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本編
82 淑女へ捧げる愛の軌跡 2
しおりを挟む「先に言った通り、アルテミスのファーストプランはラムダという副産物を生み出したものの、君を復活させる事は出来ず失敗に終わった」
アルテミスは用意した肉体に採取したリーズレットの特殊因子と遺伝子を組み込んでも『彼女自身』は復活させる事は出来ないと悟った。
生前生きていた者を構成する情報があるにも拘らず、同一人物を複製できないのは何故か。何が足りないのか。
「彼女は気付いたんだ。いや、忘れていたと言うべきか。魂という不確かな概念が存在する事を」
魂。
生き物全てに存在し、心の中に宿ると言われた不確かな概念。死ねば肉体から剥がれ、輪廻転生してまた別の肉体に宿る……と言われる存在。
アルテミスはこの不確かな概念、存在を計算に入れていなかった。自分が転生者であるにも拘らず。
前世で学んだ知識、今世で学んだ知識のみでリーズレットを復活させようと固執しすぎていたと言うべきだろうか。
アルテミス本人は前世があり、覚えているのだ。前世でどう生きていたのか、どんな事をしてきたのか、と記憶がある。
特定の人物を人物たらしめる象徴とは何なのか。それは記憶だろう。
その記憶はどこに格納されているのか?
現在のアルテミス本人は前世の姿と全く違う。肉体そのものが違う。しかし、記憶はある。
ならば、引き継がれる不変な存在――魂に記憶は格納されていると仮定した。
リーズレット本人の『肉体情報』だけでは足りないと気付いた。これがファーストプランを断念した最大の理由。
「それに気づいた彼女は君の即時復活を諦めた。無理だと悟ったのだ」
魂なんて存在は保存していない。
アルテミスの計画は根底から崩れてしまった。一時は絶望する彼女だったが、諦めずに立ち上がった。
「ただ、ヒントは持っていたようだ。彼女は帝国の研究所で暮していた時に転生者という存在を研究している同僚を思い出していたようだが……」
アドラは諦めずに立ち上がった際、アルテミスが帝国の研究所で働かされていた当時の事を語っていたと言った。
転生者の存在に気付いた帝国――魔女達は世界中の転生者を集めていた。その中に『転生』という概念を研究している者がいたらしい。
小言のように呟いたアルテミスの言葉は専門用語だらけでアドラは理解できなかったと付け加える。
アルテミスは分野が違う同僚から研究結果や過程を聞いていたんじゃないか。それを自分なりに構築し直してリーズレット復活の材料にしたんじゃないか、とアドラは推測を語った。
「彼女は……。本当に君を愛していたのだろうな。いや、彼女だけじゃない。アイアン・レディのメンバー全員は君を心から愛していたのだろう」
じゃなければ、こんな無謀な事はしない。
古くから暗躍する組織に抵抗して、命を投げ出してでも個人を復活させようなどとはしない。
無理だと悟ったとしても、諦めたくないと涙を流すわけがない。何日も寝ずに、鬼気迫る顔で研究へ没頭したりしない。
「アルテミスの考えたセカンドプランは賭けだと言っていた。勝つ確率など相当低い、分の悪い賭けだと」
諦めきれなかったアルテミスは保管していた因子と遺伝子を改変する作業に入った。
今まではリーズレットの遺伝子そのものに因子を組み込んでいたが、異世界技術を使って因子と遺伝子を格納したウイルスのような存在に変異させた。
特定のキーワードと状況を検知する事でウイルスが覚醒し、格納している因子と遺伝子が肉体に宿った魂と結びつくように。
「特定のキーワードと状況。それは婚約破棄だ。君が前世で力を覚醒させた最たる状況。アルテミスは前世の体から離れた魂が、再び別の肉体に定着した時に同じことが起きると確信していた」
婚約破棄。リーズレットが経験した最も衝撃的で記憶に残る出来事。
アルテミスは彼女の男運の悪さは宿命だと考えた。魂が不変な存在ならば同じ運命を辿る可能性が宿っていても不思議じゃない。
人の歴史が繰り返されるように、人の魂に宿る宿命もまた繰り返す。
残酷な事であるが、リーズレットは生まれ変わっても男運に恵まれないだろう。そう、アルテミスは考えたようだった。
「君の因子と遺伝子を格納したウイルスを作り出したアルテミスは、ユリィ君と共にここから旅立って行った。生き残った人類に完成したウイルスを投与するために」
完成したウイルスはリーズレットの因子と遺伝子を格納しているだけで、人体に悪影響が出ない事をアルテミスとユリィは自分達の体で検証した。
自分達の体に投与して1ヵ月の検証期間を設けると計画通り人体に何も影響は現れない事を確認。検証対象が2人だけというのは些かデータ不足であるが、彼女達も焦っていたとアドラは当時の2人の様子を語る。
その後、彼女達は複製したウイルスを持ってアドラの研究所から旅立つ。
世界中にいる生き残った人間に「風邪薬」と称して投与する為に。風邪薬と称して生き残った人々の体内に『リーズレット』を隠したのだ。
そして、ウイルスを投与された者達が子を作って……いつかリーズレットの魂が再び産まれた子の肉体に宿る事を願う。
「そこから、2人がどういった行動を取ったのかは不明だ。私はここに残って、彼女達の頼み事を済ませる必要があったからな」
「頼み事、ですの?」
「そうだ。アルテミスは私が持っていたエリクサーを解析して複製した。それを飲み続け、君が誕生するまで生き残れと言われたよ」
アドラはそう言いながら、アルテミスは本当に天才だと鼻で笑う。何たって敵が作り出したエリクサーを複製してしまったのだから。
エリクサーをアルテミスが解析・複製して十分な量を作り置きすると、それを服用しながらリーズレットが復活した時に備えろと言った。
「それがマギアクラフトに一時的にでも参加していた私への罰だと言ってな」
マギアクラフトという、アイアン・レディ壊滅の原因となった組織に関与した彼への罰。
「こいつは試作品だ、完全じゃない。副作用があった。飲み続ければ確かに寿命は延びるが、長く飲み続けると人体の一部が損傷する」
副作用を持つ試作品エリクサーを飲み続けた結果、アドラは片目を失明して足も動かせなくなった。
この副作用がある事を、アルテミスは解析した際に知ったそうだ。
「副作用のあるエリクサーを飲んででも生き続けろ、とな。ご丁寧に車椅子や喋れなくなった時の意思疎通に使う道具まで作っていったよ」
試作品故に完全な不老にはなれない。ただ単に寿命を延ばすだけ。
しかし、飲む事さえできれば生き続けられる。
アルテミスは自力で飲めなくなった時ように自動投与する為の魔導具やコミュニケーション能力に異常が発生した時用の補助具まで置いていった。
「罰と言いながら、貴方の事を少しは信じていたんじゃなくて? あの子は本心を隠したがる、恥ずかしがり屋でしてよ」
「そうかもしれんな……」
リーズレットがアルテミスの顔を思い出して小さく笑いながら言うとアドラは目を瞑って小さく口角を上げた。
そこまで用意してもアドラがアルテミスの罰を履行する確証も確認する術も無い。
だというのに、言い残して出て行ったという事はアドラが罪の意識を抱えていると分かっていたのだろう。
研究所を提供して協力してくれたから信じた、とも受け取れるが。
しかし、アドラもアドラで約束を守ったという事は彼が罪の意識を持っている事の証明となる。どこまでも天才の読みは当たっていた、と言うべきか。
「話を戻そうか。彼女達が旅立って私はここで生活を続けた」
「2人が旅立って、何年が経ちましたの? 今の世界は前世の私が死んでから何年後なのかしら?」
「正確には覚えていないが、190年か200年くらいじゃないか」
随分と長い間待っていた、とアドラは小さく笑う。
「そんなに長く生きていて、食糧はどうしましたの?」
「100年かそこらまでは自由に動けたからな、普通に街へ買いに出て行ったよ。ベルバルド皇国はアドスタニア王国の生き残りが創った国だ。金もそのまま採用されていたのが幸いだった」
魔導車を使ってベルバルド皇国にショッピングへ出かけていたそうだ。
何と自由気ままな生活か。
「動けなくなってからはどうしましたの?」
「大体は水だけだ。エリクサーを飲めば死なんからな。最近は近くに猟師の家族が移り住んで来たので、その家族に金を渡して獲物を譲ってもらっていた」
その家族との出会いが運命だったと言うべきか。
猟師から獲物を譲ってもらった際にラインハルト王国崩壊の噂を聞いたという。
「赤いドレスを纏った女性が革命軍と共に王家を滅ぼしたと言うじゃないか。すぐに君だと分かったよ」
革命軍と共に戦った赤きドレスの女性。彼女こそが革命を成功させた最大の功労者である、と噂は他国にまで轟いていたようだ。
他人にとってはただの噂。たった1人の人物が国をひっくり返すほどの武力を持っているなど、本気で信じる者は少ない。
しかし、アドラにとっては「遂に」と歓喜するような噂だっただろう。
旅立ったアルテミスとユリィの計画は現実となった。彼女達は賭けに勝ったのだ。
ウイルスを持った人類が人口を増やそうと繁殖行為を繰り返した結果、リーズレットの魂が再び肉体に宿った。
ラインハルト王国の貴族令嬢ローズレットとして。
アルテミスが推測していた通り、ローズレットは王子に婚約破棄された。
特定のキーワードと状況を経験した心的ショックがウイルスを覚醒させる。
覚醒したウイルスは格納していた因子と遺伝子情報をローズレットの体内で爆発させ、魂の中にあった前世の記憶と結びついた。
こうして、あの日――ローズレットはリーズレットとして覚醒した。
アルテミス達が……否、アイアン・レディのメンバー全員が夢見た『Lady Revive作戦』は完遂したのだ。
「私はすぐにラムダを再起動させて調査を開始した。西にあるリリィガーデン王国が3ヵ国と戦争している状況、そこから巻き返しを図るような怒涛の反撃。西に君がいると確信した」
マギアクラフトを見つけたら殲滅するよう命じ、ラムダにリーズレットと合流するよう指示を出した。
「そして、今に至る。とった具合だ」
「…………」
あまりにも長い、見習い淑女達が夢見た願いが遂に叶った。彼女達が捧げる愛は遂に届いたのだ。
「君は彼女達に愛されていた。こうして、私の目の前にいるのだから。それに、君がこうも早く復活したのは奇跡としか言いようがない」
アドラは顔を俯かせるリーズレットを真剣な表情で見つめながら言う。
「……そうですわね」
顔を上げて彼女もまた真剣な表情で頷いた。
リーズレットは必ずやり遂げなければならない。
母親殺しを。
アイアン・レディに所属していた全ての見習い淑女達から受け取った愛を確かな物にする為に。
彼女達が成し遂げた奇跡を無駄にしない為に。
「マギアクラフトの本拠地はどこにありますの? 組織に所属している魔法少女を殺す前に本拠地を聞くべきでしたわね」
成し遂げるにしてもこれが問題だ。魔女がいる場所を特定せねば殺しようがない。
リーズレットはラディア王国で殺したリリスにマギアクラフトの本拠地を聞けばよかった。うっかりしていましたわ、と漏らした。
「私が保護されていた場所はクロスティア王国の王都だったな」
クロスティア王国は既に消滅しているが、前時代では現在の連邦北部にあった国だ。
「丁度良いですわね。今、リリィガーデン王国に喧嘩を売っている豚共を殺している最中でしてよ」
リーズレットの殺害予定リストには連邦の豚共も含まれている。丁度良いじゃないか、と笑いながら口にするとアドラも薄く笑いながら「知っている」と答えた。
この辺りの情報もラムダに収集させたのだろう。
彼女は連邦をぶっ潰すついでにマギアクラフトの拠点を襲撃して、魔女の居所を探ろうと決めたようだった。
「これを」
最後にアドラはポケットから取り出したメモリースティック型のストレージ装置をテーブルの上に置いた。
「中には、前世の君が一線を退いてから建設が始まった拠点の情報が入っているそうだ。旅立った2人はそこを目指しながらウイルスを拡散すると言っていた」
リーズレットが老衰で死んだ後の事を踏まえて、当時の幹部であったユリィ・アルテミス・フロウレンスが極秘で開発していたという拠点が2ヵ所存在するそうだ。
彼女の死後に建設は終えたが拠点を稼働させる前にマギアクラフトの襲撃が激化してしまったらしい。
アドラの元から旅立った2人は極秘拠点をそれぞれ目指し、そこで最後の支度をすると言っていたと彼は語る。
「彼女達が辿り着いたかは不明だが……。君が訪れたら渡してくれ、と言われた」
ラムダの言う、アドラの渡したい物とはこのメモリースティックだった。
情報漏洩を恐れてリトル・レディやロビィのような支援ゴーレムのメモリからも削除され、リーズレットも知らぬ2つの拠点。
そこにユリィとアルテミスの痕跡が残っているのだろうか。
「わかりましたわ。アドラ、ありがとうございます」
「いや……。これは私の……贖罪だな。君達を恨み、裏切った事への」
彼は帝国を潰したアイアン・レディを恨んだ。そして、マギアクラフトへ協力してしまった。
エリクサーを得る為に祖国と大事な家族を失った。
マギアクラフトとアイアン・レディが行っていた戦争が引き起こした結果だとしても、自分もそれに加担してしまっていた。
国が消滅した事、彼の家族が死んだ事は100% アドラが悪いとは言えない。彼もまた被害者だ。
しかし、彼自身の口から自分にも罪はある言わんばかりに贖罪という言葉を漏らした。
「その点に関しては、私は何も言えませんわね。私にも罪はありましてよ」
「ああ、分かっているさ。私自身が自分の事を許せないだけだ」
アドラはそう言いながら、生き続けながら何度も繰り返した後悔の念を表情に浮かばせる。
「あの子達の約束を守ってくれたお礼として、何をお返しすれば良いかしら?」
自分の行いを後悔するアドラだが、リーズレットとしては感謝したい。
「そうだな……」
彼女の問いにアドラは少し悩む。悩んで、過去の自分を馬鹿にするように口角を少し吊り上げて笑った。
「全てが終わったら、私を殺してくれ」
魔女が君に殺されるまでは死ねない。彼はそう付け加えた。
「……そう。必ず殺しに来ますわ」
リーズレットは悲しそうに笑い、友へ手を差し出した。
「ああ、頼むよ」
アドラも同じように笑いながら彼女の手を握って握手を交わした。
「また会いましょう」
「ああ、また」
握手を終えたリーズレットはアドラに別れを告げた。
「ラムダ、彼女を頼む」
「うん。パパ」
アドラはその場に残り、友と息子のような存在を見送った。
彼女達の姿が消え、静寂を取り戻した研究所に残るアドラは――
「魔女を殺して……私の悪夢を終わらせてくれ。レディ・マム」
膝の上で手を組ながら目を瞑ると、祈るように呟いた。
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