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2章 学園パートの始まり
第20話 性別不詳 シャル・メイアーの頼み
しおりを挟む隣に住む女の子みたいな男子――だと信じたい生徒の名はシャル・メイアーという。
メイアー子爵家の人間であり、俺と同じくAクラスに所属している生徒だ。
同じクラスの人間であるが、クラスの中では目立たないよう生活しているって感じの印象。
しかし、顔が可愛すぎるせいで一部の生徒からは「本当は女なんじゃ?」と噂されている。
ゲーム内では登場しない人物であり、当然ながら名前も立ち絵も存在しなかった。
所謂、新キャラ――いや、この表現はおかしいか。
とにかく、ゲームのシナリオには登場しないが、実は存在していたモブキャラと言うべきなのかな?
ここまでが学園生活中に得た基本情報である。
「話って?」
彼の部屋に誘われたあと、俺は椅子に座りながらさっそく問う。
すると、彼はモジモジしながら「ひ、昼間の件です」と言いつつ……。たっぷり三十秒くらい黙った後に再び口を開いた。
「ぼ、僕! 強くなりたいんです!」
意を決するように言ってくれたのは喜ばしいが、この宣言がどう俺に結び付くのかが分からない。
「き、君の模擬戦をいつも見てます。い、いつもすごくて、クラスで一番強いリアム君とも互角に戦ってて……」
俺って他の生徒からはこんな印象を持たれているのだろうか?
リアムと互角というところだけは気に入らないが。
まぁ、俺の最終目標からすれば良いことなのだろうけど。
「ぼ、僕もハーゲット君みたいに強ければ……。お兄様にイジメられなくて済むと思うんです」
「ん? お兄様? 君をイジメてたのは実の兄なのか?」
「は、はい。異母兄弟ですけど……」
なるほど。
兄弟と言う割には顔が似ていなかったしな。
そのあたりの事情を問うてみると、彼は自身の過去と実家のことについて語りだす。
「僕はメイアー家に生まれた三男ですが、側室の子なんです」
メイアー家当主は二人の妻を持ち、シャルの母は側室として家族の一員となった。
彼の母は元メイドだったこともあり、元々の身分も相まって家内でのヒエラルキーは相当低い。
正妻からは邪魔者扱いされ、元同僚であるメイド達からは「上手くやったわね」と陰で囁かれる。
それでも妻となる決心をしたのは、既にシャルを妊娠していたから――と、彼自身が語った。
しかしながら、母が家内で見下されるとなると、その子供であるシャルも見下される。
加えて、三男ということもあって家は確実に継げない。
父が死んでも遺産相続権すらない。更には長男が不慮の事故で死んでも次期当主にもなれない。
シャル自身が天下を獲るには、二人の兄が死ななきゃいけないってわけだ。
そうなる確率は相当低い。
まぁ、絶対とは言い切れない世界だが。
何にせよ、彼は貴族の生まれでありながらも、無い無い尽くしの人生が確定している人間ってわけだ。
そういった背景もあり、彼は幼少期から冷遇される日々を送ってきたようで。
「一番の上の兄は五歳年上なんですが、僕を存在しないモノとして見ています。一度も直接話したことはありません」
後に家を出ていく弟、更にはメイドの子であるシャルと交流を持つだけ無駄。そう考えている節があるという。
「逆に二番目の兄は僕を小さな頃からイジメてきて……」
二番目の兄は無視するのではなく、幼少期の頃から積極的に関わってくるそうだ。
「最初は細やかなことばかりでした。僕の本を勝手に持って行っちゃうとか、僕の食事を勝手に食べちゃうとか」
このあたりは兄弟持ちだとありがちな話だろうか? まぁ、頻度と親が叱るかどうかが問題だが。
しかし、年齢が上がっていくにつれて徐々にエスカレートしていったという。
「学園に入学する前から召使いのように扱われて……」
卑しいメイドの子供に貴族は似合わない。お前は給仕でもしてろ、などと言われて実家ではパシリのように扱われていたようだ。
そして、学園入学後からは更に過激になりつつあるという。
「ふぅん。ってことは、イジメていたのは次男の方か。学年も上なの?」
「いえ、同い年です。兄はBクラスで……」
ああ、なるほど。
下に見ていた弟がAクラス所属という事実も気に食わないのだろうな。
だから余計に当たりが強くなったのだろう。
「せ、せっかく学園に入学できてAクラスになれたのに……。僕はしっかり勉強して、自立して、実家にいる母を助けてあげたいのに……」
シャルの目にじわりと涙が浮かぶ。
「いつも僕の邪魔ばっかりするんです! いつも部屋に呼び出して給仕しろとか、課題を代わりにやれとか!」
遂に彼は悔し泣きし始めてしまった。両目から零れる大粒の涙は止まらない。
「断ると暴力を振るってくるし……。もう、もう嫌なのに!! 僕は僕の人生を歩みたいのに!!」
彼は「あんな兄の言いなりになる人生なんてもう嫌だ」と泣き続ける。
こりゃ、日頃の鬱憤が相当溜まっているんだろうな。
「なるほどね。だから強くなりたいのか」
「はい……」
シャルは袖で顔を涙を拭い続けながら――
「……僕に強くなる方法を教えて下さい。僕が強くなれば、お兄様もイジメてこなくなると思うんです」
彼は縋るような表情と共に涙を流し続ける。
……まぁ、他人に「あいつをぶっ飛ばして下さい」と言わないのは偉いと思うよ。
強くなりたいと願い、あくまでも自分の力で見返してやろうと考えているわけだからね。
「強くなるってどれくらい? 兄貴をぶっ殺せるくらい?」
「人殺しは犯罪ですよ! 僕を怖がるくらいでいいんです!」
正論ありがとう。
しかし、怖がるくらいか……。
俺は改めてシャル・メイアーの全身を下から上まで見た。
「…………」
どう見ても男装した可愛い女の子にしか見えん。
全身からは威圧感の欠片もなく、彼が「おうおうおう!」と凄んだところで迫力は皆無だ。
むしろ、超ムキムキマッチョマンな男を隣に置いて「これが僕の彼氏なの」と兄に紹介した方が効果がありそう。
「だ、だめですか……?」
「いや、ダメじゃないよ。君の気持ちもわかるからね」
強くなりたいと思うことは良いことだ。
俺も前世で体を鍛え始めたきっかけは、ガキ大将をぶっ飛ばすためだったし。
そういう意味ではシャルの気持ちはよく理解できる。
俺が悩んでいるのはシャルの体格についてなんだが……。ここまで体が細いとなると……。
「体動かすの得意?」
「い、いえ」
だよね。
「魔法使いになりたくて学園に?」
「そうですね。将来は魔法研究者になりたくて」
曰く、Aクラスに入れたのも魔法の実技試験で高評価を得られたからだろうと。
「魔法か……。なら、得意分野を伸ばす方向でいくか」
俺は頭の中でシャル・メイアー改造計画を練り始める。
「じゃ、じゃあ! 僕を鍛えてくれるんですか!?」
「ああ、出来る限りのことは教えてやるよ」
そう伝えると、彼の顔がパッと輝いて笑顔を見せた。
「嬉しいです! ありがとうございます!」
……マジで女の子じゃないんだよね? 何度も言うが、顔もリアクションも女の子にしか見えねえよ。
頭の中の考えを振り払いつつも、まずは改造計画第一歩となる予定を伝えることにした。
「じゃあ、明日は朝四時に起きてね。早朝ランニングから始めるから」
「え?」
なんで目を点にしているんだ。
魔法使いであろうと筋肉は必要だよ。
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