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2章
第53話 対異界生物 1
しおりを挟む遺跡の入口から続々と飛び出してくる異界生物『グール』であるが、その強さはララが言っていた通り大したものではない。
「フンッ!」
『ギーッ!?』
個々の能力は俊敏性と奇襲能力に特化しているようで、腕力や脚力といった攻撃力はそこまで高くない。
もちろん、人間種よりも力はあるのだが……。
まぁ、この部分は確かに「ゴブリンくらい」と表現するのが正しいだろう。
厄介なのは気配を消す力……いや、気配を消す動き方だろうか?
正面にいる二体のグールを目で捉えていたつもりでも、気付けば一体になっていることが多い。
慌てて視線を横にズラすと、足音と気配を消したグールが側面に回り込もうとしているのだ。
グール達は己の非力さを理解しており、数によって圧倒しなければ倒せないと理解しているのだと思う。
小さな体を活かした姿勢の低さ、細い足からなる消音機能、これから駆使して奇襲するのがグールの得意技と言える。
ここまでグールの習性や得意な動きについて語ったが、もっとも有効な戦術は「一対一」の状況を作ることだ。
とにかく複数のグールと同時に戦わないこと。
自分の視線が及ぶ範囲内に出来るだけ一体だけグールを収めるように戦いたい。
それを実現するにはどうすれば良いのか?
「シエル! 右側! 吹き飛ばせ!」
「えい! えい!」
シエルのウォーターボアによる突進攻撃が有効だ。
直線的で大雑把な攻撃であるが、図体の大きいウォーターボアを三匹ほど並べて突進させると死角に移動したグールにも対応できる。
広い面による薙ぎ払い、同時に水圧による吹き飛ばしを行うことでグールを散らすのだ。
殺傷能力は低いが、広範囲魔法に似た戦況を作ることができる。
これにより邪魔なグールを近寄らせない状況を作り、正面に捉えたグールの殲滅のみに集中することができる。
「次ッ!」
血袋を破壊して消滅させたあと、ぐるっと百八十度見回して次のグールに狙いを定める。
その際、邪魔になりそうなグールはシエルに吹き飛ばしてもらう……という戦術を繰り返すことで安定感が生まれてきた。
「魔力は!?」
「まだまだ余裕ですわ!」
そして、特訓の成果も顕著に表れた。
ララの指導はシエルの弱点を補うのに十分だったらしく、これまで以上に戦いやすい。
指示役である俺の要望に対し、特訓前は三秒程度のタイムラグがあった。
しかし、今は一秒も掛からず魔法を顕現させてくれる。
精度の高い魔法の早撃ちが可能になった彼女は、即座に俺の死角を埋めてくれるのだ。
「……まだ出てきますわね」
「ああ」
戦闘が始まってから三十分以上が経過しただろうか。
グールとの戦闘は概ね順調と言える。
対グールに慣れているダークエルフ達はテンポよく殲滅していき、互いに死角を埋める連携がずば抜けて上手い。
互いに背中を合わせながら円を描くように動きつつ、四方から飛び込んで来るグールに対して即座に対応していく。
少し後方には主力となるララを守る三人のダークエルフが彼女を囲み、中央に立つララが魔法でグールをどんどん殲滅していくのだ。
……正直、森の外に住む人間に「ダークエルフは異界生物を倒しまくっているよ」と言っても信じてもらえないだろう。
俺だって未だに信じられない部分もある。
グールは個々の力が弱いからといっても、それでも異界生物であることには変わりないのだ。
これだけの数が出現したとなれば、国は街に住む人達を丸ごと避難させるくらいの対応を選択するはず。
そして、グールと戦うであろう騎士達は事前に遺書やら家族への愛を伝えることを忘れないはず。
どんな結果に終わったとしても継続して異界生物の脅威があるなら、国はその土地を捨てるだろう。
今の状況はそれほどの脅威度なのだ。
普通の人間からすれば「はい、無理です」と即座に諦める状況なのだ。
それを覆せる。殺せない異界生物を殺すことができる。
キキが開発した『反転の魔法』は、世界の常識を変える魔法と言っても過言ではない。
反転の魔法が無ければ、成し遂げられない偉業である。
「これを秘匿しているってんだから……」
魔法の存在を隠し、バトルプリーストという専売特許を作った精霊教に対し、正直一言二言言いたくなってしまう。
反転の魔法が広く世に伝われば、世界中で異界生物の被害に苦しむ人達を救えるんじゃないだろうか?
「信者獲得のためではなくて?」
「だろうね」
まぁ、あまり大きな声で文句を言うつもりもないが……。
こう、モヤモヤするね。
「ルーク! そろそろだ!」
雑談する余裕が生まれてくると、ララから指示が飛んだ。
グールの群れはそろそろ終わる。
次は「本命」が来るぞ、と。
彼女の言葉通り、グールが入口から飛び出してくる頻度が減った。
その後も緩やかに数が減っていき、遂に一体も飛び出して来なくなる。
「最後!」
そして、最後の一体がダークエルフによって殺された。
広場には静寂が支配し、皆の息遣いだけが聞こえてくる。
息を整えながら入口を睨みつけていると――遺跡の中から『オオオオオオッ』と低い雄叫びのような鳴き声が聞こえてくる。
次の瞬間、入口から出てきたのは「黒い霧」だ。
黒い霧が入口に配置された反転の魔法に触れると、またしても低い雄叫びが森に木霊する。
雄叫びを上げた黒い霧は徐々に形を形成していき、ララの言っていた「ウッドマン」が姿を現す。
「ほ、本当に木だ……」
その姿は事前に聞いていたものの、目の当たりにすると異常性が際立つ。
全身に茶黒の木肌。苦しみに喘ぐように見える不気味な人面が浮かぶ頭部。口と思われる部分にはポッカリと黒い穴が開いていた。
太い腕の先には垂れ下がった枝が複数生え、太い足の先はうねる木の根が複数生えて蠢いている。
まさに「木の化け物」であるが、こちら側の世界に生息する木の魔物「トレント」とは系統の違う――いや、根本的に何かが違うと自然に感じ取ってしまうほど。
『オオオオ……ッ』
ウッドマンが発するのは雄叫びではない。
ポッカリと開いた黒い穴から漏れる風の音だ。洞窟の中に風が入り込み、不気味な音を奏でているような音だった。
「弱点は……。胸か」
人体でいうところの心臓。その部分に血袋があった。
あれを破壊すれば鎮静の儀式は終わる。
だが、そう簡単にいかせてくれないのが異界生物というやつである。
『オオオ……』
ウッドマンは巨大な腕をズシンと地面に落とし、腕から生えた枝を土に刺した。
すると、土からは毒々しい血色の花が咲いていく。花の中心が徐々に大きくなっていき、巨大な血袋へと成長していくのだ。
成長した血袋はブシャッと破裂し、中から生まれ落ちたのはグールだった。
「おいおい、嘘だろ!?」
グールはウッドマンが生んでいたってことなのか? 異界で産みまくったグールを引き連れてこちら側へやって来たと?
しかも、自由自在に何体でも産むことができるのか?
「無茶苦茶だな……!」
「人の理解が及ばぬ存在、それが異界生物というやつだろう?」
既にこの光景を見慣れているのか、ララは大きなため息と共に言葉を口にした。
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