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1章 死亡フラグへの第一歩
第4話 十歳
しおりを挟む「ふっ、ふっ、ふっ」
前世を自覚してから二年が経過し、俺は十歳に成長した。
記憶を取り戻してからは日常生活に多少困惑することもあった。
これは頭の中に「レオン」としての記憶もあり、二つの記憶が混在することで脳がギャップを感じていたのだろう。
日々の日常を当たり前と思う自分と、仮想現実の中で暮らすってこういうことかな? と前世の物差しで考えてしまう自分がいたわけだ。
とはいえ、さすがに二年も経てば慣れてくる。
「じーちゃん、おはよう!」
「おう、坊ちゃん! おはようさん!」
早朝の景色にも慣れたし、この世界に暮らす人々との関わりも増えつつある。
毎朝の日課であるランニングをこなしつつ、畑仕事に向かう爺様達に挨拶する姿は誰がどう見ても自然体だ。
「ふぅ……。次」
屋敷に戻ったら朝食の時間まで筋トレを行う。
転生したという事実を噛みしめながらも、目標達成のためのトレーニングは毎日欠かさず繰り返してきた。
「坊ちゃん、タオルです」
「うん、ありがとう」
庭で筋トレを終えると、シオンがタオルを持ってきてくれるのも毎日変わらない。
俺は着ていたシャツを脱いで上半身を露わにすると、井戸の水で顔と髪を濡らす。
火照った体が冷えていくこの感じがたまらない。
シオンからタオルを受け取って顔と頭を拭いていると――
「坊ちゃん、良い感じになってきましたね」
さわさわと腹筋を触られた。
シオンは「筋力チェックです」と言い張るが、俺の腹を触る彼女の手つきからはそう思えない。
こう、ねっとり撫でまわすように触るのだ。
最初はくすぐったかったけど、一年間欠かさず続けられたら慣れてしまうもんだ。
「朝食を食べたら付き合ってね」
「ええ。もちろん」
家族揃って朝食を食べたあと、シオンと共に庭へ移動する。
メイド服姿の彼女を前にした俺は拳を構え、始めるよと一声掛けてから彼女に向かって走り出す。
「やっ!」
シオンに接近した俺は拳を振るうが、彼女は涼しい顔のままスッと後ろに下がる。
拳は空を切り、ギリギリのところで当たらない。
一年前から始めた「鬼ごっこ」は既に終わり、シオンのトレーニングは本格的な戦闘訓練に移行しつつある。
「――横!」
「よく見てますね」
瞬間移動するように消えるシオンの動きも目で追えるようになり、側面に移動した彼女へ向かって拳を振るう。
だが、彼女は俺の拳をパシンと弾くようにいなす。
彼女の顔にはまだまだ余裕の表情があった。
素手というハンデの状態でこれだ。彼女が剣を持ちだしたら、俺はどうなるのだろう?
そんなことを考えながら再び彼女を追い、拳を繰り出しては弾かれるという状況を続ける。
「なかなか様になってきましたね」
たっぷり一時間ほどトレーニングを続けたら一旦休憩。
肩で息を繰り返す俺に対し、シオンは汗一つかいていない。
「……そろそろ魔物と戦ってもいい?」
「ダメに決まっているでしょう」
俺としては『計画』に則った発言だったのだが、シオンは生意気なガキの自惚れとして捉えたのかも。
彼女は俺の頬をムニッと摘まみ、顔を近付けて再度「ダメ」と口にした。
「今の坊ちゃんが魔物なんかと戦ったら、すぐに喰い殺されてしまいますよ」
さすがに俺も本命であるオーク相手に勝てると自惚れているわけじゃない。あれはシオンよりも強い親父と相打ちするくらいの強さを持った魔物だし。
ただ、オークよりも弱い――ハーゲット領に多く生息するブラウンウルフやワイルドボアくらいなら戦えると思うのだが。
「せめて、私に全ての攻撃が当たるくらいにならないと」
今の俺は三発に一回くらい。全部弾かれるけどね。
「それってシオンの動きを完全に追えて、ずっと肉薄しながら戦えるくらいだよね?」
「そうですね」
「分かったよ」
予想ではあと一年……いや、年内には実現したい。
「本当に剣の訓練はしなくてよいのですか?」
「剣は使わない。僕には才能がないから」
トレーニングを始めて以降、シオンや親父は俺に「剣は振らないの?」と問うてくる。
二人が剣を用いて成功したというのもあるが、この世界は基本的に『剣と魔法』の世界だ。俺のように己の拳で相手を倒そうと考える者は少ない。
加えて、やはりゲームを通して視た『レオンの才能問題』も忘れられない。
故に俺は二人に才能がないと言い続けているのだが――
「殴った方が早いよ」
本音はこっち。
剣を腕の延長として考えるよりも、実際の腕で殴った方が早い。
悠長に一から剣の扱い方を学んでいる時間もないってのもあるが、やはりシンプルな方が性に合っている。
「理想はシオンのスピード! それに父様のパワー! そこに母様のような鮮やかな魔法! これらを組み合わせて華麗に戦いたい!」
ここだけ聞けば単に家族を喜ばせるような組み合わせだが、理想としては完璧だ。
シオンのような鋭いスピードで相手に肉薄し、親父のようなパワーで圧倒。隠し玉として母様のように魔法を使う……のだが、難しいのは百も承知。
実際はシオンのようなスピードを出すにはまだまだ筋力が足りないし、身体能力に恵まれた親父のようなパワーの再現は凡人には難しい。
母様の魔法なんてもっと無理。あれは才能が成せる業だから。
よって、理想は理想。完成系としての形だけ追うことにしている。
今は実現可能な範囲で実用的な戦い方を確立するのが最優先。
そこで考えたのが、筋肉と魔法で補う方法。
四年間のトレーニングを惜しまず続け、とにかく体を鍛え上げる。体力をつけまくる。
正直、自分でも瞬発力に関しては悪くないと思っているので、シオンには劣るがそこそこのスピードは身につくはずだ。
続けて親父のパワーだが、これは魔法で補うことにした。
「どのようにして補うのですか?」
「この魔法を使うんだ」
この二年間、体力作り、筋力トレーニングと並行して魔法への理解も深めてきた。
予想通り、やはり俺は初級魔法しか使えないことが判明。
初級魔法しか使えないのだから、その中から実用的な魔法を選択するしかない。
そう割り切って自分なりの研究を続けた結果、見つけたのは無属性魔法の『衝撃波』という魔法だ。
俺は空の魔法陣に衝撃波の名を刻み、魔法を発動させる。
すると、俺の周囲にボンッと衝撃波が発生した。
「初級無属性魔法の衝撃波ですか?」
「うん」
ノーマル状態で魔法を発動させると、術者の周囲に衝撃波が発生。
魔法使いが敵に接近された際の自衛手段として用いられ、衝撃波によって相手を吹き飛ばす。
吹き飛ばした後に改めて距離を取る、という使い方を想定して開発された魔法だ。
ただ、この自衛手段を常用する魔法使いは少ない。
中級無属性魔法の中には『シールド』と呼ばれる魔法があり、魔力の盾を作り出して魔法も物理も受け止めるという汎用性の高い魔法が存在するからだ。
世で活躍する魔法使い達はシールドを自衛手段として用いており、衝撃波で自衛するなど聞いたことない――と、母様は語っていた。
「僕はこれを攻撃力に転用する」
防御用として用いられる魔法であるが、これは単にそのままの状態で使った場合。
この世界の魔法は『カスタマイズ』が可能だ。
魔法のカスタマイズはゲームでもウリの一つだったシステムなのだが、現実でも可能なことが判明した。
「見てて」
俺は拳を溜めつつ、庭に設置した案山子に向かって走り出す。
走りながら拳に魔法陣をくっつけ、そのまま魔法陣と一緒に案山子を殴りつけた。
殴りつけた瞬間、ドンッ! と大きなインパクトが生まれる。
拳が案山子に当たった瞬間、同時に衝撃波が発生して案山子の上半身が抉れるように吹き飛んだ。
これが『カスタマイズ』の結果だ。
――魔法とは空の魔法陣に魔法名を入れて完成させる。
単に魔法名を入れただけでも発動自体は可能だが、それだけでは十分に威力を発揮することができない。
発動する魔法に明確な指示を与えてこそ、魔法は攻守最強の術となる。
魔法に指示を与えるには、魔法陣に『接続文字』と呼ばれている文字を魔法文字で表現して加えることで発揮する。
たとえば、初級火属性魔法「ファイアーボール」を使うとしよう。
単純に魔法名だけを書き込んで発動させると、野球ボールサイズの火の玉が時速七十キロくらいのスピードで真っ直ぐ飛んでいく。
次にベースとなる魔法陣に『時速百七十キロのスピード』『シンカー』と魔法文字で表現した接続文字を入れたとしよう。
すると、発動された火の玉は名ピッチャーが生み出す魔球のような軌道を再現する。
これはあくまでも例えだが、接続文字を入れることで魔法に個性が出せるということだ。
これがゲームシステム同様のカスタマイズということになる。
「……なるほど。確かに魔法でパワーを補っていますね」
「でしょう?」
しかし、このカスタマイズにも欠点はある。
というか、この世界における魔法の法則がカスタマイズの幅を邪魔している。
この世界の魔法は魔力の使用量によって『初級』『中級』『上級』と分類されているのだが、追加する接続文字の量でも消費魔力が増えてしまう。
仮にファイアーボールの魔法名単体なら消費魔力が五――消費魔力の数値については明確化されていない。あくまでも俺の感覚を数値化したもの――のところ、接続文字で『時速百七十キロのスピード』『シンカー』などと明確にしていく度に消費魔力が上がっていく。
いや、正しくは明確にするために用いる文字量に比例して消費魔力が増えると言うべきか。
これがネックになり、個人が持つ魔法の才能――一度に使用できる魔力量の上限を超える魔法は発動しない。
俺の場合は消費魔力十を超える魔法は放てないので、先ほど語った接続文字を入れると七もオーバーするので発動しない。
一度試してみたが、何だか体の中にあるセーフティが起動する感じ。
魔力を練って魔法陣の構築までは可能なのだが、発動前に強制シャットダウンされてしまう。
中級魔法であるファイアランスも消費魔力が十五なので発動しないってわけだ。
更には個人の持つ魔力総量による制限もあるのでなかなかキツい。
「僕は魔法の才能もないから中級魔法も使えない。でも、初級魔法も使い方によっては戦闘スタイルに組み込めると思って」
「他の属性魔法はダメなんですか?」
シオンは「衝撃波とファイアーボールならファイアーボールの方が威力が高さそう」と首を捻る。
「ファイアーボールを同じ方法で使うと手を火傷しちゃうから」
「ああ、確かに」
同じく、風の初期魔法であるエアカッターも手がズタズタになりそう。
水と土属性も試したが、こっちは単純に魔力コスパが悪い。
というわけで、初級魔法の中で何か使えそうなものは、と探した結果見つけたのが衝撃波だ。
消費魔力ギリギリのラインを見極めながらカスタマイズを構築し、殴る威力に衝撃波を上乗せするという形に辿り着いた。
加えて、もう一つ。
これは俺だけの秘密だが……。
魔法陣の構築に用いる文字には前世の文字が使えることも判明した。
これによって難解な魔法文字で長々と指示を表現する必要が無くなり、魔法陣完成までの時間短縮にも繋がった。
具体的に説明すると、二重円の外側上部に『威力増加』と入れ、同じく二重円外側下部に『接触時』と漢字で入れる。
最後に円の中心に入れる魔法名も漢字で『衝撃波』と刻む。
こうすることで、魔法文字で表現するよりも消費魔力が下がるという現象が起きた。
恐らくこれは漢字を用いることで文字量が減り、術者のイメージが短い文字で明確化したからトータル的に消費魔力の効率化が行われた……のだと思う。
まだ研究段階ではあるが、この発見はかなり大きい。
ただ、この点にもデメリットはある。
魔法使いが構築する魔法陣は可視化されている。
つまり、目ざといヤツが俺の魔法陣を見たら「何だあの文字は? 魔法文字と違うぞ?」となるだろう。
別世界の文字を使うことを明らかにすると「どうしてそんな文字を知ってるの?」と疑問に思われてしまうので、これは絶対に秘密にしなきゃならない。
どうにか隠せないか、視認が難しくならないかと試行錯誤した結果、生まれたのが拳に魔法陣を貼り付けるという方法。
これによって使用する文字の視認性を低下させる、単純に相手から見づらくするという効果も生まれたし、そのままぶん殴れるという一石二鳥の技法を確立させた。
そして、現在はこの手法を更に磨いている段階。
魔力を練る速度、魔法陣の構築スピードの更なる向上を目指して、とにかく練習を続けている段階だ。
初めて魔法を使った頃に比べればなかなか早くなったと実感しているし、このまま研究と練習を続ければ魔法陣を貼り付ける位置も変えられそう。
そのうち、蹴りでも衝撃波を発動できるようになるかもしれない。
「お見事です、坊ちゃん。中級魔法が使えないからといって諦めない姿勢にシオンは感激しました」
彼女は「エリスも喜ぶでしょうね」と笑う。
「今後はその魔法も使って私と組み手を行うのですね?」
「まさか。シオンに当たったら怪我させちゃうかもしれないじゃないか。僕はシオンの綺麗な肌を傷つけたくないよ」
そう言うと、彼女はスススと俺に近寄ってくる。
そして、俺のシャツを勢いよくめくり上げた。
「さすがは坊ちゃん。シオンはますます坊ちゃんに惚れてしまいました」
それが子供の腹筋に頬擦りしながら言うセリフかね!
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