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2章 学園パートの始まり
第27話 課外授業 2
しおりを挟む木々を粉砕しながらこちらへ向かって来る熊の魔物、ブラックベアの総数はなんと五頭であった。
ゲーム内だと一頭だけだったのに。
「ええ……?」
どうして五頭も? 俺が悪役じゃなくなったから? 勇者の運命も変わっちまったのか? と、首を傾げるが答えは出ない。
頭数はともかくとして、ブラックベアという魔物はなかなかに強い。
王都近郊に生息するレッドグリズリーよりも体は小さく、成体となった個体でも二メートル弱くらいだ。
しかし、体全体は筋肉質であり、腕なんて熊界のボディービルダーかよ? ってツッコミたくなるほどムキムキだ。
レッドグリズリーを遥かに超えるパワーを持ち、人間なんざ簡単に叩き潰してしまう。
ただ、ゲーム内でもそうだが、猛威を振るうのは腕力と組み合わせた爪による攻撃である。
「ギャッ!?」
たった今、追いつかれた傭兵の一人がムキムキな腕と鋭利な爪によって殺された。
人間の三枚下ろしなんて見たくなかったが、目の前で繰り出されたのがブラックベアの得意とするひっかき攻撃だ。
ゲーム内でも『ブラックベアのひっかき! 〇〇のダメージ!』って表示されていたからね。叩き潰すような攻撃の表示は一切なかったと思う。
さて、話を戻すが――そんな凶悪な魔物を五頭もリアムが倒せるのか? って話だ。
イベントとしては、迫り来るブラックベア一頭に対して、リアムとマリア嬢、リリたんが応戦。
しかし、レベル差のある魔物にリアム達は追い詰められてしまう。
所謂、負けイベント的な状況に陥ってしまうのだ。
だが、負ける寸前で勇者の力が覚醒。
圧倒的な力を発揮したリアムはレベル差を押し退け、格上であるブラックベアを倒しましたとさ――と、なるわけだが。
……五頭も相手にできるのかな? 勇者の力が覚醒してもキツいんじゃ?
この場合、俺はどうしたらいいんだ?
やっぱり、ここは見なかったことにして、リリたんを抱えての全力逃走を決め込んだ方がいいんじゃないか?
などと考えていると、横から視線を感じた。
リアムだ。
彼は実に勇者らしい、真っ直ぐで正義感山盛りな視線を俺に向けてくるのである。
「レオ。僕はみんなを助けたい」
止めてくれませんか? 勘弁してくれませんか?
「レオ、力を貸してくれ!」
いや~……。僕、関わりたくないっスね……。
どうやってお断りしようか悩んでいると、更に横から悲鳴が上がった。
「きゃあああああ!!」
リリたんの悲鳴だ。
彼女は無残にも殺されていく傭兵の姿を見て、ガクガクと震えながら腰が砕けてしまう。
尻持ちをついた彼女は恐怖から泣き始めてしまった。
「レ、レオ君、こ、怖いよぉ……」
恐怖する彼女の表情を見て、声を聞いた瞬間――俺はもう走り出していた。
頭の中にあった「どうやってイベントからフェードアウトしよう?」という考えは既に弾け消え、リリたんを怖がらせた魔物をぶっ殺すという考えのみが俺を支配する。
「このクソボケ魔物があああああッ!!」
ダッシュからの衝撃波付き飛び蹴り。
怒りに満ちた渾身の一撃がブラックベアの下顎に突き刺さる。
王都近郊での魔物退治を経験し、魔法陣の構成も威力増加方向に修正済み。
対魔物として完璧な魔法陣構成と日々のトレーニングによって増強した筋肉の効果は、ブラックベアの頭を粉砕するには十分だった。
血飛沫が舞う中、俺は殺したブラックベアの体を蹴って前へ。
飛び込んだ先には二頭のブラックベアが涎を垂れ流しながら大口を開け、俺を迎え撃とうと太い腕を振り上げる。
「オラッ!!」
振られた腕に対し、拳をぶつけてのパワー勝負。
結果は俺の方が強い。断然強い。
威力の上がった衝撃波が鋭利な爪を粉砕し、そのまま手と腕の肉を吹き飛ばす。
片腕を失った個体を放置しつつ、着地した瞬間に軸足を回して――
「くたばれやァァァッ!!」
側面から襲ってきた個体の顎に蹴りを叩き込んだ。
鳴き声が消えると同時にブラックベアの下顎は消し飛び、蹴られた反動で体がやや後方へ流れる。
そこへ追撃の一撃。
脇に溜めた一撃を腹に叩き付けると、大きな腹に穴が開いた。
「フッ!」
間髪入れずに後ろへ蹴りを繰り出すと、放置していた個体の腹にジャストミート。
蹴りを喰らったブラックベアは吹っ飛びながらデッド・ミートだ。
これで三頭目。
まだまだ止まらない。止まれない。
血濡れた拳を引き絞りつつ、四頭目の攻撃をスウェーで回避。
鋭利な爪が体の真横ギリギリを掠めるが、一歩踏み込んでカウンターの一撃を腹に叩き込む。
腹に大穴をぶち開け、飛散した返り血を避けるように横へ飛ぶ。
「――ッ!!」
地面をゴロンと転がりながら態勢を整え、地面を踏み潰すくらい強く蹴った。
向かうは最後の一頭。
両腕を広げて威嚇するアホ熊に向かって走り、飛ぶ。
「シャアアオラアアアッ!!」
顔面に全力全開の飛び蹴りを叩き込み、最後の一頭となった個体の頭部を粉砕した。
直立したまま残った体を蹴り、空中で一回転しながら華麗に着地。
決まったぜ。
リリたん、見てくれた!? 君を泣かせる馬鹿魔物は全部俺が――
「あ」
……やばい。
やばすぎる。この状況はマズすぎる。
焦りながらリアム達の方へ顔を向けると、ポカンと口を開けたまま固まるみんなの姿があった。
……イベント、横取りしちゃった。
勇者であるリアムが覚醒するイベントなのに、リリたんの泣く姿を見たせいでついプッツンブチギレしてしまった。
脇役であり悪役である俺が横取りしてしまったじゃないか!!
これは非常にマズいのではないだろうか?
何がマズいって、一番はリアムが勇者の力を覚醒させていないところだ。
俺の人生どころか、今後の世界における状況が変化してしまうのではないだろうか?
――勇者パーティーに頼もしい仲間! レオン・ハーゲット、参戦!!
パッパラパ~と気の抜けたファンファーレが脳内に響く。
あああああッ!! 最悪だあああああッ!!
なんちゅうことをしてしまったんだああああッ!!
「ち、違う! 違うんだ!!」
俺は慌ててみんなに叫んだ。
違うよ。これは俺のせいではないよ。
俺はこんなに強くないんだよ。火事場の馬鹿力的なものであって、本当はもっと弱いの!
「違いますぅ! 違いますぅ!」
今度は俺が大泣きしながらみんなに手を伸ばし、フラフラと近寄っていく――のだが、どうにも様子がおかしい。
「あれ?」
どうしてみんな動かないんだ? 口を開けたまま固まり続けているんだ?
よく見ると、誰も動かない。
ぴくりとも、一ミリたりとも動かない。
まるで時が止まったかのように、呼吸もせずに固まっているのだ。
「どういうことだ……?」
時が止まった、という表現は正しい。
周囲を改めて見回してみると、空中を漂う落ち葉すらその場で静止しているのだ。
正しく、時が止まっている。
動けているのは俺だけだ。
「な、なんだこれ……」
動揺を口にしていると、背後から強烈な風に襲われる。
「は!?」
慌てて振り返ると、そこにあったのは宙を舞う大量の黒い羽だ。
次の瞬間、宙を舞う黒い羽が一気に吹き飛ばされる。
そして、姿が露になったのは黒い羽を生やした女性。
「…………」
その全身からは、僅かな神聖さが感じられた。
風も吹いていないのに、白く長い髪が横になびく。
黒い鎧を身に纏い、黒い槍を持ち、両目を隠す黒い布越しに俺を見つめてくるのだ。
――黒き鎧を纏った天使、あるいは戦乙女。
正体不明の女性はゆっくりと口を開き、俺に告げる。
「異常事態を検知。排除します」
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