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前日譚
前日譚 2 : 二度目の婚約破棄 ~聖なる豚狩り編~ 上
しおりを挟む「リーズレット、僕は君と結婚できない。別れてくれ」
悲しそうな表情で首を振り、彼女に別れを告げたのはリング聖王国の王子であった。
「な、なぜですの!? 私の事を愛していると――」
彼女が驚き、そして困惑するのも無理はない。聖王国学園で開催された茶会の席で恋人関係にあった王子を見つけて、彼の腕に自分の腕を絡めた瞬間の出来事だった。
顔が好みだった。王族で金持ちだった。だが、ドリル巻き髪の淑女リーズレットは王子の事を本気で愛していたのだ。
本気でアプローチして、お付き合いをはじめて、仲も良好だったのに。何度も愛していると言ってくれたのに。
「それは、貴方が帝国と繋がっているからです」
答えを教えてくれたのは王子ではなく、彼の横に歩み寄って来た金髪の女性。
「貴方は帝国と繋がっている裏切り者……いいえ、スパイだわ。そのような者が王子様と結婚など出来るはずがないじゃないですか」
聖王国では聖女と呼ばれ、国民全員から敬愛されるメスブタはリーズレットに冷たく見下すような視線を向ける。
「ビィィィィッチ!!」
遂に我慢できなくなったリーズレットは改造されたドレスのスカート内、太もものホルスターに差さっていたハンドガンを西部劇ガンマンも口からクソを吐き出すような驚くべき速度で引き抜いて聖女へ向けた。
「やっぱり! その帝国人が持つ武器が何よりの証拠です! このスパイめ!」
ようやく尻尾を見せたな、とばかりに叫ぶ聖女。彼女の叫びに呼応するように、リーズレットの周りには聖女と王族を守護する聖王国近衛騎士達が駆け寄って退路を塞ぐ。
「スパイ行為の罪は重い! リーズレット、貴方に神の裁きを!」
この場の正義を得た聖女は騎士に号令を放つ。囲んでいるリーズレットへ騎士達が一斉に剣先を向けた。
「くっ! ここは押し通りますわよ!」
退路は1つ。茶会会場の出口を塞ぐ騎士に向かってハンドガンを発砲。だが、弾は不可思議な透明の壁にカツンと弾かれてヒットせず。
「野蛮な人殺しの道具が、神の奇跡たる魔法に敵うはずがないのです!」
魔法の中でも特別な聖魔法。それは聖王国の中でもただ1人、神の奇跡を起こす聖女だけが使える魔法。
神の代弁者としての扱いを受ける聖女は魔法で騎士を銃弾から守ったのだ。
マガジンが空になるまで連射するが壁は壊れない。全て弾かれて銃弾が相手に当たらない。
「ホォォリィィ、シッットッ!!」
万事休す。リーズレットは騎士に囚われ、牢屋にぶち込まれるのか。牢屋の中で汚らしい男達のオモチャにされてしまうのか。
否だ。聡明な淑女は常に準備を怠らない。準備は周到に。だが、行動は大胆に。亡き父の教えは常に彼女の心にあった。
小さな胸の谷間から遠隔操作用のスイッチを取り出す。彼女は躊躇う事無くそれを押した。
茶会の舞台であった学園の庭園脇にある教会が大爆発を起こす。予め設置しておいたC4が一斉に火を噴いた結果であった。
「皆さん、伏せて!」
爆風と破片から茶会出席者を魔法の壁で守る聖女。広範囲に展開した魔法の壁は犯人であるリーズレットも守ってしまうが致し方なし。
だが、リーズレットにとってはチャンスだ。爆発で混乱しているうちにマガジンを素早く交換。
「どいて下さいまし!」
パンパン、と2発続けて発砲。銃弾を防ぐ壁は騎士達の前には無い。一番近くにいた騎士の鎧を銃弾が突き破る。
そのまま出口へ走り出すが、進行方向を塞ぐように別の騎士が飛び込んで邪魔をしてきた。
リーズレットは減速しない。主人公の胸に飛び込むヒロインのように騎士に突っ込む。
密着状態。騎士がリーズレットの背中に腕を回せば騎士と淑女が織りなす恋愛劇の完成だ。が、今回ばかりは違う。
空中に咲いたのは祝福の花じゃない。兜と鎧の間に銃口を押し込み、発砲した事で噴き出した聖騎士の血飛沫であった。
「私、騎士なんぞに捕まるほど安い女ではなくってよ!」
「待ちなさい!」
包囲網を突破したリーズレットはスカートを摘まみ上げながら身を反転させる。スカートの中から何かが落ちた。
手榴弾。ピンの抜かれた手榴弾がリーズレットの足元に落ちた。それを聖女の方へ蹴り飛ばす。
爆発は魔法の壁で防がれたものの、距離を稼ぐことに成功したリーズレットは茶会の席から脱出した。
混乱状態の学園を抜け出し、聖王国王都の裏路地を駆ける。
「お嬢様! こちらです!」
緊急時の際に決めておいた約束通り、脱出経路上でメイドのユリィと合流。彼女はバッグに装備や金を詰めた状態でリーズレットを待っていたようだ。
「ビックリしました。家のお掃除をしていたら教会が吹き飛んだので」
万が一の際は教会を吹き飛ばし、それを合図とする。学園で起きた事を説明すると「しっかりと決めておいてよかったですね」とユリィは苦笑い。
「一体、どこから情報が漏れたのかしら」
アドラの起こしたアドスタニア王国クーデター事件以降、リーズレットは婚約者探しの旅に出た。
最初に訪れたのがここ、リング聖王国。旅の休憩ついでに立ち寄った場所であったが、リング人の男性容姿はリーズレットの好みが多かった為に移住を決めたのが2年前。
アドスタニア城から持ち出した金品を換金して金を作り、拠点作りと共に生活を始めた。
『結婚するなら権力者ですわよ』
貴族として返り咲こうとも思っていた彼女は、当時行われていたパレードで遂に見つけた。自分の好みジャストミートな顔面を持つ聖王国の王子を。
彼が通う学園に目を付け、潜り込めないかと情報を集め出し、庶民であっても知識さえあれば入学できると謳う学園に正々堂々とテストを受けて編入。
無事に王子と同じクラスになったのが1年前。
必死のアプローチ。度重なるボディタッチ。思わせぶりな言葉の数々。好き好きオーラ全開で、クーデター事件の時に見せたリーズレットからは思えぬ程のメス顔を晒して遂に恋人関係に。
ようやく結婚の約束まで辿り着いたのに。ようやく思い描く最高の人生が手に入りそうだったのに。
「あのクソメスブタァァァ!! 絶対にぶっ殺してさしあげますわよォォォッ!!」
あの神にだけ股を開くと豪語するメスブタに人生を滅茶苦茶にされた。
またしても。
これでメスブタに邪魔されるのは人生で2度目だ。1度目は貴族のメスブタ。2度目はなんと『聖なるメスブタ』だ。
「でも、どうしてお嬢様が帝国と繋がりがあると?」
おかしいですねー? と首を傾げるユリィ。
確かにそうだ。リーズレットはクーデター事件に関わった事を口にしていないし、持ち込んだ銃も完璧に隠していた。
アドスタニア王国と繋がっている、だったらまだ分かる。だが、なぜ帝国と繋がっているとあの聖なるメスブタは言ったのだろうか。
「わかりませんわ。ですが、敵はあのメスブタだけではない気がしますわね」
「誰か黒幕が?」
「かもしれませんわ。神にだけ股を開くと言いながら、誰かのおフェラ豚になってたのかもしれませんわね」
どちらにせよ、あのメスブタは殺す。
誰かわからぬが黒幕も殺す。人生を滅茶苦茶にした豚の額に鉛弾をぶち込むのは確定となった。
「ファァァァック!!」
リーズレットは汚水塗れになりながら下水道から王都を抜け出し、いつか戻ると決めた王都に向かって中指を立てながら叫んだ。
だが、この時を以って運命の歯車がカチリと噛み合った。
リーズレットが脱出した1ヵ月後、聖王国は隣国であった帝国との緊張状態が爆発寸前の風船と化す。
さらに1ヵ月後、帝国は聖王国に宣戦布告。国境沿いで睨み合っていた両軍の戦闘は開始された。
魔法使いで編成された軍隊と銃を持った軍隊。神の奇跡を得た者達と人の手で作られた殺戮道具を持つ者がぶつかり合い、戦争は泥沼状態に。
開戦から――5ヶ月後。
「おい、ニュービー。ここで一番大事な事を教えてやる」
最前線の帝国軍基地にいた傭兵が新人に重要な教えを説こうと手で誘う。その瞬間、彼等の傍にタイミングよく教えを見せるのにピッタリな者が現れた。
酔っ払った傭兵だ。彼はフラフラと歩きながら、視界に入ったドレスの女性を見ていやらしく笑った。
「おうおうおう。こんなところに娼婦とは都合がいいじゃねえか! 俺のテントに来てシモの世話しろや!」
そう言って、ドレスを着た女性の腕を掴む。瞬間――パン、と銃声が鳴った。
「汚い手で触らないで下さいまし。私、あなたのような豚を相手するほど安くありませんのよ?」
パンパン、と追加で2発。傭兵の股間に銃弾が撃ち込まれた。
股間から血を流して地面に転がる傭兵に唾を吐き、中指を立てながら頭部に慈悲の一撃を加えて女性は去って行く。
戦場にいながらドレスを着る女性。銃を撃つ淑女。容赦ない悪魔。もうお分かりだろう。
「いいか、ニュービー。あの女には絶対に手を出すな。あれが噂のドリル髪の悪魔淑女だ」
-----
元貴族令嬢リーズレット。アドスタニア王国クーデター事件から3年。彼女は20歳になっていた。
彼女は聖王国を抜け出したあと帝国へ渡った。渡った直後に戦争が勃発。これを利用して復讐を果たそうと決めた。
傭兵として帝国軍人に混じり、戦争に参加すると彼女の持つ殺しの才能は更に磨かれていった。
まだ開戦1年未満でありながら戦場で確認された殺害戦果は帝国軍所属の熱狂的な愛国者達を抑えて堂々の1位。聖なる豚殺しの一等賞。
若い女性でありながら最前線にいる軍人や傭兵から一目置かれる存在となる。
悪魔のような人殺しの才能。元貴族令嬢であった故に持つカリスマ性。ユリィとしかバディを組まない孤高の存在であった彼女の元には人が集まっていく。
集まって来たのは全員女性だ。ここで一度確認しておこう。戦場で女性兵士として生きているのはどんな人達だろうか?
例えば、他国で冒険者をやっていたが、傭兵に鞍替えした女性。
例えば、祖国で何かしらの問題を起こして逃亡の末に流れ着いた女性。
例えば、一束幾らの野菜感覚で口減らしとして売られた女性。
どれも境遇は違えど、共通しているのは立場が男よりも弱いという事だ。
女性は男に比べて力が劣る。体力が劣る。地位が劣る。特に帝国では女性の地位は最低レベル。庶民よりはいくらかマシであるが、帝国貴族の嫁であっても召使と変わらないような扱いだ。
戦場に出れば使い捨て。捕まれば慰み者、基地に戻っても男の世話。
酷い境遇を味わっていた彼女達の目の前に現れたのは、女性は弱いというイメージを一瞬で吹き飛ばした『淑女』である。
ドレスを着て戦場を舞い、老若男女問わずに殺す戦場の悪魔と敵味方から恐怖される淑女。
憧れぬはずがない。手を伸ばさずにはいられない。傍にいたいと思わずにはいられない。
故に集う。故に教えを乞う。生き残る術を得る為に。
「よろしいこと? 今時の淑女は殿方のハンティングに同行してもお茶をしながら待つのは時代遅れ。成果を自慢する殿方に笑顔と拍手だけを送る時代は終わりましてよ?」
「イエス! マム!」
リーズレットは戦場にいた。椅子とテーブル、日傘を設置して優雅にユリィの淹れたお茶を飲みながら。
彼女の傍には20名の女性。誰もがライフルを片手にリーズレットの傍で整列しながら前を向く。
遥か先には聖王国の魔法使い部隊がこちらへ向かっているにも拘らず、優雅な時を過ごすのには理由がある。
それは射程距離だ。魔法は銃と同じく遠距離攻撃に分類されるが、銃よりも射程は短い。
視界に入ってから敵に魔法を当てるイメージを脳内で起こさないとロクに当たらない。
故に、聖王国が『神の奇跡を使える俺達サイキョー!』と誇る魔法使い部隊は戦列歩兵の形態をとって有効射程まで進むのが主流だ。
対し、リーズレット達は違う。
「マム! 豚が見えました!」
「よくってよ」
双眼鏡で敵の姿を確認した女性の1人が叫ぶ。すると、ユリィが無言でリーズレットにボルトアクション式の狙撃銃を手渡した。
「さぁ、淑女見習いのみなさん。ハンティングを楽しみましょう!」
リーズレットは椅子に座って足を組んだまま狙撃銃を構える。スコープを覗いて、先に見える豚のツラを拝見。
「今思えば、あまりタイプではございませんわね。どれもこれも薄汚い豚に見えますわよ」
聖王国男子の持つ顔の造形は好みだと思っていたが、スコープ越しに見る顔はどれもクソまみれの豚に見える。
一体、あの頃の自分はなんだったのか。家族を失ったせいで、婚約破棄をされたせいで、おかしくなっていたのだろうか。
だが、王子に恋をしていたという気持ちは本物だった。次に会った時、自分は彼の顔を見てどう思うだろうか。
「まぁ、いいですわ」
パン。
リーズレットがトリガーを引くと、スコープ越しに見えていた豚の顔が壁に投げつけられたトマトのように弾けた。
「ヒュウ! ビンゴォ!」
ボルトを引いてリロード。飛び出した空薬莢が地面に転がる。
「さぁ、みなさんも楽しみましょう」
パン、パン、パンと銃声が続く。淑女と共に見習い淑女達が持つ銃の銃口から飛び出した7.62mm弾が魔法使い部隊を襲った。
響き渡る銃声。800メートル以上先にいる相手からは悲鳴と怒号が天に向かって叫ばれる。
「おーほっほっほっほ! 愉快ですわね! ハンティングはこうでなくちゃいけませんわ!」
有効射程の半分にも進軍していない魔法使い達は手も足もでない。次々に死んでいく仲間の死体を置き去りにして、後方へと下がろうと逃げ戸惑う。
『逃げるな! 前進! 聖女様のご加護と共に野蛮な帝国人を打ち砕く!』
そんな声が微かに聞こえた。きっと向こうの指揮官だろう。
士気を上げようと奮闘する声にリーズレットはニタリと笑う。
ユリィに狙撃銃を渡して、椅子から腰を上げた。向かう先は設置された迫撃砲。
「綺麗な声でお鳴きになって? 私、神のケツにキスする豚の悲鳴が大好きでしてよ?」
ポンっと軽快な音と共に空へ舞う虐殺の一撃。弧を描き、魔法使い達のいる場所に着弾すると敵兵はバラバラになって宙を舞った。
リーズレットと見習い淑女達の猛攻は止まらない。爆発する土と泥、巻き込まれて死亡する豚共の死体が次々に量産されていく。
だが、敵兵も果敢に進軍を続ける。犠牲者を量産されてしまったが故の玉砕覚悟か、それとも聖王国兵の意地か。攻撃魔法の有効射程まで辿り着こうと仲間の屍を越えて進む。
「気合の入った豚共ですわね。よく見ておきなさい? あれがよく訓練された豚ですわ」
リーズレットは見習い淑女達にそう言いながら、次は設置された重機関銃のグリップを握る。
「私が全員平等にファックしてさしあげますわ!」
ドドドド、と重い銃声を轟かせながら敵兵を撃ち抜くリーズレット。蜂の巣になっていく敵兵を見た見習い淑女達から歓声が上がった。
「すごい! よく当てられますね!」
「イージィですわ! なんたって、聖王国の魔法使い共はノロマですもの!」
聖王国の魔法使い部隊は有効射程まで1人も辿り着けずに全滅。
これにて淑女のハンティングレクチャーは終了。淑女の教えを受けた20名の精鋭が出来上がったのであった。
「ほんと、戦争は地獄ですわね! おーっほっほっほ!」
-----
「よう、お嬢さん。久しぶりだな!」
「あら。久しぶりですわね」
基地に戻ったリーズレットに声を掛けたのは、以前世話になった武器屋の店主であった。
「どうしてここに?」
「俺は武器商人だぜ。前線に補給と新製品を持ってきたのさ!」
「まぁ!」
リーズレットは店主の言葉に目を輝かせた。さっそく物見せてくれ、と。
「今回は銃じゃねえ。帝国で作られた新兵器だ。だがよ、お嬢さんもきっと気に入るぜ」
銃じゃないと言われ、ガッカリしたリーズレットであったが店主の言葉を信じて後に続く。
基地の車庫に置かれていたのは巨大な砲を持った鉄の塊。戦車であった。
「次は砦を落すんだろう? コイツは最適だぜ。一発で外壁が吹き飛んじまう」
店主の言う通り、次の攻撃目標は聖王国内にある砦。帝国は領土内を侵攻し、聖王国の要衝を攻撃目標として定めた。
砦は位置的に王都へ侵攻する上で邪魔な事もあるが、帝国諜報部の情報によると砦に『聖女』が慰問の為に訪れるという。
聖王国兵にとって士気を支える柱、聖王国民が敬愛してやまない聖女。神の代弁者として慕われる聖なるメスブタを殺せば聖王国兵の士気はダダ下がり間違いなし。
聞きつけたリーズレットも作戦に参加表明を出してきたのはつい先ほどであった。
最近になって転生者が開発した戦車は堅牢な砦を落すには持って来い。これを使って一気に攻めようというのが帝国の作戦であった。
リーズレットにも戦車のメリットを伝え、使ってはどうかと勧める店主。
「うーん。ですが、こういった物は殺しの感触が――」
やはり豚狩りは自らの手で引き金を引いて、体に伝わるリコイルと一緒に相手の悲鳴を耳で楽しむもの。そんな美学を持ち始めたリーズレットはあまり乗り気ではなかったが……。
「わぁ! かっこいいですぅ!」
興味を示したのはリーズレットではなくユリィだった。彼女は大きな殺戮マシーンに心奪われた。
「ユリィ、これが欲しいんですの?」
「はい! これは敵の陣地を踏み潰しながら大火力でいーっぱい壊すんですよね? 私、そういうの好きです!」
さすがはトリガーハッピーなお嬢様の専属メイド。こちらも頭がイカれている。
「じゃあ、ユリィ。買って差し上げますから貴方が使いなさいな」
「え!? 良いんですか、お嬢様!?」
「ええ。よくってよ。貴方も立派な淑女になりました。出会った頃とは大違い……。私、貴方の成長を祝福したいと常々思ってましたのよ?」
「お嬢様……」
リーズレットも今年で20歳。自分が楽しむだけではなく、従者にも楽しみを与えてあげようという慈しみの心が芽生えていたのだ。
きっと処刑されて死んだ父親は今のリーズレットを見て大人になったと言うだろう。
リーズレットは資金の半分をポンと払って、戦車を購入した。かくしてメイドは機甲メイドへとランクアップ。
「ところでよ、どうしてお嬢ちゃんが帝国側の傭兵に? 聖王国にいると聞いていたが……」
味方としているのは大変ありがたい。だが、経緯を聞いていなかった店主はリーズレットに問う。
事の次第を話すと店主は顎を撫でながら眉間に皺を寄せた。
「そりゃぁ、妙だな」
「でしょう? 誰か黒幕がいましてよ」
店主は考える。リーズレットは馴染みの客だ。クーデターにも参加して戦果を挙げ、帝国所属の傭兵としても名が轟き始めた。
彼女を敵に回すのはマズイ。王国で王になった友、アドラも常にそう考えているようだが自分もその意見に賛成だ。
もしも、彼女が敵に回ったら。正規の帝国軍人からも徐々に信頼を寄せられつつある彼女を、国は止められるだろうか?
「アドラにも言って、こっちでも少し調べてみよう」
「あら? 助かりますわね。黒幕が誰か心当たりが?」
真剣な顔で言う店主の顔を見て、何かあるのかと察するリーズレット。
「いや、まだ確信になってない。もう少し待ってくれ、豚狩りでもしてよ」
ニヤッと笑う店主。
「ええ、よろしくてよ。私、少しは我慢強くなりましたの。あの頃とは違いましてよ?」
「マジかよ」
彼女自らが口にした成長に驚きを隠せない店主だった。
そして、侵攻当日。
聳え立つクソ、聖王国の砦に辿り着いた帝国軍は戦車を前面に出して強襲を開始。
「ファッキン、マザ、ファッカァァァァッ!!!」
リーズレットはユリィの運転する重戦車に取り付けられた副兵装である機関銃を歩兵に向かって連射しまくった。
これも良いじゃない。そんな思いを抱き、気持ちを高ぶらせながら一方的な虐殺を楽しむ。
対し、砦から魔法使い達が魔法を撃つも分厚い装甲を貫けず。歩兵部隊として砦前に整列した魔法使いの至近距離攻撃も通用せず。
聖王国に成す術無し。
神の奇跡は鉄の箱に通用しなかった。それを証明するかの如く、我先にと前に出たリーズレットとユリィのコンビ。2人乗る戦車の影に隠れながら追従するのは歩兵淑女見習い達。
リーズレットは副兵装の機関銃で聖なる歩兵豚を木っ端みじんに。見習い淑女達もママに習って射撃を繰り返す。
「運転、代わって下さい!」
「イエス! マム!」
一緒に搭乗している女性傭兵に運転を代わってもらったユリィは砲手席へ。重戦車に取り付けられた巨大な砲身が砦に向けられる。
「ファイヤー、ですぅ!」
ドガン、と轟音を立てて砲が火を噴いた。56口径8.8cm砲――アハトアハトが砦の外壁を貫徹。聖王国兵が誇っていた砦の外壁がクソの山に変わる。
「次弾装填!」
「イエス! マム!」
「ファイヤー、ですぅ!」
「最高ですわッ!! 最高ですわよッ!! イッちまいそうですわァァァッ!!」
ヤクで頭がぶっ飛んだジャンヌ・ダルクと高火力・高貫徹力に魅せられた機甲メイドは次々に敵と砦の一部をクソへと変えた。
「帝国軍、内部に突撃! 孤高の戦乙女に続けえええええ!!!」
聖王国の防御前線が瓦解すると帝国軍は鬨の声を上げて砦の内部へと侵攻を開始。
「ユリィ! 私もメスブタを探しにいきますわ!」
「はいですぅ!」
機関銃から手を離したリーズレットにユリィはブルパップ式サブマシンガンとポンプアクションショットガンを渡す。
室内戦を想定した装備を2つ。両脇の下にあるホルスターには愛銃のハンドガンが2丁。コンカッショングレネードもしっかり持って、リーズレットは戦車のハッチから飛び出した。
「神の御言葉を届けに参りましたわよォォォ! ハレルゥゥゥヤァァァ!!!」
サブマシンガンをタップ撃ちしながら逃げ戸惑う聖王国兵を撃ち殺し、内部に突入したらショットガンに切り替え。
砦の内部は阿鼻叫喚。敵と味方が入り混じる地獄と化した。
「ブーブー! ブーブー! どいつもこいつも鳴きっぱなしですわね! おーっほっほっほ!」
だが、リーズレットは的確に豚の頭を吹き飛ばす。
彼女の腕はピカイチだ。聖なる豚狩り一等賞は伊達じゃない。
「帝国の悪魔だ! あれを殺せ!」
通路の先、聖王国の指揮官がリーズレットを見つけると部下達にそう命じた。
リーズレットに向かって魔法の一斉射が放たれる。こういった狭い場所では魔法も効果的だ。
炎の壁がリーズレットの接近を防ぎ、その間に弾となった魔法を放つ。リーズレットは曲がり角に身を隠し、ショットガンの銃身を出して応射する。
撃ち合いの末、先に弾切れになったのはリーズレット。当然だ。こちらは1人。向こうは複数。
リロードしている間に距離を詰められると判断。ショットガンを捨てて、サブマシンガンへ。
「こちらに来い! 悪魔を確実に仕留める!」
追加で仲間を呼ばれた。更に放たれる魔法の数が増える。さっさと指揮官を仕留めなければジリ貧になるのはリーズレットだろう。
「ふふ。いいですわよ。楽しくなってきましたわ」
だが、淑女は笑って唇を舐めた。追い詰めていると勘違いしている聖なる豚共へ鉄槌を下す準備を始める。
サブマシンガンをリロードしておき、一時的に手を離す。コンカンショングレネードを両手に持って、身を隠している曲がり角から1個目を投入。
通路でグレネードが弾け、豚共が悲鳴を上げる。それを合図にリーズレットは通路へ飛び出した。
飛び出した瞬間にもう1個を一番奥に目掛けて退路を塞ぐように投げて、肩のベルトを手繰り寄せてサブマシンガンを再び構えながら走った。
焦った聖王国兵の放つ魔法は狙いが定まらず、壁に当たって爆発音と共に通路には煙が舞う。煙の向こう側では豚の悲鳴、放ったサブマシンガンの銃弾が豚肉を突き破る破裂音。
爆発で生じた煙を突き破って、銃口を向けた淑女が姿を現す。
「サプラァァイズ! マザーファッカァァァッ!!」
「悪魔だ! 悪魔が来たァァァ!!」
リーズレットの姿を見た聖王国兵が恐慌状態になって悲鳴を上げながら逃げようとするが、もう遅い。
1匹たりとも逃しはしない、淑女のキリングフィールドは完成する。
フルオートで放たれた銃弾は聖王国兵達の頭や首を貫き、ドミノ倒しのように地面へ転がしていく。
密集した陣形が仇となり、巻き込まれて倒れる者も少なくない。
サブマシンガンの弾が切れるとリーズレットは躊躇なく投げ捨てた。
両脇のホルスターからハンドガンを両手で抜いて2丁撃ち。
ヤケクソ気味に放たれた魔法を躱すべく、最前列にいた男の死体までスライディング。
「残念でしたわねェェ! ドレスのクリーニング代は貴方の命ですわよォォォ!」
ダン、ダン、ダン、とハンドガンで残りの聖王国兵を射殺した。
「ひ、ヒィ!」
「あら、丁度良い。一番偉そうな豚が残ってましたわね?」
ハンドガンの銃口を生き残っていた指揮官の額に押し当ててニコリと笑う。
「聖女はどこにいますの?」
「い、いない! ここにはいない! 彼女は王都に……!」
リーズレットはチッと舌打ちをして、指揮官の額にケツの穴を開けた。
指揮官を殺した彼女は投げ捨てた銃を拾いながら来た道を戻って行く。
「あれ? どうしたんですか?」
後続部隊が内部に入って来ると、帝国軍兵士が戻って来るリーズレットの姿を見て首を傾げた。
「興が醒めましてよ」
せっかく、あのメスブタを殺せると思ったのに。いないと分かって、彼女はユリィの元へ帰って行った。
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彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。
だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。
「お義姉さま!」 . .
「姉などと呼ばないでください、メリルさん」
しかし、今はまだ辛抱のとき。
セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。
──これは、20年前の断罪劇の続き。
喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。
※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。
旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』
※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。
※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。
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