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本編

32 乱入者

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 ベレイア連邦大統領官邸ではトップの大統領を含めて全職員が大騒ぎの大混乱に陥っていた。

「情報はどうなっている!?」

 混乱の原因は断続的に入って来る情報だ。

 首都で事件が起きた。マギアクラフトを狙った犯行で倉庫が燃えているらしい。

 最初に入った情報はたったこれだけ。相手が何者なのか、組織的な犯行なのかも分からない。

 最初の報告から情報収集に努めると、マギアクラフトの執行部隊である魔法少女が戦っているという情報が入った。

 マギアクラフトと密接な関係になっている連邦政府には『魔法少女』という存在に関しての情報はいくつか渡されていた。

 彼女達の特筆すべき点は大火力の魔法を行使する負け知らずの存在という事に尽きる。

 戦場に投入されればあっという間に敵を殲滅し、多数存在する魔法少女の個性的な魔法によって戦場が染まるという。

 倉庫区画が燃えているという事は、今回戦闘しているのは炎を操る魔法少女なのだろうと。そこまでは簡単に推測できた。

 彼女らが負ける事はない。

 魔法少女が戦っているならば軍の参戦は無いだろう。軍の仕事があるとしたら燃え広がる炎を鎮火する為の消火活動くらいだろうか。

 倉庫が燃えて別の倉庫に延焼している状況だが、連邦政府の面々はお気楽に考えていた。

 事件を起こした者は魔法少女が始末するだろう。何か事件に裏があったとしても連邦政府には関係ない。

 マギアクラフトが全て処理してくれて、面倒事も片付けてくれる。燃えた倉庫もマギアクラフトの資金で立て直すのだ。

 大統領は優雅に紅茶を飲んで、マギアクラフトの言われるがままに仕事を続けて任期を終えれば良い。他の職員達も今夜の夕飯をどうしようか程度の事しか考えていない。

 こう見ればベレイア連邦はマギアクラフトという企業の言いなり、傀儡となっているように見えるだろう。

 だが、彼等にとってはそれで良いのだ。屈辱など感じない。

 傀儡となっているだけで国は安定するし、そもそもそうなるように生まれた国なのだから。

 だから、今回の事件も「どうにかなる」「マギアクラフトがどうにかするだろう」と安心しきっていたのだ。

「まだ戦闘が続いているのか!? 軍は、魔法少女はどうした!?」

 しかし、今は違った。その安定が崩れかけている。

 理由は魔法少女が苦戦しているようで、マギアクラフトのベレイア支部から軍の参戦要請が飛び込んで来たからだ。

 慌てて軍を動かし、メインストリートを封鎖した。

 しかし、窓から外を見れば大爆発が徐々に官邸方向へ向かって来るではないか。

「相手は何者なんだ!?」

 魔法少女が負けるなどあり得ない。最強の兵士で、最強の魔法使いで、マギアクラフトの切り札とも言える人物達。

 資金力も技術力も他の追従を許さない大企業を追い込む者は一体何者なのか。

「わかりません。展開した軍からも情報が――」

 補佐官がそこまで告げて、視界の端に映った影に気付く。窓の向こう側に視線を向けると、そこには箒に跨った魔法少女が突っ込んで来る瞬間であった。

「伏せて!」

「うおおお!?」

 補佐官が大統領へ叫んだ瞬間、バリーンと窓ガラスを突き破って官邸の大統領執務室へと突入した魔法少女マキ。

 バランスを崩して箒から落ちた彼女は執務室の床をゴロゴロと転がった。

「貴方達、逃げなさいッ!」

 すぐに体勢を整えて、唖然とする大統領と補佐官へ叫ぶ。

「へ?」

 マキにそう言われ、呆気に取られる2人。彼等はさっさと言われた通りに逃げるべきだった。 

 彼等の背後にあった窓からは魔導車のエンジン音が聞こえて来る。

 いいや、違う。

 これはあの世への片道切符を強制的に相手の懐へ捻じ込む淑女と侍女の足音だ。

「ふぁっきゅーですぅ!」

 ドガシャーン! と執務室の壁を突き破って突入して来るキャンピングカー。

 車体前方にあったドア・ノッカーが壁をぶち破り、そのままの勢いで大統領と補佐官の体を粉砕してあの世へ送った。

 だが、リーズレット達の狙いはあくまでも魔法少女。

「キィィス、マァァイ、アァァァスッ!!」

 再装填を終えたロケットランチャーを魔法少女に向けて至近距離でぶっ放す。

 ロケットランチャーの弾はマキが伸ばした腕に直撃。爆発で執務室を囲っていた壁や天井は吹き飛ばされてしまう。

 玄関フロアから左右に棟が別れる官邸であったが、大統領執務室のあった左側は原型がほぼない。上を見上げれば2階部分が丸ごと吹き飛んで星が輝く空が見えた。

「ぐッ!」

 直撃を受けたマキは防御魔法で何とか凌いだものの、爆発の勢いで壊れ行く官邸の床を何度もバウンドしながら吹き飛ばされていった。

 巻き添いを受けた職員の死体を見た者や別のフロアにいた職員達の悲鳴が聞こえる中、マキは握っていた箒に乗って逃げようとするも……。

「くそッ!」

 ロケットランチャーの一撃で握っていた箒は破壊され、半ばで折れてしまっていた。

 彼女は怒りで顔を歪めながら握っていた箒の持ち手部分を投げつける。

 吹き飛ばされた方向からは瓦礫を踏みながらやって来るリーズレットの姿が。

「んふふ」

 アイアン・レディを抜いて、今度こそ息の根を止めようと微笑みながら淑女が魔法少女へと歩み寄る。 
 
 箒は壊れ、走って逃げようにもこの距離では追い付かれてしまう。マキは今度こそ逃げられないと確信した。

「そろそろ終わりにしましょう? 防御魔法の性能もわかりましたし」

 リーズレットの視線がマキのペンダントに向けられる。

 実験と観察の末にわかったのは、確かに防御魔法は銃弾を防ぐ。恐らく魔導具に設定された兵器に対して反応するのだろう。

 だが、人体は防げないようだ。じゃなければ、倉庫でリーズレットがマキの腕を掴む事すらできなかったはず。

 ならば近接戦闘でペンダントを奪えば良い。これが魔法少女が使う防御魔法に対しての対抗策。

 シンプルで実に淑女らしい方法だ。

 このリーズレットの推測は正しかったようで、マキは反射的に手でペンダントを隠した。

(ペンダントだけは守らないと……)

 奪われれば、魔法少女が持つ対兵器へのアドバンテージが失われる。

 体術ではリーズレットの方が有利。もう一度接近されれば今度こそ奪われて……殺される。

「……可愛い妹を殺すの? お姉様」

「姉をババア呼びする妹なんて願い下げですわね」

 銃口を向けるリーズレットはニコリと微笑んでトリガーを連続して引いた。

 ドン、ドン、と放たれる弾をマキは無力化しつつも反撃をしようと試みるが、対峙するリーズレットが動き出す方が速かった。

 一気に肉薄され、至近距離からの銃撃に加えて蹴りが混じる。

 銃弾を無力化しながら蹴りを受け流すマキであったが、徐々にまだ崩れていない壁際へと押されていく。

 彼女自身にも誘導されているという意識はあったものの、体術に関してはレベルが違いすぎて成すがままにされてしまった。

「さぁ、今度こそチェックメイトですわよ」

 遂にマキは壁際へと追い詰められた。

 リーズレットは片手で相手の頭部に向かって銃弾を撃ち込みながら、ペンダントを掴み取ろうともう一方の手を伸ばす。

 あと数センチで指先がペンダントに触れる。だが、リーズレットは別の気配にピクリと反応して咄嗟にバックステップ。

 折角追い詰めたマキから距離を離した。

 その瞬間、リーズレットがいた位置に空から氷の塊が落ちて来る。

 先が鋭利になった氷の塊は地面に突き刺さり、もしもバックステップで躱していなければ今頃は死んでいただろう。

「アリア!」

 マキが吹き飛んだ天井を見上げると、箒に跨って空に浮かんでいるもう1人の魔法少女。

 月の光に照らされる白銀のロングヘアーと髪と同様に雪のように白い肌。

 レオタードのような肌にピッチリと張り付いた黒い服の上に、マキと同じくミニスカートと丈の短いケープを羽織った少女が月をバックにリーズレットを見下ろしていた。

 そして、もしもこの場に第三者がいたとしたら。空に浮かぶ白い少女の顔を見たら、どこかリーズレットやマキと同じ顔つきをしていると言うだろう。

「……マキ、帰るよ」

 アリアと呼ばれた白銀の魔法少女はリーズレットを鋭い目で睨みながら腕を振るう。

 突き刺さった氷の塊が階段状に変形して、マキはそこを駆けあがってアリアに腕を引かれながら箒に跨った。

「……私のマキを傷付けたこと、忘れないから。今度、絶対に殺す」 

 月を背景に無表情のまま告げるアリアという名の魔法少女。

「別に今でも構いませんのよ? 生意気なマジカルビッチが2匹に増えても手間は変わりませんもの」

 アリアを見上げるリーズレットはアイアン・レディの銃口を向けながら言った。

 新たに現れた魔法少女を撃ち落そうと、箒の先端に狙いを付けてトリガーを引こうとするが――

「……私はお母様の言いつけをちゃんと守る」

 人差し指を立てたアリアがクルクルと手を回す。すると空中に巨大な氷の塊が誕生して、リーズレットの頭上に落下してきた。

 アイアン・レディを撃って氷を粉砕しようとするも、魔法で作られた氷は思っていた以上に頑丈だった。

「チッ!」

 リーズレットは落ちてくる氷を回避する事しかできない。

「……さようなら。お姉様」

「ばいばーい」

 回避している間に2人の魔法少女は上昇していく。アリアは無表情で、マキは「あっかんべー」と舌を出しながら別れを告げた。

「逃げるんじゃないですわよ、ビィィィッチッ!!」

 アイアン・レディを連射するがアリアが操る箒は一瞬で加速。もう追いつけないと思いながらも、諦めきれないリーズレットは外まで走った。

 しかし、外に出てから2人が向かった方向を見るが既に姿は無く。

 リーズレットは奥歯を噛み締めながら怒りを露わにした。

「ファァァァック!!!」
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