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1章 死亡フラグへの第一歩

第6話 十一歳 2

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「グルル……」

 正面にいるブラウンウルフは他の個体よりも少し体が大きい。

 たぶん、こいつが群れのリーダーだ。

 唸り声を上げながら威嚇するリーダーを注視していると、いつの間にか俺はブラウンウルフの群れに囲まれていた。

 リーダーが威嚇している間に他の個体が気配を殺しながら回り込む。そして、群れでの狩りに適したポジショニングを行う。

 こいつらは一斉に飛び掛かり、抵抗も出来ない俺を喰い殺そうって考えているのだろう。

 さすがは野生に生きる魔物だ、と感心してしまった。

「――ッ!」

 だったら俺はお前らの考えを喰い破ってやる。

 ブラウンウルフ達が動き出すよりも先に動き出し、真っ先に狙ったのは左側面にいた個体。

 こいつは他の個体よりも少し小さい。群れの中でも一番若く、狩りの経験も浅いんじゃないかと考えたからだ。

 走り出した瞬間、視界の端に映っていたリーダー格の個体が動き出すのが見えた。

 このままだと背中を襲われる。

 だが、俺は構わず走る。

 狙っている個体も大口を開けて飛び掛かってきた。

 対し、俺は走りながら足に魔法陣を貼り付けて――

「オラッ!」

 飛び掛かって来た個体の顔を蹴り飛ばす。

 足の先が顔に触れた瞬間に衝撃波が発生。

「ギャウン!」

 今度は一撃で頭部を破壊するまでには至らなかったが、顔の半分を潰すことはできた。

 それを確認した後、次は拳に魔法陣を貼り付ける。

「このッ!」

 体と腰を捻り、今度は背後から襲い掛かってきたリーダーをぶん殴――ろうとしたら、背後にいない。

「はっ!?」

 どこにいるのかと探したら、やつは側面へ飛ぶように移動していたのだ。

 俺の衝撃波を見て、反撃を喰らってはまずいと判断したのだろうか?

 繰り出した右手は空を切り、目が合っていたリーダー格の個体がニヤリと笑ったように見えた。

「ウォン!」

 次の瞬間、残りの七頭が一斉に襲い掛かってくる。

 明確な隙を多数で突くという驚異的な連携プレー。

 正面、左右、三方向から口を開けたブラウンウルフが襲い掛かる!

「チッ!」

 最初に襲い掛かってきた三頭をバックステップで躱すも、控えていた残り四頭が波状攻撃のように襲い掛かって来る。

 俺はどんどん後ろに逃げるが、チラリと背後を確認すると太い木が見えた。

 追い込まれている。

 このままじゃマズい。

「グワッ!!」

 遂にやれると感じたのか、正面に陣取っていた一頭が大口を開けつつも大きく飛び掛かってきた。

 躱す。あれを避けるのは当然だが、避け方が重要だ。

「――ッ!」

 よく見て、ギリギリまで引き付けて……。ここッ!

 飛び掛かって来た個体に対し、俺は半歩横へ体をズラす。

 そして、間髪入れずに横っ腹を殴りつける。

「ギゥ!?」

 殴った瞬間、腹の中身をぶっ壊してやったと確信した。

 吹っ飛んでいったブラウンウルフは地面に転がったまま動かない。

 よし、また一頭――

「ウォン!」

 喜ぶ暇もなく、次の個体が飛び掛かって来た。

「このやろッ!」

 今度は裏拳(衝撃波付き)で仕留めるが、間髪入れずに三頭目が飛び掛かって来る。

 これは対処しきれないと判断し、横へ大きく飛んだ。

「ぐっ」

 そのまま地面をゴロンと転がりつつも距離を取った――つもりだったが、顔を向けたら既に大口を開けたブラウンウルフの姿があった。

 足に魔法陣を貼り付けて蹴りをお見舞い。次の個体には横っ腹にパンチを叩き込む。

「はぁはぁ……」

 息切れが早い。

 トレーニングの時より息が上がるのが早い。

 真剣勝負、生死を賭けた戦いの緊張感が無駄に体力を奪っているのだろうか?

 やっぱり慣れって必要だ、と考えながら次の個体を殴りつけた時。

「い"ッッッ!!」

 遂に俺は捕まった。

 伸ばした腕にブラウンウルフが噛みつく。

 腕に噛みついた個体は俺の体を引っ張って地面に引き倒そうとする。

 必死に抵抗すればするほど、牙が食い込んだ腕から激痛が走る。

「グワッ!!」

 これを好機と見たのか、三頭のブラウンウルフ達が一斉に飛び掛かってくる。

 このままじゃ食われる。

「こん、ちくしょうがあああ!!」

 噛みつかれた右腕を思い切り地面に叩き付ける。もちろん、衝撃波付きで。

 右手が地面に接触した瞬間、地面が大きく爆ぜた。

 右腕に食らいついていた個体はようやく口を離し、飛び掛かって来た三頭も飛び散った土を浴びて飛び掛かることはできず。

 ようやく状況を脱した俺は激痛の走る右腕を持ち上げてファイティングポーズを取る。

「もう我慢ならねえ! もうクソだ! もうムカついた!」

 ブラウンウルフ如きに苦戦している自分、執拗な波状攻撃を躱そうとしている自分にイライラする。

 激痛の走る右腕が心底腹立つ。

「なにを暢気に待ってやがるんだ! 凄腕の傭兵気取りか! こっちから突っ込んでぶっ殺した方が早いじゃねえか!」

 頭の中の何かがぶっ壊れた気がした。

 もう面倒くせえ、こんな戦い方は俺らしくねえ!

 なんで俺は受け身になっていたんだ。なんで俺は相手の攻撃を見て、待っていたんだ。

「シオンとのトレーニングでお上品になりすぎた!」

 俺にはお上品すぎる戦い方だ。

 俺にはもっと「肉を切らせて骨を断つ!」みたいな直線的な戦い方の方が合っているはずだ。 

 そんな戦い方では狼共に囲まれてボコられる? だったらボコられる前に殺せばいいじゃねえか。

 ――シンプルだ。

 問題解決はシンプルな方がいい、と俺自身が言っていたじゃないか。

「行くぞ、オラッ!」

 正面に陣取っていた個体に走りだし、向こうが飛び込んで来ようが構わず腕を振り抜く。

 俺の右手は相手の鼻っ柱を捉え、そのまま頭部を粉砕した。

「いでえええ!」

 隙を狙っていた個体が俺の足に噛みつくも、俺は痛みに無理矢理耐えながら突っ込んで来る個体の腹をぶん殴る。

「いつまで人の足しゃぶってやがる!」

 足に食らいついた個体の腹にパンチを落とし、間髪入れずに飛び掛かって来た個体には回し蹴りと衝撃波を見舞う。

 これで残りは――

「オイ、待たせたな。あとはテメェだけだ」

 あとはリーダー格の個体だけ。

 高見の見物を決め込んでいたクソ狼を仕留めれば俺の勝ちだ。

「オラッ! このクソボケナスッ! ぶっ殺してやるッ!」

 待たない。絶対に待たない。

 待ったら負けだ。勝負は待ったら負け、待つよりも攻めた方が勝つ!

 俺の中で勝利の方程式が組み上がった瞬間だった。

 ただ、向こうも馬鹿じゃない。

 リーダーとして群れの率いているだけのことはあり、他の個体よりも戦い方がいやらしい。

 ブラウンウルフ特有の瞬発力を存分に駆使して、俺の周囲を飛ぶように動き回りつつ、フェイント混じりの攻撃で俺の空振りを誘う。

「鬱陶しい!」

 俺の拳が空を切った瞬間、側面へ飛んだブラウンウルフが飛び掛かってくる。

 やつは俺の左腕に食らいつき、そのまま体重を乗せて俺を地面に倒した。

「な、めんなッ!!」

 俺はなりふり構わず衝撃波を地面に叩きつけるが、ブラウンウルフは即座に腕から離れて衝撃波を回避する。

 一度見た攻撃は当たらないよってか。

 ますますムカつくぜ。

「はぁはぁ……」

 こっちの体力もそろそろ限界だ。疲れか知らんが目が霞む。

 次で決めなきゃ本格的に負ける。

「…………」

 どうする? と頭を巡らせていると、脳裏に蘇るのはシオンとのトレーニング風景。

 あまりにも捕まらないシオンに対し、蹴りをフェイントに使った時のことだ。

 つま先をチョンと出して相手を誘い、すぐに態勢を戻しつつも避けた先に体を捻ってパンチを繰り出す。

 ……初めてシオンにパンチを受け止めさせたっけ。嬉しかったな。

「ふふっ」

 これが走馬灯ってやつなのだろうか? それとも違う? 

 まぁいいさ。

 俺は何も考えず、その時を再現するように動き出した。

 蹴りを見舞うと相手に錯覚させるよう大きくモーションを取りつつも、実際はチョンとつま先を出すだけ。

「――ッ!」

 それを避けたブラウンウルフは既に飛んでいる。大口を開けて、俺に向かって飛び込んできている。

 やつの目は「しまった」と言っているように見えた。

 そうだ、その通りだ。

「―――ッ!!」

 引き絞ったパンチを全力で繰り出すと、俺の右手がブラウンウルフの頭部を捉える。

「終いだッ!」

 接触と同時に強烈な衝撃波が発生し、ブラウンウルフの頭部が爆発する。

 ムカつくリーダー様の首無し死体が地面に落ちるのを見送って――

「っしゃああ!!」

 俺は雄叫びを上げた。

 だが、同時に体から力が抜けていく。

 バタリと地面に倒れてしまい、立ち上がろうにも立ち上がれない。

「う……」

 今更ながら体中から激痛が走る。

 痛くて立ち上がれない。腕と足に力が入らない。

 この瞬間、俺は「ちょっとマズいかも」と思った。

「…………」

 体が変だ。

 噛まれた箇所は灼熱くらい熱いのに、体の芯が冷えていく。それにどんどん眠くなってくる。

 目を動かして上を見ると、そこには黒い何かがいる。

 ――これは『死』だ。

 あの時見た『死』と同じものがいる。

「……消えろ」

 死ねない。

 俺はまだ死ねない。

 震える手を伸ばして、地面の土を握り締めるように。

 辛うじて動く腕に力を集中させて、ズリズリと這いながら移動する。

「まだだ……。まだ……」

 家族を救うため、俺自身を救うため。

 俺はまだ終われない。

「死なねえ……。俺は死なねえ……」

 何より、まだリリたんの声を生で聞いていないから。


 ◇ ◇


 同時刻、弓と矢筒を担いで山の麓へ足を踏み入れた人物はガーディンという名の狩人だった。

 彼は元々傭兵であり、領主であるアンドリューの仲間だった男だ。

 アンドリューが男爵位を得て領地を賜ったあと、彼も領地へ移動して領民の一人となった。

 その後は二年ほどアンドリューを手伝い、以降は狩人としてのんびりと暮らす四十歳独身男。

 今日は明日以降に食す鳥の肉でも確保しようと山に入ったのだが――

「なんだこりゃァ!?」

 麓に入って少し進んだところで、ガーディンはとんでもない光景を目にする。

 周囲にはブラウンウルフの死体が散らばり、半分以上の死体は首から上が無い。

 しかも、死体の中心に倒れているのは人間の子供だった。

「レオ坊!?」

 更にそれは信頼する男の息子ではないか。

「ま、まさかレオ坊が殺したのか……?」

 まだ子供なのに。まだ十一歳の子供だぞ、と彼は小さな声で呟いた。

 傭兵からは弱いと評価されるブラウンウルフだが、それは単体での話だ。

 九頭も同時に相手するとなれば、たとえ戦い慣れた傭兵であっても一人では難しい。

 状況を見るにレオンが殺したとしか思えないのだが、彼の中にある「まだ子供だぞ」という考えが疑心に繋がっているのだろう。

 しかし、すぐに彼はハッとなる。

 考えている場合じゃないと言わんばかりに慌ててレオンに駆け寄ると――

「怪我してるじゃないか!」

 レオンの腕と脚からは血が流れている。

 今すぐに街へ連れて帰らなければと小さな体を抱き上げようとすると、レオンがブツブツと小声で何か言っていることに気付く。

「俺は、死なない……。死ねない、死ねな……い……」

 目は虚ろ。だが、気絶しまいと唇を自分で噛んで耐えている。

 その上で「死ねない」と何度も口にするのだ。

「レオ坊……」

 ガーディンは久しぶりに凄まじい執念を見た。

 数々の戦場を仲間と共に渡り歩き、人間も魔物も相手にしながら生き残ってきた彼であるが、今地面を弱々しくも這う子供は元傭兵を身震いさせるほどの執念を見せている。

 必死になって生にしがみつき、何としてでも生き残ろうとする執念。生きて何かを成し遂げようとする、決して無様とは思えない姿。

 きっと、ガーディンは「本当に子供かよ?」と思ったに違いない。

 ただ、今はそんなことを考えている暇はないとも思ったはずだ。

 彼は地面を這うレオンを抱き上げ、すぐに街へと走り出した。

 街に戻ると道を歩ている人達に「どいてくれ!」と叫びつつ、大声で「医者を領主邸に呼べ!」とも叫んだ。

 彼の叫び声と彼が抱えている人物を見た街の住人は事態を察し、慌てて医者の元へと走り出す。

 ガーディンは領主邸へと駆け込み、玄関を開けて大声を上げた。

「団長! レオンが!!」

「どうした!?」

「レオがどうしたの!?」

 ガーディンの声を聞いたアンドリューとエリス、一瞬遅れてシオンが姿を見せる。

 すると、息子の状態を見たエリスが悲鳴を上げた。

「きゃあああ!? レオ、レオッ!!」

「どうした!? 何があった!?」

「んなことは後回しだ! 早くベッドに!」

 さすがのアンドリューも混乱する様子を見せるが、ガーディンは冷静にベッドへ運ぶ旨を告げる。

 何とか正気を保っているシオンに案内され、レオンは自室のベッドへと運ばれた。

 それから数分後、領主邸に医者が駆け込んで来る。

 ガーディンは医者を部屋に案内しつつ、アンドリューに事態の詳細を語ろうと部屋の外へ連れ出した。

「レオ坊のやつ、山に入ってやがったぞ」

「山に? ……まさか!」

 アンドリューは最近のレオンが何度も「魔物を狩りたい」と言い出していたことを思い出したのだろう。

「ああ、クソッ!」

 ダメだと言う親に我慢できず、勝手に一人で山に入ったに違いないと察する。
  
「襲われていたところをお前が助けてくれたのか?」

「いいや、違う」

 アンドリューは自らの予想を口にするが、ガーディンは真剣な表情で首を振った。

「レオ坊のやつ、魔物をぶっ殺してやがった。しかも、ブラウンウルフ九頭だ」

「は?」

「どう戦ったのかは知らねえ。九頭のブラウンウルフを同時に相手にしたのかもわからん。だが、レオ坊の周りに九頭分の死体が転がってやがった」

 状況がどう動いたのかは不明。

 だが、結果として九頭全てを殺したのは確か。

「……団長、あの子はどうなってやがる? あんたはどんな教育してんだ?」

 ガーディンが口にした言葉の意味は、決してアンドリューの教育がなってないと叱責しているのではない。

 どう育てたら十一歳の子供がブラウンウルフを九頭も殺せるんだ、という意味での問いだった。

「…………」

 彼の質問にアンドリューは言葉を詰まらせる。

 確かに息子はシオンや自分を相手に訓練しているが、さすがにブラウンウルフを九頭も殺すほど成長していたとは思えなかったからだ。

「何にせよ、今後はちゃんと考えた方がいいぜ」

「ああ……」

 まだ動揺を残すアンドリューは頷くことしかできなかった。
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