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本編
118 旧知の仲 2
しおりを挟む「ふふ……」
出生に隠された秘密をベインスが語った事でリーズレットはショックを受けると思いきや、逆に笑みを浮かべていた。
「何がおかしい?」
「いえ。自分達で作っておきながら、こうして銃口を向けられているわけでしょう? それが可笑しくてたまりませんわね」
クスクス、と笑いが止まらないリーズレットの顔をベインスは苦々しい表情を浮かべながらも鋭い目つきで睨みつけた。
「だろうな。だから間違っていたと言ったんだ」
確かにリーズレットは完璧だった。
女神とも称された美貌を持つヴァイオレットの容姿、長く暗躍しながら組織を大きくさせていったカリスマ性。
マリィの持つ聡明な頭脳、彼女がデザインした特別な身体能力。
魔女と魔女の右腕たる2人が持つ長所を継承して、外見・中身どちらも完璧な人間として生まれた。
「完璧な存在が生まれ、これで研究が進むと思っていたのが大間違いだった……」
リーズレットが完成品と称されるように、彼女は幼少期を越えて立派な大人までに育った。
素体の抱えていた短命という問題点すらもクリアして寿命を全うするまで生きた。
「お待ちなさい。私の母……となっていたヴァイオレットは父と結婚していましたわ。それもあの女の計画でして?」
アドラが言っていた推測をベインスに問うと彼は首を縦に振った。
「そうさ。当時の組織はまだ帝国内部で勢力を伸ばしている途中だった。そこに丁度良く、お前の父が現れた」
当時、ヴァイオレットとマリィはベインスや他の構成員と協力しながら帝国国内を掌握して暗躍している真っ最中であった。
帝国帝都、政治を司る帝城、帝国皇室、帝国貴族……全てを掌握して個人の弱みを握り、全てを操れる状態であったものの、外国にはまだ組織の力はあまり浸透していなかった。
マリィ、ベインスは研究所を中心に活動を行い、魔女であるヴァイオレットは表向き帝都にある高級娼館のオーナーとして貴族や豪商の秘密を掴んだりと情報収集を担当していた。
そろそろ外国へ勢力を伸ばそうか。そう考えていた矢先に、ヴァイオレットの娼館へ現れたのがリーズレットの父であるアルフォンス家の当主だ。
リーズレットの父は外交部に所属しており、帝国との貿易協定に対して調整を行う為に帝国へ訪れた。
本人は乗り気じゃなかったようだが、帝国からの接待を断れずにヴァイオレットの娼館へ連れて来られたそうだ。これは紛れもなく偶然だったとベインスは語る。
とにかく、偶然現れた彼に目を付けたヴァイオレットは、外交部所属であったリーズレットの父を足掛かりにアドスタニア王国攻略を思いついた。
ただ、彼女の策略は彼女も想像していなかったであろう意外な方法で進む。
「お前の父はヴァイオレットに一目惚れしたようでな。その場で求婚したそうだ」
ハッ、と鼻で笑うベインス。対して、今度はリーズレットの表情が歪んだ。
「大した男だぜ。まさか魔女に求婚するとはな」
「あー……」
リーズレットは前世の記憶を掘り起こし、父の記憶に焦点を当てる。
前世の父はとても厳格で「貴族とは気品と誇りを常に持ち、模範となるべき行動をしなさい」と言うような、まさに王国貴族の正道を体現するような存在だった。
幼い頃のリーズレットには貴族女子としての教育を厳しく徹底的に施し、作法で少しの間違いを犯せば叱責、叱られている最中に言い訳や嘘を吐けば食事抜きといった具合の厳しい父親だった。
特に貴族女子とはこうあれと、貴族女子の在り方についてはかなり厳しく教育していた。
彼女が自分を『淑女』と称する事、淑女とはどんな存在か、どうあるべきか。そういったアイデンティティを形成するきっかけになったのは、紛れもなく父の教育と影響だろう。
前世も今も、父への感謝は忘れていない。厳しくも偉大な父であった、と胸を張って言える。
が、父の欠点としては独占欲に強い部分があったことだろう。
ヴァイオレットに一目惚れして即求婚したのは独占欲もあってじゃないだろうか。
自分よりも身分が下の者に対して尊重していると言いながらも「庶民から見れば貴族は憧れの存在、断らないだろう」という思い込み。
貴族家特有の先祖代々受け継がれた、貴族らしい上から目線の交渉と言わざるを得ない。
「他の男に好きにされるくらいなら、大金を積んでも自分の妻へ。妻となってくれるのであれば好きにして良い。なんて気前の良い条件だったそうだ」
男尊女卑の激しい帝国から出て、王国の貴族へ嫁ぐ。加えて妻となってくれれば自由にしていい。
恋愛経験の少ない貴族男子が言いそうなセリフだな、とベインスは鼻で笑った。
「お前が生まれたタイミングも良かった。お前の父親がヴァイオレットと偽りの生活を送りながら王国に入り込んだ頃だったからな」
そのタイミングでリーズレットが誕生。
唯一の完全成功作だったリーズレットは『人工的に創った人間が人として生活できるか、人の社会に溶け込めるのか』というテストの計画もあったので、ヴァイオレットの子供として偽装する事になった。
夫となったアルフォンス家当主との夜も元娼婦であったヴァイオレットが完璧に調整したようだが……。
「この辺りは又聞きや噂だがな。まだ聞きたいか?」
「いいえ。その部分は飛ばしなさい」
ククク、と笑うベインスに対してため息を零すリーズレットは、父と魔女の夜に関する事など聞きたくないと話題を変えた。
「私が婚約破棄されたのも、貴方達が仕組んでいた事ですの?」
「あれは……計画の副産物というか、上手い具合に転がった結果だな」
元々リーズレットが婚約破棄されるという出来事は想定していなかったようだ。
婚約破棄が行われる日から半年前の段階でヴァイオレットは王国での仕込みは十分、内部事情の把握も完了したと判断を下した。
あとはアドラを使った計画を実行するだけ、となって彼女は帝国へ帰還する事が決定していた。
ヴァイオレットはベインスや他の構成員と密会をして引継ぎを行っていたが、他人の男と会っている事がリーズレットの父にバレて理由を尋ねられた。
独占欲の強かった夫――ヴァイオレットにとっては偽装結婚ではあるが、自由にして良いと言いながらも束縛をしてくる彼に対してウンザリしていたようだ。
彼の束縛と独占欲はリーズレットが生まれてから特に強くなった。母親なのだから娘の教育に専念しろ、と。
王国で進めていた希少素材獲得に向けての計画やアドラという優秀な駒も手に入った。
王国に入り込み、内部を探る為の足掛かりとなっていたリーズレットの父はヴァオレットから即座に『不要』と判断された。
よって、半年後にアドラがクーデターを起こすシナリオに『アルフォンス家当主の反逆罪』を組み込んで排除する事にしたようだ。
このシナリオが進むと同時にリーズレットは反逆罪を犯した家の娘とされて婚約破棄を突き付けられる。
「当初の予定では、お前は王国騎士団に囚われてしまい、俺達に救出されて帝国に来るはずだった。だが、自力で逃げ出すとは思わなかったな」
狙いはあくまでも王国、そしてリーズレットの父。婚約破棄は想定していなかった、とベインスが語る。
「その後、俺が計画に変更を加えた。クーデター事件をお前の戦闘能力を見るテストとしてな」
ベインス達から見れば何とも上手く事態が転がったと言えよう。
リーズレットは復讐に燃え、秘められた能力を覚醒させた。
彼女の活躍もあってアドラが王となるためのクーデター計画も上手く進む。
ベインス達にとっては万々歳である。
「後はお前が一番よく知ってるだろう? 帝国研究所で作られた異世界の兵器を使い、多くの国を滅ぼした。俺達の為にな」
覚醒したリーズレット。王座に就いたアドラ。2人ともマギアクラフトの為によく働いたと言える。
リーズレットは新兵器のテストを行いながら敵を抹殺し、アドラは帝国と同盟を組んで。自覚は無くとも組織を支える事となってしまった。
「クソ野郎ですわね」
やはり全て仕組まれていたという事実にリーズレットはベインスを睨みつける。
「ハッ。クソアマと言いたいのは俺の方だ」
だが、ベインスもリーズレットへ吐き捨てるように言いながら睨みつけて態度を豹変させた。
「お前に武器なんぞ与えるべきじゃなかった。お前が脅威として育つ前に殺すべきだったッ!!」
彼は威嚇する獣のように歯を剥き出しにしながら吼える。
最初は良かった。制御出来ていた、とベインスにも自覚はあったのだろう。
だが、リーズレットは『完璧』である。
ヴァイオレットの容姿とカリスマ性。マリィの聡明な頭脳。作られた身体能力。
そして、彼女のアイデンティティである『淑女』たる振舞い。
彼女は凡人に希望を与える存在になった。
彼女が放つ眩しい程のカリスマ性を知れば知るほど誰もが虜になった。
死を待つ者達へ生きる道を示す存在となった。
虐げられてきた女性達が誰もが憧れる存在となった。
リーズレットは完璧を越え――淑女となってしまった。
「あの時、あの時にお前をッ!」
一時はリーズレットを確保しようという流れもあったが時既に遅し。
彼女を制御できなくなる前、彼女が組織を大きく成長させる前に、結婚させて大人しくさせてしまえば良かったのかもしれない。
だが、当時はデータを欲していた組織はその判断を下せなかった。
ベインスにとっても一番悔まれる判断ミスはここだろう。
「ふざけるなッ! ふざけるなよッ! 手に負えなくなって、やっと死んだと思ったら転生しただと!? ふざけるなッ!! お前が俺達の思い通りに動いていりゃあ、こうならなかったッ!!」
叫ぶベインスの顔には彼女へ対しての恐怖があった。
アイアン・レディが巨大化する兆しが見えた頃、再びリーズレットを確保・大人しくさせるべく彼女好みの男と婚約させようとしたが……。
アイアン・レディには優秀な人材と転生者が揃いすぎた。
少しでも敵の気配があればリーズレットに近づく男が処分されてしまう。
優秀な淑女に育てられた人材すらも簡単には手に負えなくなり、淑女が率いるアイアン・レディは『世界の悪』と称され、恐れられるほどの巨大な勢力として成長してしまった。
ベインス達は、ただ時が過ぎるのを待つ事しか出来なくなってしまった。
やがて時が経ち、伝説の淑女は寿命を迎えて死亡すると長き沈黙の時を破ったマギアクラフトはアイアン・レディを壊滅させるべく動き出す。
最大の敵対組織が消えた事で世界を掌握するべく動き出した。順調に計画は進み、アイアン・レディの系譜をこの世から抹消しようとすると……リーズレットが転生したと情報が入る。
ベインスが頭を抱え、過去への後悔に押し潰されそうになったのはこの時からだろう。
「魔法少女も造ったが……ただお前に殺されただけだ」
対リーズレット用に殺戮人形計画で蓄積された技術を使用して『魔法少女計画』を発動させるも、結果はご覧の有様である。
不老になって外見は変わらないが、時を経ていくうちにベインスの心には良心の呵責や親心といったものが芽生えたのか。
背後にあった培養槽に向ける彼の顔には悲しみに似た表情が浮かんでいた。
「ハッ。とんだ三流組織ですわね。これなら魔導映像に登場する悪の組織の方がよっぽどデキが良かったですわ」
しかし、リーズレットからすれば『滑稽』という一言に尽きる。
自分達が生んだ兵器にこうして足元を掬われて――いや、掬われるどころか壊滅させられそうになっているのだから。
「残念でしたわね? 貴方の言う通り、自分達の行いが間違っていたせいですわ」
全てはベインス達が始めた事で、お前が全ての原因と言われても八つ当たりにしか聞こえない。
今更後悔している事を告げられても遅い。リーズレットの愛した者達を殺した罪は消えやしない。
「ああ、全くだ。過去に戻れるならば、お前が誕生した瞬間に銃を撃つさ」
「そう。お生憎ですが、撃たれるのは貴方でしてよ?」
最後まで悪態をつくベインスを見下すようにリーズレットは笑う。
「殺す前に聞きたい事がありますわ。あのクソ豚女共はどこにいますの? どうせ、ここにはいないのでしょう?」
彼女はベインスを殺す前にヴァイオレット達の居所を聞いた。
今まで暗躍していた女達がこの場にいないのは想定済みである。いたとしても、攻撃を受けた時点で逃げ出しているだろう。
それくらいの素早さや判断力が無ければ、ここまで組織を大きくはできまい、と。
「……俺にも義理がある。簡単には吐けないな」
彼女の問いは正解だったか。ベインスの表情と口ぶりから、ここではない別の場所にいるのは察する事が出来た。
「そう? じゃあ、吐けるようにして差し上げますわ」
「俺と戦うか? 俺はお前を造った者の1人だぞッ!」
ベインスは叫んだ瞬間、着ていた白衣の内ポケットに右手を素早く差し込んだ。
差し込んだ内ポケットから手を出そうとした時、露出した手の半分が銃のグリップを持つような形になっている事をリーズレットの優れた動体視力が察知した。
銃を仕込んでいて、それを取り出そうとしたか。
ベインスが一瞬見せた余裕の表情と『お前を造った1人』という叫び声。
それらから判断するに、リーズレットは自分を殺す切り札があるのではと察した。
例えばAMBに似た何かが装填された銃。あるいは別の武器。
故にリーズレットは撃たれる前にベインスの肩を撃つ。
「ぐっ!?」
が、ベインスが取り出したのは銃ではなかった。
ペン型のスイッチ。それを銃のグリップとトリガーに指をかけるような人差し指を伸ばした形にして取り出したのだ。
拘束されてしまってはボディチェックで奪われる。その前に押すつもりだったのだろう。
肩を撃ち抜かれようとも、ベインスは意地でも手放さんと奥歯を噛み締めながら耐えた。
「やはり、お前は……ぐ、完璧だ」
リーズレットの性能をよく知るベインスは銃を取り出すように、あたかも反撃するように動けば彼女は銃を撃つと確信していたのだろう。
だが、この状況であればリーズレットは致命傷を避ける。肩を撃ち、容易く銃を撃てなくすれば良い。そう判断すると確信していたようだ。
撃たれても構わない。何たって銃じゃないのだから、狙いを定める必要も腕を動かす必要もない。
撃たれた衝撃と痛みに耐えて、あとはスイッチを押すべく指が動けばいい。
彼の言う通り、完璧な彼女の行動が裏目に出た。いや、完璧でありながら最初に拘束やボディチェックをしなかった、彼女らしからぬミス。
旧知の仲であるベインスとの再会に、真実を聞く事への欲と焦りが判断を狂わせたか。
それとも大人しく昔話を始めたベインスの策略か。
とにかく、情報を引き出すべく致命傷を避けた事が仇となってしまい、ベインスに僅かな猶予を与えてしまった。
「このッ!」
床に倒れたベインスはリーズレットが駆け寄って来る前にスイッチを押した。
すると、下層で爆発音が聞こえると同時に施設全体が大きく揺れた。
リーズレットが振動に耐えている瞬間――
「あばよ、お嬢さん……! 時間稼ぎさせてもらうぜ……!」
そう言って、ベインスは隠し持っていたメスで自らの首を深く掻き切った。
ブシュ、と激しく噴き出る血飛沫が飛び散る。
「ふざけるんじゃありませんわよッ!」
怒声に似た声を上げたリーズレットはベインスの首にある切り口を手で抑えるが、痙攣を起こしたベインスの体はすぐに動かなくなった。
「ファァァァックッ!!!」
彼女は真っ赤に染まった両手を握り、傍にあった機材へ強く拳を叩きつけた。
リーズレットをよく知るからこその悪足掻き。
自らの口で情報を吐くという屈辱も味わう事無く、更には愛すべき仲間を殺した事への復讐すらもさせずに。
最後の最後で嘲笑うかのように、ベインスは自殺した。
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