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18 星持ちの男

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 振り返れば、フード付きのローブで身を隠す一人の男が立っていた。男、と断定するのはローブから露出した腕が腕毛で覆われていて、全体のフォルムが男性らしい体つきであったからだ。

 投げナイフを投擲した張本人はフードの中で「チッ」と舌打ちを鳴らす。ガーベラがナイフを構えながら対峙すると、男はフードを手で外した。

 自発的に露出された顔は如何にも粗暴そうな男の顔。スキンヘッドで無精髭の生えた目付きの鋭い顔つきであった。

 ただ、男の特徴はそれだけじゃない。首に黒い星の入れ墨が彫られていて、随分とそれが目立って見える。

「貴方が傭兵団のボスかしら?」

「まさか。俺をそこらの雑魚と一緒にしてもらっちゃ困る」

「では、闇ギルドの方かしら?」

 傭兵団ではないと否定された。では、次に彼女を狙う相手としたら闇ギルドだろう。聞きたてホヤホヤの「闇ギルドが潰れるものか」という情報を確かめるべく問うと――

「正解だ。お前を殺すよう命令を受けた」

 なんて素直な男なのか。ガーベラは嬉しすぎて「ハッ」と鼻で笑ってしまう。

「全員殺したと思ったのですが、そうじゃなかったみたいですわね?」

「闇ギルドを甘く見てもらっては困るな。お前が殺したのは下っ端も下っ端。俺のようなと比べようもないほどの雑魚だ」

 そう言って、男は自分の首に彫られた星をトントンと指で叩く。どうやら、闇ギルドのお気に入り、もしくは腕の良い人員には証が与えられるようだ。首に彫られた星の入れ墨が証拠なのだろう。

「ふぅん。そう。星持ちね……」

 ガーベラが闇ギルドを潰したと知れ渡っていた事、星持ちというギルドお抱えの仕事人がいる事。今夜は非常に興味深い情報を得られた。

 それにしても、闇ギルドという組織は彼女が思っている以上に大きな組織なのだろうか。加えて、どうやってガーベラの事が知れ渡ったのか知りたいところであるが、それは一旦置いておくしかないらしい。

「お喋り野郎ばかりで助かりますわね。本当に裏組織としての自覚がありますの?」

 闇ギルド自体は影に隠れて存在しているつもりなのかもしれない。ただ、所属している者達がアホウ揃いだ。

 組織に所属しているせいか、どいつもこいつも気が大きくなっている様子。ペラペラと勝手に喋るアホウを抱えていて、闇ギルドの幹部が存在しているのだとしたら同情すら覚えてしまう。

「別に構わないだろう。聞いたところで、お前は他人に話せない。ここで死ぬのだからなッ!」

 男はローブを脱ぎ捨てると、腰に差していた剣を抜いてガーベラへと駆け出した。

 剣のサイズはショートソード。ローブの下に隠していた防具は鉄の胸当て。随分と軽装であるが、それ故に男のスピードは体躯に似合わず素早い。

 しかし、この時点でガーベラは多少の苛立ちを覚える。

「ローブの意味は!?」

 脱ぎ捨てるなら最初から着るな。首の入れ墨を隠すだけならマフラーか何かを首に巻いておけ、と。ローブでわざわざ体を隠しているのだから、下に何か秘密があるんじゃないかと思ってしまったじゃないか! と。

 斬り込んで来た男の剣をナイフで受け流し、体を回転させながら男の側面へと逃れるガーベラ。

「闇ギルドっぽいだろう!」

 なんという事だ。この男、雰囲気重視だ。

「Shit!」

 少しでも「何かあるかもしれない」と考えてしまった自分が恥ずかしい。横薙ぎに振るわれた剣を躱しながら、ガーベラは己の思考を恥じる。仮面の中にある頬が赤くなっているのが分かるほどに。

「そぉらッ! 観念しろッ!」

「チッ」

 ただ、相手の思考はとても残念であるが、星持ちなどと評価されるなりに腕は立つ。

 男性ならではの剛腕、それにこの男が持つ才能としての瞬発力。至近距離での立ち回りを重視し、ショートソードを用いて相手を逃がさぬようコンパクトに剣を振る技術。

 これらが相まって、ガーベラも正面からの戦闘を続けざるを得ない。もはや、ドレスを汚したくないなどという考えは捨てるしかなかった。

 同時に、やはり獲物がナイフだけというのはリーチ的に不利だ。

 ガキン、ガキンと甲高い音を鳴らしながら幾度となく剣を受け流すも、相手もナイフという武器の特性をよく理解しているせいか、大振りを控えた行動を繰り返して懐に飛び込む機会を与えない。

「…………」

「ハッ。さっきまでの威勢はどうした?」

 自分が有利であると考えているのか、男は挑発的な言葉でガーベラを誘う。苛立たせて、隙を作ろうという魂胆だろう。

 しかし、ガーベラもまたそのような考えには乗らない。剣を受け流す事に思考が冴えていき、相手の挙動に慣れ始めてきた。そうなると、彼女の体はまるで自動運転のように相手の剣を裁きながら、周囲に目を向け始めるほどの余裕を得る。

 周囲には細い道と廃屋、そして道に散乱するゴミ。何か使える物は無いか、と目で探すが……。

 ガーベラは視線を男に戻した。その後、男の剣を受け流しながら懐に飛び込もうとする挙動を見せる。

「馬鹿め!」

「チッ」

 しかし、男はそうはさせない。腕を振るう速度を上げて、小柄なガーベラを近寄らせまいとした。剣とナイフが接触する間隔が先ほどよりも短くなっていき、ガーベラの攻撃がやや大振りになっていく。

 彼女の挙動を見た瞬間、男はニヤリと口を歪めた。

 所詮は女、疲れてきたか。男の振るう剣を何度も受け止め、弾き返したせいもあって腕が痺れてきたか。勝負を焦っているな……などと考えているのだろう。

 彼の考えを肯定するように、ガーベラの攻防は見るからに雑になり始めた。まだまだ体力に余裕のある男は、剣を振るうスピード上げていくと徐々にガーベラは小道の壁へと追い込まれていく。

 勝負の時は近い。

 ガーベラの背中が壁際まで追い込まれたタイミングで、男はこれまでよりも力を入れて剣を振るう。

「あっ」

 相手の剣を受け流したガーベラだったが、弾き返した瞬間にナイフを地面に落とした。悲痛な声が上がり、男は「った!」と叫ぶが――ガーベラの顔にある仮面の奥から異様な雰囲気が漏れ出るのに気付く。

「んふふ」

 仮面の奥にある彼女の瞳は鋭く、口元からは微かな笑い声が漏れる。

 男が大振りを誘われた、と気付いた時にはもう遅い。振り出した腕は止められず。

 渾身の一撃として縦に振り下ろされた剣だったが、振りを見切ったガーベラは右の掌で掌底するように剣の腹を叩いて弾く。軌道がズレた剣はガーベラの体を捉えられず、振り下ろした先にあるゴミの山に落ちた。

 一方で、ガーベラは態勢を低くしながら左手で二本目のナイフを抜く。逆手で抜いたナイフを男の膝を切り裂いた。

「ぐあッ!?」

 男の脚は自身の体重を一瞬だけ支えきれずにぐぐ、と態勢が下に落ちた。明確な隙となった瞬間、ガーベラは男の背後に向かって低い体勢のまま飛び出し、飛び抜けた瞬間に足でブレーキを掛ける。

 ブレーキを掛けた足を軸にして体を回転させて体の向きを調節すると、相手の背後から右肩口にナイフを深く突き刺した。

 深く突き刺さったナイフは男の肩を破壊して、腕が持ち上がらなくなってしまう。辛うじて剣は握られていたが、男の右手はだらりと垂れたままだ。

「油断大敵ですわね。ただ、乙女の誘いに乗る素直さだけは評価して差し上げますわ」

「ぐ、あ……。テメェ……」

 膝をつき、右腕を下ろしたままの男は背後に立つガーベラを忌々しく睨みつける。

「お喋りな貴方に聞きたいのですけど、闇ギルドの幹部を知っていまして? もしくは関わっている者でもよろしくてよ?」

「だ、誰が、喋るか」

 問いに対し、男は口を割らない。相変わらずガーベラを睨みつけるだけだ。

「あ、そう」

 しかし、そんな相手のリアクションに対してガーベラはあっさりと見切りをつけた。

「じゃあ、死になさい」

「ガフッ!」

 ガーベラは左手の中指を立てると、男の首にナイフをあっさり突き立てた。

 捻じり切るようにナイフを抜くと首から血が溢れ出して、男は藻掻き苦しむように口をパクパクと動かしながら地面に倒れた。

「ふん。肝心な事を口にしない男はモテませんわよ」

 死体に変わった男を見下しながら、ガーベラはナイフの血を払う。弾き飛ばされたナイフを回収した後、彼女は屋敷へと引き上げて行った。
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