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本編
111 彼女の想い
しおりを挟むリーズレットとロビィはまず戦艦の調査を行った。
まずは外観をぐるっと見て回りながら観察。
戦艦は大剣の刃のような先が尖がっていて、その上に様々な装備や艦橋(ブリッジ)等の船にはお馴染みの設備が乗っかっているようなフォルムである。
従来の船のように底面が湾曲しているのではなく、平らになっているのが普通の船とは違うと思わせる最大の要素だろうか。
といっても、フォルム的にも積まれている装備的にも現代で生産されている船とはあまりにもかけ離れているが。
半円を描くように右側面から左側面へと外観を見て回っていると、ロビィが乗り込みましょうと言って端末からの遠隔操作でタラップを起動した。
「まずはブリッジへ。リトル・レディとのリンクを繋ぎましょう」
端末から艦のデータをダウンロードしたロビィの案内で戦艦の内部を進んで行く。
中は船員用の個室や食堂など生活に必要な施設は全て揃っているようだ。
加えて、一番面積が大きいのは兵器格納庫だろう。
超巨大戦艦と称するに相応しく、格納庫には機動戦車が10台は積み込める専用スペースがあった。
航空機であるナイト・ホークとイーグルのようなヘリ格納庫も別口で用意されており、出撃の際は各兵器専用の昇降機で甲板まで運搬される仕組みのようだ。
戦艦に配備された砲塔などの兵器類も搭載可能兵器と同じように普段は兵器格納庫に収納されている。
こちらも起動すれば専用の昇降機で甲板へ出される仕組みだ。
故に、対戦闘用意がなされていない状態の戦艦はスッキリした見た目になっている。
戦艦自体に武装も十分積まれているが、輸送船とも呼べるほど十分なスペースを持つ格納庫が最大のウリでもあるのだろう。
少々狭い廊下を歩きながら艦橋へ向かう途中、ロビィは船内の奥を指差した。
「奥が動力部です。積まれているのは大型リアクターが6機。補給無しでの最大稼働時間は2週間です」
機動戦車に積まれている大型リアクターが6機も搭載されていることで驚異的な稼働時間を生み出す。
補給せずに2週間も通常稼働できるのはアイアン・レディが生み出した兵器の中でも最長クラスだ。
いざとなれば避難所としても使う事を想定していたのだろうか。
「こちらです」
階段を上がって行くと電子機器が満載されたブリッジに到着する。
中央には艦長が座る椅子、周囲には各オペレーターに用意された場所もあるがこの戦艦を動かすには無人でも構わないとロビィは告げる。
その理由は戦艦に搭載された情報処理ユニットのおかげだろう。
「リトル・レディと繋ぎます」
リリィガーデン王国地下にあるリトル・レディがインストールされた装置と同等の物が戦艦には搭載されており、リンクを繋げばリトル・レディが遠隔操作で操舵する事も可能だからだ。
王国地下に存在するリトル・レディはリンクが繋がると自分を複製し、戦艦内にある装置へインストールを行った。
これでタイムラグ無しでこの戦艦を操作できる。
『レディ、少々お時間を頂きたく。これから全システムの最適化を行います』
己を複製したリトル・レディは、この複製を戦艦専用に最適化すると告げる。
許可したリーズレットは作業を任せると、一旦上に戻ると言った。
「アルテミスを連れてきますわ」
「お手伝いします」
戦艦をリトル・レディに任せ、ロビィと共に再び上の施設へと戻る。
アルテミスを抱え、ロビィと協力して下の施設まで運び込んだ。
ロビィに用意してもらった物資保管箱を棺桶代わりに彼女の遺体を丁寧に入れて、船内まで運ぶとリリィガーデン王国へ戻ったら埋葬しようと頷き合う。
『レディ、ブリッジへお越し下さい』
船内放送で呼ばれたリーズレットは再びブリッジへ。
すると、エネルギー供給がされておらず起動していなかった各電子機器にはランプや光が灯っていた。
ブリッジ前方、外の景色や様々なデータを映し出す180度大型モニターも外の景色を映し出していて起動済みのようだ。
『レディ、全システムの最適化が完了しました。それと、艦内のデータストレージをチェックしていたらDr.アルテミスのメッセージを発見しました』
「再生なさい」
『イエス、レディ』
数秒待つと、ブリッジのモニターにノイズが走った。アルテミスが残したのはビデオメッセージのようだ。
ザザザ、と走るノイズ音が終わると一瞬だけ画面が暗転する。
その後に登場したのは大人のレディに成長しながらも、相変わらず白衣を着たアルテミスの姿だった。
セミロングの銀髪に黒ぶちのメガネをかけて。懐かしい顔を見て、リーズレットの顔は自然と笑みが浮かぶ。
『マムへのメッセージを残すよ』
ごほん、と軽く咳払いしたアルテミスは撮影機材に向けて真剣な表情を向けた。
『マムがこれを見ているということは、恐らく私はもう生きていないだろうね』
己の未来を語るアルテミスの顔が少しだけ苦痛や苦悩を孕むような表情に歪む。
『できれば、転生したマムと再会して……。フロウレンス達の仇をとりたかったな。一緒にいられなくてごめんなさい』
画面の中にアルテミスは目を閉じてふぅ、と大きく息を吐いた。
『敵の正体は……。一人だけ心当たりがある。私が帝国研究所にいた時、私の世話をしていた女性。マリィという名の転生者だよ』
マリィ、彼女はこの世で初めて見つかった転生者である。
帝国に異世界技術を差し出しながら他の転生者の回収も推奨していた者で、研究所ではかなりの権力を持った女性だったとアルテミスは語る。
『マムを転生させる為に用いた技術の一部は彼女が前世で得た技術なんだ。彼女はそう……所謂、私の先生みたいな存在だった』
マリィは生体工学という技術を持ってこの世界に転生した。
アルテミスがリーズレットを転生させる為の計画『Lady Revive作戦』のファーストプラン、ラムダの体を作った技術はマリィから教わった生体工学を用いたと言う。
彼女はその技術に他の転生者が持つ技術を組み合わせ、リーズレットを見事転生させた。
『敵がアイアン・レディを壊滅させた理由はマムの脅威もあっただろうけど、私達のような転生者を始末する事も含まれていたんだと思う』
アイアン・レディには多数の転生者がいた。転生者達はこの世に持って来た技術を使い、組み合わせ、独自の技術として昇華させていった。
それらがアイアン・レディの兵器に転用され、最強の傭兵団が誕生したのだ。
故に、マギアクラフトはその独自技術を抹消、もしくは獲得しようと目論んだのだろうと彼女は語る。
『大爆発が起きてからアイアン・レディの拠点には多くの敵が押し寄せたみたい。通信不可能になってしまったから正確には分からないけど、フロウレンスも他の皆も……』
恐らく、マギアクラフトに殺された。
殺され、無人になった拠点から技術を運び出したのだろう。
アルテミスは旅の途中、立ち寄った拠点の中身が空っぽだったと言って自分の推測が当たっていると確証を得たようだ。
『この拠点も敵に渡ってしまうかもしれない。そう思うと怖かった。ここにはみんなで考えた最後の兵器があったから』
それはこの戦艦、レディ・マムの事だろう。
確かにこの戦艦が敵の手に渡ったと考えると恐ろしい。海を支配され、海に面した場所に首都があるリリィガーデン王国は一気に不利になる。
『だから、私は上に偽装用の施設を作ってそこで自分を封印する事にしたんだ。運が良ければまた会える、そう願ってね』
アルテミスは力なく笑う。どこか、自分の死ぬ未来が見えているような顔だった。
リーズレットは何故そんな事を、と小さく呟く。すると、彼女の呟きを予見したかのように画面の中にいるアルテミスは再び語り始めた。
『私には少し罪悪感があったんだ。マムは年老いて死んじゃったよね。夢を叶えたかったとも言っていた。皆はマムの夢を叶えてあげたいと決意して、私も最初はそう思ってたけど……』
数秒俯いたアルテミスは再び顔を上げた。
『途中で、本当にマムは生き返る事を望んでいるのかなって疑問を抱いちゃったんだ。敵を排除できずにいた私達の尻拭いをさせるような……。また戦いに身を投じる人生を送らせてしまうかもって』
リーズレットは死ぬ前に、確かに結婚という夢を叶えたかったと言っていた。
だが、本当にリーズレットは生き返る事を望んでいるのか。
彼女が彼女である証を持って転生すれば、再び戦いに巻き込まれるのは明白だ。
本当はもう戦いたくないと思っているんじゃないか。
リーズレットではない、別の人間に生まれ変わって――その人生で幸せを掴む方が良いのではないか。
アルテミスの瞳から涙が零れた。
『それでも、私は……。ママに会いたかった! 大好きだったみんなが死んで、1人じゃ仇は討てないよ! ママしか頼れる人がいなかったんだよ!』
嗚咽を漏らしながら泣きじゃくるアルテミスは、内に秘める感情や想いを爆発させた。
愛すべき母に会いたい。
愛すべき仲間達を殺した者達に復讐を遂げたい。
彼女が最も頼れる人物を再びこの世に復活させて、本人に苦痛を強いてでも自分と共にいてほしい。
なんと身勝手な願いだろうか。なんと傲慢な子供だろうか。
アルテミスはそれを自覚していながら、それでも望まずにはいられなかった。
『ごめんなさい。私の都合で、身勝手に転生させて。また戦う人生にしてしまったかもしれない。それでも、それでも……。私は大好きだったみんなの仇が討ちたいよ……。ママに会いたいよ……』
アルテミスは泣きながら「昔に戻りたい。皆が揃っていた、あの幸せだった頃に戻りたい」と何度も叫ぶ。
「アルテミス……」
本人の意思を問わず、転生させようとした罪悪感。
再び戦いに身を投じる人生を強要してしまうことへの罪悪感。
だから、彼女は偽装施設に自分を封印して囮となったのだろう。
敵の中にいる『先生』が優秀だった生徒を見つければ『障害』であると感じるはず。
そして、大層立派な施設の中でその障害が眠っていたら、この施設は彼女が生きる為の施設なのだと勘違いするように仕向けたのだろう。
本当は一緒にいたい。共に生きたいが、罪悪感を抱えていたアルテミスの罪滅ぼし。
『ごめん、ごめんね、ママ』
映像の中にいるアルテミスは涙を流しながら手を伸ばす。
「馬鹿ね。そんな事、気にしなくてよくってよ」
リーズレットもそう言いながら、掴めるはずのない彼女の手を取ろうと腕を伸ばした。
『私も、みんなも、ママを愛してる。この気持ちはずっと変わらないから。私、ママが幸せになれるよう頑張るから』
最後に映ったアルテミスの顔には涙を流しながらも決意の表情があった。
「私も、貴女を愛しているわ。他の皆も、全員、ずっと愛しているわ」
リーズレットは愛に満ちた笑みを浮かべて、暗転していく映像の中にいるアルテミスを見送った。
彼女が最後に爆発させた願いは身勝手で傲慢だったのだろうか。
「私、後悔や苦痛など1つも感じていませんわ」
いいや、違う。
彼女の想いは当然のこと。愛する者を望んで何が悪いか。
生きて再会できなかった事だけが残念だ。もしも、生きて再会出来ていたら……。
そう考えている最中、水を差すように艦内には緊急事態を告げるブザーが鳴った。
『レディ。敵組織の拠点と思われる施設から大型ミサイルが発射されました。計算の結果、着弾地点はリリィガーデン王国と連邦首都を含みます』
リトル・レディによる観測と計算から割り出した着弾地点。落ちれば国の首都はどちらも消し飛ぶだろう、と予想された。
「阻止する為にはどうすればよくって?」
『この戦艦を使用すれば防げます』
リーズレットの問いにリトル・レディは即座に答えた。
「そう。……アルテミス、ありがとう」
改めてリーズレットは愛すべき子へ感謝を口にする。
彼女がいてくれてよかった。彼女がこのギフトを残してくれてよかった。
未来に生きる、アイアン・レディの構成員が残した子孫達を守るために。
「私は、恵まれていますわね」
リーズレットは目を閉じて、今は亡き仲間達の姿を思い浮べる。
仲間達は自分を愛していると言ってくれて、命を懸けて戦ってくれた。
幸せを望んでくれた。
「必ず幸せになりますわ」
リーズレットは大きく息を吐いた後に目を開けた。
彼女は艦長席に座って脚を組む。組んだ脚の上に組んだ両手を置いて。
「ですが、まずはクソ豚共を全員ぶっ殺して差し上げねばなりませんわね」
彼女は華が咲き誇るように笑って告げる。
「全システムを起動して発進なさい。愚かな豚共に地獄を味あわせてやりますわよ」
『イエス、レディ』
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