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2章 学園パートの始まり

第11話 悪役貴族、王都へ行く

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 オークの襲撃から四年後、俺は十六歳になった。

「ふっ、ふっ、ふっ……。じーちゃん、おはよう!」

「おお、坊ちゃん! 今日も良い天気だなぁ!」

 死亡フラグへの第一歩を殴り折ったとしても、日々のトレーニングは欠かさない。

 習慣を通り越して、毎日走らなきゃ気持ち悪さも感じるようになってしまったくらいだ。

「ふぅ」

 早朝ランニングをこなし、屋敷に戻ったら各種筋トレ。

 家族全員で朝食を摂り、朝食後は親父と山へ魔物狩りへ。

 昼過ぎに帰って来たらシオンと魔物狩りについて話しつつ、シオンと組手を二時間ほどこなして反省会を行う。

 反省会後は自室で魔法の研究をしつつ、疑問点は母様に聞く。

 他にも親父の仕事を手伝うこともあるが、概ね毎日はこんな感じの日々を過ごしていた。

 しかし、これも今日で終わりだ。

 何故なら十六歳になったことで、俺の人生は次のフェーズに進んだからだ。

 王立学園に入学するため、明日の朝には領地を旅立つのである。

「坊ちゃん、ちゃんと準備しましたか?」

「うん。ちゃんと確認したし大丈夫だよ」

 出発前日の夜、シオンと共に荷物のチェック。

 ハーゲット領から王都までの距離は馬車で一週間も掛かる。

 前世のように「ちょっと忘れ物」と気軽に戻って来れる距離ではないし、車や電車といった爆速交通機関も無い世界だ。

 忘れ物をしたら即終了。諦めるか現地調達するしかない。

 何気にハードルが高い部分だと思う。

「遂に明日ですか」

 そう呟きながらため息を吐くシオン。

「なに? 寂しいの?」

 ニヤニヤと笑いながら問うてやると、シオンは少しムッとした顔を見せながら近付いてくる。

 そして、有無を言わさず俺のシャツを捲り上げた。

「はぁ……。次にこうして堪能できるのはいつなのでしょう?」

 もはや日常になったシオンの腹筋堪能タイムであるが、本日が最後ということもあってスンキシップ時間が長い。

「学園に従者は連れて行けないからね」

 よくあるファンタジー系学園物だと、貴族は従者を連れて入学するシーンが多いと思う。

 しかし、この世界の学園は違うらしい。

 入学した生徒は三年間学生寮で生活することになり、寮には学園が用意した使用人がいるんだとか。

 個室の掃除は自身で行わねばならないが、洗濯や食事の用意は使用人がやってくれるらしい。

 王都に詳しい行商人の話だと「連れて行った異性の従者とアレな関係にならないため」なんだとか。

 世の使用人の中には家に仮の忠誠を誓い、跡継ぎの子とアレな関係になって子を孕み、生まれてくる子供を盾に貴族家へ生活費を要求する……なんて、悪い考えを持つ使用人もいるんだとか。

 使用人とそういった関係になることがタブー視されているわけじゃないが、まずはちゃんとした正妻を設けてからというのが常識らしい。

 特に若く学生であるうちは、ってこともあるんだろうけど。

 ……まぁ、うちは異常な部類に入るんだろうね。こんなにもオープンなスキンシップを取っているんだし。

 しかしながら、そういった事情もあって我が家唯一のメイドであるシオンを王都に連れて行くことはできないってことだ。

「長期休暇の時は戻ってくるよ」

「もちろんです。必ず帰って来て下さい。でないとシオンが困ります」

 うっとりとした顔で頬擦りしていたシオンだが、この時はマジのガチで真剣な表情を見せる。

 そこまで真剣だと怖い。

 実家に帰るのめんどくせー! なんて思って帰らなかったら、次に帰った時に剣を抜いて脅してきそう。

「ハッ!! 坊ちゃん! 学園でお嫁さんを見つけても筋肉を触らせてくれますよね!?」

「別にいいけど」

「やったー!」

 ……リリたんってメイドにも嫉妬するタイプだろうか?


 ◇ ◇


 翌日、予定通り王都へ出発することに。

「レオン、頑張って来い! 目指すは学園最強!! 他のガキ共なんざお前の敵じゃねえ!!」

 親父は学園をどんな場所だと思っているのだろうか?

 俺が「強いやつに会いに行く」なんて言ってしまったから、学園を養成所か何かと勘違いしてんの?

「レオン、寂しくなったらすぐ帰ってくるのよ? 学園を途中で辞めてもお母さんは怒らないからね?」

 悲惨な運命を回避したことにより、鬼畜教育ママ化が避けられた母様であるが、逆に過保護すぎる心配性ママになってしまった節がある。

 まぁ、子供の人格絶対ぶっ壊す教育を施す母親になるよりはずっとマシだ。

「サワサワサワ」

「もういい?」

「まだです。あと十分は触りたいです」

 シオンは別れ際の時まで俺の腹筋を触っていた。

 親父も母様も日常的なシーンすぎて何も言わないが、俺を隣の領まで送ってくれる商人のおじさんがドン引きしてんじゃん。

「ぼ、坊ちゃん。そろそろ」

「あ、うん」

 商人さんに促され、シオンとのコミュニケーションは終了。

 馬車の御者台に座っていたおじさんの隣に座り、家族へ振り返った。

「じゃあ、行ってくるね」

「おう、行って来い!」

「長期休暇の時は帰って来るのよ?」

「ああ、坊ちゃん! まだ! まだ触り足りないです!」

 家族に手を振る俺。

 ガハハと笑う親父、今にも飛び掛かりそうなシオンを羽交い絞めにする母様。

 愛すべき家族達にしばしの別れを告げ、俺は王都に向けて旅立った。

「愛されておりますな」

「まぁ、そうだね」

 手綱を握る商人のおじさんが「ほほほ」と笑う。

「ところで坊ちゃん、本当に隣領まででよろしいのですか? このクルーガ、坊ちゃんのためなら王都までお送りしますぞ?」

「いや、そりゃ悪いよ。おじさんだって店があるだろうし」

 このおじさんは街に唯一ある雑貨屋を経営する商人だ。

 仕入れついでに隣領まで行くって話を聞いて相乗りさせてもらったわけだが、さすがに王都まで付き合わせるのは店番をしてる彼の奥さんと娘に悪い。

「店なんて妻と娘に任せておけばいいですよ。それに街の住人も坊ちゃんのためならと言うでしょう」

「ダメダメ。奥さんと娘さんを大事にしてやりなよ。娘さんも大きくなれば『パパの服と一緒に洗濯しないで!』とか言い出すよ?」

「ウッ!」

「今のうちに可愛がっておいた方が身のためだぜ」

 将来訪れるであろう娘の反抗期を想像したのか、おじさんは胸を抑えながら狼狽える。

 俺は悪ガキのように笑いつつ、荷台に積まれたリュックを指差す。

「それにみんなから色々貰ったしね」

 当初持っていく荷物は最低限の量に抑えていたのだが、今日の朝になって街のみんなが差し入れを持ってきてくれた。

 特に多かったのは旅の間に食う食料だ。日持ちする燻製肉とか。

 他にも大きめの水筒だとか小さなフライパンだとか、旅に使えるアイテムをたくさんもらってしまった。

「ありがたい話だよ」

「そりゃそうですよ。坊ちゃんはオークから街を救った英雄ですからな」

 またしても「ほほほ」と笑うおじさんと共に、長閑な景色が続く道をゆっくりと進んで行った。


 ◇ ◇


「じゃあ、また。街のみんなによろしく伝えておいて」

「ええ。坊ちゃん、頑張って下さい!」

 隣領の領主街に到着すると、ここで仕入れを行うおじさんとは別れることに。

 ここからは完全なる一人旅が始まる。

「はぁ~。うちの領地とは全然違えや」

 隣領の領主街は王国東部の物流拠点になっていることもあり、農地ばっかりなハーゲット領とは大違い。

 街の中には建物が所狭しと並んでいるし、街の外には物流に使う大きな倉庫がぽこじゃが生えているのだ。

 もちろん、街行く人の数もハーゲット領の数倍はいる。

「……これで驚いちゃいけないんだよな」

 故郷との差に圧倒されつつあるが、これでも世間の評価は地方都市レベルだ。

 本物の都会は王都にありってね。

 王都に着いたら上京したての田舎モンみたいになっちまいそうだぜ。

「さて、王都行きの馬車を探すか」

 ここからは乗り合い馬車を使うつもりだ。

 おじさんから聞いた乗り合い馬車の停留所に向かい、馬車の運営を行う商会の窓口に向かったのだが――

「馬車が無い?」

「ええ。この時期になると王都に向かう人が多くてですね。ほら、学園の入学時期でしょう?」

 王立学園に入学できるのは貴族だけじゃない。平民も入学可能だ。

 平民は学力と実技に関する実力テストを受けてから入学になるのだが、その入学試験を受けに行く人が毎年多いらしい。

 余談であるが、貴族なら入学金を払えばどんな馬鹿でも受け入れてくれる……らしい。

 入学後にクラス分けを行うための試験はあるらしいけどね。

 とにかく、この領主街からも多数の入学希望者が王都に向かうこともあり、この時期になると乗り合い馬車は予約制になってしまうんだとか。

 当然、そんなことを知らなかった俺は馬車に乗れないってわけだ。

「他の手段ですと、馬を買うか馬車を買うか……。あるいは、王都まで向かう商人を掴まえて相乗りを申し出るか、ですかね」

「なるほどね。ありがとう」

 乗れないってんじゃしょうがねえ。

 諦めて窓口のおじさんが言ってた手段を確保するしかねえが……。

「馬は買えないな」

 両親から生活費は貰ったものの、これは学園生活最初の一ヵ月で使う分だ。

 そもそも、馬を買えるほどの金額じゃない。馬車なんて以ての外だ。

 次に商人を探すって手だが……。

 手当たり次第「王都まで乗せてくれませんか?」と聞くのも面倒である。

「王都まで馬車で五日だっけか」

 貴族が入学を済ますまでは、今日から一週間後までに王都へ到着していないといけない。

「走ってこ」

 面倒くせえ。

 走った方が早いだろ。トレーニングにもなるし。

 というわけで、俺はリュックを背負いながら街を出た。

 最初はトコトコと歩いていたが、徐々にペースを上げて駆け足となっていき――

「悪くない」

 走って王都まで行くのも悪くない。これは良いトレーニングになりそう。

 その後は野宿しながらひたすら進む。

 街の人達から貰った旅用品が早速役立ち、日持ちする燻製肉も故郷の温かさを感じさせる美味さだ。

 たまに外で寝てると魔物が襲ってくるが、どいつもこいつもオーク以下である。

「うるせえ!」

 一喝してやった後にぶん殴ってやりゃ終わりよ。

 美味そうな部位の肉を切り取れば飯の種になるし、魔石をぶち抜いて金も稼げるし一石二鳥。

 たまに街道を通り掛かった旅人にギョッとされるが、あれは俺の両手で血濡れだからだと思う。

「あの、その魔物……。貴方が倒したんですか?」

 他にもこんな質問される時があるが、それは決まって傭兵風の人達からだった。

「そうですね」

「どうやって? 見た感じ、武器は持ってないようですが……。あ、魔法使いさん?」

「いや、ぶん殴って殺しました」

「…………」

 血まみれの両手を見せると、向こうは絶句しちまうんだ。 

 さて、そんな楽しい道中を過ごしながら四日目に突入すると――

「ん?」

 道の先に馬車が停まってる?

 馬車は商人が使うような幌馬車とは違い、ちょっと豪華な装飾が施されたキャビンタイプ。

 ありゃ貴族が乗る馬車だ。

 その証拠に家を示す紋章がペイントされているんだが……。

 ありゃ、どこの家だ?

 設定資料集を読み込んで暗記している俺の脳内データベースには無い紋章だ。

 ってことは、ゲーム内に登場しないモブ家の馬車だろうか?

「それはいいとして」

 ここまでは良いのだが、街道のやや右端に停車する馬車はどうにも様子がおかしい。

 破損した車輪の修理をしてるわけでもなさそうだし、キャビンを引く二頭の馬が「ヒヒン!」と怯えるように鳴いている。

「魔物に襲われてんのか?」

 こちら側からは馬車や護衛が乗っていたであろう軍馬達に遮られて見えないが――いや、剣を持った人が大きく後ろへ避けたせいでその姿が確認できた。

 ありゃ、魔物と戦ってる最中だ。

「助けが必要かな?」

 一応聞いてみるか、と駆け足で向かった。

 ――後に俺は、この選択が正しかったと自分を褒めることになる。

 そして、人生の第二幕が始まったことも確信するのだった。
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