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1章 訳あり冒険者と追放令嬢

第24話 再進入

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「ところで、聖域はありましたの?」

「いや、無かった。聖域を示唆する情報はガードナー達が流した罠だったんだろうね」

 聖域の扉どころか、扉に繋がる通路すら無かったことをシエルに明かした。

「レギム王国は俺が鍵を盗んだことを知っているからね。聖杯を探していることもバレているんだろう」

「まぁ、鍵を盗んだと分かればそうなりますわよね」

 シエルは腕を組みながらため息を零す。

「まんまと誘い込まれてしまったわけですわね」

「そうだね。今後も聖域に関する情報で誘われるかもしれない」

 しかし、情報が正しいか否かは実際に自分の目で確かめねばならないのも事実だ。

「情報が罠だったとしても、確かめる以外に選択肢は無いんだ」

「……まぁ、そうでしょうけど」

 彼女は再び深いため息を吐き出した。

「それで? 次はどうしますの?」

「次? 次も変わらず聖域の情報を追いながら旅を続けるよ」

 俺はリュックの中から地図を取り出した。

 大陸全体を描いた地図の上には、いくつか印を記入している。

「複数の点は聖杯を所持していた英雄ポアンが辿ったルート……だと思われる」

「だと思われる?」

「確定情報ではないんだよね」
 
 ここに至るまで英雄ポアンの足取りを英雄譚の中身と照らし合わせながら調査してきたが、彼は英雄譚に描かれていること以上に色んな場所へ足を延ばしているようだ。

「トーワ王国内では西を目指していたようでね」

 当時のトーワ王国東部にあたる地域に滞在していたかと思いきや、今度は現在のトーワ王国西部にあたる地域へと足を運ぶ。

 そのまま西へ向かい続けるのかと思いきや、今度は大陸南の端まで向かう。

 大陸南の端まで行ったら、今度は大陸西の端へ。

 その後は大陸の中央を通って北にまで向かっており、大陸北にしばらく滞在してから自国へと戻った……らしい。

「色んな場所に足を運んでいるからね。どこで聖杯を隠したか全くわからないんだよ」

 大陸西に隠したかもしれないし、南の端かもしれない。はたまた、大陸の北かも。

 英雄譚では所々で聖杯が登場するが、これは脚色されている可能性もあるし……。

「何が正解から分からないからさ。ヒントを探しながら旅を続けるしかないと思うんだ」

「……果てしない旅ですわね」

 彼女は呆れるように首を振る。

 シエルがそんなリアクションをするのも理解できるが、現状ではこれしか方法が無い。

 とにかく、ポアンと聖域の情報を手当たり次第に探して、一つ一つ潰していくしかないのだ。

「ただ、ポアンの足跡を追っていけば、いつか重要な情報を拾えると思うんだよね」

 鍵が実在する以上、聖杯は実在する。そして、英雄が聖域に隠したことも事実だ。

 となると、実際に隠した場所――聖域がある地域に行けば、それらしい情報は見つかると思う。

 それこそ、今いるトーワ王国西部で新しい遺物遺跡が見つかった、とかね。

 長い時を経ったことで、隠されていた存在が明らかになる可能性だってあるのだ。

「そして、ここはハズレだったというわけですわね?」

「二号洞窟の調査がまだ途中だから完全にハズレたわけじゃないかもしれないけど……。あっちは時間が掛かりそうだからね」

 三号洞窟内でガードナーと遭遇したことも加味すると、他の追手が街にやって来る可能性も大いにある。

 追手と戦い続けるのは正直避けたいところだ。

「追跡を逃れるためにも、ひとまず南を目指そうと考えているよ」

 ひとまずは南へ向かい、再び英雄ポアンの足跡を辿る。

「二号洞窟の奥で聖域の入口が見つかったらどうしますの?」

「そうなったら戻ってくればいいよ。鍵は俺が持っているんだしね」

「ああ、なるほど」

 扉が見つかったとしても、他の誰も開けられないはずだ。

 他所に行って噂が聞こえ次第、戻って来ればいいだけのこと。

「ということは、街に戻ったらすぐに出発しますの?」

「いや、その前に……」

 俺は荷物を背負い、再び三号洞窟と対峙する。

「中で死んでいる冒険者の遺体を運び出そう」

「……遺体を?」

 シエルは眉間に皺を寄せながら問うた。

「うん。暗い遺跡の中に残されるなんて可哀想じゃないか」

 遺体を街まで運ぶのは難しいかもしれないが、せめて遺品になる物は持ち帰りたい。

 身分証にもなっているドッグタグと遺品を組合に届ければ、遺族がいた場合は届けてくれるからね。

「んじゃ、行こうか」

「ええ」

 俺達は再び洞窟の中へ足を踏み入れた。


 ◇ ◇


 遺体の回収を目的に奥へと向かうが、既に一度往復しているだけあって進行はスムーズ――とはいかない者が一名。

「な、何度来ても怖いですわね」

 相変わらず、彼女は俺の服を摘まみながら後ろをついて来る。

「もうすぐだよ」

 あと少しで女性冒険者の遺体が見つかるだろう。

 先に広場の男性冒険者を回収し、帰り道で女性を回収しよう。

 と、手順を考えていたのだが……。

「……ない?」

 遺体が無かった。

 広場に通じる通路の半ばにあったはずの遺体が見当たらない。

「な、無いってどういうことですの!?」

 困惑するシエルを余所に、俺はランタンの光を床に当てながら周囲を探る。

 すると、彼女が流したであろう血の跡が床に残っているのを見つけた。

 ……ここにいた。

 女性冒険者は、ここに横たわっていたはず。

「……勝手に歩き出したとか?」

 自分で口にしながらも、頭の中ではそれを否定していた。

 少し前に同じことを考えたが――アンデットという存在は自然的には発生しないのだ。

 アンデットを作り出すには『呪い』や『ネクロマンシー』と呼ばれる魔法が必要だ。

 誰かが死者を操れるよう技術を駆使しなければ、遺体や骸骨が勝手に動き出すわけがない。

 ただ、ここは遺物遺跡だ。

 謎に満ちた遺跡の中なのである。

「ま、ま、まさか! 遺物がもたらした呪い!? もしくは、オバケですの!?」

 ひぃぃぃぃ! と悲鳴を上げるシエルだが、俺は別の可能性を考えていた。

「いや、例の黒スライムとか?」

 実は三号洞窟内にも生息しており、誰の気配も感じなくなったことで活動を開始した。

 餌となる遺体を見つけて溶かしてしまった……とか?

「そ、それはそれで嫌ァァッ!」

 まぁ、確かに。

 ただ、一号洞窟の方では積極的に人を襲っているらしいし……。

 俺達やガードナーを襲わなかった、という理由がよく分からない。

「進もうか」

「進みますの!?」

 俺の言葉に驚きながらも彼女は後に続く。

 以前言っていた「ここで引き返すのはもっと怖い」ってやつだろう。

 彼女に悪いと思いつつも、俺達は広場の入口まで足を進めた。

 広場の入口からは、未だ中を照らす光が漏れていた。

 だが、同時に大きな影が発生していることにも気付く。

「…………」

 俺は後ろを振り返り、彼女に「静かに」とジェスチャーを見せた。

 シエルは両手で口を覆い、僅かな息の音すらも漏らさないと言わんばかりのリアクションを見せる。

 そして、俺はゆっくりと中を覗き込み――絶句した。

「…………」

 広場にいたのは、黒い「何か」だ。

 全身真っ黒だが、あれは黒スライムじゃない。

 まず、体が粘液でできていない。

 体は三角形のような形をした真っ黒なローブ……のようにも思えるが、服を着ているとも思えなかった。

 床に触れる端は布のようにヒラヒラとしているのだが、体を大部分を占める部分が布とは思えない異質な質感を持っている。

 黒い色は単に黒いわけではなく、闇そのものを纏っているような……。

 頭部に関しても「人型」を思わせる丸い形なのだが、今見えている後頭部も身に纏うローブのように黒い。

 加えて、対象の大きさは二メートルを超えているのだ。

 一目見ただけで「異質」とわかる。

 あれは人類ではない、と直感的に感じられる「何か」だ。

「…………」

 そして、その「何か」は床に転がっていた男性冒険者を宙に浮かせていた。

 手を使わず、遺体を宙に浮かせているのである。

 ……どういうことだ? 魔法か? それとも見えない手でも持っているのか?

 意味不明な光景に圧倒されていると、横からコツンと音が鳴る。

「―――!!」

 振り返ると、シエルが「やってしまいましたわぁぁぁぁ!?」と言わんばかりの表情を浮かべていた。

 恐らく、少し移動した際に小さな石の破片をつま先で蹴ってしまったのだろう。

 音の発生源を確認した俺は、焦りながらも再び広場の中へ顔を戻すと――

「…………」

「…………」

 中にいる「何か」が振り返っていた。

 その全身真っ黒な「何か」の顔には短い角の生えた白い仮面があった。

 獣か、あるいは悪魔でも模したかのような不気味な仮面だ。

 目の部分には細い横一文字の穴が開いているのだが、中に瞳の光は見えなかった。

 真っ暗だ。仮面の中に闇がある、と思わせる黒がある。

 しかし、どういうわけか「今、ばっちり目が合っている」とも感じられるのである。

『〇×◇△△〇〇』

 俺と目を合わせた「何か」は仮面の中から音を発した。

 到底、人の言葉とは思えない音だ。

 直後、体の中心に縦の切れ目が入った。

 切れ目に沿って体が開いたのだ。ボタンで留めていたコートを開くかの如く。

 バックリと開いた体の中も真っ黒。

 そして、宙に浮いた男性冒険者をその真っ黒な体の中に押し込んでいくのである。

 押し込まれた男性冒険者の体はズブズブと中に沈み込んでいく。

 まるで闇の底なし沼に遺体を沈めているかのようだ。

「…………」

 男性冒険者の遺体が完全に沈んで消えると、開いていた体が元に戻った。

『××△△〇△』

 そして、再び音を発する。

 ……あの音は俺達に語り掛けているのだろうか?

 とは言っても、理解できるはずもないのだが。

「…………」

『…………』

 その後、数秒間ほど動けずにいると――

『〇××△〇◇』

 黒い「何か」は後ろを向き、階段を下りるかのように遺跡の床へと消えていく。

 完全に姿が消えると、そこには静寂だけが残った。

「…………」

 一体、あれは何だったんだ?

「……シエル、外へ出よう」

 とにかく、今はここから出よう。

 今すぐ脱出した方がいい、と俺の直感が告げている。

 だが、後ろにいるはずのシエルから返答が無かった。

「シエル!?」

 まさか、何かあったのか!?

 焦りながら振り返ると――

「――――」

 彼女は白目を剥きながら口をパクパクとさせて固まっていたのである。

「なにあれなにあれなにあれなにあれなにあれ……」

 しかも、小さな声でずっと「何あれ」と呟き続けているではないか……。

 恐怖で限界を超えたのだろう。

 俺は恐怖で固まってしまった彼女を肩に担ぎ、全力疾走で遺跡から脱出した。
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