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26 拝啓、高嶺の花へ

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 星の入れ墨を頼りに闇ギルドを追うガーベラは、男から聞いた店をダニーに調べるようお願いした。

 次の目的は店の亭主が闇ギルドとどう繋がるのかだろう。闇ギルドの幹部や組織と直接繋がりは無かったとしても、どこの誰に入れ墨を彫ったのかを吐かせれば次に繋がる。

 地道ではあるが、一人ずつ追えばいつかは本命に辿り着く……はずだ、と彼女は考えていた。

 少ないヒントを頼りにしているのもあって、ガーベラの悩みと不安は尽きない。少々の仮眠を取った後に学園へと向かった。

「おはようございます。ガーベラ様」

「ガーベラ様。おはようございます。今日も美しい」

 学園の敷地を歩いていると、彼女は男女問わず挨拶される。既に入学から日数が経過しているせいか、学園に慣れた男子生徒からも最近は積極的に声を掛けられる事も増えてきた。

 女子生徒からは理想的な令嬢として、男子生徒からは高嶺の花として注目されているガーベラは、挨拶を受け取るとニコリと微笑みながら――

「Good Morning,Motherfucker」

 彼女の可愛らしいお口から素敵なFワードが飛び出した。

「ぐ、ぐっも? え?」

「あ、失礼しました。昨晩、遅くまで他国の言葉を勉強していたもので」

 おほほ、笑いながら誤魔化すガーベラ。無意識に中指を立てなかっただけ上等だ。

「まぁ……。あまり無理はいけませんわ」

 彼女の少々疲れた顔を見て、挨拶してくれた令嬢が心配そうに返した。そのやり取りを聞いていた他の男子生徒も「ガーベラ様は勉強家だなぁ」と納得している様子。

 セーフ!

 講義室に到着しても、彼女の注目度は変わらない。むしろ、校舎までの道のり以上に注目されているだろう。

「おはよう。ガーベラ嬢」

 理由は隣の席にいるクリストファーが必ず声を掛けるからだ。朝の挨拶をするのは人として当然の行為だと思うが、クリストファーを狙う令嬢達にとっては違う。

 毎朝「特別な時間を過ごしやがって」と恨みを込めた視線がガーベラの背中に向けられる。同時に「二人の仲はどうなのか」とゴシップ好きな傍観者達の視線まで混じっていた。

「おはようございます。殿下」

 とはいえ、彼女は常に「いつも通り」だ。特別な返しはせず、毎朝同じように返事を返すだけ。

「今日は寝不足かい?」

「そう見えますか?」

「ああ。少し疲れているように見える」

 しかし、いつも通りのガーベラと違って、クリストファーは会話のキャッチボールを続けようとしてくる。

 毎朝、定型文のような返しを受けていただけの彼だったが、最近になって積極的に話を続けるようになってきた。態度が変わったのは、リグルと共に騎士団本部に向かった翌日からだろうか。

「少々、夜遅くまで本を読んでいまして」

「へぇ。本を読むのが趣味なのかい?」

「いえ、他国の言語を学んでいます。将来に役立てば、と」

「ああ、なるほど。本当に君は勉強熱心だな」

 そのせいもあって、ガーベラに向けられる令嬢達の視線がより一層冷たくなったのだが、当人同士はまるで気にしていない様子。

 本気でクリストファーを狙う令嬢達の目には、それが余計に親密な態度として見られてしまうのだろう。一部の令嬢はハンカチを口に噛み締めながら「羨ましい!」と叫びそうな顔を浮かべていた。

 ここまで注目を集めては、クリストファー派の令嬢達から嫌がらせの一つでも受けそうなものだが――

「この計算を……ガーベラさん。解けますか?」

「はい」

 スラスラと複雑な計算を解くガーベラ。勿論、彼女の答えは正解だった。

 また、別の授業でも――

「ダンスのお手本を……ガーベラさん、できますか?」

「はい」

 ダンスの授業になった際、講師の女性と見事なステップを披露するガーベラ。彼女は求められれば女性役も男性役も完璧にこなしてしまう。

 そう、彼女にはが無い。

 多数の令嬢と共に受ける共通授業で講師から指名されれば、全てを完璧にこなすのだ。これまで不正解を晒した事など一度も無く、計算もマナーも言語もダンスも――貴族における基礎教養は全てが満点。

 彼女に失敗させたい、クリストファーの前で恥を晒させたいと考える令嬢達にとって付け入る隙が全く無かった。その上、美貌でさえ完璧なのだから太刀打ちできない。

 パーフェクト。全てにおいてパーフェクトなガーベラに、どうやって恥などかかせれば良いのか。むしろ、何が苦手なのか教えてくれと叫びたくなるほどだろう。

「やっぱり、ガーベラ様は素敵ですわ!」

「本当に! 何でも軽々とこなしてしまうのですもの! ソフィア様もそう思いませんこと?」

「ええ、本当に。さすがは由緒正しき侯爵家ですね。私も同じ侯爵家として見習わないと」

 キィ~! とハンカチを噛み締める令嬢達と違って、好意的な意見を口にするのは純粋に彼女へ憧れを抱く令嬢達だ。勢力図としてはガーベラに対して憧れる令嬢の数の方が多く、影で恨み言を囁く令嬢の方が少ない。

「やっぱ……良いよな」

「綺麗だ……」

 因みに男子は全員意見が統一されている。新入生男子の中で、ガーベラは「お嫁さんにした女性ナンバーワン」に君臨している。最近では上級生にも噂が伝わって、彼女が踊る場面を見たいと思っている輩も多いとか。

「そういえば、春の剣術大会が終わったら夜会があるね」

 一人の男子生徒がそう零した。それを聞いた男子達は顔を見合せた後、講師と踊るガーベラに顔を向けた。期待するような目の輝きが彼等にはあった。

「なるほど、学園主催の夜会か」

 少し離れた場所で、男子生徒達が囁く話題に頷くクリストファー。彼は相変わらずリア充オーラを振り撒きながら友人二人と固まっていた。

「それがどうかしたか?」

「いや、前にガーベラ嬢を城の夜会に誘ったが断わられてな。学園主催の夜会であれば授業の一環だろう? 彼女もきっと出席するはずだ」

 夜会とは貴族達にとって日常的に行われる催し物だ。王家は季節毎に夜会を開催しており、今季も貴族達を招待していたのだが、春の夜会にガーベラを誘ったが断られてしまった。

「ああも踊れるんだ。男子生徒が騒ぎ出しそうだな」

「ファーストダンスを踊ってくれ、と誘いが多そうだ」

 リグルとクリストファーは互いに頷き合った。未婚の男子、それも若い学生男子達にとっては「ファーストダンスの相手」というのは重要だ。暗黙の了解であるが、夜会が始まって一曲目のダンスは気がある男女が踊るという意味がある。

 誘う方は「あなたに気があります」となり、誘われた方が了承すれば「私もです」という返しになるわけだ。勿論、誰も気になる相手がいなければ一曲目のダンスは御遠慮願うのがマナーであり、付き合い程度の仲で踊るなら二曲目からになる。

「殿下はガーベラ様と踊りたいのですか?」

「ああ」

 アダムは「一曲目から」とは言わなかったものの、彼の問いにストレートな返しをするクリストファー。満面の笑みで頷きながら、講師と踊るガーベラに顔を向けた。

「彼女の人となりを知るには良い機会じゃないか。踊っている最中は誰にも邪魔されないからな」

「……最近、随分と積極的だがそれと関係しているのか?」

 リグルが問うと、クリストファーは笑顔のまま頷く。

「ああ。昨日、父上と話す機会があってね。学園生活はどうかと問われたのだが、その中で彼女の話になってな。積極的に関わって、彼女がどんな人物なのか教えてくれと言われた」

「陛下が? いや、そういえば……。うちも同じような事を言われたな」

 国王と騎士団長、それぞれの父親から全く同じ事を言われた二人の男子は顔を見合せた。首を傾げているのは特別そのような事を言われていないアダムだけだ。

 父親に揃って言われた二人の脳裏に過るのは、最近行った面談の件だろう。

「例の面談から?」

 リグルが問うとクリストファーが頷く。

「かもしれん。父上が何を考えているのかは分からんがな」 

 恐らくは騎士団長であるノルドが王に何かを進言したせいか。理由は不明であるが、ガーベラの知らぬところで大人達が何かを考えているようだ。

「まぁ、父上の言葉は抜きにしても、もう少し話してみたい。最近は少し分かってきたからな」

 最近、接し方に慣れてきたと零すクリストファー。彼がガーベラに視線を向ける中、リグルは友の表情を見た後にガーベラへと視線を向ける。

 何も言わぬ護衛騎士兼友人のリグルは何を考えているのだろうか。


-----


「あ、ビルワース様!」

 ダンスの授業が終わった後、専用ホールから戻る途中にガーベラは学園が雇うメイドに声を掛けられた。 

「ビルワース様。お屋敷よりお手紙が届いております」

「え? 屋敷から?」

 立ち止まったガーベラはメイドから封筒を受け取る。だが、本人は首を傾げるばかり。

「どうして、わざわざ手紙を?」

 屋敷から学園に手紙が届くなど不自然だ。家の事で急用があるならば、セバスチャンかモナ辺りが直接迎えに来そうなものであるが。

 しかし、彼女の抱いた違和感は封筒の裏側を見た事で更に膨れ上がる。封筒には封蝋によって封印されるのが通常であるが、この封蝋には家の紋章が使われる。

 だが、この封筒に押されていた封蝋はビルワース家の紋章ではなかった。

 封蝋に使われていたのは猫耳を持ったドミノマスクの絵。このような紋章は見た事がないし、心当たりもない。

「これはどこの誰が――」

 手紙を届けに来たメイドに問おうと顔を上げると、そこにはもうメイドはおらず。いつの間にか、廊下に佇むのはガーベラだけだった。

「…………」

 怪しい。どう見ても怪しい。

 ガーベラは周囲に人がいない事を確認すると、手紙の封を開ける。中に入っていた便箋を取り出して内容を確認すると――

「……チッ」

 書かれていたのは『お前の正体を知っている。昼に旧校舎二階にある大講義室へ来い』という内容であった。

 それを見て、思わず舌打ちを鳴らす。

 いつかはこのような事態が起きると思っていたが、想像していたよりも早い。

「監視されていたのかしら?」

 例え彼女が優秀な戦闘能力と知識を持っていても、完全に姿を隠す事は現状難しい。ただ、見つかったのが「誰か」というのが最大の問題だ。

 闇ギルドの関係者か。それ以外か。

 闇ギルドの関係者に見つかったとあれば最悪だろう。実際に会うような文句を送りつけておいて、その場で殺しに来る可能性は十分に考えられる。他にも脅しの材料として使われるかもしれない。

 関係者じゃなかったとしても「お前の正体を知っている」などと言ってくる以上は、何かしらの目的があるに違いない。

「無視するのは得策ではありませんわね」

 どちらにせよ、無視はできまい。

 無視する事で秘密を拡散される方が最悪だ。仮に手紙を書いた人物が仲間に正体を教えていたのであれば、誰が仲間なのかを吐かせて早急に始末する必要がある。

「上等じゃない……」

 ぐしゃりと手紙を握り締め、彼女はふとももをスカートの上から手で触った。手に確かなの感触を感じながら、不敵な笑みを浮かべると廊下の窓から旧校舎の方へと顔を向けた。
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