昼、侯爵令嬢 夜、暗殺者

とうもろこし

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「う、うう……」

 気絶していた男は瞼越しに感じた光に反応し、うめき声を上げながらも徐々に意識が覚醒していく。

 ぼやける視界に映ったのは人らしき黒い影だ。次の瞬間にはペチペチと頬を叩かれ、強制的に覚醒を促される。

「こ、ここは……」

「我が家の地下室ですわよ?」

 女性の声が聞こえると、彼――ビルワース邸に侵入して来た男はハッと全てを思い出した。そうだ、自分はビルワース家の令嬢を殺害しようと侵入し、返り討ちにされたのだと。

 侵入者からしてみれば悪夢のような出来事だ。まさか貴族令嬢がアホみたいに強い格闘術を体得していたとは思うまい。

「ハァイ。お目覚めでして? マヌケ野郎」

 ランプの光が光源となっている地下室で拘束された男の前にはターゲットである貴族令嬢――ガーベラが腰に手を当てながら仁王立ちしていた。彼女の後ろには使用人であるセバスチャンとモナが控えていて、二人とも揃って侵入者である男を睨みつける。

「俺をどうする気だ……!」

「ハッ! どうする気? ハァー! 聞きまして? このマヌケ、どうする気だ! とか言っておりますわよ!」

 ガーベラは大げさなリアクションを取ると後ろに控えていた二人に向かって「とびきりのアホだ」と笑う。

「侯爵家に侵入しておいてタダで済むと思っているのでしょうか?」

「しかもお嬢様の命を取ろうとしておいて、ですよ」

 尚も睨みつけるセバスチャンとモナはそれぞれ感想を口にするが――

「ユージン、貴方はどう思いまして?」

 ガーベラが地下室の入り口に向かって顔を向ける。先ほどから微かに聞こえていた「シャッシャッ」と何かを研ぐ音の方向だ。

 彼女が体を少しズラして男に「ユージン」の姿を見せた。そう呼ばれた者は白い調理人用の服とエプロン、頭にはコック帽を乗せた中年男性。彼は「そうですなァ」と言いながら野太い包丁を丁寧に研いでいるではないか。

 問われたタイミングで研ぎも終了したのか、ユージンは包丁を持って男に近寄って来た。近くにやって来ると、彼はわざとらしく研いだばかりの包丁にランプの光を反射させて見せる。

「お嬢様のお命を狙った不届き者です。騎士団に突き出しても死罪は確定。ここでしまってもよろしいのでは?」

 ユージンは包丁を舌でベロォと舐めた。

 予め言っておくが、これはガーベラが考えた演出である。ビルワース家の料理長であるユージンは笑顔の絶えない優しい男性であるし、常にガーベラの体調を料理面から支えよう尽くしてくれる忠臣だ。

 ただ、この演出は随分と効果的だった。イカれた人肉屋みたいな目をして包丁を舐めるユージンを見た男はごくりと喉を鳴らす。

 今日の助演男優賞は間違いなくユージンである。

「ですって。さぁ、どうしましょう」

 男に顔を近づけて、クスクスとわざとらしく笑うガーベラ。彼女の目には明らかな殺意が浮かんでいて、ユージンの見せた演技を更に際立たせる。

「な、何を……。よ、要求は!?」

 男の声は震えており、動揺しているのが丸わかりだった。

「そうねぇ。依頼人の名を吐けば少しは……考慮するかもしれませんわね?」

 ニヤリと口角を吊り上げたガーベラは男から情報を引き出そうと提案をした。

 彼女の質問は至極当然だろう。この男とは初対面であるし、恨まれる心当たりもない。となれば、ガーベラを殺したい誰かがいるのだ。

 その目的は金か、それとも別の事か。何にせよ、依頼人の名と動機が知りたいところであったが……。

「……依頼人は分からない。俺は闇ギルドで依頼を受けただけだ」

 男はすぐに情報に吐いた。彼の口から依頼人の名を聞けなかったのは残念だが、興味深い単語が出てきたじゃないか。

「王都で汚れ仕事を請け負う、裏界隈の仲介所ですね。存在すると噂だけは私も知っていましたが……」

 本当に実在したのか、とセバスチャンが唸り声を上げる。 

 闇ギルドとは、金を払えば何でもやる犯罪者や殺し屋の斡旋所だ。依頼人は闇ギルドを通して内容と金を提示し、ギルドに属する犯罪者が依頼をピックアップする。

 仕事を終えたらギルドに戻り、証拠を提示して報酬を頂く。利用客とギルドはお互いに守秘義務を交わし、依頼人の名は犯罪者に知らされない。余計な情報は与えられず、ただ依頼内容だけを淡々とこなすだけ。

 ――と、男は闇ギルドの概要を語る。

 シンプルなシステムであるが、だからこそ己の手を汚したくない悪人から重宝されているのだろう。

「という事は、依頼人の名を知る為には闇ギルドに行けば良いと?」

 ガーベラは尤もな事を言うが、男はフッと笑い声を漏らして彼女を見た。

「いくら貴族のお嬢様だからって、闇ギルドに行って依頼人の名が簡単に聞けるわけないだろう?」

 この男が言う事は至極真っ当な事だろう。正面から入って行って「自分を殺そうとする人の名前を教えてくれ」と言ったところで教えてくれるはずもない。

 だが、教えてくれる状況にすれば良いだけの話だ。

「このマヌケを連れて闇ギルドへ行きましょう。そこで情報を聞き出しますわ」

「おい、俺の言った事が理解できないのか? 行ったところで無駄だ。ギルドにいる奴等に殺されて終わりだろうよ」

 聞き分けのないお嬢様だ、と言わんばかりの言い方をする男。
 
「なら、殺される前にぶっ殺せばよろしいじゃない」

 しかし、ガーベラは鼻で笑いながら肩を竦めた。

 至極尤もな話だ。

 殺されそうになるなら先に殺せばいい。情報を知ってそうなヤツだけ残して、残りは全員あの世へ送れば良いだけの話である。

 なんともシンプル。単純明快。これぞ、この世の理だ。

「イ、イカれてんのか……?」

「まさか。貴方達の土俵に合わせて物言ってあげてますのよ? むしろ、感謝して頂きたいですわね?」

 ふふ、と笑ったガーベラはセバスチャンに向かって手を向ける。向けられた手に彼はサイドテーブルに置かれていたナイフを置いた。

「じゃあ、闇ギルドの場所を吐いて下さいます? ああ、早めに喋らないと体の一部が徐々に無くなっていきますわよ?」

 ガーベラは力を入れず、ナイフの先を男の左耳付け根に当てた。そのままスゥーとゆっくりキリトリ線を示すようにナイフを動かしていく。

「先に言っておきますわね? 最初は耳。だって二つありますもの」
 
 宣告したガーベラの顔は楽しそうに……口元には三日月が浮かび、目もスッと細まって邪悪な笑顔になった。

 彼女の笑顔を見た瞬間、男は心臓を掴まれたような恐怖に陥る。

 彼女は本気だと強制的に認識させられてしまう。心臓が握り潰されるんじゃないかと思うくらい息苦しくなって、顔中に脂汗が浮かび始める。ごくり、と喉を鳴らした男はゆっくりと口を開いた。

「お、王都の……。東区にあるビューラって、さ、酒場だ。酒場の、ち、地下に管理者がいる」

 ビルワース家や貴族の屋敷が集中する区画は西区。つまり、ここから正反対の区画にあるようだ。

 高級店舗の並ぶ中央区から、やや南東に向けて歩き出すと東区と呼ばれる場所に入る。庶民向けの住宅が密集する東区であるが、庶民向け住宅地区の中でも特別治安が悪い。その理由としては東区の最奥にスラムが存在するからだろう。

 庶民向け住宅の他に個人経営している庶民向けの商店があるのだが、そこの商品を狙って強盗などの犯罪が頻繁に起きている区画だ。犯罪者が多い区画だからこそ、公になっていない闇ギルドを置くに相応しい場所なのかもしれないが。

 とにかく、男から闇ギルドの場所は聞けた。あとは向かうだけであるが――

「アレは用意できていますの?」

「はい。既に準備は整っております。ですが……。もう既に三時を回っております。もうすぐ日の出ですので、明日の夜にした方がよろしいかと」

 ガーベラの問いに答えたセバスチャンはジャケットの内ポケットから懐中時計を取り出して時間を告げる。

 今の時期はあと一時間ほどで日が昇る。夜の闇に隠れて行動するには少し遅すぎる時間だ。翌日に行動する事を同意したガーベラは「明日の夜までに万全の準備を」と告げる。

「さて、貴方は明日まで大人しくしていて下さいましね?」

 ガーベラはモナに手を向けると、彼女は麻袋を手渡した。大きさとしては人の顔がすっぽり収まるサイズだ。

「お、俺が戻らなかったら、べ、別のヤツが来るぞ!」

 男は何とかこの場から逃れようと声を荒げるが、ガーベラは「まだ分からないのか」と言わんばかりにため息を吐いた。

「別のヤツが来たら、ソイツも捕まえるか殺せばいいだけでしょう? ああ、捕まえられれば貴方は用無しになりますわね?」

 クスクス、と笑ったガーベラは男の口に布を突っ込んだ。喋れなくなった後、顔に麻袋を被せて視界を奪う。

 最後に耳元へ口を寄せて――

「明日の夜まで……。精々、生を噛み締めなさい」

 小さな声で囁くと、笑いながら使用人達と共に地下室から立ち去って行った。
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