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本編
99 連邦西部開戦
しおりを挟む雪が雨に変わり、冬の終わりを予感させるとリリィガーデン王国は連邦西部へ向けて進軍を開始した。
連邦西部の制圧はとても簡単だった。いや、西部連邦軍自体が機能していなかったと言うべきだろう。
肉盾にするつもりだった難民は暴走して一般人を襲い、多くが収容・処刑されている状況。
麻薬汚染による暴行事件に続き、変死事件によってジャンキー共はバタバタ死んでいく。
死亡リストに多数含まれていた軍人達の補充が間に合わず、想定していた防衛作戦を遂行できないほど西部連邦軍は機能が麻痺していた。
その状態で迎えたリリィガーデン王国軍の攻撃は苛烈の一言に尽きる。
むしろ、敵がそのような状態だと知っていたからだろう。
まず最初に狙われたのは西部に新設された前線基地である。
敵基地を目指して地上ではサリィの駆る機動戦車が先陣を斬って突撃し、後ろに魔導車隊が続く。
空には対空兵器を意識したフレア発射装置を増設したナイト・ホーク隊。加えて人員輸送を念頭に置いたイーグルが続く。
手順としては、囮となったナイト・ホークが制空権を獲得する動きを見せる。
その機体に対空兵器が発射され、位置を特定したら地上にいるサリィと魔導車隊が対空兵器破壊を目指して直進。
「ふぁいやーですぅ!」
通常の徹甲弾を装填した第一主砲が西部前線基地の真正面から放たれる。
敵基地の中心を穿つように発射された弾は施設内にある、あらゆる建物を破壊した。
貫徹力のある弾を連射され、敵基地の施設はボロボロ……どころか、破裂する勢いで壊れた。
対空兵器に至るまでの邪魔な建物を破壊し尽くすと本命となる兵器を撃ち抜く。
連邦軍も魔法防御兵器を展開してはいたものの、マルチロック式のミサイルと驚異的な主砲のせいで亀のように篭ることしかできない。
対空兵器がいくつか壊れて空の行動が自由になればリリィガーデン王国軍の動きは更に速まる。
対空兵器の攻撃をすり抜けた攻撃型のナイト・ホークとサリィの機動戦車が制圧攻撃を開始。
その間、輸送用のイーグルが敵基地内に特殊部隊を輸送。
歩兵隊による基地内制圧が始まって、魔法防御内に篭る敵への近接戦闘が開始される。
人自体を遮れない魔法防御は内に侵入してしまえば良い。敵兵を排除し、兵器自体を破壊すれば良し。これが最も単純で簡単な対処法である。
この単純明快な攻撃を支える要因は攻防速と全て揃った機動戦車が手に入ったからだろう。
スペック自体は時代的にオーバーテクノロジーの塊、初代チーフの意思を継いだサリィの操縦テクニックが相まって連邦に止める手立て無し。
リアクター量産問題で機動戦車自体を量産できぬのが惜しい。
とにかく、こうして連邦の前線基地は堕ちた。
一番の成果はこの戦いにおいて、リーズレットとラムダが手を出していないというところである。
「終わっても気を抜くな! まだ敵が潜んでいる可能性もある!」
編成された軍全体に声を張り上げるのはマチルダ。彼女は冬の間、新兵を徹底的に教育した。
グリーンチームを育てた手腕、加えてリーズレットの教えを説いて。
リーズレット本人からすれば「まだまだ」と新兵を評価するだろうが、連携自体は問題なく機能している。
所謂、使い物にはなっているという状態だ。
人手不足で悩むリリィガーデン王国軍は、今までリーズレット達や特殊部隊など一部の人間が戦場を支えている状態であった。
しかし、冬を終えて未熟な新兵達が使い物になったのはやはり大きい。
同時にマチルダの有能さを示す事にもなっただろう。
「マム。予定通りに進軍致します」
「ええ。よろしくってよ」
西部前線基地を堕としたリリィガーデン王国軍が次に向かうのは連邦西部にある街だ。
街を堕とし、そこを足掛かりとして連邦を叩くつもりであった。
前線基地を堕としたリリィガーデン王国軍は中央連邦と西部軍が動く前に進軍を開始。
麻薬問題の混乱に乗じて一気に街まで攻め入った。
ここでも使用した戦術は同じであるが、一般人がまだ残る街の制圧は前線基地よりも容易だったと言える。
国内のゴタゴタで荒れに荒れた連邦は初動が遅れた。故にリリィガーデン王国軍の素早い動きに連邦は着いて行けなかったのだ。
街に住む一般人を後方へ逃がすので精一杯。防衛はしたものの、配備された兵器類を使いこなす事もできない。
あっけない程、簡単に街は堕ちた。
-----
西部制圧から1週間後、事態が動き出す。
「マム、北部へ向かう部隊の編制はこのようになっております」
王国の考えでは西部の街を堕とした後、北部と中央2つの目標に向けて部隊を別けるつもりであった。
リーズレットと共に北部へ向かってアイアン・レディの秘密拠点を捜索する部隊。
もう1つは中央へ向かって進軍して前線を押し上げる部隊。
隠された拠点を探し出し、最後の遺産を獲得したら連邦中央を堕とす。そしてマギアクラフトの本拠地を探し出して攻撃を開始する……予定であった。
しかし、西部の街を拠点化して王国からの物資輸送ルートを確立している最中に、街へ向かって来る連邦軍大隊を偵察部隊が捉えたのだ。
多数の攻撃兵器、魔法防御兵器と共に進軍して来た連邦大隊。
リリィガーデン王国軍はこれを迎え撃ち、殲滅してから次の行動に移る事と決定。街から10キロ離れた平地で敵を迎え撃つべく、リリィガーデン王国軍も進軍を開始した。
確立した戦術、同時に展開していた戦線が1つになった事で集中した歩兵部隊の人数。
リリィガーデン王国は万全と言える状態であった。敵大隊など時間を掛けずに殲滅できると思っていたが……。
「敵、高速で接近!」
「あれは……人、か?」
前方からやって来る敵大隊を肉眼で捉えると敵の中から2つの影が空中に浮かんで飛び出した。
2つの影は真っ直ぐリリィガーデン王国軍へと向かって来る。よく見れば、それは棒のような物に跨る2人の人間であった。
魔導車の全速力にも劣らぬ速さでやって来るものの正体はマギアクラフトが投入した魔法少女。
「行くよ! アリア!」
「うん」
魔法少女マキとアリアは箒に跨り、空へと掲げた手の中に魔法で作られた炎と氷を溜める。
一方、向かって来る物体が魔法少女であると気付いたリリィガーデン王国軍はリーズレットの指示によって何らかの動きを見せるが……。
「遅いって!」
ニヤリと口角を上げて笑ったマキは魔法の炎を溜めた手を振るう。
放たれたのはマジック・クリエイターが作り出し、魔法少女が新たにインストールした新魔法。
地面に落ちた炎の塊が動き出すと草の生えぬ荒野に炎の蛇が生まれ、リリィガーデン王国軍の先頭にいた集団1つをぐるりと炎の体で囲む。
囲んだ兵士達が混乱している中、炎の蛇は竜巻のような巨大な火柱へと変化した。
中にいた兵士達は灰すらも残らず燃え尽きる。
「邪魔」
もう1人の魔法少女、アリアも同じく手を振るう。
彼女が放った氷の魔法はマキが狙った集団とは別の集団を襲う。
発現した魔法は空から氷の槍が降り落ちるといったものだった。
落ちた槍は兵士達の体を貫き、それどころか魔導車の装甲すらも突き破る。
2人の魔法少女が放った魔法は下手な魔導兵器よりも広範囲に及ぶ。
彼女達は魔法少女を作り出したマギアクラフトの想定通り、戦場での広範囲殲滅を忠実に再現してみせた。
「あはは♪ やっぱ雑魚じゃん!」
強化された己の能力を使い、楽しむように人を殺すマキ。
「……油断しないで、マキ」
快楽に酔うマキを諫めるアリア。だが、彼女の忠告は正しい。
「ファッキンビィィィィィッチッ!!」
箒に跨って飛ぶ2人へミニガンを乱射しながら叫び声を上げたのはリーズレットだった。
彼女は魔導車に装備されたミニガンで魔法少女の箒を狙う。空を飛ぶ魔法少女を地上に叩き落し、接近戦に持ち込むつもりのようだ。
「あは! お姉様、見つけた!」
だが、マキは飛んで来るミニガンの弾を高速移動で避けながら、手の中に再び魔法で作った炎を溜めた。
「お姉様、覚悟してよね! 今日こそ殺してあげるんだから!」
過去に首都で受けた屈辱を返してやる。そんな事を思っているのだろう。
マキは自分の唇をぺろりと舐めてリーズレットへと突撃して行った。
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