に夢中みたいね?」などと情報がもたらされる。

 その場では笑って流したものの、家に帰って調べてみたらガチで奥さんが浮気してた――ってことが何度かあったらしい。

 浮気された貴族は両者を断罪した後、バーベナへ礼ついでに会いにいく。

 そこでもまた気持ち良くなって、更にドップリと彼女に沈んでいくって寸法だ。

「まぁ、間男を差し向けたのはバーベナなんだがね」

「悪い女だ」

 このように、太客をキープするなら何でもする女。

 貴族界の噂や情報を武器に自身の価値を高めていき、相手の弱みという一撃必殺をいくつも抱えた女。

 これが王都南東区風俗街に佇む『薔薇の館』の女主人、バーベナだ。

「南東区の娼館関係を仕切る女帝ってところか?」

「いや、仕切るって表現は間違ってるな。娼館関係の勢力図としては、バーベナはナンバーツーだ」

 おや? ゲーム内では南東区の娼館関係を牛耳っていると描かれていたのだが……。

「ナンバーワンは?」

「アロッゾファミリーって組織だ」

 南東区に存在する娼館の七十パーセントはアロッゾファミリーが経営するものであり、ファミリーが保有する娼婦の数は実に五百人以上もいるようだ。

 他にも飲み屋やら色々経営しており、最近は表通りにも健全な店を構え始めたんだとか。

 南東区において一番の勢力を誇るのがアロッゾファミリーってことだね。

「それに対抗してんのがバーベナの経営する薔薇の館ってことだ」

 対し、バーベナは貴族を虜にして勢力を巻き返そうと奮闘しているらしい。

 アロッゾファミリーは量で圧倒し、バーベナは質で対抗しているってわけか。

 ……バーベナのやり方は正しいかもな。

 貴族と太いパイプを持てば鬼に金棒だろうし、貴族パワーでアロッゾファミリーを潰そうとしているのかも。

「んで、アロッゾファミリーはバーベナを狙っている」

 俺の推測を裏付けるように質屋の親父は話を続けた。

「バーベナが持つ貴族達とのコネを危険視したアロッゾファミリーは、バーベナに共同経営を持ちかけたって話だ」

「ふぅん。バーベナごと貴族のコネを頂いちまおうって?」

「そういうことだな」

「でも、バーベナは拒んでいる?」

「ああ。バーベナにも野望はあるだろうしな。しかし、アロッゾファミリーは南東区イチの武闘派組織だ」

 構成員も多く、王都の裏を仕切るファミリーは貴族に気付かれないようバーベナを消すのも朝飯前。

 それを理解しているバーベナは、なるべく時間稼ぎしている……という状況らしい。

「バーベナにどんな用があるのかは聞かないが、話をするなら予定を早めた方がいいかもしれねえな。魔物の胃袋から彼女の死体が出てきたって事態もあり得るぜ」

 どこの世界も都会ってのは怖いねぇ。

 実家の領地が如何に平和だったかよくわかる話だよ。

「んで、リカルドって野郎の方は聞いたことねえな。東の国から来た野郎は何人かいるが……。特徴とかねえのか?」

「浅黒い肌で片目に眼帯をしてる暗殺者だ」

「暗殺者……。知らねえな。腕の良い仕事人なら俺の耳に入るだろうし、入ってねえってことは王都にいねえんだと思うぜ」

 親父は肩を竦めながら言った。

「暗殺者に詳しい野郎とかいないのか? 仕事を依頼する酒場とかさ」

 初老のバーテンダーが静かにグラスを磨いているような店だ。

 バーカウンターに座って合言葉を言うと、依頼を聞いてくれるようなやつ。

「あるぞ」

 あるかーい!

「もうちょっと先に行ったところに『サザンカ』ってバーがある。そこは暗殺専門の請負酒場だ」

 ただ、あくまでも仕事を請け負う窓口みたいな場所らしく、俺がノコノコ行って「リカルドって知ってる?」って質問に答えてくれるかは別問題らしい。

「暗殺業界は沈黙が命だ。仕事人の情報を漏らす野郎は三流だぜ」

 まぁ、確かにな。

「暗殺者を指名することもできねえの?」

「さて、どうかな。依頼する側も余計なことは口にしたくねえだろうし、サクッと殺して欲しいやつが多いだろう?」

 依頼する側も身分は秘密にしたいよな。

 そういう意味では「〇〇を殺してくれ」と簡潔に伝えて、手段等は相手に任すのが一番か。

 下手に指示して騎士団に関与を疑われたくないだろうし。

「まぁ、顔出してみるわ」

 リカルドは微妙だが、バーベナについては王都にいることが確認できた。

 最悪、彼女の方から探りを入れていこう。

「おい、くれぐれも俺が喋ったってことは――」

「大丈夫だ。任せな。俺は口が堅い方だぜ」

「本当かよ……」

 あっ! 信じてないね!?

「言ったろ。アンタは長生きするって」

 俺はニヤリと笑ってそう告げた。

 長生きする保証も理由もなく、ただ言ってみたいセリフだから口にしているだけだが。

「そう願うよ」

 ああ、願っておきな。

 願うことはタダだからね。

 俺は親父に手を振りながら退店し、酔っ払い達がフラフラと歩く道へ出た。

「今日は一旦帰るか」

 収穫はあったんだ。探りを入れるのは別の日にしよう。

 貴族寮に門限は無いが、早く帰って寝ないと肌に悪いからね。

 リリたんの前でガサガサな肌は見せらんねえよ。

 湖に遊びに行く予定も控えてるしさ。
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