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1章 訳あり冒険者と追放令嬢
第18話 向かう先は
しおりを挟む夜を待った俺達は再び組合へと向かった。
夕方の時に見られた長蛇の列は解消されており、建物の中には俺達同様時間をズラして訪れたであろう冒険者達の姿が数名見られる。
空いているカウンターに近付き、書類を片付けていた女性職員に声を掛けた。
「はい、どうしました?」
女性の顔からは相当な疲れが窺える。
目の下には濃い隈があるし、浮かべた笑顔が弱々しい。声にも元気がない。
「遺跡についての情報をもらえないかな?」
疲れているところ申し訳ないな、と思いつつも用件を告げる。
すると、彼女は「承知しました」と頷きながら地図を取り出す。
「発見された洞窟は五つでしたが、内部に遺跡が存在する場所は三か所です」
彼女は街の近くにある山に指を置きながら語っていく。
「山の南側に二つ。もう一つは山の西側にあります。現在、冒険者の皆さんが探索しているのは南側にある一号洞窟です」
洞窟は発見された順番で「一号、二号、三号」と名称付けされており、現在探索が進んでいる場所は一号洞窟。
一号洞窟地下にある遺物遺跡では未だ遺物が発見され、連日誰かしらが遺物を持ち帰っているという。
「一号洞窟内の遺跡は地下三階まであると思われますが、まだ地下二階を探索している途中です。まだまだ発見が見込めるので連日大盛況ですよ」
毎日何十人もの冒険者が一攫千金を夢見て遺跡に挑んでいる。
しかし、一つ前の街で聞いたように遺跡内部には危険も潜んでいるという。
「黒スライムに襲われ、戻って来ない冒険者も少なくはありません。既に二十名ほどの冒険者が死亡したと報告が入っております」
死亡が確認されたのが二十名。重傷者が五十名以上。
加えて「生死不明」が百名以上いるという。
「遺跡に入ってから戻って来ない冒険者がいるという情報も多いです」
死亡した瞬間を目撃された、あるいは死亡したと判断するに至る材料が残されていた者が二十名なのだ。
それ以上に犠牲者となった者は多いと思われるが、死亡した証拠が無いので断定はできない状況である。
「……黒スライムは恐ろしい魔物のようだね」
恐らく、痕跡が残らないほど溶かされてしまったのだろう。
静かに、更には証拠すら残さない殺しの方法は、腕の良い暗殺者のように恐ろしい。
「ですね。外に出て来ないのが幸いです」
曰く、黒スライムは遺跡の外に出ないらしい。
冒険者が黒スライムと遭遇した際、彼らは全力で地上へ上がるための階段まで走った。
何とか階段まで辿り着いた冒険者は必死の思いで階段を駆け上がる。
その際、最後尾にいた男が背後を振り返ると、黒スライムは階段まで到達したものの、階段を上ろうとせずに引き返して行ったそうだ。
「どうして階段を上がらなかったのだろう?」
「さぁ?」
理由は誰にも分からない。
魔物の気持ちなんて人間が理解できるはずもないのだから当然かもしれないが。
「ですが、地下二階で遭遇した黒スライムは、逃げる冒険者を追って地下一階まで上がって来たそうです」
あくまでも行動範囲は遺跡内部だけ、と言わんばかりの行動だ。
「入場制限はありませんが、全て自己責任でお願いします」
入場・探索は自由。時間制限も進入禁止とされる時刻も無し。
だが、内部で怪我しようが仲間が死亡しようが、他の冒険者と揉め事になろうが、組合は一切保証しない。治療費も含めて全て自己責任で行うこと。
加えて、発見された遺物の取り扱いについても語られた。
「発見した遺物の所有権は発見者のものとなります。ただ、情報提供も含めて一度組合に持ち込んでくれると助かります」
基本的に見つかった遺物は「発見者」に取得権が発生する決まりだ。
たとえば、見つかった遺物が用途不明の物であれば、冒険者は国に所有権を譲渡する代わりに報奨金を受け取る。
その後、国は自国発展のために遺物を研究するってことだ。
だが、見つかった遺物が「魔剣」だったらどうだろうか。
冒険者どころか、大陸全土に生きる男達が憧れる武器だ。発見した冒険者は自分で使いたいと思うこともあるだろう。
そうなった場合、発見者は国への譲渡を拒否することができる。
もちろん、この場合は報奨金を受け取れない。
「所有権を譲渡したい場合も組合に持ち込んで下さい。その際は領主様を通して国に譲渡されます。譲渡されてから遺物の審査を行い、審査結果に応じて報奨金が支払われます」
領主邸には既に国の学者が何名か滞在しており、発見した遺物の調査と共に審査を行っているようだ。
現在の報奨金最高金額は金貨五千枚。
「ご、五千枚!?」
金額を聞いたシエルが驚きの声を上げる。
「はい。初めて見つかった遺物だったらしく、それだけの価値があると判断されたようですね」
まさに一攫千金だ。
金貨五千枚もあれば一生遊んでくらせる。もちろん、貴族が住むような豪邸付きで。
余談であるが、既に別の遺跡で発見済みの遺物は価値が下がる。
それでも利用価値があったり、数が必要だと判断された場合は相応の金額になるので一攫千金のチャンスもあり得る。
「因みに五千枚になった遺物の詳細は?」
「あれは……。なんと表現すればよろしいのでしょうか……」
遺物の詳細について問うと、女性職員は「う~ん」と深く悩み始めてしまった。
「こう、大きな箱で……。蓋が開くんですよ」
「蓋が?」
「そうです。上に持ち上げるようにパカッと」
そして、蓋を開けた中は綺麗な銀色をした大鍋。
「蓋付きの四角い箱の中に綺麗な銀色の大鍋が入っている……みたいな感じでしょうか?」
「はぁ……」
「なんですの、それ?」
話を聞いておいてなんだが、俺の感想は「なんだそりゃ?」としか浮かばない。
シエルも同じ感想を抱いたことだろう。
「それで、箱の下に長い紐? 変な二本の突起がついた軟質の紐があったんですよね」
「……よくわからないね」
ますます「なんだそりゃ?」って感じ。
「ですが、領主邸に滞在している学者さん達は大喜びしていたみたいですよ」
もうテンションアゲアゲ。神の恵みを受け取ったかの如く、両手を挙げながら大喜びしていたそうだ。
結果、金貨五千枚の報奨金が支払われたってわけ。
人生どうなるか分からんもんだね。
「と、一号洞窟と探索状況についてはこんな感じでしょうか?」
女性職員は「他に何か聞きたいことはありますか?」と問うてくる。
「他の遺跡は? まだ何も調べていないのかい?」
「一応、他の洞窟も軽く調査はしていますよ」
他二か所も発見数日経った頃に探索が行われ、二号、三号洞窟共に地下への入口が発見された。
「二号洞窟の方でも遺物が発見されたんですが、一号洞窟の地下遺跡よりも道が入り組んでいるんですよ」
突入した冒険者達は地下一階を探索した際、遺物と地下二階に繋がる階段を発見。
地下二階に降りたようだが、冒険者達は「迷路のように入り組んでいる」と情報を持ち帰った。
続けて、遺跡探索に慣れている冒険者達が探索を開始するも、戻って来た彼らも「難しい」と感想を零したようだ。
「二号洞窟に関しては、他の国からやって来たベテラン冒険者達が口を揃えて『難易度が高い』と言っているんですよね」
他の国で見つかった遺跡を複数探索したベテラン冒険者達でさえ「一号洞窟よりも入念に準備が必要な上、探索するには地図の作成が必須」だと言っているらしい。
それを聞いた他の冒険者達は、ある程度の情報が揃った一号洞窟を探索することに決めたようだ。
……正直、懸命な判断だと思う。
ベテラン冒険者達でさえ二の足を踏む二号洞窟の探索は、一号洞窟よりも一攫千金のチャンスを掴む可能性が高い。
しかし、リスクが高すぎる。
死んだら元も子もないのだから、他の冒険者達が一号洞窟に行こうと判断するのも十分納得できる状況だ。
「三号洞窟は?」
「三号洞窟からは遺物が発見できませんでした」
三号洞窟も地下への階段が発見されたが、こちらは地下一階までしか存在しないようだ。
「地下一階に降りると長い通路があるようで、奥には広い神殿のようなフロアがあるだけです」
神殿に似た場所の壁には壁画が描かれており、奥には短い通路があったようだ。
「通路の奥には黒い壁があるみたいなんですが、壁には金色の線で……。こう、変な絵が描かれていたと」
「金色の絵が?」
「はい。何て言ってたっけな……。月と鳥? だったかしら?」
「…………」
彼女の語る情報を聞いた俺は、内心で「もしや」と思った。
「とにかく、三号洞窟は『ハズレ』だって言われていますね」
冒険者的には行く価値無し。
三号洞窟へ向かうという選択肢を外し、一号洞窟に集中している。
三号洞窟に喜んで足を運ぶのは遺物遺跡の謎を解こうとする学者くらいだ、と彼女は語った。
「内部に魔物はいないのかい?」
「はい。魔物もいなかったようですよ」
「……そっか。ありがとう」
俺は女性職員に礼を言い、最後に預けた金貨を引き出してから組合を後にした。
外に出ると、俺は我慢できずに自然とニヤついてしまう。
「当たりかも」
「当たり?」
そう、俺にとっては。
三号洞窟の情報は、蒼の聖杯を求める俺にとって『当たり』の可能性が高い。
「前に蒼の聖杯は聖域に安置されているって言ったよね?」
「ええ」
「その聖域の入口にも月と鳥――満月とフクロウの絵が描かれているらしいんだ」
女性職員の言っていた『月と鳥』に合致する。
「じゃあ、三号洞窟の奥にあるのが聖域の入口ってことですの?」
「まだ分からないけどね。調べてみる価値はありそうだ」
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