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本編
83 共和国首都攻撃 1
しおりを挟むリーズレット達はアドラの研究所からリリィガーデン王国軍が待機する共和国東部の街へ帰還した。
「状況は変化ありまして?」
マチルダとコスモスに出迎えられた彼女は現在の状況を問う。
「共和国軍は領土内に散っていた軍を首都に呼び寄せ、首都防衛を行うようです」
国の中枢たる首都が堕ちれば政治の機能が麻痺してしまう。頭が潰れれば軍隊が生きていようと統率が執れず、あとは死を待つのみとなろう。
共和国が首都防衛に力を入れるのは必然と言える。
「そう。私の方も収穫がございましてよ」
リーズレットはマチルダ達に司令室として使われている街の宿へ案内されると、ロビィを呼んでメモリースティックの中身を映すよう指示を出した。
ロビィは胸にある装甲板を外し、ソケットへスティックを差し込むとモニターとして機能する頭部に内容が映し出された。
映し出されたのは前時代の地図上に赤点が2ヵ所打たれた画像ファイル。
「現在の地図と重ねて場所を割り出して下さいまし」
『ウィ、レディ』
ロビィの頭部モニターに映る地図に現在の世界地図画像が重ねられる。2ヵ所の赤い点は共和国北部から北東にある山と連邦北西にある海岸だと分かった。
「これは?」
「私が前世で死んだ後、アイアン・レディのメンバーが極秘で作った拠点だそうですわ」
ブライアンの問いにリーズレットが答えた。
一番近いのは共和国北部の街から更に北東へ向かった場所。こちらは地図でもわかる通り、大きな山を示していた。
山の麓なのか、それとも山の中なのかは分からない。
もう一ヵ所は連邦北部から北西に向かった海岸で、情報部曰く崖になっているような場所だそう。
どちらにしても現地での調査は必要だろう。
「先に確保しに向かいますか?」
「……いえ、共和国を堕としましょう。連邦内を汚染するには時間が掛かりますわ。その間にここを確保しに向かいます」
ブライアンの問いに少し悩んで答えを出したリーズレットは、一番近い場所である共和国北東にある赤い点を指し示す。
首都を堕とした後に北部へ移動。その後、北東へ拠点を探しに行くといった流れを説明した。
「よろしいのですか? アイアン・レディの遺産も重要かと思いますが、マムに向けたメッセージがあるのではないでしょうか?」
マチルダは2つの拠点にそれぞれ向かったというアルテミスとユリィの痕跡が残されているのでは、とリーズレットが嘗ての仲間を思う心境を重視するように告げる。
しかし、彼女の言葉に対してリーズレットは首を振った。
「共和国を残しておいて反抗されても面倒でしてよ。無駄に兵を戦死させるわけにはいきません。ここまで追い込んだのですから確実に息の根を止めて連邦を囲みましょう」
確かに2人がアドラの拠点を旅立った後、それぞれ拠点に辿り着いたのか彼女は気になっているだろう。
しかし、そちらに没頭してリリィガーデン王国が再び窮地に陥ってはどうしようもない。
今生きている仲間の子孫達を生かす事の方が遥かに重要だと彼女は考えを口にした。
「首都攻撃の準備は整っていまして?」
「はい。既に」
リーズレットの問いにブライアンが答えた。
「では、進軍を開始します。首都を堕としますわよ」
彼女は帰還から数時間も経たず、共和国首都に向かって動き出した。
-----
リーズレットがアドラの研究所に向かい、帰還するまでの期間は5日弱。
共和国首都にいた軍司令と貴族達にとっては激動の5日間と言うべき事態が起きていた。
まずは連邦大統領との同盟会議に赴いていた共和国大統領一団が事故に遭ったと報告が入る。
大統領と側近は死亡と事故現場に向かった連邦軍から報告を受けて、後の政府指導権は国会の議長に一時委任される事に。
が、議長は議長で「まずは戦争を終わらせる事が急務」と発表。
戦争を早期に終わらせるよう軍の最高司令官に指示を出し、国の運営に関してはそれからだと迅速な対応が求められるその場から逃げるように退室。
大統領死亡という緊急事態で自分が案を出し、それを後々問われるようなリスクは避けたかったのだろう。つまりは、責任から逃れて軍に対応を押し付けたのだ。
他の貴族達も以前までは強気な発言をしてはいたものの、大統領という責任を取る生贄がいなくなった瞬間に口を閉ざした。
それどころか、一部の貴族は早々に北部へ移動する者まで出る始末。
「共和国貴族はどいつもこいつも腰抜けで、安全圏からしか物を言えぬクソ野郎揃い」
そう言葉を漏らしたのは尻拭いを押し付けられた軍の司令官。
共和国首都から次々に脱出していく貴族達を見送りながら、彼は首都の軍部にある執務室で国に巣食う害虫共への怒りを露わにした。
しかし、彼は大人しく生贄になったわけでも望みが無くなったわけじゃない。
マギアクラフトの本部から移送された新兵器が届いたのだ。
向こう側はデータ取りのついでだろうが、新兵器は新兵器。共和国軍の司令官があっと驚くような、今までにない画期的で強力な兵器が揃う。
しかも、マギアクラフトが抱える私設部隊と技師付きで。
最新式の魔法銃と装備を装着し、よく訓練された兵士。加えて魔導兵器に詳しく突発的なトラブルがあったとしても対処が可能な技師の派遣は共和国軍にとって心強い。
ただ、問題を挙げるとすれば共和国首都に新兵器と共にやって来たマギアクラフト私設部隊の態度だろうか。
「魔導兵器はこちらで管理する。貴様等はドラゴンライダーと歩兵で防衛しろ」
明らかに共和国を見下し、援護してやるからお前らは前線で死ねと言わんばかりの防衛作戦を提案してくるマギアクラフト兵に共和国軍は怒りを覚えた。
覚えたが……共和国軍は怒りを堪え、不満を飲み込まざるを得ない。
ドラゴンライダーを堕とす新兵器、前線基地を粉砕する破壊兵器を持ったリリィガーデン王国軍に対して万全の状態で迎え撃つにはマギアクラフトの協力が必要不可欠だ。
態度に難があるが、国を失うよりはマシ。
「ここで踏ん張れれば。ここで攻守逆転できれば司令が次の大統領になるのも夢じゃありません。そうなれば、逃げ出した貴族共を排除できましょう」
「首都にいる浮浪者や路上生活者も前線に投入しましょう」
部下達が前向きな未来を口にするという事は、マギアクラフトの参戦で多少は希望が抱けているのだろう。
「そうだな。逃げ出した貴族共と、残った私達。どちらが正しかったか証明してやろうじゃないか」
希望、奮起、輝かしい未来。連邦と肩を並べていた共和国人のプライドが軍の士気を支えていた。
こうして激動の5日間を終え、さらに2日後。
共和国軍は首都の前面に10万の兵を展開。兵の内訳としては7割の正規兵と残りは使い捨て同然の即席徴兵部隊である。
正規軍、徴兵部隊共に有り余る魔法銃を装備して土嚢を積んだバリケード、魔導車を遮蔽物にしてリリィガーデン王国軍の攻撃を受け止める姿勢を見せる。
「バリケードも十分。首都の前面にはマギアクラフトの新兵器によって広範囲魔法防御も展開済み」
軍の最高司令官、そして幹部達は首都の奥にある議事堂でモニター越しに戦況を見守っていた。
首都入り口を覆うように展開された広範囲魔法防御は敵の銃弾から兵を守り、こちら側の弾は通過するといった優れもの。
いざとなれば防御の中へ引き返し、中から応戦して首都内部に入れないようにすれば良い。
時間が掛かれば掛かるほど、相手の方が不利になる。
「対空兵器の準備も整ったようです」
「うむ」
ドラゴンライダーを撃ち落す、リリィガーデン王国が導入した空飛ぶ新兵器に対してもマギアクラフトの持って来た新型対空兵器で対処可能。
まさに万全の構え。
新兵器配備前、最高司令官と幹部達は自分達が幸せになる未来を無理に語りながら不安を紛らわしていたものの、強力な支援が揃った今の気持ちはとても晴れやかだった。
これだけ揃っているのだから負けるはずがない、と。
「敵軍、見えました!」
首都を囲む城壁の上に配備された観測部隊から議事堂へ映像が送られてきた。
リリィガーデン王国軍の規模はざっと見て10万。対し、首都防衛に投入した共和国軍の数は30万以上。
前面展開した数と同等数。前面に展開した部隊を支援しながら踏ん張れば勝ちは見えると議事堂にいる者達は安堵の息を漏らした。
「さて、敵はどう出る?」
敵はどう出る?
10万の兵を率いるリーズレットが聞けば鼻で笑いながら言うだろう。
こうするんだ、と。
最高司令官がほくそ笑みながら「どう出る」とモニター越しに問うた瞬間、リリィガーデン王国軍の最後尾に位置していた20機の多連装ロケット砲魔導車から太いミサイルのような筒状の弾が発射された。
撃ち出された弾は特別製。事前に首都攻略用として用意された恐怖の一撃。
初撃として撃ち出された弾は首都内部と外からの防御射撃で着弾前に前面展開部隊の頭上で迎撃された。
迎撃された弾は空中で大爆発を起こすが、地上部隊に被害なし。
あれは前線基地を破壊した破壊兵器だろう、と睨んでいた共和国軍は迎撃できた事に確かな手応えを感じ取る。
敵の遠距離攻撃は封じたぞ。何度撃って来ようと迎撃してやるぞ、と。
しかし、彼等の頭上から――雨雲が漂っているわけでもないのに液体が降り注ぐ。
「なんだ?」
降り注いだ液体が体に付着。兵士達は異臭を感じて、体に浴びた液体の臭いを嗅いだ。
「油……?」
降り注いだ液体の正体は、共和国軍兵士が呟いた『油』ではなく可燃性の魔法素材。
ロケット弾やピックハウスブレイカーに用いられるアイアン・レディ独自開発の液体である。といっても、これは貴重な素材というわけでもない。
生産に用いられる材料は現代でも採取可能なとても簡単な素材から生成される。
共和国軍上空に飛んで来た筒状の弾は迎撃できた物もあれば、空中で自己崩壊して中身を振り撒いた物もあった。
つまり、共和国軍は全てを迎撃できたわけじゃなかった。
降り注いだ地点は疎らであるが、確かに液体を浴びた兵士は存在する。特に多かったのは展開している部隊の中央だった。
迎撃が終わった直後、リリィガーデン王国軍から再び砲撃が始まった。
「迎撃準備!」
懲りない奴らだ。持久戦に持ち込む気か。共和国軍の兵士は様々な予想を胸に抱く。
リリィガーデン王国軍側から撃ち出されたのはミサイル状の物体。先ほどとは違って射角がやや低くて高速だったが、今度もマギアクラフト製の魔導兵器によって迎撃されてしまう。
だが、それでいい。
リリィガーデン王国軍を率いる悪女はその光景を見てニコリと笑った事だろう。
迎撃されたミサイルは空中で爆発。だが、初撃と同じように共和国軍が撃ち漏らした一部が自己崩壊して地上に向かって大量の煙と火の粉を撒き散らした。
赤でもなく、青でもなく、白く燃える特殊な火の粉は降り注ぎながら燃焼し続けて地上に落ちた。
「あ? ああああッ!?」
「熱いッ! 熱いッ!?」
「た、たすけッ! だすけて!!」
初撃で液体を可燃性の液体を浴びていた者は特によく燃えた。体から白い煙をモクモクと上げながら火達磨になるのではなく、一瞬で焦げるように燃えていく。
この兵器を作った転生者曰く、異世界には白リン弾という最悪の兵器があるという。それを異世界技術と魔法素材を用いてより残虐性を強化した悪夢の兵器が共和国兵の頭上から落ちたのだ。
液体を浴びていた者はほぼ即死。少しでも肌を露出していたり、防御が薄い者は酷い火傷を負った。
正規兵の中に金属製の防具やヘルメットを身に着けた重装備兵がいたが、無傷で済んだのはこの兵科に属する者達くらいだろうか。
展開した共和国兵は燃える仲間を救おうと必死に火を消す。だが、そうすれば防衛は疎かになってしまう。
その瞬間を狙ってリリィガーデン王国軍は前進を始めた。
分厚く展開された共和国軍部隊は一瞬で混乱状態に陥り、仲間の命と迎撃どちらをするか選択を迫られる。
銃を構えて向かって来る敵兵を撃とうにも、どこからか味方の悲鳴が聞こえて来るのだ。
「ちくしょう! ちくしょうッ!」
「クソ、いてえ、いてえよ!」
しかも、自分が負った火傷の痛みにも耐えなければならない。火傷した箇所から激痛を感じ、たまらず首都内に控える医療班を呼ぶ者までいた。
集中できるはずがない。恐怖しないわけがない。
だが、自分達を殺そうとする悪魔共はすぐ目の前までやって来た。
「おーっほっほっほ! 豚共が丸焼きになっていますわよォ! さぁさぁ、もっと焼いて差し上げなさいッ!」
そんな悪魔のような声が風に乗って共和国軍へと響いたのであった。
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