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1章 訳あり冒険者と追放令嬢

第5話 ギャフンと言わせますわ!

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 街へと到着した俺達は、無事に門を潜ることができた。

「あの、お金……」

「ああ、いいよ。銀貨一枚くらい」

 彼女は気まずそうにしていたが、俺は気にするなと言って首を振る。

「それよりも先に身分証を作りに行こうか」

「え、ええ」

 道中で彼女が決断した選択は、冒険者登録による身分証発行だった。

 それを理由に銀貨の話を終わらせる。

「活気があっていいね」

 ――トーワ王国西部の中心にあるこの街は、領内に点在する小麦畑で獲れた小麦を集約する物流拠点にもなっている。

 そのため、小麦を買い付ける商人達の出入りが激しい。

 商人の出入りが激しいってことは、他にも商売が盛んになるってことだ。

 小麦の買い付けついでに他地方から仕入れた珍しい物を売る商人。それを目当てにわざわざ街へやって来る物好きもいれば、そんな物好き共を相手に商売しようとする食堂や宿も多い。

 もちろん、人口の多さに目を付けた冒険者達も。

 多数の通行人の中には自慢の武器を引っ提げた冒険者達の姿が目立つのだが、そんなやつらが足を揃えて向かうのが街の中心部。

 街の中心にある円形広場には一際大きな建物があり、その建物こそが冒険者組合だ。

「ここだよ」

 木造四階建てとなっている建物の入口にあるスイングドアを押しながら進入。

 中には厳つい男共から魔法使いと一目でわかる恰好をした女性、中にはまだ子供としか思えない男女の姿まであった。

 しかし、こういった光景はどこの組合もお馴染みと言えよう。

 今更驚くほどではないのだが。

『随分とべっぴんだな』

『武器を持ってないが、魔法使いか?』

『いや、杖も持ってないが』

 などと、組合の中にいた者達――特に男連中の視線は一斉にシエルへと向けられた。

 彼らの視線はまずシエルの顔に向かい、次に足へと向かう。みんな鼻の下を伸ばしながらうひょーって感じだ。

 次に女性冒険者の意見だが―― 

『あの服ってひと昔前に流行ったデザインじゃない?』

『でも、一周回って良いかも。最近、昔に流行ったデザインを取り入れた服も増えてきたじゃない?』

 女性冒険者達は洋服のデザイン性について語り、悪くない、むしろ良いかも、と好意的な意見を囁く。

 男女の囁きを耳にして、俺は村を出る時のことを思い出した。

『貰った洋服だが、随分と趣味が強めのようだが?』

『ああ、あれは死んだ妻が若い頃に着ていた冒険服でしてな』

 老人曰く、若い頃の奥さんはセクシーで強いと有名な女冒険者だったらしい。

 そんな奥さんを見事ゲットしてみせたのが、生涯の自慢だったんだとか。

『若かった頃の妻より様になっておりますな! 死ぬ前に良いモン見させて頂きましたわ! おっひょっひょっひょ!』

 当の本人も領主に名前を憶えてもらうほどの冒険者だったみたいだが、今じゃただのスケベ爺ってわけだ。

 まぁ、質の良い服だったからありがたいけども。

「どこで身分証を作るのかしら?」

「ああ、こっちだ」

 回想終わり。

 俺はシエルを連れてカウンターの受付嬢に声を掛けた。

「冒険者登録だ」

「はい、かしこまりました」

 受付嬢がカウンターの下から出した紙を隣のシエルにスライドさせる。

 必要事項――名前と年齢、出身地を書き込んだら終了となる。

「こちらが身分証となります」

 情報を元に完成したのが、銀のドッグタグ。

 ピカピカのドッグタグには先ほど記載した情報が刻印されている。

「再発行には――」
  
 あとはお決まりの規則を聞いて完了。

 身分証を無事獲得した俺達は組合を後にした。

「さて、これで終了だな」

 街にも辿り着いた。身分証も作った。

 道中で出来る限りのことは教え聞かせた。

「あとは……。ほら」

 リュックの中から少しだけ膨らんだ革袋をシエルに手渡す。

「これは?」

「金だ」

 革袋の中には銀貨が十五枚入っている。

 これだけあれば一週間は暮らせるはずだ。

「まずは仕事を見つけなよ。俺は三日くらいこの街にいるから、困ったことがあったらハンゾーラって店を訪ねてくれ」

「……分かりましたわ」

 シエルは小さく頷いた。

「じゃあね。頑張りなよ」

 俺は手を振りながら歩きだす。

 ……最後に見た彼女の表情には不安の色があったが大丈夫だろうか?

 心配だ。

 しかし、今後どんな選択をするかは彼女の自由。

 俺がお節介を焼くのもここまでにした方がいいだろう。


 ◇ ◇


 私は去って行く彼の背中から目が離せませんでした。

 彼の姿が人混みに紛れるまで見つめて――見えなくなると、途端に不安と恐怖が溢れ出てくる。

「…………」

 私はこれから一人で生きていかねばなりません。

 手の中にある銀貨の重みが、一人になった寂しさが、余計に恐怖心を刺激する。

 ここまで来る間、ずっと考えていましたわ。

 どうして、と。

 どうして私はこうなってしまったのか。どうして私は捨てられてしまったのか、と。

 私が未熟だったから? お父様の言う通り、私が役立たずだったから?

『殿下との婚約が無くなったらしいわよ。学園じゃ随分と仕切っていたけど、結局は見限られちゃうのねぇ~』

『殿下も息苦しかったんじゃないかしら? あの人、自分は優秀だって自信たっぷりだったものね』

『役立たずめ! 殿下と結婚しないお前に価値はない!』

『貴女、お父様に無能と言われてしまったのでしょう? そんな人間を助けてしまったら、私達までお父様に目をつけられてしまうわ』

 誰もが私を見捨てる。誰もが私を蔑む。

「うっ……」

 頭の中で嫌な考えがぐるぐると駆け巡る。
 
 私はそれに耐えきれず、吐きそうになりながら蹲ってしまいました。

 これから私は一人で生きていかなきゃいけない。

 ずっと、ずっと一人で生きていかなきゃいけない。もうあの不自由のない生活には戻れない。

 私は彼の言うように仕事を見つけられるのでしょうか? 仕事を見つけて、毎日の食事に困らない生活を送れるのでしょうか?

 ――もし、また捨てられてしまったら?

 怖い。

 怖い、怖い、怖い。

 次、次にまた捨てられてしまったら。また誰かに失望されてしまったら……。

 今度こそ私は――

 ぎゅっと目を瞑って耐えていると、あの人が言ってくれた言葉が浮かぶ。

『諦めちゃだめだよ。諦めずに一歩踏み出した時のことを思い出すんだ』

 ……そうだわ。思い出すのよ。

 あの時のことを、あの時、私は――怒り狂っていたはずだわ!

 私を捨てたお父様に! 私を無能呼ばわりした馬鹿な姉に! 散々世話をしてやったのに手の平をひっくり返した学友達に! 私から別の女に鞍替えした馬鹿王子に!

「……諦めてなるものですか!」

 私はまだ死ねない。

 私はまだ、あの人達をギャフンと言わせていない!

「決めましたわ!」

 私は手の中にあった革袋を強く掴みつつも、足に力を入れて立ち上がる!

「私を馬鹿にした人達を全員、ギャフンと言わせてみせますわ!」

 そのためにやることは一つ!

 職を見つけることでもない! 美貌を武器にナンバーワン娼婦へ昇りつめることでもない! 平民に成り下がることでもない!

 私は――冒険者になりますのよッ!

「冒険者として有名になってみせますわ! 名声を得て、財を得て、私が優秀であることを再び証明してみせますわッ!」

 やってやりますわよォッ!!

「よし!」

 確か、彼はハンゾーラとかいう店を訪ねろと仰っていましたわね。

 私は周囲に目を向けて、一人で歩いていた青年に声を掛けた。

「もし、そこの人。ハンゾーラというお店の場所をご存じかしら?」


 ◇ ◇


 シエルと別れた後、俺はハンゾーラで食事をしていた。

 この店は一つ前の街で噂を聞いた店だ。

 とにかく飯が美味い。安いうえに美味い、と街を訪れたことがある人達全員が『ハンゾーラ』の名を口にしていた。

 おすすめは羊肉とニンニクのパスタと聞いていたが――これはマジで最高。

 柔らかい羊肉とカリッカリになったニンニク、パンチの効いたスパイスが絡んだモチモチのパスタが最高。

 ここに魔導具で冷やしたキンキンのビール。

「くぅぅぅ~!」

 飯も酒も何杯でもいけちゃう!

「ラムチョップ、お待たせしました~!」 
 
「おっ! 来た来た!」

 木皿の上に乗った三本のラムチョップ。

 焼きたてのそれはジュウジュウと美味そうな音を立て、香ばしい匂いが俺の鼻をビンビンに刺激する。

「やっぱこれだよなぁ!」

 トーワ王国と言えば羊肉! トーワ王国と言えばバリエーション豊かな酒!

 片手にビール、片手にラムチョップ。これを交互にやるのがたまらない!

 もう我慢できん!

「んあ~――」

「見つけましたわ!」

 ラムチョップへ齧りつこうとした瞬間、聞き覚えのある声が聞こえた。

 声の方へ視線を向けると、肩で息をするシエルがズンズンとこちらへ歩いて来るではないか。

 彼女は俺のいるテーブルまで来ると、どんと両手を付きながら言うのだ。

「私、冒険者になりますわッ! 貴方と一緒に行きます!」

「え? え?」

「何でもしますわっ! 水が必要なら魔法を使いますし、戦えと言うなら戦い方も学びますっ! ですから、ですから!」

 彼女はそこまで言うと、俺にぐいっと顔を近付ける。

「どうか私を、貴方の傍にいさせて下さいましっ!」

 彼女の大胆すぎる宣言が店内に響くと、店内で飯を食っていた他の冒険者から「ヒューッ!」と口笛が鳴った。

 続けて「うらやましい! もげろ!」という声まで。

「ちょ、ちょいと落ち着こうか」

 俺は彼女に着席を促し、対面の席に座らせた。

「本当に冒険者になりたいの? 他の仕事は? 他の選択肢は考えた?」

 確かに道中で「冒険者はロマンがあるぞ!」なんて語ったが。

 まさか本当に冒険者になると言い出すとは……。

「ええ。冒険者になって名声と財を築きます。そして、私を捨てたお父様や姉、他にも学友や……。私から他の女に鞍替えした馬鹿王子もッ!」

 彼女はテーブルの上で強く拳を握った。

 随分と恨みの籠った力の入り様だ。

「ギッタンギッタンのギャフンと言わせてやりますのよッ!!」

 絶対に冒険者として成功して、自分を蔑ろにした連中を見返してやるのだと。

「なるほど、だから冒険者になろうってことね」

「ええ。冒険者の知り合いは貴方しかおりませんし、何より貴方は強い方ですから」

 学ぶなら強い冒険者から。

 彼女は確信を持った声音で言う。

「ですから、冒険者として生きる術を私に教えて欲しいのです。私を一流の冒険者に育てて下さいまし」

 本気だ。

 俺を真っ直ぐ見つめる彼女の瞳には炎が宿っていた。

 ――これも贖罪になるのかな。

 そんな考えが頭の中に過る。

「……分かった」

 頷いた俺は手を差し出した。

「一緒に行こうか。冒険者についても教えてあげるよ」

「はいっ!」

 俺達は握手を交わす。

 この時、俺は初めて彼女の笑顔を見た。

 心から笑う、彼女の笑顔を。

「これからよろしくお願いしますわねっ!」

「うん、よろしく。シエル」

 ……正直、彼女が冒険者になると選択してくれたことにホッとしている自分もいた。
 
 彼女が冒険者になることを選ばず、別れたままだったら心残りになっていたかもしれない。

 ともあれ、俺達の旅は続くことに――

「あ、ラムチョップを一本頂いても? あと私もお酒を飲みたいですわ」

「え? ああ、うん。ビール?」

「ワインで」

 別れる前とは人が変わったかのように積極的な態度を見せてくれるようになったな。

 ガジガジと肉を食らう野良猫のような姿は変わらないけど。

「すいません、ワインを一本!」

 選択したことで吹っ切れたのかな。

 だが、それは良い事だ。

「お待たせしました~」

 ワインがテーブルに届くと、彼女はワインを注いだグラスを掲げた。

「頂きますわね」

「うん」

 ゴクリと一口。

 そして、また彼女は満面の笑みを見せてくれた。

 この一杯は俺達の旅立ちに相応しい。

 奇妙な出会いだったが、これからは旅の仲間として。

 俺達の旅はここから始ま――

「ゴクッ! ゴクッ! ゴクッ!」

 ……一気飲みだぁ。

「ぷはっ!」

 そして、またしてもグラスにワインを注ぐ。それもまた一気飲み。

「…………」

 一気飲みして急激に酔いが回ったのか、彼女の目がとろんと落ちた。顔も真っ赤だ。

 様子が二転三転としていく姿は、見ている分には面白いのだが……。

 彼女は目を細めながら俺を見つめて、片手をドンドンとテーブルに打ち付け始める。

「止めなさい。手を怪我するよ」

「むー!」

 酔っ払っているね。

 ラムチョップもふんだくるように取っていくね。

 しかも、二本とも。

「私は、絶対に諦めましぇんわよ! 私を捨てた人達をギャフンと言わせてやるんだから!」

 彼女は両手に握ったラムチョップへ交互に齧りつきながら言った。

「うん。そうだね」

「私はねぇ! 諦めないの! 貴方に言われたとーり! ギャフンと言わせるまで!」

 同じことを計三回言った彼女は、遂にワイン瓶を掴んでラッパ飲みし始めた。

「うん、さっき聞いた」

「私はねぇ!」

 以降、俺は五十回くらい聞かされた。
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