桃は食ふとも食らはるるな

虎島沙風

文字の大きさ
上 下
16 / 18
一口目

〜16〜

しおりを挟む
 抱き合っていたという噂を新たに流されたら、事実なだけに否定しづらい。
 いや、一方的に抱きしめられているだけで絶対に抱き合ってない。これは歳桃のセルフハグみたいなもんだ。
 しかも完全に不可抗力だっ。 
 私は歳桃の腕の中から抜け出すためにもがこうとしたが、がっちりホールドされていて身動きが取れなかった。
 歳桃はよく馬鹿力だと揶揄ってくる。でも、テメェの今の腕力の方がよっぽど馬鹿力だと思う。
 馬鹿力と言えば、とふと〝火事場の馬鹿力〟ということわざを思い出す。
 ひょっとして、歳桃は今まさに切迫した危機的状況に陥ってんのか?
さや紗夜
 耳元で低く囁かれた。相っ変わらず無駄にいい声してやがる。
 さや。明らかに平仮名呼びだ。どうも、歳桃は私のことを下に見ている節がある。
 私も歳桃も高二で誕生日がまだ来てないから16歳。同い年だというのに失礼な奴だ。
「はいはい。どうどう、どうどう」
 私の耳に直接、風より熱い歳桃の吐息と言葉が入ってくる。耳に感じたぞくぞくっとした不思議な感覚が全身に広がっていく。
Calm down.(紗夜訳:落ち着きたまえ。)いい子だからじっとしてて」
 暴れ馬・暴れ牛扱いに、英語が公用語の外国人扱いに、やんちゃな幼児扱い。
 歳桃は一体私を何だと思ってるのか。殴りてェ。
 今すぐぶん殴りたい衝動に駆られたが、どうやらそれも難しそうだ。
 左手は上から覆うように強く握られている。握られていない右手さえも、歳桃と自分の身体の間に挟まっていて、指一本たりとも動かせないのだ。
 だが、火事場の馬鹿力はそう長くは保たないらしい。締め付ける腕の力が弱まってきた。これなら、力づくじゃなくても余裕で抜け出すことができそうだ。
 そう判断した私が動こうとしたその瞬間。
「殺すよ?」
 歳桃にしては珍しく、上から頭を押さえつけるような声音で脅してきやがった。言葉通りの意味だけではなく、暗に抜け出そうとするなと警告している。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。

塞ぐ

虎島沙風
青春
 耳を塞ぎたい。口を塞ぎたい。目を塞ぎたい。そして、心の傷を塞ぎたい。  主人公の瀬川華那(せがわはるな)は美術部の高校2年生である。  華那は自分の意思に反して過去のトラウマを度々思い出してしまう。  華那の唯一の異性の友人である清水雪弥(しみずゆきや)。 華那は不器用な自分とは違って、器用な雪弥のことを心底羨ましく思っていた。  五月十五日に、雪弥が華那が飼っている猫たちに会うために自宅に遊びにきた。  遊びにくる直前に、雪弥の異変に気づいた華那は、雪弥のことをとても心配していたのだが……。思いの外、楽しい時間を過ごすことができた。  ところが。安堵していたのも束の間、帰り際になって、華那と雪弥の二人の間に不穏な空気が徐々に流れ出す。  やがて、雪弥は自分の悩みを打ち明けてきて ──?  みんな、異なる悩みを抱えていて、独りぼっちでもがき苦しんでいる。  誰かと繋がることで、凍ってしまった心がほんの少しずつでも溶けていったらどんなに良いだろうか。  これは、未だ脆く繊細な10代の彼女たちの灰色、青色、鮮紅色、そして朱殷(しゅあん)色が醜くこびりついた物語だ。 ※この小説は、『小説家になろう』・『カクヨム』・『エブリスタ』にも掲載しています。

深海の星空

柴野日向
青春
「あなたが、少しでも笑っていてくれるなら、ぼくはもう、何もいらないんです」  ひねくれた孤高の少女と、真面目すぎる新聞配達の少年は、深い海の底で出会った。誰にも言えない秘密を抱え、塞がらない傷を見せ合い、ただ求めるのは、歩む深海に差し込む光。  少しずつ縮まる距離の中、明らかになるのは、少女の最も嫌う人間と、望まれなかった少年との残酷な繋がり。 やがて立ち塞がる絶望に、一縷の希望を見出す二人は、再び手を繋ぐことができるのか。 世界の片隅で、小さな幸福へと手を伸ばす、少年少女の物語。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

食いしん坊な親友と私の美味しい日常

†漆黒のシュナイダー†
青春
私‭――田所が同級生の遠野と一緒に毎日ご飯を食べる話。

ボールの行方

sandalwood
青春
僕は小学生だけど、これでも立派な受験生。 放課後、塾のない日は図書館に通って自習するほどには真面目な子ども……だった。真面目なのはいまも変わらない。でも、去年の秋に謎の男と出会って以降、僕は図書館通いをやめてしまった。 いよいよ試験も間近。準備万端、受かる気満々。四月からの新しい生活を想像して、膨らむ期待。 だけど、これでいいのかな……? 悩める小学生の日常を描いた短編小説。

処理中です...