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2章
第37話 冒険者ケンスケ
しおりを挟む「ふぅ~」
浜辺に戻った俺は、村人から渡されたタオルで顔を拭いて一息つく。
服はずぶ濡れのままだが、今日はいい天気だからそのうち乾くだろう。
「引け引けー!」
「えーっさ! えーっさ!」
一方、村の漁師達は倒したクラーケンに縄を結んで引き上げる最中だった。
巨大なクラーケンを引き上げるのは容易ではないはずだが、さすがは海の男達。
普段の漁で鍛えた筋肉を存分に発揮し、作業は順調に進んで――遂にクラーケンが浜辺に到達した。
「お兄さん、剣を回収しておいたよ」
喜び合う漁師達を眺めていると、俺を助けてくれた青年――黒髪が特徴的な彼が俺の剣を持ってきてくれた。
「ああ、ありがとう。ええっと……」
「あっ。自己紹介がまだでしたね。僕は冒険者のケンスケです」
ケンスケの本名はケンスケ・マチダというらしい。
年齢は十八歳だという。
ただ、家名を持っていることに驚いてしまい、貴族なのかと問うも首を振られた。
家名についてはややこしい事情があるので『ケンスケ』と気軽に呼んでほしいとも。
「俺はルークだ。君と同じ冒険者だよ」
ケンスケが差し出してくれた手を握り、お互いに自己紹介を済ませる。
「こちらは仲間のシエル」
「ごきげんよう」
シエルは腕を組みながら口頭での挨拶のみだが、その理由は彼女が視線を送る――ケンスケの横に立つ女性が原因かもしれない。
彼の横にぴったりと立つ獣人女性は、長い銀髪と狼耳、髪と同じく銀毛の尻尾、少しツンとした表情を見せる美女だ。
彼女の身なりは女性冒険者らしい服装を身に着けているのだが……。
問題は彼女の首にある首輪だろう。太く、無骨な首輪がはまっているのである。
これは大陸西側諸国に蔓延する『奴隷制度』の証でもある。所謂、奴隷の首輪と呼ばれる代物が彼女の首にはまっているのだ。
――トーワ王国とヴェルリ王国が存在する大陸東側諸国では、奴隷制度というものは存在しない。
むしろ、西側諸国における奴隷制度の実情を見聞きして嫌悪しているというのが正しい認識だろう。
もちろん、トーワ王国の元貴族令嬢であるシエルも『奴隷制度は悪である』と教わって生きてきたはずだ。
そんな状況の中、奴隷の首輪を装着した女性と共にいる。それも堂々と。
彼女がケンスケを警戒するのも当然と言えた。
「その、そちらの彼女は……」
「あっ、彼女はフェネリです」
しかし、ケンスケは自然に振舞う。
首輪など気にしていない、と言わんばかりに彼女を紹介した。
これはどちらの意味で「気にしていない」のかが気になるところだ。
「銀狼族のフェネリだ。アタシはケンスケを守る狼であり、嫁であり、下僕である」
最後の一言が不審すぎる。
シエルの顔には「やっぱり!」という表情が浮かぶが……。
「ちょ、ちょっとフェネリ! 誤解させちゃうようなことは言わないでよ!?」
「……?? どうしてだ? アタシは正しいことを言っているつもりだが?」
フェネリは本当にわかっていないのか、腕を組みながらコテンと首を傾げた。
「違いますからね!? 彼女は僕の奴隷ではないですからね?」
「奴隷じゃないのに首輪をはめていますの?」
シエルがキッとケンスケを睨みつけると、彼は更に理由を語り始めた。
「僕が冒険者になって数か月経った頃、彼女を運んでいた奴隷商が魔物に襲われていたんです」
奴隷商は商品であるフェネリを乗せてヴェルリ王国の西を走っていたようだが、途中でワイバーンに襲われてしまったようだ。
奴隷商人はもちろん、馬車を護衛していた悪党共は全員ワイバーンに殺されてしまった。
馬車の荷台に身を潜めていたフェネリは無事だったが、音を立てればワイバーンに見つかって……という状況だったという。
「私は誇り高き銀狼族の一員だが、さすがに空を飛ぶ魔物は難しい。枷もはめられていたしな」
どうやって状況を打開しようかと悩んでいたところ、同じく西へ向かう途中だったケンスケが現場に遭遇した。
「ケンスケは巧みに魔法を使い、ワイバーンを倒したのだ! あれはもうすごかった!」
彼は四属性魔法だけじゃなく、属性を複合させた『複合魔法』すらも使いこなすのだ、とフェネリは目を輝かせながら自慢気に語る。
この世に四属性全てが使える人間は稀に現れるが、そういった人間は『魔法の天才』と呼ばれる部類だ。
ゆくゆくは大魔法使いになる素質を秘めた人間とも言える。
だが、彼はそれだけじゃなく単一属性魔法同士を組み合わせることで可能にする複合属性も使うことができるらしい。
恐らく、俺を助けた際に生成した氷の足場がそうだ。
複合属性を使用できる魔法使いとなると……。
既に彼は大魔法使いと呼ばれる人物に匹敵するのではないだろうか?
「ふーん? 私達もワイバーンくらい倒せますけど? むしろ、ワイバーンとラプトルの討伐経験がございますけど?」
話を聞いていたシエルも負けじと自慢し始めた。
いや、うん、言いたいことはたくさんあるけど……。まぁ、いいんだけどね?
「ワイバーンを討伐したあと、彼女を助けたんですが……」
彼は荷台の中にいたフェネリを見つけて救助することに成功し、彼女が奴隷であることにもすぐに気付いた。
「どうにか首輪を外そうと試みたのですが、結局外れなくて」
「奴隷の首輪って遺物を元に作られているんだろう?」
奴隷達の首に装着する首輪は、ただの金属で作られた首輪ではない。
過去に大陸西側で発見された遺物を元に開発された『魔導具』なのだ。
俺もそこまで詳しくはないのだが、首輪には魔法的な効果が施されており、装着した奴隷は『主人』に対して反抗することができないという。
たとえば、主人が奴隷に対して暴力を振るったとしても、怒りを抱えた奴隷が主人に殴り返すことはできない。
反抗的な態度を取った奴隷は首がキツく締まり、物理的に屈服させる仕組みになっているんだとか。
「しかも、無理に外そうとすると装着者を殺してしまうんです」
加えて、奴隷が首輪を外して逃げ出そうとすることを防止するためか、適切な手段を用いて首輪を外さないと装着者の首が圧迫され続けて首の骨が折れてしまう効果まで。
「これのせいでフェネリの首輪を外したくても外せないんです……」
ケンスケは大きなため息を吐きながら言った。
彼のリアクションを見る限り、彼が首輪を外したいと思っていることは本心のようだ。
「アタシはもう気にならない! 首輪のおかげで自分はケンスケのモノであると示せるのだからな!」
そう言うフェネリの尻尾はブンブンと激しく振られていた。
いくら奴隷の首輪が装着されていて反抗できなかったとしても、奴隷の態度や感情までを抑止する効果はなかったはずだ。
ということは、彼女の言葉も本心なのだろう。
「なるほど、そういうことだったのか」
「ええ、まぁ……。誤解はされがちですけどね」
ケンスケは「もう誤解されるのも、説明するのも慣れました」と苦笑い。
「彼女の首輪はいつか必ず外しますよ。今は彼女を捕らえた奴隷商を追っているところなんです」
先ほど語った通り、首輪を外すには適切な手段を取らなければならない。
それは首輪を外すための鍵を使うこと。
首輪の鍵は首輪をはめた本人――この場合は、フェネリを商品とした奴隷商が持つ鍵を入手することだ。
「フェネリは奴隷商に集落を襲われてしまって、一緒に捕まった銀狼族の中には彼女の妹もいたそうです」
現在、ケンスケは冒険者業を行いながらフェネリの集落を襲った奴隷商の情報を集めているという。
加えて、彼女の妹も救い出そうと。
「奴隷商か……」
最近、そんな話をしたなと思い出す。
「ゲオルグの件ですわね?」
「ああ」
シエルも察したのか、彼の名を口にした。
「ゲオルグ?」
「実は――」
俺はゲオルグの件をケンスケに語った。
まだ確証はないが「臭い」と。
「……商売をしない商人ですか。確かに怪しいですね」
「だろう? もしかしたら、彼は奴隷商だったのかもしれない。シエルを売ってくれとも言っていたからな」
奴隷商というのは闇が深い。
元々西側諸国に蔓延する闇市で活躍する闇商人が始めた商売でもあるし、西側諸国が持つ悪しき文化を煮詰めてドロドロのジャムにしたような行いだ。
ただ、フェネリの件を鑑みるに……。
その『悪しきジャム』が東側諸国にも入り込みつつあるということだろうか。
「おおい! 四人ともクラーケン食うか~?」
そんなことを考えていると、漁師の一人がクラーケンの触腕を持ち上げながら問いかけてきた。
「……クラーケンって美味いのかな?」
「どうでしょう? 食べてみますか?」
ケンスケとの話し合いは一旦終わりにして、俺達は戦利品でもあるクラーケンを食べてみることにした。
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