婚約破棄されたので全員殺しますわよ ~素敵な結婚を夢見る最強の淑女、2度目の人生~

とうもろこし

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本編

75 島に眠る貴重素材

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 リーズレットが客室で衝撃的な事実を聞いている頃、集落の外ではブライアンと情報部の男が顔を寄せ合いながら小さな声で話し合っていた。

 議題はこの集落に住む異種族をどうするか、だ。 

「非常に難しい問題ですね。彼らが脅されていたという話を信じるのであれば、共和国人による被害者という立ち位置になるでしょう」

 戦争という括りの中で被害者、被疑者の線引きは非常に難しい。

 共和国人に脅されて強要されていた、という異種族はどちらなのか。

 無理矢理協力させられていたという事実が明確になったとしても、彼等が育てたドラゴンでリリィガーデン王国の軍人はかなりの数が死んだ。この事実は変えられない。

 王国国民の感情としては、王国へ侵略する3ヵ国への恨みはかなり大きい。王城内でもこの感情は無視できないだろう。 

 そこで、彼等は脅されていました。だから悪くありません……と発表して異種族の保護や難民としての受け入れを表明したら国民はどう感じるか。

 リリィガーデン王国の世論は納得するだろうか? ドラゴンライダーによって殺された軍人達の家族は納得するだろうか?

「陛下の判断も必要か」

「そうですね。現場では判断できません。マムがどういった判断を下そうとするのかも重要ですが、やはり世論は無視できませんから」

 せっかく戦争が終わったとしても、異種族に対して世論が悪と判断すれば国内に火種を抱える事になる。

 今、ここで考えられる最善手は軍の監視下に置いて共和国へ協力できないようにする事だろうか。

「マムが目を覚ましました」

 ブライアンと情報部の男の話し合いがそこまで纏まると、リーズレットが起きたと部下が伝えに来た。

 報告から数分後、彼女は集落の外に現れる。

 ブライアンと情報部の男を始め、外にいた全員が彼女を敬礼で迎えるが……。彼等の視線は、リーズレットの手を握るラムダへと向けられる。

「先に申し上げておきましょう。彼は敵ではありません。今のところは、ですが」

「今のところは、って! ボクは敵じゃないよ! 許婚だって言ったじゃないか!」

 少々顔の赤いリーズレットの言葉と口を尖らせて不機嫌そうに言うラムダの言葉に軍人達は一斉にざわついた。

 それも当然だろう。先ほどまで本気で戦っていた相手、しかも先に仕掛けてきた相手だ。

 リーズレットの顔が赤い事もあって、まさか……。と想像する者も少なくはない。

「理由をお聞かせ願えますか?」

 動揺する軍人達を収めようと、ブライアンが質問をすると彼女は頷いた。

「彼はラムダ。アイアン・レディの構成員であったDr.アルテミスが生んだ子……だそうです」

 王国内でベストセラーになっている淑女伝説にも登場する超有名人の名があった事で、軍人達の驚きは更に大きくなってしまった。

「確かなのですか?」

「ええ。アルテミスに関しては誕生に関わったとだけ聞かされましたが、私がよく知るもう1人の知人が携わっています。そちらの方はまだ生きているようで、私を呼んでいるそうですわ」

 アドラの名は知らぬだろう、と彼女は口にしなかった。代わりに知人と言ったが関係性は正しい。

「その知人がアルテミスの残した物、私へのサプライズプレゼントを持っているようです」

「なるほど。それは……最重要事項ですね」

 話を聞いたブライアンと情報部の男は確かに重要事項だと納得した。

 彼等の目にはまだラムダへの疑惑が残っているようだが、ひとまずは置いておく他無い。

 敵じゃないと言った理由、ラムダとの関係性は理解できた。最後にブライアンは決定的な質問をリーズレットへ投げかける。

「マム。次に彼と戦ったら勝てますか?」

 なんて質問だ、とは誰も言わない。軍人達にとっては最も重要な事だろう。

 リーズレットという存在はリリィガーデン王国の希望だ。伝説の淑女と言われ、祖国の象徴そのものだ。

 淑女であり、最強の存在。

 その存在が、方法はどうあれ負けたとなれば軍人達の士気に強く影響を及ぼす。

 質問されたリーズレットはラムダの顔を見た。同時に、ラムダも彼女の顔を見てお互いに顔を見合わせる。

「負けませんわね」 

「次は負けちゃうね」

 そして、2人は同時に答えを口にした。

 リーズレットの答えよりもラムダの答えの方が意外だったのだろう。ブライアンも他の軍人達も驚きを露わにする。

「だって、ボクの切り札見せちゃったし。次やったら対応されちゃうよ」

 ラムダが最後に見せた一瞬の超加速。あれは不意打ちだったから決まったに過ぎない、と使用した本人自ら口にした。

「来ると分かれば怖くありませんわね。再戦となれば、それ相応の準備は致しますし」

 もしも次戦う事があれば、先の戦いと全く同じ条件で戦うなどあり得ない。

 超加速に対して対応はするし、場所も変えるだろう。リーズレット本人も自分と同格相手と戦うとなれば、もっと周到に準備もするし装備も変える。

 あの一戦での敗北はあの時だからこそ、と言える。

 逆にもし、ラムダがリーズレットを殺さねばならない時が来たら。あの超加速を切ったタイミングでリーズレットを殺さなかった事は、彼にとって今後も致命的な失敗となるだろう。

「分かりました。その答えで十分です」

 顔色も態度もいつも通りに戻ったリーズレットを見て、ブライアンは真実なのだろうと納得した。

 他の者達もどうにか落ち着きを取り戻したようだ。

「しかし、マム。そちらの重要事項も気になりますが、まずは……」

「ええ。異種族の件ですわね」

「はい」

 そう言って情報部の男は視線をリーズレットの背後にあるログハウスの正面玄関へ向ける。

 正面玄関にはダナとレオが覗き見ており、どうなるのか聞き耳を立てているようだった。

『レディ、その件で提案があるのですがよろしいですか?』

 どんな沙汰を下すのか、と皆が気にする中で声を上げたのは意外にもロビィであった。

 彼はリーズレットへ近づくと白い石を削って勾玉のような形にした装飾品を見せる。

『レディ、これは魔断灰石まだんかいせきを加工した物です』

「なんですって?」

 魔断灰石とは非常に貴重な素材であった。性質としては魔法の素となる魔素に一切干渉しない。

 前時代後期では金よりも高い値が付く程の超貴重素材。前時代後期と言えばどの国も銃を配備して、銃に対抗する手段を開発していた頃だ。

 そこ頃に開発された対防御手段と言えば、リング聖王国の聖女が使っていた防御魔法を再現した魔法の壁。現在の魔法少女が使っている防御魔法を対銃防御として各国が一斉に注目した時期でもある。

 そして、この素材は銃弾をも防ぐ防御壁を貫通する唯一の素材。

 そう、前世でリーズレットが聖女の防御魔法を貫通させたアンチ・マジック・バレット――『AMB』を造る際に使われるのだ。

 前時代の頃は大陸北部の山から主に採掘されていたが、南の島に……まさか海の中にも眠っているとは。

 前時代から海の中にある資源を採掘する行為は発展していなかったが、地上の資源が失われつつある今となっては海の中にも目を向けなければならぬ時がやって来たのだろうか。

『これが十分に得られるのであれば、AMBを製造できます。Dr.アルテミスの痕跡が見つかったのであれば、AMBの製造に必要な知識や機材も残っているかもしれません』

 リーズレットが最初に使用した帝国産の試作品ではなく、アイアン・レディで独自開発されたAMBは製造レシピ漏洩を危惧してアルテミスだけが作り方を知っている。

 もしも、アルテミスがリーズレットに残した物がAMBの製造方法だったとしたら。

 例え、AMBの製造方法ではなかったとしても王国で独自開発する際に魔断灰石は必要となるだろう。

 AMBに使用される魔断灰石は1発に対してかなりの量を必要とするので、全て確保しておくべきだ。

 故にリーズレットの判断は早かった。

「貴女、この石はこの島で採れますの?」

 リーズレットは背後を振り返り、聞き耳を立てていたダナに問う。

「はい。島の中ではなく、海の中から採れます」

 ダナ達が魔断灰石を見つけたのは島の外、海に潜って銛付き漁をしている時だったそうだ。

 海の中にある魔断灰石――純白の石を最初に見つけた者は意中の女性へプロポーズする際、婚約の証となる装飾品に加工して渡したそうで。

 それが発端となって今では異種族の者達が結婚する際に用意する鉱石の1つとなっているようだ。

「貴重な鉱石を装飾品に、か……」

 AMBという対魔法少女用の切り札ともなる素材が、まさか異種族のプロポーズに使われているとは。

 ブライアンがつい声を漏らす。

「海の中にゴロゴロありますよ」

 むしろ、この島では農具や刃物に使う鉄の方が採れないようで、魔断灰石など他に使い道がない状態のようだ。

 異種族にとってはAMBなど使う必要も存在も知らなかったので当然であるが。

「マム。よろしいですか?」

 情報部の男がリーズレットに近づき、小声でブライアンと話し合っていた事に関して囁いた。

 異種族に対する世論の件だ。到底無視はできず、王城でも判断に困るだろうという事も含めて。

「なるほど……」

 聞き終えたリーズレットも納得できた。確かに世論は重要で扱いが難しい。

 しかし、魔断灰石は欲しい。ここで異種族を皆殺しにして王国が採掘作業をしても良いが王国では慢性的な人手不足だ。

「貴女達は生き残りたいのでしょう?」

 少々悩んだリーズレットはダナに直接問う。

 生き残りたいか、と聞かれて「いいえ」とは答えまい。また文句を言いそうなレオの口をすぐに手で塞いだダナは「生き残りたい」と頷いた。

「ならば、私達の下に就きなさい。共和国ではなく、リリィガーデン王国の属国になりなさい」

 悪いようにはしない、そう言ってリーズレットは選択を迫った。

「我々はリリィガーデン王国に全面降伏します。ですので、どうか命だけはお助け下さい」

 ダナがそう言いながら無理矢理レオの頭を下げた。集落にあった家の中から他の異種族達もゾロゾロと姿を現す。彼等は一斉に土下座のようなポーズでリリィガーデン軍へ頭を垂れた。

「よろしい。ブライアン、聞きましたわね? 急ぎ、ここに後方支援部隊を呼びなさい。島の管理と防衛を最優先に」

「ハッ。承知しました」

 貴重な素材が眠る島だ。共和国に再占拠されるのは何としても避けたい。

「貴方は城に連絡して経緯の説明を。全てが終わった後の判断はガーベラに任せますが、少なくとも戦争中は魔断灰石が必要になる旨を伝えなさい」

「承知しました。すぐに伝えます」

 情報部の男にはそう言って、魔断灰石の重要性を城にいるガーベラや軍司令官であるオブライエンに説明するよう指示を出した。

 最後にリーズレットは異種族達へと振り返る。

「貴方達には魔断灰石の採取をしてもらいます。安心なさい、リリィガーデン王国は共和国のような野蛮で汚らしい豚の国とは違いましてよ。対価は十分に払いましょう」

「は、はい……」

 ニコリと笑うリーズレットにどう反応していいか分からぬダナは精一杯の苦笑いを浮かべた。

 属国である事は変わりないが、とにかく命が助かった事に感謝するべきか。

「ふぅ、疲れましたわね……」

 ラムダの登場、アルテミスとアドラの件に加えて魔断灰石の存在も。

 本当に色々あったが、ようやく一息つけそうだ。

 リーズレットは気絶していた事もあって精神的な疲労はピークを迎えていた。せっかくバカンスを楽しんだというのに、楽しんだ分を今日一日で帳消しにされてしまった気分だ。

「大変だね。リズ」

「貴方のせいですわよ」

 ケタケタと笑うラムダの額にデコピンして、小さなお返しをするのであった。  
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