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1章 訳あり冒険者と追放令嬢

第22話 興味深い壁画

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「シエル!」

 彼女に駆け寄った俺は、彼女の体を抱き起す。

「う、あ……」

 彼女は意識が朦朧としており、口の端からは泡が溢れていた。

 顔色と唇が青白い。

 しかし、通路で出会った女性冒険者のように目から血を流してはいなかった。

「待ってろ、すぐに……!」

 再び彼女を床に寝かせると、リュックの中から購入した丸薬を取り出す。

 旅の保険に、と購入した丸薬であるが、さっそく使うことになるとは。

「……飲めないよな」

 丸薬は普通なら飲み込むのに苦労しない大きさだが、今のシエルには厳しいだろう。

「…………」

 俺はリュックの中にあった地図を広げ、地図の上で丸薬を砕いていく。

 その後、口の中に水を含んでから砕いた丸薬を入れた。

 俺はシエルの口を指で開け、内心で「すまん」と謝罪しながら口移しで丸薬を飲ませた。

「……どうだ!?」

 口の中にあった水と丸薬は飲ませることが出来たと思うが……。

「ゴフッ! ゴホッ、ゴホッ!」

 無理矢理飲み込ませたせいか、シエルの口から多少の水が漏れてしまった。

 だが、飲ませた直後から顔色が徐々に回復していく。青白かった唇にも血色が戻りつつあった。

 成功だ。

「……さすがの効果と言うべきかな」

 一粒飲むだけでどんな病気も毒も完治させてしまう丸薬。

 その効果は絶大だ。

 改めて店の店主とヘンゼルに感謝すべきだな。

「よっと」

 俺は荷物を背負い、そして彼女を抱き上げる。

 そのまま広場の奥へ移動して、壁際に彼女を下ろしてから調査を始めた。

「最奥には短い通路と扉があるって話だが……」

 ただ、どう見ても『短い通路』が無い。

 ランタンを持ちながら壁に沿って移動していくも、通路を塞ぐ壁や隠し扉と思わせる痕跡すら無かった。

「……ガードナー達の罠だったのか?」

 奴らが俺を待ち伏せしていた状況を鑑みるに、冒険者組合へ情報を流したのはガードナー達だったんじゃないだろうか?

 あるいは、レギム王国騎士団の人間か。

 王国側は俺が鍵を持って逃げたことを知っているし、鍵を使おうとしていることも予想しているだろう。

 俺の目的を逆手に取った罠だった、ということは十分にあり得る話――

「いや、奴は『本当に来た』と言っていたしな……」

 あの言葉から察するに、聖域の情報で俺を誘ったのは明らかだ。

 まんまと誘い込まれてしまったわけだが、だとしても……。

「俺は止まるわけにはいかないんだ」

 罠だろうが何だろうが、俺は突き進むしかない。

 蒼の聖杯を手に入れるまでは……。

「しかし、この壁画は何を意味しているんだ?」

 広場に通路と扉は無かったものの、壁画自体は存在していた。

 壁画にランタンの光を当てながら眺めて見ると、そこには大きく恐ろしい顔を持った生物が描かれている。

「これは魔物なんだろうか?」

 三角形で表現された体を持ち、その上には角と大きな口を持った人型の頭部。

 魔物は昔から存在していたみたいだし、この遺跡を造った誰かも魔物を敵として認識していたのだろうか?

 そのままシエルの元に戻るまで壁画を辿っていく。

 途中までは小麦? のような作物が描かれていたり、馬車と思えるような箱型の乗り物? の中に人が乗っている様子が描かれる。

 他は太陽の光に照らされている街? のような絵まで。

 パッと見た感じは、繁栄の歴史を描いているように思える。

「ん?」

 しかし、再び先ほどの魔物が描かれている部分があった。

「これは人間だよな……?」

 先ほどの魔物に対し、三人の人間が土下座している絵だ。

「どうして魔物に対して頭を下げるんだ?」

 もしかして、この化け物は魔物じゃない? だとしら何なのだろう?

 いや、待てよ?

 遺跡を造った者達も不明であり、どうして造られたかも不明なんだ。

 現代の常識を当てはめてはいけないか。

 この壁画に描かれた人間達には独自の文化があり、独自の宗教観を持っていたことだって大いにあり得る。

 それこそ、魔物に対して「敵」と認識するのではなく、神聖視していた可能性だってあるのだ。

「不思議だ」

 改めて考えると、ここにある全てが不思議だ。

 遺物遺跡と呼ばれる人類の歴史からかけ離れた不思議な場所があって、そこから遺物という不思議な物が見つかる。

 しかも、見つかった遺物は現代の人間にも解明できない物が含まれているのだ。

 遺物遺跡と思われるこの場所にこのような壁画が残されている以上、この絵と遺物は何らかの関係性があるのだろうけど。

 この謎が解き明かされる日がいくつか来るのだろうか?

「ん、ん……」

 そんなことを考えていると、シエルがうめき声を漏らした。

「シエル? 気付いたか?」

「え……。あ、あれ……。私……」

 まだ意識は混濁しているようだが、ひとまず毒の効果は失われたのだろう。

 顔色もしっかり元通りになっているし、息もしている。体を動かす元気も戻って来たようだ。

 もう移動しても良さそうだな。

「今から外に出るからな」

 俺は荷物を背負うと、彼女を抱き上げた。

 来た道を戻り、外へ出る頃にはシエルの意識がハッキリとしてくる。

 水が飲みたいという彼女の要望に応えるべく、俺達は洞窟の傍で一休みすることにした。

「んぐ! んぐ! んぐ!」

 すごい飲みっぷりだ。よっぽど喉が渇いていたのだろう。

「ぷは! ああ、水が美味しいですわ」

 なんだがすごく喉が渇く、と彼女は言った。

 これは飲ませた丸薬の副作用だろうか?

「あと、口の中がすごく苦いですわ」

 こっちは確実に丸薬の影響だ。

 俺も口に含んだ際に凄まじい苦味を感じたし。

「ちょっと失礼」

「な、なんですの?」

 俺は彼女の両頬に手を当て、顔色と眼球の色を改めて確認する。

 彼女の顔からは体温を感じるし、眼球も充血や血が出ている箇所はない。

 唇だって正常だ。

「うん、大丈夫だね」

 俺が手を離すと、彼女は再び水筒の中にある水をガブ飲みした。

「ぷはっ! ……それで? 話してくれますのよね?」

 彼女は俺の目をじっと見つめながら問う。

「貴方について行くと決めたのは私ですけど、毒で死にそうになるとまでは想像していませんでしたわ」

 彼女は針を刺された箇所を手で摩りながら言葉を続ける。

「全部話せとは言いませんけど、少しくらいは話してくれてもよろしいのではなくって? 今後も同じことが起きる可能性があるなら猶更ですわ」

「そう、だね」

 確かに彼女の言い分はもっともだ。

 王国の追跡が予想よりも遥かに早かったことは想定外だった――これは言い訳だな。見苦しい。

 だが何にせよ、こうなってしまった以上は今後も同じことが起きる可能性が高い。

「巻き込んでしまってすまない」

「いえ、そこは別に気にしていませんわ」

 心の底から謝罪したつもりだが、彼女の反応は実にあっさりしたものだった。

「え? 殺されそうになったのに?」

「ええ。実家を追い出された時から『自分は死ぬかも』と考えていましたもの」

 続けて、彼女はフッと笑う。

「ロックラプトルとの戦いを見ておいて正解でしたわね。今回は一瞬だったからか、あの時よりも恐怖を感じませんでしたわ」

 加えて、レッドベアとの戦闘を見学させられたことや、ブラウンボアとの連続戦闘も。

「相手は人間ですもの。何を考えているのか分からない魔物の方が怖く感じますわね」

 貴方の教育は間違っていなかった、と言ってから遠い目を見せた。

「そ、そうか……」

 俺は改めて「すまない」と口にしてから、大きく息を吐く。

「……こうなった原因。俺の過去について話そう」

 そう切り出して、俺は内にある最悪の記憶を掘り起こし始めた。
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