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本編

43 約束しましょう

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「ここにはメインフレーム以外が残されておりますの?」

『はい。ここは2層のフロアで形成されており、下の階に隊が残した物があります』

 リトル・レディと再会したリーズレットは遺産の状況整理から始める事に。

 彼女曰く、もう1つ地下フロアがあってそこにいくつか装備品が残されているようだ。

「ロビィ、現状チェックをお願いしますわ。使える物をリスト化しておいて下さいまし」

『ウィ、レディ』

 装備品のチェックはリトル・レディとロビィに任せ、リーズレットはガーベラに向き合う。

「ここまで守って下さって感謝致しますわ」

「いえ、そんな……! 私達は建国の母達の言い伝えを守ってきただけで」

 憧れだった伝説の淑女を前にして、しかも本物だと証明された瞬間を目にした事でより緊張感が増すガーベラ。

 顔を真っ赤に染め、女王の威厳など微塵もなく。ただの憧れを前にした少女になっていた。

「それでもですわ。よく敵に奪われないよう守って下さいました。ありがとう、ガーベラ」

 リーズレットはガーベラに近づくと赤く染まった頬を撫でる。

「お、おねえしゃま……!」

 ガーベラの思考は限界突破寸前だった。夢にまで見たお姉様との対面。そして、何度も妄想した通り……実物に触れて貰っているという事実。

「お礼をしなければなりませんわね」

「お、お礼……!」

 きた! チャンス! お礼チャンス!

 頭がフットーしているガーベラは現実と妄想の区別がつかない状態に陥り、鼻血を噴き出しそうになった。

 これまで妄想の中で作り上げてきた憧れのお姉様にして頂きたいリストが脳内に浮かぶ。

 しかし、同時に死んだ母の顔が浮かんだ。それで良いのか、と彼女に問うのだ。

「ハッ!?」

 我に返ったガーベラは女王としての責任、そして国の成り立ちという重要な事を思い出した。 

「私は建国の母達の1人であるマーガレット様の直系です。確かに彼女は国を創りました。ですが、本当はお姉様の為に創ったのだと思います。マーガレット様は貴女が帰って来れる場所を創りたかったはずです」

 目の前にあるタワーがその証拠だろう。

 きっと国を作った3人はリーズレットが転生した時に目指せる場所を、家と思える場所を残したかったんじゃないか、とガーベラは言った。

 故に、彼女は――

「お姉様、この国は貴女のモノなんじゃないでしょうか? 正当な国の指導者は現王家ではなく、貴女なのではないでしょうか?」

 国を導く指導者に相応しいのはリーズレットじゃないか、と。

 この国はレディ・マムの為に存在するんじゃないかと彼女は言った。

「だから、お姉様。私に代わって国を――」

「それはお断りですわね」

「え?」

 国を譲るという提案をリーズレットは即座に断った。

「確かにシステムを守り、私を待ってくれていた皆には感謝しておりますわ。ですが、別に指導者になりたいわけではございませんのよ」

 感謝はしている。だが、押し付けられる筋合いはないと彼女は言った。

 それに彼女は確信を持って言える。アイアン・レディの皆がリーズレットに国をプレゼントしようなどとは思っていない事を。

「私、夢がございましてよ」

 なんたって、彼女には夢があったから。

 理想の旦那様をゲットして、素敵なお嫁さん生活を送るという夢が。

 常に口にしていた彼女の夢を建国の母達と呼ばれる3人が知らないはずがない。知っていながら、国の指導者になって民を導けなどと言うはずがない。

「淑女を目指す女性の指導ならば喜んで受けましょう。ですが、顔も知らない一般人達の為に働くなど御免ですわね」

 淑女に憧れる見習い達を立派な淑女に導く事は淑女の義務である。だが、そこら辺にいる有象無象の世話など面倒臭い事はしたくないとハッキリ言った。

「それに女王は貴女でしょう? 彼女達が国を興した経緯は詳しく知りませんが、彼女達が国を興したという事実と血筋を絶やしてはいけませんわね」

 そう言われ、ガーベラはハッとなった。

「そう、ですね……。申し訳ありません……」

 断られたガーベラはションボリと肩を落とす。

 断られた事がショックなんじゃない。女王の責任から逃れようと思われたんじゃないか、失望されたんじゃないかと思ったからだ。

 物語の中で語られるリーズレットは心が弱い者は嫌いだと描かれていた。

 まさに自分はそれだ。

 建国の母達はリーズレットの復活を待っていた。それは事実だ。

 しかし、国を興して民の為にも戦っていたのだ。代々続いてきた責任を放棄するのは彼女達に失礼なんじゃないか。無駄にする行為なんじゃないか、と。

 ただ、ガーベラの考えは些か行き過ぎた考えだった。

「あの子達が残した歴史的な功績を私が奪うなど、淑女としてやってはいけない行為。彼女達が行った行為は彼女達が賞賛される為にあるのです」

 例え仲間であっても、淑女として導く立場であったとしても、個人は個人。個人の考えと功績を奪う事はタブーである。

 リーズレットは自分の夢を追い続ける。やりたくない事はやらない。そこはハッキリしている。

 だが、愛すべき子等の残した行為は必ず尊重するのが彼女のやり方だ。愛すべき子等が歴史に名を遺したのならば、それを守る義務が彼女にはある。

 だから、そう……。

「国を導くという事はお断りですわ。ですが、貴女を守ってあげましょう」

「え?」

「貴女は私の愛すべき子等の子孫ですのよ。私には守る義務があります。ですから、国の行く末は血を引く貴女が決めなさい。私はそれを見守りながら、外敵から守って差し上げますわ」

「お姉様……」

「貴女は私の仲間の名に恥じないよう国を導きなさい。私は理想の旦那様を探しながら貴女を守りますわよ!」

「お姉様?」
 
 彼女は自分の夢を追いながら、子孫であるガーベラを守ると約束した。

 結局のところ、彼女はどこまでも夢を追い続ける存在なのである。


-----

 
 遺産の部屋にロビィを残し、サリィとガーベラを連れて外へ出たリーズレットはリリィガーデン王国の重鎮達によって熱い歓迎を受けた。

 本物が国へ帰還したというめでたい日である。急遽ではあるが、今宵はレディ・マムを歓迎するパーティーが開かれる事に。

 リーズレットとパーティー会場の準備を行っている間、ガーベラはリーズレットが言っていた事を重鎮達に伝えていた。

「つまり、国の指導者にはならず陛下を守る守護者になると?」

 アイアン・レディの構成員であり、建国の母達と呼ばれるメンバーの血を引くガーベラを守る。そう言っていたと伝えると重鎮達は一様に悩み始めた。

 国のトップを守るという約束。これはどの範囲まで及ぶのだろうか。そこが明確にされていないからだ。

「軍としては戦争に参加してもらえるかが重要なのですが……」

「陛下を守るという事は領土侵略からも守ってくれるという解釈でよろしいのでは?」

「ブライアン少佐とコスモス少佐の話では、物語通りの素晴らしい手腕をお持ちのようではないか。戦いに加わって下されば心強い」

 軍関係者はリーズレットの参戦を熱望。

 軍関係者じゃなくとも戦争という状態に陥っている自国に心配を覚える者達は、参戦してくれないかと期待を寄せる気持ちは同様だった。

 対し、リーズレットの参戦に対して意見を述べる者もいる。 

「しかし、婚約者を探しているというのが第一なのでしょう? そちらに専念するのではないですか?」

「国は代々守って来た王家のモノと宣言なさったのだから、我々は陛下の主導で動くべきだ」

「戦争をしている現状はあくまでも我々の責任。参戦して頂くのは不敬なんじゃないか?」

 反対意見を述べる者達は『自分達の責任である』と述べる者がほとんどだ。

 いくら建国の母達がリーズレットの帰還を待ち望んでいたとしても、彼女自身の意見を尊重しないのはよくないと。

 パーティー開催までの僅かな時間であったが、彼等の意見は平行線を辿る。

「陛下、本当にマムがそう言っていたのですか?」

 重鎮達が好き勝手に言い合う中で、コスモスはガーベラの耳元に口を寄せてコソコソと問う。

「ええ。私を守ると。それと淑女を目指す女性を指導するのは良いと言っていました」

 ガーベラが言った言葉に目を見開くコスモス。内心では「やった!」と歓喜の声を上げた。

「そう……」

「嬉しそうね?」

 喜びを抑えて返答したが、長い付き合いであるガーベラには見抜かれてしまった。

「私、あの方のようになりたい。だから、お願いしてみるわ。貴女を守る為にも」

 コスモスは従姉として決意を口にした。

 彼女の気持ちが嬉しく、ありがとうと返そうとしたガーベラであったが――

「陛下。やはり、陛下からレディ・マムに聞いて下さいませんか?」 

 結局は答えが出せず、本人に聞く以外にないとなったようで。言葉を交わしたガーベラから真意を問うよう願われた。

「わかりました。パーティーの時に聞いてみましょう」

 ガーベラもお願いできるラインを明確にしておきたい事もあって、重鎮達の願いを承諾。

 こうしてパーティー開催の時が来た。

 風呂に入り、サリィと王城メイド達によって磨かれたリーズレットは象徴たる赤いドレスで会場入り。

「あの方がレディ・マム!」

「本物か!」

 急な招待にも拘らず、会場には重鎮達の家族や首都に店を構える豪商など様々な権力者が集まっていた。

 会場にいる男女全てがリーズレットへと注目し、目を奪われる。

 その理由は王城に用意してあった最高級ドレスを着用し、アイデンティティであるドリル髪を活かしながらバックはアップに纏めて。

 整えた身だしなみの上に煌びやかな装飾品を身に着けているからじゃない。物語の登場人物である伝説の淑女本人だからというわけでもない。

 単純にリーズレットが美の化身であるからだ。容姿も所作も美しい、真の淑女たるリーズレットにとってドレスや装飾などはただの物に過ぎない。

 完成された美。彼女自身こそが美であるのだから、その姿に注目を集まらぬわけがない。

「我々はレディ・マムを歓迎致します。乾杯!」

 開始の合図はリーズレットの隣に立つガーベラが。

 乾杯と共にパーティーがスタートすると皆がリーズレットへ挨拶しようと列を成す。

 位の高い国の重鎮達から順番に挨拶をして、自分達の家族が覚えてもらえるよう言葉を尽くす。

「まぁ、素敵な息子さんですわね。独身でして? 婚約者の有無は?」

 対し、リーズレットは家に男児がいる者に対して必ずそう問う。この問いを聞いた者達は一様に『レディ・マムは婚約者を探している』というのは本当だったと確信を抱いた。

 それを知った若い実力者は自分こそがと、息子を持つ親達はリーズレットの婚約者に自分の子がなれれば……と当然の如く考えが過る。

 控えめながらに息子を推す者、含ませながら自分自身を推す者、露骨に財力や権力をアピールする者。

 とまぁ、アピール大会の始まりである。

「リーズレット様。今度、我が家でお茶会をしませんか?」

「昔の出来事を是非聞かせて頂きたいですわ」

 女性陣も負けていない。何とか接点を持とうと必死に誘う。

「まぁ。よろしくてよ。……本当に今日は素敵な日ですわね」

 アピール大会の中心にいるリーズレットの顔には笑顔が絶えない。

 酒を片手に周囲には常に男女が群がる状況で、リーズレットはニコニコと笑顔を浮かべているのだ。

 挨拶を終えて、遠巻きに見ている国の重鎮達や豪商達はこう思っているだろう。

 レディ・マムと建国の母達から敬愛されようとも人の子である。やはり婚約者を探しているというのは本当で、それを第一に考えているのは真実であると。

 リリィガーデン王国の中で野心を抱く者は心得た。彼女を射止めるのに必要なのは欲望と権力。

 美しい彼女を手にすれば、あの眩しいほどの美貌と王家を凌ぐ力を得られる。このレースには負けられないと。

 そんな欲望渦巻く中で不安そうに彼女を見ているのはガーベラだった。

 ようやくひと段落して、リーズレットの傍から人が消えた瞬間を見計らいガーベラは声を掛ける。

「お姉様……」

 声を掛けたものの、彼女の声音と表情には不安の影が浮き出てしまっていた。

「まぁ。どうなさったの?」

「私、あの……」

 会議で重鎮に頼まれた質問を上手く口に出せず、俯いてしまっているとリーズレットは彼女の耳元でそっと呟いた。

「大丈夫。貴女は心配しなくてもよろしくてよ」

「えっ?」

 そう言われ、リーズレットの顔を見るガーベラ。

「貴女を守ると言ったでしょう?」

 リーズレットは約束した事を口にしながら、先ほどまでと同じように笑顔を浮かべていた。

 そう、まるで華が咲き誇ったかのような美しい笑顔を。
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