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1章 訳あり冒険者と追放令嬢
第25話 二人旅は続く
しおりを挟む再び外に戻って来た俺は、担いでいたシエルを下ろして息を整える。
同時に内部で見た正体不明の「何か」について頭を巡らせた。
一体、あれは何だったのか。
人間ではないのは確かだったが、直感的に魔物でもないと感じられた。
人でもなく、魔物でもなく、俺達が知らない第三の何かだ。
一番近いと感じられるのは『異界生物』だろうか?
「…………」
空を見上げると、まだ昼間だ。青い空に白い雲が浮かんでいる。
異界生物がよく目撃される夜でもなく、特に目撃情報が多い満月の夜でもない。
……異界生物は遺跡の中にも現れるのか?
考えを巡らせていると、一つ思い出すことがあった。
「壁画……」
遺跡内部にあった壁画だ。壁画に描かれていた『魔物のような絵』だ。
俺達が目撃した「何か」は壁画に描かれていた絵に似ている……?
仮に同一の存在だった場合、あれは遺跡に住まう謎の存在なのだろうか?
しかも、驚くことに――あれは喋っていたようにも思える。
俺達を認識し、見つめて、喋りかけてきたように感じた。
加えて、人間の遺体を体内に取り込んでいたが……。あれは何を意味するのだろうか?
――とにかく、あれの正体が何にしても冒険者組合には報告した方がよさそうだ。
すぐに街へ戻り、組合に報告するとしよう。
「ふぅ……。シエル、大丈夫か?」
考えが纏まったところで、地面に座り込むシエルへ問う。
顔を向けると、彼女は放心状態のまま俺に顔を向けてきた。
「なにあれ……?」
彼女は小さく呟くと、次第に混乱状態がぶり返してくる。
「なにあれ!? あれは何なの!?」
両手両足をバタバタと暴れさせながら、とにかく「怖い怖い」と連呼する。
「こわいよー! もうやだー!」
ああ、もう完全に自分が元貴族令嬢だということすら見失っている……。
「だ、大丈夫か? もう外に出たから。落ち着くんだ」
「すん……。こわい……」
彼女は両目に大粒の涙を溜めながら、俺の服をぎゅっと掴んで離さない。
あまりにも怖かったせいか、幼児退行まで起こしてしまった……。
「と、とにかく街へ戻ろう? な?」
「うん……」
彼女は口を尖がらせながらコクリと頷く。
説得することには成功したが、すんすんと泣く彼女の手を繋いで街まで戻ることになってしまった。
街道を行く冒険者達から向けられる視線がすごく痛かった……。
◇ ◇
たっぷり時間を使って街へ戻ると、空の色はすっかり茜色に染まってしまった。
組合が一番混む時間帯だが、一応建物の中を覗いてみると……。
「あれ? 今日は空いているね」
たまたまかもしれないが、今日は建物の中にほとんど人がいない。
「何か新しい発見があったのではなくて?」
すっかり元通りになったシエルの推測は正しいかもしれない。
第一洞窟の方で進展があり、他の冒険者達が現地に殺到しているのかも。
とにかく、空いてるなら有難い。
俺達はカウンターへ向かい、傍で仕事していた女性職員に声を掛けた。
「今日は空いているね?」
「ええ。王都から来た学者さん達が第一洞窟に向かったんですよ」
そして、護衛として冒険者達が大量に雇われたらしい。
護衛依頼を受けた冒険者達は学者と共に遺跡内部へ向かい、護衛依頼を受けなかった冒険者達は「早く行かないと遺物が根こそぎ回収されかねない」と焦ったようだ。
結果、街にいた冒険者達のほとんどが現地に向かっているという。
「なるほど、そうなんだ」
「はい。ところで、今日はどうしました?」
用件を問われた俺は、第三洞窟で見たことについて話し出す。
もちろん、ガードナーの件は伏せたまま。
「第三洞窟の方を確認しに行ったんだが、内部で死亡している冒険者を発見してね」
倒れている冒険者を確認した俺達は、危険を感じて一度外に出た。
外で改めて準備を整えたあと、冒険者の遺体を回収しようと再度突入。
しかし、冒険者の遺体は消えていた。
不審に思いながらも最奥まで向かうと、冒険者の遺体を体内に捻じ込む『正体不明の異形存在』を目撃した――という筋書きを女性職員に語った。
「い、異形の存在?」
「ああ、こう何と説明すればいいか……」
俺は女性から紙と鉛筆を受け取り、実際に見たモノの絵を描いていく。
もちろん、冒険者が体内に押し込まれるシーンに関しても見たままのことを説明。
「……ま、魔物? なんでしょうか?」
「さぁ……?」
女性職員の表情を見る限り、信じたくても信じられないって感じだろうか?
これまで見たことも聞いたこともない存在がいた、と説明されれば誰でもこうなるかもしれないが。
「実際に見て感じたことは、魔物よりも異界生物に近いと思う」
「異界生物ですか」
異界生物という単語を口にすると、女性職員の顔が更に曇っていく。
「仮に異界生物だったら大問題ですね。魔物よりも対処が難しい……。というか、対処のしようがないかもしれません」
異界生物は謎に包まれた存在であり、何より魔物よりも遥かに強い存在だ。
並みの冒険者では手も足も出ないまま殺されて終わるだろう。
正直、あれが異界生物だったとしたら、遭遇した俺達が無傷のまま帰って来れたのは運が良いと言わざるを得ない。
冒険者達を纏める組合からしても、異界生物の討伐は抱えている冒険者達に「死ね」と言っているようなもの。
冒険者組合の職員――いや、全人類にとって異界生物は自然発生する『災害』に近い存在だろうか。
「とにかく、注意してくれ」
「はい。ご報告ありがとうございました」
報告を終えた俺達は組合をあとにして、宿屋通りへと歩いて行く。
「はぁ……。色々ありすぎて疲れましたわね」
「そうだね。今夜は美味しい物でも食べてゆっくり休もうか」
「ええ、大賛成ですわ!」
宣言通り、俺達はちょっとお高い食堂で美味しい料理を堪能。
その後、宿に戻って泥のように眠った。
翌日もゆっくりと過ごしつつ、次の旅について計画を練り始める。
「次は南にあるヴェルリ王国へ向かうよ」
ヴェルリ王国は大陸中央から南東にある国であり、現在滞在しているトーワ王国の真下に位置する国だ。
王都は東にあり、大きな港を有した巨大沿岸都市となっている。
「ヴェルリ王国に向かうとなると……。東部へ戻りますの?」
現代の旅事情から考えると、一度トーワ王国東部に戻って船に乗った方が早い。
「いや、ポアンが進んだと思われるルートをなぞるよ」
しかし、当時は陸路を使っての移動が主だった――当時は船での移動が危険と考えられていたこともあり、ポアンは西側から迂回するように南へ向かったのだろう。
俺もここまでポアンと同じ道を歩くことで、何かヒントを得られるかと期待していたが、今のところは空振り続きだ。
「彼はヴェルリ王国で何を?」
「ヴェルリ王国王都から更に南にある地で巨大なクラーケンを倒した、と伝承が残っているよ」
トーワ王国西部から南下した英雄ポアンは、地元住民と交流しながら沿岸に沿って移動していく。
現在のヴェルリ王国王都があった地域から更に南へ向かうと、巨大クラーケンの被害に困っている漁師村へと辿り着いた。
この話に登場するクラーケンこそが、当時の「船旅は危険」という認識を強調させる点でもある。
当時は巨大な海洋魔物が活発化しており、海を行く船を手当たり次第襲っていたそうだ。
当時の事情はさておき、困っている村人の話を聞いたポアンは剣を抜いた。
彼は漁師と共に船に乗り、剣一本でクラーケンを討伐。
漁師達に感謝されたあと、彼は更に沿岸に沿いながら西側へ向かったという。
「ひとまず、王都を経由しながら漁師村を目指そう。そこでポアンの話を聞きつつ、同じく沿岸沿いに西へ向かおうと思う」
まずは越境。次にヴェルリ王国王都へ。そして、最初の目的地である漁師村へと進む。
そこで更に情報収集しつつ、ポアンが西へ向かった理由について探りたい。
「分かりましたわ」
俺達は南へ向かう準備を始め、当日の昼に旅立つこととなった。
「国境までは乗り合い馬車で行こうか」
「あら、歩いて行かなくてもよろしいの?」
シエルは「意外だ」とばかりに驚くが、口元は少し笑っていた。
「ラプトル退治で稼いだお金があるからね。それに今回は距離と時間を稼ぎたい」
「ああ……」
レギム王国の件を気にしていることを明かすと、彼女は納得してくれたようだ。
「どっちにせよ、歩かなくて良いのは助かりますわ」
足が痛くなることは避けられそうだ、と彼女は安堵するが……。
「でも、お尻は痛くなるよ」
「……そっちの問題がありましたわね」
乗り合い馬車は貴族用の馬車と違って、座席がふかふかじゃないからね。
既に一度経験しているのだろうけど、彼女は経験した時のことを思い出してゲンナリしてしまう。
「はぁ……。早くお金を稼いで元の暮らしを取り戻したいですわ」
ため息を吐いた彼女は俺の顔をチラリと見る。
「次はお金をたくさん稼げる仕事を受けませんこと? 出来るだけ安全な方法で」
「そりゃ難しい注文だね」
俺は彼女の要望に苦笑いを浮かべつつ、馬車乗り場へと歩き出した。
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