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幕間 1
幕間 正史ルート1 レオン・ハーゲット
しおりを挟む「ア、アンドリューが……。し、死んだ……?」
未だ信じられないという表情を見せるエリスに対し、片腕に包帯を巻くガーディンは更に事実を告げる。
「シオンは命こそ助かったが……」
片目、片足を失ったシオンは医者の元に運び込まれたと。
死は免れたものの、あの状態では日常生活も厳しいだろうと言葉を続ける。
愛すべき夫の死、そして妹のように可愛がっていたシオンが重症を負ったことを聞いたエリスの足から力が抜ける。
「エリス!」
「……私は、どうしたら」
彼女の頭の中にはどんな考えが過っているのだろうか?
夫の死やシオンの重症を受け止め切れず、これは悪い夢だと現実逃避しているのだろうか?
「レオ……」
しかし、彼女の顔は後ろにいたレオンの元へ向けられた。
愛する家族を失った一方、母として子供であるレオンだけは守らねばと思ったのだろうか?
「……今はあんまり考えるな。まずは仲間達を埋めてやんねえと」
ガーディンは精一杯エリスを気遣い、今後のことはまた今度話し合おうと言って家を出た。
彼が立ち去ったあと――
「……母様」
「レオン……」
エリスはレオンの華奢な体を抱きしめて泣いた。
涙が枯れるほど泣き続けた。
◇ ◇
翌日、街で戦死した者達の埋葬式が執り行われた。
当然、埋葬される遺体の中には領主であるアンドリューの姿も。
彼は片腕と顔半分が潰れた状態のまま棺桶に納められ、家族と街の者達に見守られながら墓に埋葬された。
続けて他の死者達も埋葬されていく中、誰かが小さく呟く。
「これから領地はどうなるんだろう……?」
この呟きは、ハーゲット領領主街に住む誰もが考えていたことだ。
アンドリューという領主を失ったことは住民にとってかなり大きい。
領地最強だった男は街を守るために日々魔物を狩りながら平穏を守っていたし、領主としては知識が足りないものの、大胆な政策と率先して行動する姿は誰もが支持していた。
強くあるが、時に失敗もする。だが、失敗しても「ガハハ!」と笑い飛ばしてしまう豪胆な男。
そんな姿を見て、街の住人達はアンドリューに敬愛の心を抱いていたのだ。
「…………」
アンドリューは死んだ。愛されていた男は死んだ。
更には彼と共に歩んできた傭兵達もほとんど死んでしまった。
アンドリューという精神的な支柱を失っただけじゃなく、領地の治安維持という現実的な部分に関わる人達まで失ってしまったのだ。
この世界、この時代においては痛すぎる損失。
誰もが「これからどうすれば……」と頭を抱えるのも無理はなかった。
「いや、坊ちゃんがいるじゃねえか!」
またしても誰かが声を上げた。
この領地はまだ終わっていない。
大きく、悲しい死に襲われたが希望は残っている。
みんなに愛された男の息子がいるではないか、と。
住民の心に希望の光が差した瞬間、彼らは一斉にレオンへ顔を向けたのだ。
「あ、う……」
レオンは思わず後退りしてしまった。
この時、レオンの目には大人達の視線が怖く見えただろう。
彼らはレオンに『期待』を寄せたのだ。
小さな子供には重すぎる、自己中心的で勝手な『期待』という重荷を背負わせたのだ。
「……大丈夫です。領民は私達ハーゲット家が守ります。死んだあの人のためにも」
目を泣き腫らしたエリスが、決意するように告げたのだ。
恐らく、住民の言動を見て一番プレッシャーを感じていたのはエリスだったのかもしれない。
この時のエリスは息子に向けられる視線の意味に、子供を守る母として気付いていたはずだ。
だからこそ、自分が声を上げた。
自分が背負うように声を上げた。
しかし、母の愛情は大きく捻じ曲がっていく。
周囲のプレッシャーを感じ取ることで精神的に追い詰められていき、愛情は捻じれて歪な形で膨れ上がっていくのだ。
突然、異世界からこの世界にやって来た男の言葉を借りるとするならば、レオン・ハーゲットは『死亡フラグへの第一歩』を確実に踏み始めた。
◇ ◇
「どうして出来ないの!?」
曇り空の下、屋敷の庭から怒鳴り声が聞こえてきた。
怒鳴り声を上げたのはエリスだ。
彼女はレオンに魔法を教えていたのだが、レオンは未だ空の魔法陣すら作れない。
その様子に苛立ちを抑えきれず、彼女は怒声と共にレオンの頬を叩いてしまった。
「いたっ!?」
頬を叩かれたレオンは尻持ちをつき、赤くなった頬を手で抑える。
今にも泣きそうな表情を見せるが、先に涙を流したのはエリスの方だった。
「どうしてこんな簡単なこともできないの!? アナタは私の子なのよ!? アンドリューの子なのよ!?」
「…………」
どうして出来ないの? と問われても、レオンには原因が分からなかった。
とにかく出来ない。どうすれば解決するのか、という原因すら思い当たる節がない。
「どうして黙ったままなの!? 何がいけないのか言って!? レオンが感じてることを言ってくれたら、お母さんは何でも力になってあげるから!!」
しかし、レオンは黙ったまま。
当然だ。
彼には才能がない。知識がない。
この世界に定められたルールに則り、レオンはほとんど魔法を使うことが出来ない。
彼が出涸らしのような才能を上手く活用しようとするならば、それこそ『異世界』で得た世界の魔法ルールを知らなきゃ不可能だ。
何かしらの原動力を持って、魔法の才能という壁に向き合わなければ不可能だ。
しかし、生憎とこのルートはそうじゃない。
「ねぇ、お願い! レオン、お願いよ!! あの人みたいに、アナタのお父さんみたいに立派な人間にならないといけないのよ!?」
いつものように泣きながら抱きしめられるレオンの顔には苦痛の表情が浮かぶ。
この地獄のような毎日から逃れる術はないのだと、子供ながらに悟っている表情にも見えた。
ただ、地獄の中で生きる彼にも支えはあったのだ。
それはシオンの存在。
歳の離れた姉のような存在は、今も尚彼にとって癒しでもあった。
「ねぇ、シオン。僕も頑張ってるんだよ。でも、母様はすぐに僕をぶつんだ」
剣術を教えてくれる傭兵を屋敷に招き、訓練を受けるが成果は出ない。
傭兵が帰ったあとは決まって母に頬を叩かれる。
魔法に関してもそう。
未だ空の魔法陣すら構築できないレオンは、罰として小屋に閉じ込められてしまった。
勉強に関しても、母に監視されながら一日六時間も行う。
一問間違える度に怒られ、叩かれ、酷い時は食事抜きの罰が執行される。
それでも、レオンは「頑張っている」と自分を評価した。
「……ええ。坊ちゃんは頑張っていますね。シオンは坊ちゃんの頑張りを知っていますよ」
オーク襲撃事件で重傷を負ったシオンだったが、三か月後には屋敷へ帰ってくることができた。
しかし、以前のようにメイドとして生活することはできず。
今は屋敷の一室に置かれたベッドの上で一日のほとんどを過ごす毎日。
そんな彼女の元にレオンは通い、日々のことを吐き出し続けていた。
与えられる精神的な苦痛を逃がすように、シオンへ辛すぎる現状を語っていくのだ。
シオンは顔に精一杯の笑顔を浮かべながらも、レオンの話を聞き続けて、動けなくなる前と同じくレオンの頭を優しく撫でて。
最後は決まってこう言うのだ。
「……ごめんなさい」
この言葉を吐き出す度、彼女の表情は苦痛に満ちている。
恐らくはレオンの話を聞く度に、自分自身を責めていたのだろう。
アンドリューを救えなかった自分、アンドリューを失ったことで狂ってしまったエリス、歪んだ両親の愛情を一身に受けるレオン。
これら全て、自分のせいだと。
「……坊ちゃん」
「どうしたの? シオン」
シオンはレオンを抱きしめて、涙を流しながらごめんなさいと繰り返した。
何度も、何度も。
「……坊ちゃん、本当にごめんなさい」
それから一ヵ月後、シオンはナイフで自分の首を切って自殺した。
第一発見者はレオンだった。
血に染まるベッド、横たわるシオンの姿を見て母親を呼ぶと――
「……レオンは私を置いていかないわよね?」
愛する妹まで失った母の第一声はそれだった。
虚ろになった目から涙を流しながらもレオンを見下ろしながら、更に言葉を続ける。
「レオンは私を裏切らないわよね?」
シオンの死は両者に強い影響を与えたことだろう。
レオンは微かに残っていた支えを失い、エリスの精神は更に崩壊してく。
死の運命に続く地獄は、まだ始まったばかり。
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