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21 本物の相手

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 暗闇より姿を現わした三人の騎士達。身に着けている鎧の胸には王立騎士団の紋章がペイントされており、正規の騎士にしか見えない。

 鎧の形状と体格から男と分かるが、顔は鎧の首元から伸びたフードで隠れていた。

 どちらにせよ、たった今、矢で昇天したヨルンが言っていた事が現実となってしまった次第である。

「貴方達がこの男に依頼を出した騎士かしら? それとも闇ギルドからのお客さんでして?」

 黒幕が飼う騎士なのか。それとも騎士を装った闇ギルドの人員か。ガーベラは真正面から問う。

「…………」

 しかしながら、三人は一切喋らず。どうやらこれまでの相手と違ってお喋りは苦手なようだ。

 真ん中に立つリーダーらしき騎士が無言で片手を上げると、左右の二人は再び弓を構えてガーベラに狙いをつけてきた。それだけで統率がとれた相手であるとよく分かる。

 さて、どうするか。ガーベラはヨルンの死体を盾にしながら、三人の挙動を見逃さないよう睨みつける。

 ヨルンから騎士が関わっている事実を聞き、その直後に騎士が登場したのだ。ここは是非とも相手から情報を得たい。この考えが過った時点で、彼女の中には逃走するという選択肢はなかった。

「ならば――」

 ガーベラは片手で死体を支えながら、右手にナイフを握る。相手はガーベラの動きを待っているようだ。こちらが動き出した瞬間に矢を射るつもりなのだろう。

 そこまで察して、彼女は敢えて相手の考えに乗った。死体を支えていた左手を外すと、ガーベラは三人組に向かって走り出す。

 瞬間、予想通りにも相手は矢を放って来た。

「甘いんですのよッ!」

 迫り来る矢をナイフで弾き飛ばし、次の矢を準備しようとした右側の男に接近する。ナイフを下段に構えながら、掬い上げるように振ってまずは弓を破壊した。

 その際に相手の鎧をも斬りつけたが、さすがは金属製の鎧。ギッと嫌な音を発して傷がつくだけ。

 しかし、肉薄したガーベラがこのチャンスを逃すはずもなく。まず他二人から攻撃を受けぬよう、立ち位置を肉薄した男のやや側面に変える。これで男の背に他二人が隠れている状況となった。

 最初に振るった右手のナイフを返しながらも、左手で抜いたもう一本のナイフで相手に腰の剣を抜く隙を与えない。金属製のガントレットで防御してくる相手に対し、左手のナイフで相手の鎧とガントレットの隙間――腕の関節部分を素早く切り裂く。

 男の腕から血が飛び散り、右手で怪我した箇所を抑えながら男は後方にたたらを踏んだ。

「このアマッ!」

 ようやく声を発したのは最初の陣形で左側にいた男。持っていた弓を投げ捨てると、腰の鞘からロングソードを引き抜く。たたらを踏んだ仲間を追い越しながら、剣を上段に構えてガーベラへ攻撃を仕掛けてきた。

「フッ」

 短く息を吐き出しながらサイドステップで剣を躱し、剣が振り下ろされたタイミングで腹に蹴りを叩き込む。ガン、と金属板を叩く音が鳴り響くが、それでもガーベラの強烈な蹴りは相手に多少なりともダメージを与えたようだ。

 しかし、油断していられない。リーダーの騎士も剣を抜き、蹴りを放った隙に合わせて剣を振り下ろしてきた。さすがに躱す余裕もなく、ガーベラは仕方なく両手に持ったナイフをクロスさせながら頭上で剣を受け止めた。

「ぐっ」

 ズシンと圧し掛かる相手の力。正面から男の顔を確認しようとするが、暗くて確認が出来なかった。

「このッ! 乙女に向かってッ!」

 渾身の力で相手の腹にヤクザキックをかまし、ようやく圧力から解放された。しかし、ガーベラ自身の態勢も崩れてしまったせいで追撃はできず。

 すぐに態勢を整えたリーダーは再び剣を構えてガーベラに迫る。まともに受けてはマズイと考え、ガーベラは持ち前の瞬発力を以って受け流しと回避に徹しながらチャンスを待った。

 ガキン、ガキンと何度も接触する剣とナイフ。相手の一撃一撃がとんでもなく重く、更にはフェイントまで混ぜ込んでガーベラの隙を誘って来る。敢えて誘いに乗る仕草を見せて、逆にガーベラが相手の隙を誘うも、それも悉く失敗に終わってしまう。

 総じて言えば、これまでの相手とは比較にならないほどの強敵であった。同時にガーベラは内心で一つの答えに辿り着く。

 この男は、本当に王国騎士なのではないか? と。

 騎士という存在にそれほど詳しくはないガーベラであるが、戦い方は完全に対人戦を熟知した動きだ。更に攻撃を仕切り直す時に見せる構えが学園の運動場で見せたリグルの構えと同じであった。

 リグルは正規の騎士として認められており、親が騎士団長とあって王国騎士が学ぶ正しい型を使っているはず。それと同じ構えを見せるという事は、この男も王国騎士が使う剣術を学んでいるという他ならない。

 そこに正規騎士が身に着ける鎧とあって、本物の騎士であるという確証がどんどん深まっていく。ただ、問題は彼等がヨルンに依頼を持ちかけた者達であるかどうかだ。

「隊長!」

 ふいに脇から聞こえた敵の声。目の前に迫るリーダー――隊長と呼ばれた男の剣に集中していると、彼を呼んだ男が剣を斜めに斬りつけてくるのが見えた。

「うざったいですわねェッ!!」

 左手のナイフで剣を受け止め、右手のナイフで正面から振り下ろされた剣を受け止める。両手を塞がれた状態になってしまったガーベラの耳に「死ね!」と声が響く。

 最初に腕の関節を斬りつけた男が、片手で持った剣を彼女の腹に突き出して来たのだ。

「この……ッ! クソ、野郎ッ!!」

 口から令嬢らしくない声を出し、ガーベラは左右の腕に注いだ力を一瞬だけ抜きながら膝を折って身を屈めた。突きとして迫ってきた剣を、敢えて下に押し込ませた他二人の剣に当てる事で防御したのだ。

 態勢が低くなったガーベラは脚に力を入れ、飛び跳ねるように二本の剣を頭上へと弾き返した。その瞬間、ほんの僅かだけ騎士達に隙ができる。

 この時、両サイドの部下らしき騎士の首を切り裂き、リーダーの男に肉薄するのが理想の結果だろう。しかし、三人の力量――特にリーダーの力量を考えると現実になる可能性は低かった。

 それを瞬時に計算したガーベラは真正面に飛び込む。先にあるのはリーダーの騎士とその部下が立つ間にある僅かな隙間。

 相手も飛び込んできたガーベラに対応しようとするが、握っていた剣のリーチが邪魔になる。剣を振るばリーダーは部下に、部下はリーダーに剣が届いてしまうからだ。ガーベラの狙い通り、二人はそれを悟って躊躇いを見せた。

 二人の間をすり抜ける瞬間、リーダーの顔目掛けてナイフを振るった。

 相手も彼女の動きに反応して首を横に傾けるが、僅かにナイフの先がリーダーの頬を切り裂いた。

 同時に、ナイフの切っ先がフードの端に引っ掛かる。すれ違い様に見えたのはフードの中にあった茶の髪と緑の瞳。

「くっ」

 微かに聞こえるリーダーの声。

 三人の包囲網を突破したガーベラは、距離を取りながら振り返る。すぐに両のナイフを構えるが、視界の端に映ったナイフの刃に違和感を感じて一度目を向けた。だが、すぐ視線を相手に向け直す。

 その理由は対峙する相手――リーダーの騎士が剣を構えず、ポケットに手を入れたからだ。

 不審な行動に身構えていると、男がポケットから取り出したのは金色をした円形のタリスマンだった。金のタリスマンと繋がった紐を持ち、リーダーはブツブツと何かを呟き始めた。

 次の瞬間、金のタリスマンに散りばめられていた極小の赤い宝石と刻まれた小さな複数の文字が発光し始めた。

 徐々に強くなっていく光にガーベラは見覚えがあった。記憶の中を検索していくと、ばっちり思い出す。この光は学園で見たアダムが魔法を撃つ時と似ている、と。

「まさかッ!?」

 光が収束した瞬間、ガーベラは大きく横に飛ぶ。なりふり構わずヘッドスライディングするようなジャンプだったが、それで大正解だった。

 タリスマンから発動したのは火炎放射器のような炎の渦。神秘の光と共に吐き出された炎は旧医療小屋を飲み込んでしまう。飲み込まれた小屋はゴウゴウと燃え始め、辺りを昼のように明るく照らすほど燃え盛った。

「な、なんて威力……!」

 あんな炎を正面から受ければ、さすがのガーベラとてひとたまりもない。

 リーダーの男は魔法使いだったのだろうか? だったら、このタイミングで魔法を使うのはおかしい。もっと早くに使っていれば有利な状況を作り出せたろう。

 明らかに怪しいのはポケットから取り出した金のタリスマンだ。あれが魔法発動のキーになっているのだろうか。

 脳の中にいくつもの推測が浮かぶ。だが、それらは再びタリスマンを向けられた事で霧散した。

「ああ、もう! Fuckですわ!」

 急いで立ち上がったガーベラはタリスマンの射線から逃れるよう走り出した。

 向かう先はスラム特有の狭くて暗い小道。小道に走り込んで、闇に溶けるよう同化したガーベラの取った行動は逃走である。

 背後から「追え!」と声が聞こえると、彼女は道にあったゴミ箱を足場にして屋根の上に登った。そのまま全速力で屋根伝いに走り、時には地上に降りて暗闇の中を走りながら、三人の追跡を躱す。

「ふぅ、はぁ、はぁ……」

 ようやく追跡を巻いたところで、ガーベラは握ったままであったナイフを見た。

 確認するとナイフの刃が欠けていたのだ。更によく見れば細い線のようなヒビも入っていた。相手のパワーに耐え切れず、同時にこれまで使い続けて来た事の劣化も相まって、刃が折れる寸前にまで至っていたようだ。

「やっぱり」

 最後、視界の端に見えた違和感。あのまま戦闘を続けていたら、確実にどこかで大きな隙を晒していただろう。

「それ以前に、魔法を使われては」

 ナイフの件もあるが、それ以上に魔法は想定外すぎる。対処できるか未知数過ぎる戦闘は避けるべきだろう。

「それに……。あの鎧を着た男達は……」

 夢に出てきた鎧の男。それは奴等なんじゃないだろうか?

 おじさんが見せてくれた運命は、連戦に次ぐ連戦の末に疲弊して殺されてしまった。真正面から攻める戦い方を変えた事で疲弊するという部分の未来は変わったようだが、最後に自分を殺しに来るのは「鎧の男」という部分だけは変わっていない。

 夢の中で自分にトドメを刺した人物は、あのリーダーの騎士――隊長と呼ばれた男ではないのだろうか。

「夢に出た騎士と黒幕の使いである騎士は同一人物……?」

 あの男こそが、夢で自分を殺した者であると同時に、ヨルンに闇ギルドへ殺害依頼をするよう命令した男なのだろうか。

「どちらにせよ、正面から戦うのは控えた方が良さそうですわね」

 正直、彼女は騎士という存在を舐めていたと言わざるを得ない。学園にいるペーペー共、闇ギルドの拠点にいた小物共など比較にならず、第一線で経験を積んだ騎士は強敵以外の何者でもないだろう。

 例え彼女が魔法の本で鍛えられたとしても、実践による経験値と装備では負ける。そこに魔法によるアドバンテージが加われば、相手との差はより大きくなるだろう。

 深呼吸をして呼吸を整えた彼女は、これまで抱いていた勝手な認識を恥じた。

「何事も万全に。正確な情報と周到な準備が確実な勝利に繋がる。殺し合いに卑怯もクソもない、か」

 ガーベラは魔法の本から飛び出して来た教官が教えてくれた事を改めて胸に刻む。

「ふぅ……。とにかく、今日は帰りましょう……」

 とてつもない疲労感を感じながら、彼女は闇に紛れて屋敷を目指した。
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