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本編
98 春の訪れと共に
しおりを挟む雪が降る日々が続いていた大陸であったが、徐々に雪の降る日が減り始めて冬が終わる気配が見えてきた。
連邦人は春の訪れを感じ始め、活動的な季節に向けて準備を始める。
連邦中央政府も軍行に支障の出る季節が終わると同時に攻勢へ出ようと目論んでいたのだが……。
春に向けての準備は大幅に遅れる事となった。その始まりは1ヵ月前に遡る。
「ウワアアアアッ!」
「きゃああ! 助けて!」
「向こうで男が刃物を振り回している! こっちだ!」
連邦各地方、特に西部と南部を中心に一般人による暴行・暴走事件が多発。事件は連日昼夜問わず発生したのだ。
連邦中央政府は被疑者リストに難民と連邦国籍による若者が含まれる事から、当初は国への抗議かと予想していた。
しかし、事態は徐々に深刻化していく。
中央政府が西部・南部に駐留する連邦軍を事件の鎮圧に投入するが、徐々に被疑者の中に事件を鎮圧するはずの連邦軍人が含まれ始めたのだ。
一般人や難民による刃物を振り回した傷害事件から魔法銃を使用して無差別に人を殺す重大事件に変貌を遂げる。
これにより、西部・南部に駐留する軍や街の一般市民に大きな被害を出した。
しかし事件は終わらず、事態は一向に収まる気配が無い。
ようやく重い腰を上げた連邦中央政府が調査に乗り出す。
中央政府が調査した結果、西部と南部の街を中心に麻薬が流行っていると分かった。
しかも、その麻薬は製造地が一切不明。どこから流れて来たのかと流入経路を追うと、一部は共和国の難民が持ち込んだ物であると判明。
その線を追って調査していくと見えたのは敵国の姿だった。
リリィガーデン王国が連邦を麻薬汚染させようとしている。連邦中央政府はようやく真実を見抜いたのだが…もはや手遅れであった。
連邦政府が麻薬を使用しないよう呼び掛けるが、麻薬を摂取した被疑者による暴走事件の発生は未だ続く。
中央政府が派遣した調査隊による臨検で販売組織の存在を掴み、拠点を潰して回るが末端の売り子しか拘束できず。
この時既に、2ヵ国の難民と連邦人を含む40% 以上が麻薬に汚染されていた。
しかも、そのほとんどが難民と軍人。加えて未来を担う連邦の若者達。
リリィガーデン王国との戦争中、一番の戦力となり得る層が汚染されてしまっていたのだ。
すぐに中央政府は薬の根絶に動き出す。摂取した者達を隔離したり、治療しようともした。
しかし、麻薬とは怖い物である。依存症になった者達はクスリで見れる『夢』を忘れられなかった。
「ようやく入荷したよ」
春と同時に連邦が地獄を迎える発端となったのは、依存症状が軽い者から始まった。
中央政府の調査隊による取り調べを上手くすり抜けた者、一般人の中に潜んで未だ発見されていない者。
彼等は摘発以降、新しく入荷した『夢見るクスリ』を購入。
新しく入荷したクスリは以前よりも効果が高く、すぐに夢の中へ堕ちた。依存症状が軽かった者もすぐに重度のジャンキー化に至る。
しかし、本人達は「大変満足」と評価した。何たって、前よりも効果が高くすぐに夢を見れるのだから。
購入者達は今度は政府に潰されないよう、信頼できる者同士の口コミで存在を広げた。
この行為が後に調査隊が出遅れてしまった原因、地獄の始まりであった。
「あはは……たまんね~」
新しいクスリを購入した連邦の若者が仲間と共に裏路地でクスリを使用していた。
彼等は新しいクスリを使用した回数は僅か2回。たった2回の使用で製造者が望む効果が現れた。
「本当だよ――ああ? あ? あれ、光が……」
若者の1人が目を虚ろにしながら鼻血を垂らした。
鼻血を垂らした若者が地面へと倒れ、太陽の光を見ながら――そのまま死亡した。
「ああ~? なん……あれ? 眩しいなぁ……」
また1人、鼻血を垂らして地面へ堕ちる。
また1人。また1人と光を感じながら死んでいく。
若者達が大人から隠れてたむろしていた裏路地には6人分の死体が出来上がった。
中央政府が重い腰を上げた事で暴走事件の数はゼロにならなかったものの、確かに数は減りつつあった。
しかし、春の訪れと同時に今度は『変死事件』が多発したのだ。
現場を訪れた調査隊は捜査に乗り出すが、
「またクスリか……」
死因は明白であった。
何故なら死体の傍に『粉』の入った袋が落ちていたのだから。
以前に回収したクスリはマギアクラフトに成分調査を依頼しているが、今回もリリィガーデン王国の仕業だろうと調査隊はアタリをつける。
「マズイですよ。流入経路の封鎖が出来ません。もう国内は荒らされてしまっていますし、これ以上防ぎようも……」
「ああ……」
連邦は気付くのが遅すぎた。
2ヵ国の同盟国を失い、既に国内も侵食されていたのだ。
中央政府も既に気付いているだろう。
2ヵ国を最初に狙ったのは連邦への一手を施しながら、最大の国土を持つ連邦を内部から腐らせる時間稼ぎであったと。
連邦は自覚せねばならない。圧倒的不利な状態から戦争が再スタートする事を。
中央政府は麻薬汚染に対して成す術無し……とは公表できず。国民に対して謎の奇病と苦しい言い訳をして、新聞社に圧力をかけると事件を封殺した。
その後、何とか事件から意識を逸らさせるべくポジティブな話題を捏造するといった手段を講じる。
軍人達には麻薬へ手を出せば厳しい処罰をする、と既に汚染された軍人や難民を射殺する場面を直接見せて。ジャンキー共を見せしめにして規律の強化を図った。
連邦中央政府は何とか体裁を整え、戦争に挑もうと西部と南部へ更に部隊を派兵しようとするが――
「マグランさんよ。万が一に備えて中央の守りを厚くした方が良いぜ」
「何故だね?」
大統領官邸、大統領執務室には連邦大統領マグランとマギアクラフト隊の隊長であるジェイコブが話し合いを行っていた。
「もう西部も南部も役に立たねえ。既に相手は西部に向けて大隊を向かわせているだろうよ。奴等の狙いは中央だ。この機会に乗じて一点突破してくるだろうな」
ジェイコブはマギアクラフト本部からの情報と連邦国内情勢を鑑みて、リリィガーデン王国の動きを予想した。
それを告げるとマグランは「馬鹿な」と一蹴。
麻薬汚染されたと言っても、連邦軍にはまだ戦力が残っている。西部にはまだ正常な軍人達は残っているのだ。
そんな早く突破されるなどあり得ない。
リリィガーデン王国をまだ過小評価する……いや、現実を直視できないマグランは否定し続けるが――
「大統領! 西部の前線基地が堕ちました! 敵は街に向けて侵攻したと報告が!」
執務室の中へ慌てて駆け込んできた秘書官は顔面蒼白で叫ぶ。
「ほらな?」
対し、ジェイコブは「くくく」と小さく笑いながら言った。
「国内復興の考えを今からまとめておくんだな」
「なに?」
そう言って立ち上がったジェイコブに大統領は苦虫を噛み潰したような顔で問う。
「主戦場となる連邦の西部は荒れるだろう。なんたって、うちのお嬢2人が出るんだからな」
マギアクラフトもいよいよ本気でリリィガーデン王国と――いや、リーズレットと対峙する事にしたようだ。
ジェイコブは魔法少女2人が戦場に投入される事を告げ、執務室を出て行った。
長く続いた戦争もマギアクラフトの本格的な介入によって、いよいよ終盤を匂わせ始めた。
果たして勝つのはどちらか。いや、生き残るのは誰なのか。
大統領官邸の廊下を歩くジェイコブはニヤリと笑う。
「巻き込まれて死ぬのだけは御免だぜ」
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