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2章

第46話 鋼の獅子

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 侵入者は森の西側から向かって来るという情報が届くと、ララは集落にいるダークエルフの男達を集めた。

「警備隊は警戒態勢。他の者達は女子供を避難場所に誘導するんだ」

 警備隊と称された男達の数は五十人程度。

 彼らは槍や剣、弓を所持した「戦える者達」なのだろう。

 それ以外の男達は即座に行動を始め、集落にいる女性や子供達を森の奥――北側へと誘導し始めた。

「念のため、領主の元に遣いを送る。マルケル、お前が行け」

「分かった。伝えたらすぐに戻って来るから!」

 遣いに任命されたのは、警備隊の中でも特に若いダークエルフの男性らしい。

 領主街へ向かう彼の背中を見送ったあと、再びララは指示を出す。

「まずは話を聞く。平和的に解決できるならそれに越したことはない」

 彼女達が対話での解決を望む理由は、今の状況を作り出したキキへの尊敬と感謝があるからだろう。

 領民と寄り添い合い、お互いに歩み寄って生きる現状を大切にしたいという気持ちが感じられる選択だった。

「……向かって来ているのは例の傭兵団ではなくて?」

「たぶんね」

 ただ、相手は傭兵団『鋼の獅子』かと思われる。

 傭兵団のリーダーであるアロッゾは部下を率いて西へ向かっていると聞いた。

 そのまま国境を越えて西へ向かい続けるのかと思っていたが、これは間違いだったのだろうか?

 それとも、本体から離脱した傭兵達なのだろうか?

 彼らは犯罪者に堕ちたと言われているし、ダークエルフの子供を攫おうとした前科もあるし。

「……どちらにせよ、あまり良い結果になるとは思えない」

「同感ですわね」

 内心、緊張感が高まっていく。

「シエル、戦闘になったら相手を気絶させるんだぞ」

「承知しておりますわ」

 彼女は右手を握って、開いてを繰り返す。

「練習の成果を見せてやりますわよ」

 ニヒッと笑う彼女の顔には余裕があった。

 そんなやり取りをしていると――遂に相手方が姿を現す。

 続々と集落に入り込んで来たのは、武器と防具を身に着けた屈強な男達。

 現状、目視できる人数は四十人弱。

 その先頭に立つのは、ドワーフのような逞しい顎髭を生やした大男だ。

「あの男がアロッゾだ」

 茶色い顎髭と癖の強い長髪。鋼の分厚い胸当てを装備して、背には巨大なバトルアクスを背負う。

 頬に大きな傷跡を持つ男こそ、鋼の獅子を率いる傭兵団のリーダー・アロッゾである。

「お主達、そこで止まれ」

 対するダークエルフ側の先頭に立つララは、傭兵達に制止を促す。

 アロッゾが足を止めると、ララは言葉を続けた。

「我々の許可無く森に侵入した理由を聞かせてもらおう」

 鋭い視線を送るララであったが、アロッゾはびくともしない。

 彼はフンと鼻を鳴らしたあと――

「この集落に保管されている『宝玉』とやらを頂くために来た」

 奴らの目的が明かされると、ララの肩がぴくんと跳ねる。

 だが、続けてアロッゾの要求は続く。

「ついでにダークエルフ達の回収も雇い主から命じられている。男も女も全員、我々の支配下に入れ」

 何とも無茶苦茶な要求だ。平和もクソもない。

「貴様、我々に喧嘩を売っているのか?」

「いいや? 俺達は雇い主の意向に沿って動いているだけだ。しかし、お前達が俺達と戦うというのなら喜んで受けよう」

 あくまでも仕事。金のために遂行しているだけ。

 しかし、戦うっていうのなら望むところ――バトルジャンキー共が揃った鋼の獅子らしいスタンスと言えよう。

 というか、完全に戦う気で侵入してきたのだろう。

 アロッゾの顔には「早く抵抗しろ、早く攻撃してこい」と言わんばかりの表情があった。

「集落のリーダーであるララは大魔法使いに匹敵する魔法使いだと聞いている」

 なるほど。

 ララの噂を聞いて「戦いたくなった」のかもしれない。

 もしかして、雇い主からの依頼を受けたのもこれが理由か?

「……ねぇ、彼らの雇い主って」

「ああ」

 アロッゾの動機は一旦置いておき、一連の話の中で一番引っ掛かるのは「雇い主」に関してだ。

 雇い主の狙いは集落で保管されている『宝玉』と呼ばれる何か。

 次にダークエルフ達自身だ。

 シエルも気付いたように、雇い主の狙いを聞いて思い出すのは――ケンスケが追う『闇商人』である。
 
「紋章は見えるか?」

 ケンスケが見せてくれた紋章はどこかにあるか。

 傭兵達の体、防具、剣などに『闇商人』との繋がりを示す紋章を探す。

「……パッと見る限りは見当たりませんわね」

 以前目撃した者達と同じく、体に紋章のタトゥーを入れている者は見当たらない。

 だが、どう考えても『闇商人』の気配が漂っていることには間違いなかった。

「お主達は戦いが望みか」

 俺達は再びララとアロッゾの会話に耳を傾ける。

「戦いも望みだが、お前のような強い女を屈服させたい気持ちも湧いてきた」

 獰猛な獅子を連想させるような笑みを浮かべたアロッゾは、ララに向かって舌なめずり。

「……生憎と、お前のような男は私の好みではない」

「ガッハッハッハッ! そうこなくては!」

 アロッゾは背中のバトルアクスを抜いて構える。

 対するララは無手のまま。

 対峙する二人であったが、最初に仕掛けたのはララの方だった。

 右手をゆっくりと水平に上げると、彼女の長い髪がふわりと舞った。

 次の瞬間、彼女の前方に緑色の魔法陣が構築される。

「爆ぜよ、暴風」

 緑色の魔法陣から放たれたのは、暴風を凝縮したような魔法だった。

 荒れ狂う塊はアロッゾに向かって放たれ、着弾と同時に凄まじい竜巻を発生させる。

 ……あんな魔法、生身で食らったらひとたまりもない。

 アロッゾの体はズタズタどころか、粉々に粉砕されてしまっているんじゃないだろうか?

 しかし、それを見守る傭兵達の表情は――笑っている?

 余裕を見せつける傭兵達が気になったが、その理由はすぐに分かった。

「凄まじい魔法だ。さすがは森の守護者と呼ばれるだけはある」

 竜巻が霧散すると、現れたのは無傷のアロッゾ。

 見る限り、小さな傷さえも負っていない。

「……どういうことだ?」

 彼の状態を見て、ララの声に動揺が混じる。

「魔法使いが最強と呼ばれる時代も終わりが近付いているんじゃないか?」

 ニヤリと笑ったアロッゾの言葉には、明確な勝利宣言が含まれているように聞こえた。

 集落最大の戦力であり、切り札でもあるララの魔法が通じない。

 となると、勝負の決め手となるのは傭兵達が得意とする近接戦闘だ。

 果たしてダークエルフ達は戦場で戦い慣れた傭兵達を相手に、対等な戦いを見せることができるのだろうか?

「大人しく降参した方が身のためだ。まぁ、雇い主がお前達をどうするのかは……大体予想がつくが」

 捕まった後のことを想像したようだが、アロッゾの表情は変わらなかった。

「……お主達の思い通りにはならんよ」

「本当にそうか?」

 アロッゾは森の東側に顔を向ける。

 彼の行動に釣られて同じく顔を向けると――そこには傭兵達が立っていた。

「マルケル……!」

 東にある領主街へ走り出したはずのダークエルフ、マルケルの頭部を晒す傭兵達がいたのだ。

「俺達はプロだ。雇い主からダークエルフを全員捕らえろと言われれば、相応の準備と策は施すさ」

 案内がなければ迷う森。

 集落最強の魔法使いであるララ。

 侵入者に対して安全策を施すであろうダークエルフ達の行動。

 それら全てをクリアして、彼らは今ここにいる。

「外の人間達と仲良しこよし。平和ボケしてんだよ、お前達は」

 だから負ける。

「だが、抵抗してくれるんだよな? じゃないとつまらないじゃないか」

 負けは確定しているが、精一杯自分達を楽しませろ。

 アロッゾの主張は、まさに力で支配する者達の言葉だった。

「…………」

 彼らの主張を聞いていると、脳裏に浮かんだのはレギム王国の闇だ。

 侵略した土地を蹂躙し、奪い、殺す。

 あの忌々しい惨状とリンクする。
 
 ただ、同時にふと思う。

 彼らもまた毒されているのではないだろうか?

 彼らは長くレギム王国に雇われ、侵略戦争に参加していたという事実があるのだ。

 戦いだけを好むバトルジャンキー共がレギム王国の闇に汚染され、悪のどん底まで堕ちてしまったのか?

 俺はそれを確かめたくなった。

「ルーク?」

 俺はララの前に出る。

「ララ、ここは俺に任せて避難した者達の元へ行け」

「お主が一人で戦うと? 死ぬ気か?」

「まさか。俺は俺の願いを叶えるまで死なないよ」

 俺は腰の剣に手をかけて、ゆっくりと鞘から引き抜く。

「願いを叶える前に、この男へ聞きたいことができた」

 真っ直ぐアロッゾを睨みつける。

 だが、同時に視野を広く持って周囲の人間がどう動かくかも見逃さない。

「ほう……。お前は強そうだ」

 対峙するアロッゾは獰猛な笑みを浮かべる。

「ダークエルフ達より楽しめそうじゃないか」

 奴の興味が完全に向いた。

「今だ、行け!」

「……すまない!」

 ララはダークエルフ達に「行くぞ!」と指示を出す。

「ルーク!」

「シエル、君も行け! ララ達を助けてやれ!」

 シエルは最後まで迷っていたようだが、最終的には「死んだら許しませんわよ!」と叫びながらも、ララ達と共に北側へ走って行く。

「さて――」

 皆がいなくなったところで、俺は改めて剣を構える。

「望み通り、戦おうじゃないか」

「ガッハッハッ! いいねぇ、いいねぇ! 楽しみだ!」

 彼は心底楽しそうに笑うが……。

 果たして、その笑みはいつまで続けられるかな?
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