上 下
36 / 46
3章 夏と教会

第33話 組織のヒントを探して 2

しおりを挟む

「まずバーベナについてだが、彼女は王都にいるぞ」

 すっかり俺にビビッちまった親父は、腕毛モジャモジャな太い腕を組みながら語り始めた。

 バーベナの年齢は二十八歳。

 栗毛の長い髪と金色の瞳を持つ娼婦であり、王都南東区で働く全娼婦の中でもトップクラスの人気を持つ。

 美貌とスタイルは勿論の事、彼女の武器は男の心をくすぐる話術にあるという。

 聞き上手な彼女は相手の愚痴を全て受け止めつつ、相手の気分がよくなるように相槌を打つ。

 ここだけ聞けば簡単そうだが、幅広い客層全員を気持ちよく対応するにはそれなりの知識が必要だ。

 彼女はどんなジャンルの相手にも対応できる。それこそ、貴族まで。

 平民に対して秘密主義的な貴族の話し相手になれるだけじゃなく、客となった貴族は「まるで貴族令嬢と話しているようだよ」と感想を漏らすほどらしい。

「そんな相手が懸命に腰振ってくれるとなったらどうだ? 貴族共はメロメロさ」

 美貌とスタイル、話術。そこに夜のテクニックが加わる。

 日常に飽きたオッサン貴族共は若い頃を思い出し、燃える夜を過ごすってことだ。

「バーベナの異名は『赤いバラ』だ」

 この異名は貴族間の暗黙の了解からきている。

 貴族が異性に赤いバラを送ることは「貴方が好きです」と宣言するのと同義なのだ。言葉が無くてもね。

 特にこれは家を継ぐ前の男女に当てはまり、言葉でしっかり伝えない理由は家の事情があるから。

 例えば、ジョン君には許嫁の女性がいる。しかし、本当に好きなのはA子ちゃん。

 気持ちを抑えられないジョン君は、A子ちゃんに赤いバラを送った。受け取ったA子ちゃんは「嘘っ! ジョン君ってアタイのことが好きなの!?」となるわけ。

 実はジョン君が好きだったA子ちゃんも赤いバラを返す。

 二人の心は言葉なしに繋がった。

『家の事情で言葉に出来ないけど、俺の心はお前のもんやで?』

『アタイもジョン君のことめっちゃ好きやねん! アタイの心はジョン君の物だからねっ!!』

 と、示すわけだ。

 結果としてジョン君が好きでもない許嫁と結婚したとしても、二人はそれで良いのである。

 心が通じ合っているけど、家の事情で一緒になれない! ああ、私達は悲恋の二人っ! って自分達に酔いながら生きていくのだ。

 クソ笑える話だが、これが貴族に大ウケな恋愛観なのである。

 貴族って人種はロマンスを糧に生きる人種なんだよ。実はね。

 まぁ、俺はそんなオチで終わるつもりはないが――おっと、話が逸れてしまった。

 とにかく、赤いバラってのは貴族にとって「好きです」「好意があります」って感情の象徴だ。

 バーベナが「赤いバラ」の異名を持つ意味としては、貴族から『最も愛される娼婦』って意味になるのだろう。

 嫁さんよりも君が好きだよって、良い歳したオッサンがキザッたらく示しているってわけだ。

 それぐらいのだろうね。バーベナって女は。

「ただ、あの女の武器はそれだけじゃない」

「イイ女ってこと以外に?」

「相手と気持ちよく喋れると、つい口が軽くなっちまうだろう? 酒も入ってりゃ完璧さ」

「ああ、なるほど。貴族の秘密を握ってるのか」

 酔いとバーベナの話術に気持ち良くなった貴族は、つい余計なことまで話してしまうらしい。

 嫁への愚痴から家の事情、果ては敵対する派閥の貴族についてまで。

 そういった情報が積み重なり、バーベナの中には『貴族の秘密』が充満していく。

「太い客を掴んでおくために、貴族の秘密を使うこともあるみたいだな。家庭が崩壊した貴族も何人かいるらしい」

 嫁の愚痴を吐きにバーベナに会いに行くと、彼女の口から「あなたの奥さん、別の男に夢中みたいね?」などと情報がもたらされる。

 その場では笑って流したものの、家に帰って調べてみたらガチで奥さんが浮気してた――ってことが何度かあったらしい。

 浮気された貴族は両者を断罪した後、バーベナへ礼ついでに会いにいく。

 そこでもまた気持ち良くなって、更にドップリと彼女に沈んでいくって寸法だ。

「まぁ、間男を差し向けたのはバーベナなんだがね」

「悪い女だ」

 このように、太客をキープするなら何でもする女。

 貴族界の噂や情報を武器に自身の価値を高めていき、相手の弱みという一撃必殺をいくつも抱えた女。

 これが王都南東区風俗街に佇む『薔薇の館』の女主人、バーベナだ。

「南東区の娼館関係を仕切る女帝ってところか?」

「いや、仕切るって表現は間違ってるな。娼館関係の勢力図としては、バーベナはナンバーツーだ」

 おや? ゲーム内では南東区の娼館関係を牛耳っていると描かれていたのだが……。

「ナンバーワンは?」

「アロッゾファミリーって組織だ」

 南東区に存在する娼館の七十パーセントはアロッゾファミリーが経営するものであり、ファミリーが保有する娼婦の数は実に五百人以上もいるようだ。

 他にも飲み屋やら色々経営しており、最近は表通りにも健全な店を構え始めたんだとか。

 南東区において一番の勢力を誇るのがアロッゾファミリーってことだね。

「それに対抗してんのがバーベナの経営する薔薇の館ってことだ」

 対し、バーベナは貴族を虜にして勢力を巻き返そうと奮闘しているらしい。

 アロッゾファミリーは量で圧倒し、バーベナは質で対抗しているってわけか。

 ……バーベナのやり方は正しいかもな。

 貴族と太いパイプを持てば鬼に金棒だろうし、貴族パワーでアロッゾファミリーを潰そうとしているのかも。

「んで、アロッゾファミリーはバーベナを狙っている」

 俺の推測を裏付けるように質屋の親父は話を続けた。

「バーベナが持つ貴族達とのコネを危険視したアロッゾファミリーは、バーベナに共同経営を持ちかけたって話だ」

「ふぅん。バーベナごと貴族のコネを頂いちまおうって?」

「そういうことだな」

「でも、バーベナは拒んでいる?」

「ああ。バーベナにも野望はあるだろうしな。しかし、アロッゾファミリーは南東区イチの武闘派組織だ」

 構成員も多く、王都の裏を仕切るファミリーは貴族に気付かれないようバーベナを消すのも朝飯前。

 それを理解しているバーベナは、なるべく時間稼ぎしている……という状況らしい。

「バーベナにどんな用があるのかは聞かないが、話をするなら予定を早めた方がいいかもしれねえな。魔物の胃袋から彼女の死体が出てきたって事態もあり得るぜ」

 どこの世界も都会ってのは怖いねぇ。

 実家の領地が如何に平和だったかよくわかる話だよ。

「んで、リカルドって野郎の方は聞いたことねえな。東の国から来た野郎は何人かいるが……。特徴とかねえのか?」

「浅黒い肌で片目に眼帯をしてる暗殺者だ」

「暗殺者……。知らねえな。腕の良い仕事人なら俺の耳に入るだろうし、入ってねえってことは王都にいねえんだと思うぜ」

 親父は肩を竦めながら言った。

「暗殺者に詳しい野郎とかいないのか? 仕事を依頼する酒場とかさ」

 初老のバーテンダーが静かにグラスを磨いているような店だ。

 バーカウンターに座って合言葉を言うと、依頼を聞いてくれるようなやつ。

「あるぞ」

 あるかーい!

「もうちょっと先に行ったところに『サザンカ』ってバーがある。そこは暗殺専門の請負酒場だ」

 ただ、あくまでも仕事を請け負う窓口みたいな場所らしく、俺がノコノコ行って「リカルドって知ってる?」って質問に答えてくれるかは別問題らしい。

「暗殺業界は沈黙が命だ。仕事人の情報を漏らす野郎は三流だぜ」

 まぁ、確かにな。

「暗殺者を指名することもできねえの?」

「さて、どうかな。依頼する側も余計なことは口にしたくねえだろうし、サクッと殺して欲しいやつが多いだろう?」

 依頼する側も身分は秘密にしたいよな。

 そういう意味では「〇〇を殺してくれ」と簡潔に伝えて、手段等は相手に任すのが一番か。

 下手に指示して騎士団に関与を疑われたくないだろうし。

「まぁ、顔出してみるわ」

 リカルドは微妙だが、バーベナについては王都にいることが確認できた。

 最悪、彼女の方から探りを入れていこう。

「おい、くれぐれも俺が喋ったってことは――」

「大丈夫だ。任せな。俺は口が堅い方だぜ」

「本当かよ……」

 あっ! 信じてないね!?

「言ったろ。アンタは長生きするって」

 俺はニヤリと笑ってそう告げた。

 長生きする保証も理由もなく、ただ言ってみたいセリフだから口にしているだけだが。

「そう願うよ」

 ああ、願っておきな。

 願うことはタダだからね。

 俺は親父に手を振りながら退店し、酔っ払い達がフラフラと歩く道へ出た。

「今日は一旦帰るか」

 収穫はあったんだ。探りを入れるのは別の日にしよう。

 貴族寮に門限は無いが、早く帰って寝ないと肌に悪いからね。

 リリたんの前でガサガサな肌は見せらんねえよ。

 湖に遊びに行く予定も控えてるしさ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

地の果ての国 イーグル・アイ・サーガ

オノゴロ
ファンタジー
狂気の王が犯した冒涜の行為により闇に沈んだダファネア王国。 紺碧の王都は闇の王に取り憑かれ漆黒の死都と化した。 それを救わんと立ち上がったのは、運命の旅路をともにする四人。 たった一人残された王の血脈たるミアレ姫。王国の命運は姫の一身にかかっている。 それを守るブルクット族の戦士カラゲル。稲妻の刺青の者。この者には大きな運命が待っている。 過去にとらわれた祭司ユーグは悔恨の道を歩む。神々の沈黙は不可解で残酷なものだ。 そして、空を映して底知れぬ青き瞳を持つ鷲使いの娘クラン。伝説のイーグル・アイ。精霊と渡り合う者。 聖地に身を潜める精霊と龍とは旅の一行に加護を与えるであろうか。これこそ物語の鍵となる。 果てしない草原に木霊するシャーマンの朗唱。それは抗いがたい運命を暗示するいにしえの言葉。 不死の呪いを受けた闇の道化。死霊魔法に侵される宿命の女。これもまた神々の計画なのか。 転がり始めた運命の物語はその円環を閉じるまで、その奔流を押しとどめることはできない。 鷲よ! 鷲よ! 我らの旅を導け! 陽光みなぎる青空の彼方、地の果ての国へと! -------------------------------------------- 本作は、危機に陥った王国を救うため旅の仲間が各地を遍歴するシリアス系長編ハイファンタジーです。(ドラクエ的なストーリー・ただしゲーム小説ではありません) 作中、人名などに、相馬 拓也氏 著「鷲使いの民族誌」を参考にしましたが、鷲使いについて本格的な描写があるわけではありません。 そこのところは期待しないでください。あくまで、エンタメ系の剣と魔法のファンタジーです。 戦闘シーンでは若干、流血描写などあります。そこまで怖い感じではないと思いますが苦手な方はご注意ください。 完結までかなりかかると思われます。気長にお付き合いくださいますようお願い申し上げます。

迷宮、地下十五階にて。

羽黒 楓
ファンタジー
梨本光希は、日本有数のSSS級ダンジョン探索者である。 恋人の水無月凛音とともにパーティを組んで多数のダンジョンに潜っていた。 そんなあるとき。 幼少期から探索者として訓練を受け、その様子をテレビで特集されていた国民的人気の女子小学生。 彼女がドキュメンタリーの撮影中にダンジョン内でモンスターに襲われ、遭難してしまった。 彼女を救出するためにダンジョンに潜った光希たちパーティは、最深部である地下十五階まで到達したものの、そこで強敵に出会いパーティは半壊してしまう。 恋人だった凛音まで失い、生き残ったのは光希と光希がテイムした従順な下僕のワーラビットだけ。 女子小学生の救出どころか、生還することすらも難しい状況で、しかしそれでも光希はあきらめない。 光希は【刀身ガチャ】ともよばれるスキル、【鼓動の剣】を振るい、助けの来ない地下十五階で戦い続ける――。

ギャルゲーの寝取りキャラになってたんだがそんな事より強い奴、俺と戦え

ライカ
ファンタジー
朝、いつものように目を覚ますと知らない部屋、知らない世界 そこは大人気ギャルゲー【甘い天使のプリリエル】の世界だった そこで何故か、俺は寝取りキャラになっていたのだが…… 正直、恋愛なんてクソ喰らえ!! この世界には何か強い魔物とか居るんだろ!? おい、とりあえず強い奴!! 俺と殺り合おうや!! この物語は恋愛うんぬん全て捨てて、RPG、アクションゲームとかに全てを捧げていた戦鬪狂の物語である

短編エロ

黒弧 追兎
BL
ハードでもうらめぇ、ってなってる受けが大好きです。基本愛ゆえの鬼畜です。痛いのはしません。 前立腺責め、乳首責め、玩具責め、放置、耐久、触手、スライム、研究 治験、溺愛、機械姦、などなど気分に合わせて色々書いてます。リバは無いです。 挿入ありは.が付きます よろしければどうぞ。 リクエスト募集中!

傷物扱いされていても私はあなたと結婚したい

しゃーりん
恋愛
アニオン王国の公爵令嬢ユラは一年間だけ隣国キャロル王国に留学に来ていた。 ある日、呼び出された部屋で待っていると体調がおかしくなる。 飲み物に媚薬が入っていた。 たまたま入ってきた人に助けてもらうが…ユラが傷物だと学園に張り紙がされた。 助けてくれた人は婚約者がいる人だった。 しかし、ユラを傷物と笑う婚約者に失望し婚約を解消した。 傷物扱いされるユラと彼女が気になっていたアレンのお話です。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

寝てても勝手にレベルアップ!? ~転生商人がゲーム知識で最強に!?~

月城 友麻
ファンタジー
 就活に失敗し、人生に絶望した主人公・ユータ。「楽して生きていけたらいいのに」と願いながら、ゲーム漬けのニート生活を送っていた彼は、ある日、不摂生がたたってあっさりと死んでしまう。 「まあ、こんな人生だったし」と諦めかけたその時、まぶしい光に包まれて美しい女性が現れる。それはなんと大学時代の憧れの先輩! どうやら彼女は異世界の女神様だったらしい。 「もったいないことして……。あなたにチャンスをあげる」  女神は、ユータに「鑑定スキル」を授けて異世界へと送り出した。  ユータは鑑定スキルを使って試行錯誤するうちに、勝手にレベルアップする【世界のバグ】を見つけてしまう。  どんどん勝手に強くなっていくユータだったが、なかなか人生上手くいかないものである。彼の前に立ちはだかったのは、この世界の英雄「勇者」だった。  イケメンで人気者の勇者。しかし、その正体は女性を食い物にする最低野郎。ユータの大切な人までもが勇者にさらわれてしまう。 「許さねえ...絶対に許さねえぞ、このクソ勇者野郎!」  こうして、寝るだけで最強になったニート転生者と、クソ勇者の対決の幕が上がった――――。

公爵家御令嬢に転生?転生先の努力が報われる世界で可愛いもののために本気出します「えっ?私悪役令嬢なんですか?」

へたまろ
ファンタジー
ここは、とある恋愛ゲームの舞台……かもしれない場所。 主人公は、まったく情報を持たない前世の知識を持っただけの女性。 王子様との婚約、学園での青春、多くの苦難の末に……婚約破棄されて修道院に送られる女の子に転生したただの女性。 修道院に送られる途中で闇に屠られる、可哀そうな……やってたことを考えればさほど可哀そうでも……いや、罰が重すぎる程度の悪役令嬢に転生。 しかし、この女性はそういった予備知識を全く持ってなかった。 だから、そんな筋書きは全く関係なし。 レベルもスキルも魔法もある世界に転生したからにはやることは、一つ! やれば結果が数字や能力で確実に出せる世界。 そんな世界に生まれ変わったら? レベル上げ、やらいでか! 持って生まれたスキル? 全言語理解と、鑑定のみですが? 三種の神器? 初心者パック? 肝心の、空間収納が無いなんて……無いなら、努力でどうにかしてやろうじゃないか! そう、その女性は恋愛ゲームより、王道派ファンタジー。 転生恋愛小説よりも、やりこみチートラノベの愛読者だった! 子供達大好き、みんな友達精神で周りを巻き込むお転婆お嬢様がここに爆誕。 この国の王子の婚約者で、悪役令嬢……らしい? かもしれない? 周囲の反応をよそに、今日もお嬢様は好き勝手やらかす。 周囲を混乱を巻き起こすお嬢様は、平穏無事に王妃になれるのか! 死亡フラグを回避できるのか! そんなの関係ない! 私は、私の道を行く! 王子に恋しない悪役令嬢は、可愛いものを愛でつつやりたいことをする。 コメディエンヌな彼女の、生涯を綴った物語です。

処理中です...