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0章 プロローグ
第1話 始まりは足の小指
しおりを挟む「い"ッッッッ!!」
チェストの角に足の小指をぶつけた瞬間、僕の小指には激痛が走って――いや、俺の脳内に情報のビックバンが起きる。
それは前世の記憶だった。
田中太郎という名の人間として生きていた時の記憶が次々にフラッシュバックしていくのだ。
「お、俺は……。ええっと……。火事に遭って……」
苦しい記憶ってのは生まれ変わっても真っ先に蘇るらしい。
前世の俺は火事に巻き込まれて死んだのだが、当時の熱くて苦しい記憶、自分と周りが焼けていく地獄のような光景がフラッシュバックする。
「うっ……」
あの時感じた『死』の感触が背筋を撫で、途端に吐き気が……。
俺はすっかり小指の痛みなど忘れ、口を抑えながら蹲ってしまった。
「最悪の経験だ……」
人の死に方ってもんは色々あるだろうが、俺が経験したのは最悪の部類に入るだろう。
だが、そんな最悪な経験をしたせいか――今の俺は少し特殊な状況に置かれているらしい。
そう理解できたのは、頭の中に今世の記憶も混在しているからだ。
「まさか、ハマっていたゲームと同じ世界に生きてるとはね」
マジックブレイド・ファンタジー。
俺が死ぬ前にハマっていたゲームだ。
剣と魔法のファンタジー、アドベンチャーパートありのロールプレイングゲーム。
勇者となる主人公を自分好みに育て、魔王を倒すというよくあるゲームだった。
戦闘システムや成長システムも面白かったが、俺がどっぷりハマった原因は人生最高の『推しキャラ』を見つけたからだ。
「一日一回はリリたんの声を聞かないと死んじゃう! とか友達に言ってたのに。マジで死ぬとか笑えねぇ……」
推しキャラの名はリリ・アルガス。
ゲーム内に登場するサブキャラの一人だ。
学園パートから登場する女性キャラの一人であり、主人公であるプレイヤーの仲良しグループに属するキャラクター。
人懐っこい笑顔と積極的な性格で大型犬のような可愛らしさを持つ彼女は「〇〇君! 〇〇君! 今日の放課後、遊びに行かない?」と最初から好感度マックス感を出しながら接してくれる。
その上、たまに見せる『恋する女の子』的な表情と仕草がギャップになって素晴らしい。
ゲームプレイ早々、俺のハートは彼女に撃ち抜かれた。
もうハチの巣ってくらい撃ち抜かれた。
俺はワクワクしたよ。絶対に彼女と結ばれるエンディングを見ようと気合を入れた。
しかしだ。
恋愛システムの肝である絆ゲージは上昇するのに何故かヒロインとして選択対象外。
ゲーム内のシナリオから感じ取れる彼女の恋心は実らず、更には勇者パーティーの一員にもなれない。
所謂、負けヒロインといった感じのポジション。
となると、学園パートが終わればほぼ登場しない。
魔王討伐に向かう旅パートになると、たまに学園パートの思い出話に登場するくらい。
終盤になって久々に登場しそうな気配が漂ってくると、彼女は故郷の領地を魔王軍に蹂躙された上に殺されるという酷い結末に……。
「そんなのってないよ」
俺は推しキャラを救おうと試行錯誤を続けたがプログラムには勝てなかった。
それでも諦めきれず、どうにかバグ技で救えないかと足掻いていたのだが、その途中で自分が死んでしまったというわけだ。
しかし、今の俺はゲームの中にいる。
いや、ゲームの中に入り込むなんてことはあり得ないし……。この世界はゲームの設定と酷似していると言うべきなのだろうか?
とにかく、今の俺は推しキャラである『リリ』と実際に会える可能性が十分にあるのだ。
「でもなぁ……」
俺はため息を漏らしながらも、近くにあった鏡を覗く。
そこに映っていたのは『レオン・ハーゲット』という哀れな悪役キャラだ。
男爵位を賜った親父とお袋、平民から貴族になったばかりの親から生まれた子供――今年で八歳になるレオンの顔が鏡の中にある。
「悪役キャラとして登場するレオンも子供の頃は可愛かったんだな」
自分自身を可愛いなどと口にするのはどうかと思うが、悪役として成長した姿も知る身としては正しい感想だと思う。
濃い茶色の髪は親父譲りだが、顔面偏差値は美人な母親譲り。鏡に映る自分はなかなかの美少年だ。
しかし、成長したレオンは――ザ・悪役顔といった感じになる。
それも陰湿でねちっこい感じの悪役だ。目がとろんと下がり、口元にはいやらしい笑みを浮かべるタイプ。
学園パートでは正ヒロインの一人である侯爵令嬢をモノにしようと近付くが、当然ながら相手にされない。
ヒロイン達と仲良くする主人公を妬み、嫌がらせを続けては断罪され、中盤以降は闇組織の一員として登場してはやられ役に。
最終的には「魔物化」されて化け物になり、光の剣を持った勇者に斬り殺される。
多くのプレイヤーは、ねちっこく嫌がらせしてくるレオンの死を「ざまあみろ!」と叫ぶに違いない。
なんとも哀れ。
「そんな悪役キャラになっちまうとは……」
笑えないね。マジで。
とは言うものの、多数のプレイヤーに反して俺はレオンを嫌ってはいない。
むしろ、プレイ中は同情することが多かった。
「幼少期に死亡フラグが立っちまうからなぁ……」
レオンというキャラは、何度も言うように哀れな悪役キャラクターだ。
顔が濃いムキムキマッチョマンな父親は元傭兵であり、剣一本で男爵位を賜るほどの実力者であるのだが、息子であるレオンに剣の才能は受け継がれなかった。
幼少期は体が細く、同年代の子供達からは陰で「枯れ木」と囁かれるほど貧弱だ。
じゃあ、魔法使いキャラとして生きれば? と思うかもしれないが、魔法使いであった母親の才能も受け継がれなかった。
この世で魔法使いとして活躍するなら中級魔法が扱えないと論外であるが、レオンは初級魔法しか使えないカスだ。
世に名を残す英雄達にはほど遠く、戦場でちょっと活躍するモブキャラにもなれない。
まともに生きても報われない戦闘弱者。それがレオンの持つ才能と能力である。
そんな人間がどう悪に堕ちていくのか。
自分で呟いた通り、最初の一歩は幼少期にある。
「親父は魔物に殺されちまうし……」
国王より賜った小さな領地――親父であるアンドリュー・ハーゲットが領主を務めるハーゲット領は魔物であるオークの群れに襲われてしまう。
元傭兵であった親父は、傭兵団時代の仲間達と一緒に領地防衛へと出陣するが……。
オークの群れを率いていたオークリーダーと相打ちして死亡。
親父を含む多数の死者を出しながらも領地防衛には成功するのだが、レオンの人生が狂い始めるのはここからだ。
「母親も狂っちまうからなぁ……」
親父の死後、残された母親は絶望と悲しみの末に狂い始める。
死んだ夫の形見、愛すべき我が子に夫の影を重ねるのだ。
子供を夫と同じく立派な人間に育てようと、地獄のような教育を始めてしまう。
剣の訓練、魔法の訓練を強要し、更には頭脳まで完璧にしようと座学まで厳しく指導する。上級国民にありがちな、のびのびと才能を伸ばす理想的な教育からは程遠いクソな教育を強制されるのである。
更にはレオンが何か失敗すると金切り声と共に暴力を振るい、酷い時は物置小屋に閉じ込めて水も食事も与えないといった罰も。
子供に厳しすぎる教育を施しながらも、狂った母親が毎晩のように泣き縋りながら「お父さんのように立派になって」と呪いの言葉を耳元で呟き続けるのである。
ゲームの中で少しだけ語られたレオンの過去を知って、当時の俺は「そりゃ歪むよ」と感想を漏らしたことを覚えている。
亡き夫の身代わりを押し付ける母親に育てられるとか、子供の性格が歪むに決まってんだろ。
「まぁ、学園時代にも悪役に堕ちる原因は多々あるんだが……」
だとしても、最初の一歩は親父の死。
からの、狂った母親が施す子供の人格絶対ぶっ壊す教育という子供には重すぎるコンボが原因なのは間違いない。
「……死にたくねえ」
最悪の幼少期を経て、終いには勇者に斬り殺される人生なんて真っ平御免だが、それ以上に前世で味わった『死の感触』が小さな背筋に纏わりつく。
もうあの苦痛は味わいたくない。もうあの地獄は経験したくない。
俺は、死ぬのが猛烈に怖い。
「俺は生きるぞ。悪役にもならない」
シナリオ通りの悪役人生なんざ送らない。死亡フラグも叩き折ってやる。
そして――
「俺は今度こそリリたんを救う!」
哀れな悪役キャラであるレオンの運命を変えるだけじゃなく、負けヒロインになった上に殺される推しキャラも救う。
「あわよくばリリたんと付き合いたい! 恋人になってアオハルな学園パートを過ごしたい! 結婚して幸せな家庭を築きたい!」
彼女を『負けヒロイン』にはさせない。
俺にとっての本命ヒロインにしてみせる!
欲望全開な決意を口にしたところで、肝心の死亡フラグをどう折るかだが……。
これに関しては簡単だ。既に俺は答えを見出している。
「筋肉だ」
そう、筋肉だ。
この世界はゲームに酷似した世界だが、現実であることは変わりない。
チェストの角に小指をぶつければ痛いし、喉も乾くし腹も減る。
凄い力でぶん殴れば人間も魔物も死ぬ世界なのだ。
レオンに剣の才能が無いのであれば、己の体を鍛えてぶん殴ればいい。ぶん殴って死亡フラグを殴り折ればいい。
枯れ木なんて陰口を叩けないほど体を鍛えて強くなればいいのだ。
なんてシンプルな答えなのだろう。
だが、こういった問題の解決策はシンプルであるほど良いと相場が決まっている……に、違いない。
「まずは親父を救う」
四年後、俺が十二歳になった頃にオークの群れが領地を襲う。
まずはそこで親父を救う。
相打ちになって死ぬ親父を生存させ、母親を狂乱鬼畜教育ママにさせないこと。
「よし……!」
小さな手を握って決意したところで、俺は早速行動に移ろうとしたのだが――
「坊ちゃん? 先ほどから独り言が聞こえておりますが」
開けっ放しになっていたドアの前に現れたのは、長い銀髪が特徴的な美人さん。
我が家に住むたった一人のメイド、シオンだった。
「うわっ! 美人!」
シオンの立ち絵はゲーム内に登場しないのだが、俺の中にある『レオン』の記憶が彼女の素上を告げる。
加えて、実際に見る彼女の容姿が衝撃的すぎて……。思わず口に出てしまった。
「……坊ちゃんも分かってきましたね」
ニヤッと笑ったシオンが部屋の中に進入してくると、彼女は俺の頭を優しく撫でた。
これもこれで悪くない。
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