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本編

70 奪還した空と色を濃くする兵士

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 街を再占拠した後、後方部隊の到着と各兵器の補給を終えたリーズレット達はビーチでのバカンスを終えて進軍を再開した。

 情報部による共和国南部攻撃及び孤島制圧作戦はリーズレットも承認。これによって軍は現在地から東へと向かう。

 目指すは共和国最南端に位置する街。この街最大の特徴はリリィガーデン王国首都にある巨大な港と比べては劣るものの、船を係留する船着き場がある事だ。

 大陸南にある異種族が住まう孤島へ向かう為の船着き場があり、船を利用して孤島からドラゴンが共和国内に輸入される。

 他にも孤島で育てた食糧なども輸入され、大きな市場が開かれたりと大変賑やかな街と言えよう。

 同時に街の南側には軍の施設が併設されている。施設から船着き場まで行く道も整えられていて、軍が造った船も船着き場には多く停泊されている。

 防衛の拠点でもありながら大陸東側にある他国との貿易拠点としても使われ、内陸側へと物を流通させる商人にとっても商売の肝となる商品を仕入れる為の重要な拠点だ。

 他にも南部で漁師を生業とする者が小舟を停泊させる場所として利用されるので、南部に住む共和国人にとって全員が『大事な街』だと言うだろう。

 つまり、最南端にあるこの街は全共和国人にとって最大の要衝。

 ここが堕ちればマズイ事は相手が一番よく分かっている。故に防衛する軍の設備、兵士の数は今までとは桁違い。

 街の南側にある軍施設にはマギアクラフト製の防衛兵器がズラリと並び、兵士が持つ魔法銃も最新鋭の物ばかり。

 倉庫の中には多くの対魔導車用大型魔法銃が備蓄されており、施設内にある巨大な檻の中にはワイバーンが30匹以上。

 さすがはドラゴンライダーを国内及び同盟国へと輸出する為の拠点。普通の軍隊がこの街を堕とそうしたら、かなりの時間を要するだろう。

 恐らくは1ヵ月以上の超長期戦になるに違いない。しかし、それは普通の軍隊ならという前提での話。

 リーズレット達は夜を待ち、夜の闇に紛れて最南端の街を目視できる距離まで進む。そこからドローンを放ち、街と軍施設全体を観察した結果――

「やりなさい」

 こんがりと日焼けした肌を赤いドレスで隠したリーズレットの合図でロケット砲魔導車が一斉に砲撃開始。

 街の南側にある施設内に配備されていた魔導兵器へと命中すると大爆発を起こして、暗い夜の空を明るく照らす。

 爆発音が鳴り響き、空に土煙が上がる中で施設内部からは警報音が鳴り響く。奇襲された合図を出したことで、まもなく全兵士達が行動を開始するだろう。

 だが、もう遅い。2射目の準備へと入ったロケット砲魔導車は再び施設へと狙いを定める。

「撃てええええッ!」

 次は随行しているリリィガーデン軍の指揮官が合図を出した。

 ロケット弾は再び軍の施設へと吸い込まれ、魔導兵器に命中する。

「敵の魔導兵器壊滅を確認!」

 リーズレットから預かっていたドローン操作用の端末に備わったモニターで、ドローンからのカメラ映像を確認した情報部の男は大声で全軍へ知らせた。

 軍施設内に配備されていた魔導兵器は全て破壊完了。凄まじい威力を見せたロケット弾は命中した魔導兵器を壊しただけでなく、周囲にあった建物も吹き飛ばして大ダメージを与えていた。

 しかし、広い軍施設はまだ全ての機能を失ってはいない。リーズレット達が進軍した方向である西側を大きく抉り取っただけで、東側にあった兵士宿舎やドラゴンライダーに装備品を装着させる為のドックはまだ生きていた。

 爆発の炎と煙が上がる施設の上空にドックで準備を整えたドラゴンライダーらしき影が浮かび上がる。

 大きく翼を羽ばたかせたワイバーンと背に乗った共和国兵が砲撃を行った大元を叩こうとリリィガーデン王国軍へ向かって来ようとしていた。

「イーグル、前進します」

 アイドリング状態だった2機のイーグルが中に兵士を積んだ状態ですぐに離陸し、リーズレットを追い越して施設へと向かう。

「ドラゴンライダーを確認! 数は20!」

 目視で数を確認したイーグルの副操縦士が通信機越しに地上部隊へと報告する。

 嘗てのリリィガーデン軍であればドラゴンライダーが20もいたら、損害はかなり大きくなると覚悟せねばならなかった。

 現在連れている部隊の数ではすぐに蹂躙されて全滅していただろう。

 しかし、今は違う。今はこちらにも空を支配できる物がある、とイーグルの操縦士は強気に操縦桿を握りしめた。

 イーグルの副操縦士は機関銃を起動して真正面から飛んで来るドラゴンライダーへ射撃開始。

 高速で連射される弾はワイバーンの体を貫き、背に乗る共和国兵士ごと穴だらけにして殺害する。

 相手は相当驚いたのだろう。その証拠に空中で編隊を組んでいたドラゴンライダーが慌てるように大きくバラバラになって動き出した。

「この野郎!」

 ドラゴンライダー隊の共和国兵は夜の空に浮かぶイーグルを睨みつけながら魔法銃を構えて発砲。炎の弾がイーグルの装甲に命中するが……表面が少し焦げただけ。損傷にすら至らない。

「嘘だろ!?」

 こちらを容易く殺す兵器を積み、強固な装甲を持った相手に驚愕した共和国兵。彼の驚いた顔はすぐに絶望へと変わる。

 何故なら、イーグルの銃口が自分を追っているのが分かったから。放たれた銃弾を浴びて彼の人生は終わりを告げる。

「どうだ! 見たか、共和国のトカゲ乗り共めッ!」

 対し、イーグルの操縦席では歓喜の雄叫びが上がる。

 多くの仲間達が殺されたドラゴンライダーに復讐を遂げて、死んでいった仲間達の無念を晴らせたのだから当たり前か。

 2機のイーグルは空中でドラゴンライダーを次々に撃破していき、新しい空の王者として名を上げた。しかし、そんなイーグルにも弱点は存在する。

 大型輸送機としても兼ねているので、ドラゴンライダーのような機敏で小回りの利く動きが出来ない。加えて、後ろ側へ回られた時の対処法が貧弱だ。

 後部にも機関銃は備わっているが射手が副操縦士のみの仕様となっているので、囲まれると1人の射手では対処できない。

 そうならぬよう、空中で旋回を織り交ぜながら交戦せねばならぬのだが操縦士達は正規の操縦士となってまだ日が浅い。

 十分な機動を再現できぬ彼等をサポートしているのが地上にいるリーズレットだった。

 彼女はスナイパーライフルを構え、真っ暗な夜の空へ向けて発砲を繰り返す。

 空に飛ぶワイバーンのシルエットはスコープ越しに見えるものの、暗い空を高速で飛び回るワイバーンに命中させるのは至難の業だ。

 だが、それをやってのけるのが淑女。

「よく当たりますね」

 空へ銃口を向けてトリガーを引くリーズレットにコスモスは驚きの声を上げる。

 リーズレットと共に行動していると本当に驚きばかり、飽きる事などない、と内心で呟きながら暗い空から堕ちるワイバーンに目を凝らし続けた。

「鳥撃ちと変わりませんわ。体が大きいから野鳥相手よりも楽でしてよ」

 そして、やってのける当人から出るのは然も当然といった言葉。

 対ドラゴンライダー初戦はイーグルがドラゴンライダーを撃墜した数よりも、地上にいるリーズレットの方が多く堕としているというワケの分からん事になっていた。

 ワンショットでワイバーンの頭部を破壊して、セカンドショットで背に乗る兵士の頭部を射抜くというイカれ技。

 見学中の女性軍人達がリーズレットの姿に目を輝かせ、マチルダと共に控えるグリーンチームリーダーのガウイン――元狩人である彼が「相変わらずイカれてんぜ」と笑うのも無理はない。

 こちら側に攻め込んできたドラゴンライダーを全て撃墜すると、リーズレットはイーグルと地上部隊に前進を命じた。

 先行した2機のイーグルは軍施設上空で旋回しながら地上を掃射。施設内部から反撃が行われなくなると高度をギリギリまで下げて後部ハッチを開けた。

「GOGOGO!!]

 高度を下げたイーグルの中から施設内飛び降りたのはブラックチームと歩兵部隊。

 彼等が全員降下すると再び2機のイーグルは上昇し、ドックから遅れて出撃した残りのドラゴンライダー隊の対処へと当たる。

 施設内に入ったブラックチームと歩兵部隊は遮蔽物に隠れながら、彼等を狙う共和国兵と応戦を開始。

 遅れて施設内へ突撃して来たリーズレット達と合流を果たす。

(まだまだですわね)

 イーグルで先行して内部突入したのにも拘らず、一ヵ所に固まって応戦してしまっている彼等を見たリーズレットは内心で不満を口にした。
    
 リーズレットの採点による最高得点を求めるのであれば降下地点の即時制圧、グレネード等の広範囲攻撃を繰り返し続けながら前進、後続部隊が続くようラインを押し上げる、と相手が混乱している間を突いて素早く行動するのが彼等の役割だろうか。

 しかしながら、イーグルを使用しての敵地降下は今回が初めて。加えて施設内にいる共和国兵の数はドローンによる事前調査だと2000を超える。

 そこまで求めるのは酷だろうか。

「中央を制圧しますわよ。続きなさい!」

 次は最高得点を取らせる為にもリーズレットは己で実践してみせる。

 IL-10を持った彼女は降下地点を確保していたブラックチームを追い抜き、敵陣中央へと突撃を開始。

 遮蔽物から遮蔽物に移動して、リリィガーデン軍人の新装備であるアサルトライフルを使って敵兵を撃つ。時折グレネードを投げ込んでは、その隙をついて再び次の遮蔽物へ。

 アイアン・レディを両手に持ち、いつもの優雅で華麗なダンスとは違う。彼女からしてみればゆっくりとした攻め方はブラックチームを含む多くの自軍兵に「こうするのだ」とレクチャーしているようだった。

 リーズレットは遮蔽物に身を隠しながら、後方にいるブライアンの目を見た。

「おわかりかしら?」

 これが基本的な動き。見て学べ。次は本気で動くぞと意味を込めて。 

 ふふ、と笑うリーズレットにブライアンに意味が伝わったのか、彼もリーズレットへ頷きを返した。

 リーズレットはグレネードを取り出し、ピンを抜く。敵陣へと投げ込んだ瞬間、遮蔽物を飛び越して前へ出た。

 アサルトライフルで敵の頭部を撃ち抜きながら前へ。弾が切れるまで撃ち続け、遮蔽物に滑り込むとリロード。今度は真横にある遮蔽物へ走りながら射撃を行う。

 上空から見たらリーズレットの動きはジグザグに見えるだろう。相手の気を引き、後続部隊から目を離させる。

「さすが、マム。やり易い」

「あの人はどこでもハンティング場に変えちまう。とんでもねえや!」

 その間に回り込んだマチルダ、コスモス、グリーンチームが敵の横っ腹を突く銃撃を開始。

 北部戦線で共に戦ったコスモス、マチルダ、元マチルダ隊はリーズレットが起こす行動の意味をよく理解している。

 銃撃を行っているコスモスが敵陣後方に魔石を保存する保管庫がある事に気付いた。彼女はリーズレットへハンドサインを送ると、リーズレットは派手に動きながら更に気を引いた。

「マチルダ様、援護を!」

「了解だ!」

 パワー・ハイヒールを起動して一気に駆け出すコスモスは胸の谷間からグレネードを取り出してピンを抜いた。

 敵陣後方にあった魔石保管庫へと投げ込み、そのまま走ってリーズレットのいる場所と飛び込む。

 グレネードの爆発が魔石を吹き飛ばし、魔石に込められていた魔力が誘爆すると共和国兵が爆発に飲まれて宙を舞う。

「ヒュウ! よくできました! 花丸を差し上げますわよ!」

「ありがとうございます!」

 北部戦線を共にした事でコスモスも見習い淑女としてのスキルは上がっている。その成果を示す行動と言えるだろう。
 
 新しい見習い淑女の成長にリーズレットも満面の笑みを浮かべた。

「なるほど、勉強になる」

 だが、彼女等の行動を見て学んでいたブライアンだって負けていない。

「ブラックチーム! 前進!」

 同期であるコスモスと新たに特殊部隊としてのカラーコードネームを得た自軍に触発されたのか、ブライアンの行動に大胆さが宿る。

 ブライアンは慎重派というべきか、全ての行動にブレーキを掛けながら隊全体の安全を最優先にするきらいがあった。

 良い言い方をすれば慎重。悪い言い方をすれば臆病。それは決して悪い事ではないが、今回のような攻める状況としては少々物足りない。

 彼が思考が慎重な方向に偏るのも今までの環境故だろう。

 負け続け、撤退戦を続けていたリリィガーデン軍の中で活動していた特殊部隊隊長故に。自軍の損害を抑えようと試行錯誤した末に出来た考え。

 しかし、もうリリィガーデン軍は違う。負け戦、撤退は無い。負け続けていた時代は終わりを告げ、これからは攻める時代だ。

「おおッ!」

 ブライアンは銃を撃ちながら前方へと走り込む。敵に向かって銃を撃ち、自分の存在をアピールしながら遮蔽物へと転がり込んだ。

 敵は当然ながらブライアンを狙う。次に頭を出した時に撃ち抜いてやろう、と。その僅かな間、身を屈めながら安全に前進する事の出来たブラックチームの仲間が左右に展開して敵を囲み込むように動く。

 ブライアンが銃だけを遮蔽物の外に出し、無茶苦茶に乱射すれば更に相手の気が引ける。その間、ポジションに着いた仲間がブライアンを狙っていた敵兵を撃ち抜いて全滅させた。

 彼は考えが上手くいったことで思わずリーズレットを見てしまった。

 すると、リーズレットは「ふふ」と笑ってサムズアップしてみせた。

「ははっ。まるで先生と生徒だ」

 軍の教官と訓練生ではなく、ジュニアスクールの先生と生徒。まるで自分が小さな子供になったような感覚がブライアンの中にあった。

 それでも満足感は高い。これが本物の攻める戦争か、と今になって実感できる。

 東部戦線で共に戦った時は驚愕するだけで、目の前で起こっていた事を理解するので精一杯だったが、改めて共に行動した今回は学べているという実感があった。

 これを機にブライアンの行動には大胆さと慎重さが調和したベストな行動が見られるようになる。

 攻める時は大きく。だが、相手の行動に不自然さがある時は攻めずに観察へ徹する我慢強さが。

 グリーンチームの持つ狩人のような状況判断力とは違った、現状に散りばめられた証拠を元に見通す状況判断力。

 そこにブラックチーム特有のチームメイトを信頼し合う絆が加われば、初期から存在していた最強エリートチームの称号に相応しい『黒』がより完成度を増す。

 長年、エリートとして戦場で仲間と共に生き残って来たブライアンと仲間達の特別なカラーがより濃くなった。 

 それからは早かった。ドラゴンライダーを蹴散らし終えたイーグルによる空からの支援があったものの、全員が一気に共和国兵を攻め立てる。

「さぁ、さぁ! 進みなさいッ! 殺しなさいッ! 貴方達の色で戦場を染めて地獄を創れッ!」

「「「 イエス、マムッ! 」」」

 バカンス気分で敵国領土へ入り込んだ伝説の淑女は、使用していた武器を愛銃のアイアン・レディに変えると青、緑、黒の精鋭を率いて共和国兵を蹂躙し始めた。

 先ほどまでの遮蔽物から遮蔽物へ移動するのではなく、駆けて、飛んで。

 後ろから着いて来る者達の色が濃くなって頼もしくなったからだろうか。北部戦線の時よりもリーズレットが戦場で見せるダンスに激しさと大胆さが増した。

 トン、トン、トン、と施設内に置かれた物資箱を足場に飛び跳ねながら、空中で発砲を繰り返して敵兵の頭部を容赦なく破壊していく。

「何なんだよ!?」

「あの女は化け物かよッ!」

「逃げろ! 街へ撤退ぐぎゃっ!?」

 リーズレットのダンスに恐れ慄き、施設を放棄して街へと撤退をしようとした共和国部隊は空からの掃射を受けて半壊。

 掃射によって敵兵を殺したはいいものの、同時に土煙が上がって空からは敵が視認できなくなった。

「逃がしませんわよォ!」

 しかし、その土煙を掛け分けて撤退しようとした敵兵の背中へと突っ込んで行くリーズレット。

 土煙の先にいた敵兵が振り向くと、リーズレットは敵の首に蹴りをお見舞いした。ゴキリと鈍い音を立てて首の骨が折れる。

 蹴った勢いのまま、地面に着いていた左足を軸にバレリーナのようにクルリと一回転。回転しながら両手を左右に伸ばして銃を撃てば敵の頭が吹き飛ぶ。

 そのまま場所をキープしながら、懲りずに街へ逃げようと走る敵兵の背中目掛けて弾切れになるまでアイアン・レディを連射すると、命中した敵兵の背中と頭部から大量の血飛沫が赤い花びらのように舞う。

 リロードのタイミングで青、緑、黒の精鋭がリーズレットと攻撃タイミングをスイッチするように射撃しながら敵との距離を詰める。

 理想的な敵陣制圧を繰り広げたリーズレット達は敵兵に最大の恐怖を与えながら順調に殲滅していった。

「おーほっほっほっ! 戦争を舐め腐った豚共を狩るなど、バカンスついでで正解でしたわね!」

 共和国南部最大の要衝は間もなくリリィガーデン王国の手に堕ちる。これによりリリィガーデン王国の兵士達がドラゴンライダーに怯える日々は終わりを告げる。

 次は共和国の豚共が王国に恐怖する番だ。

 誇り高きリリィガーデンの空と地上からやって来る精鋭達を見て、体を震わせた大量の豚共がブーブーと悲鳴を上げる時代が幕を開ける。
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