塞ぐ

虎島沙風

文字の大きさ
48 / 50
第六章

第七節

しおりを挟む
 しんみりと呟く華那を雪弥は寂しげな微笑みを浮かべながら眺めていた。

 俺が傍にいて支えたかった……。いや。これからは俺が華那を支えるんだ。──あっ! 華那に謝らなきゃいけない事があるんだった。

 自分を疫病神だと思う三つめの理由でもあるそれは──、
「ごめんな」
「……えっ?」
「俺が話しかけたせいでお前への虐め……じゃなくて、嫌がらせがエスカレートしたから」
 美里や、美里が怖くて逆らえなくて、美里と共に華那への虐めを行っていた女子生徒たちに聞いたのだ。
 美里は雪弥に好意を寄せており、雪弥と仲良く喋っていた華那に嫉妬したから虐めを開始した。なのに、雪弥は華那に普通に話しかけ続けた。その結果、虐めがさらにエスカレートしていった、と。
 雪弥が話しかけた途端に華那は嫌そうな顔をした。だからしつこいから嫌われたのだとショックを受けて話しかけるのをやめた。
 だが、華那は雪弥と話す事で美里から嫉妬されるのを何よりも恐れていたのだ。
 ただし、美里が華那を虐めた理由は、恋愛絡みの嫉妬だけではない。
 美里は、小一の頃に隣に引っ越してきた華那の家が新築で広い家かつ優しい母親なのを知って、密かに妬んでいた。小六の頃に美里本人が雪弥にそう語った。
 だが。それは美里の目から見た華那の家であって、実際はどうなのかは華那本人に聞かない限り分からない。
「違う。雪弥のせいじゃないよ」
「いや。俺はマジで疫病神だよ……。好きな人を傷つけて……」
 言いつつ雪弥の顔は苦しげに歪んだ。
「えっ、雪弥って本当に私の事が好きなの?」
 華那が怪訝そうに尋ねるので今度は悲しそうに顔を歪める。
「……二回も告白したのにまだ信じてくれないのか? 小三の頃から今までずっと好きだよ。初恋だ」
「初恋?」
 華那は、本当かよ、とでも言いたげな冷めた眼差しを雪弥に向けている。
「いつ好きになったの?」
「お前の後ろ姿に惚れたんだ」
 そう答えると、華那が睨んできた。
「いや、マジで! ふざけてねぇよ本当はちょっとふざけたけどっ」
「ふざけたんじゃん!」
「お前の後ろ姿を見て好きになったのは本当だよ。……俺がこれから話すのは、お前のトラウマかもしれない。だからきつかったらすぐに言ってくれ。話すのをやめるから」
 華那はこくりと頷いた。

 美里に靴を隠された日の事を覚えてるか?

 雪弥がそう訊くと、華那は一度目を瞑って再び開いてから無言で頷いた。
 小三の頃に華那は美里から靴を隠され、偶然通りかかった雪弥が一緒に探して見つけた。
 その後、二人で美里の家を訪ねたのだが、美里は反省していなかった。
『生ゴミの中に突っ込んでないだけまだマシだと思うけど?』
 雪弥は思わず『華那に謝れ!』と怒鳴った。
 美里は驚いたように目を見張る。
『……ごめん』
 やがて、不貞腐れたような顔で華那に謝り、そのまますぐに玄関のドアをガラガラと閉めた。
 夕暮れの中、雪弥が先にその斜め後ろを華那が地面を見ながら歩く。
『ねぇ……。さっき、何で怒鳴ったの?』
 華那が暗い声で雪弥に尋ねてきた。雪弥は戸惑うあまりうまく答えられない。
『怒鳴んなかったら、美里ちゃんと仲直りできて友達になれたかもしんないのにッ!!』
 すると、華那は嘆くように叫ぶや否や、雪弥から逃げるように走り出す。
 どんな言葉をかけたらいいのか分からなくて、雪弥は華那を追いかけなかった。しばらくの間、呆然と突っ立ったままだった。
「……美里と友達になる機会を奪ってしまって本当にごめんな」
「ううん、謝るのは私の方だよ。靴を探して見つけてくれた上に、私の代わりに美里ちゃんに『謝れ!』って怒ってくれたのにごめんね。……それから、ありがとう」
「いや……、どういたしまして。……俺はな。あの時、お前の後ろ姿から、悲しみや寂しさだけじゃなくて逞しさとランタンのような優しい光を感じて好きになったんだ」
 本当に驚かされたよ。自分に酷い事した奴と、まだ友達になりたいと思えるんだな、スゲェなって……。
「何それ」
 華那が眉を顰めながら少し笑った──が、「怖い」と唐突に言い出した。
「え、何がだよ?」
「……花火の音」
 はっ、花火の音!?
「待て、いつからだ!?」
「雪弥が来てから……、」
「ずっと我慢してたのか!?」
 うん、と華那は半泣き顔で頷く。
「言えよ!」
「だって……言い出すタイミングが掴めなくて」
「取り敢えず、打ち上げ場所からもっと離れるぞ」
 雪弥が華那の手を掴もうとするとさらりと交わされた。
「雪弥は花火見なよ。私は……大丈夫だから」
 不自然な間だな。絶対大丈夫じゃないだろ……。
「俺の方こそ大丈夫だ。花火はTVでも見れるし、今はお前の傍にいて花火の音に対する恐怖や不安を少しでも和らげたい」
「でも……、」
 雪弥は正面から華那の両耳を自分の両手で覆った。
「雪弥……何で……?」
「怖いんだろ?」
「うん。でも、障害者に見られないかな?」
 華那は不安げに訊く。
「大丈夫だよ」
「でも、言われた事あるの。私が耳塞いでたら……」
「誰だそんな事言った奴は。俺がぶっ飛ばしてやる」
「私のお母さんなんだけどぶっ飛ばす?」
「……ぶっ飛ばせねぇ。けど、華那を傷つけたのは許せねぇな。いくらお母さんでも」
「うん。……雪弥。一個だけ。いや、二個質問があるんだけどいい?」
「ああ」
「……まず一つめは……美里ちゃんが好きな人を雪弥から崎田さきたくんに変更した理由が分からなくて……雪弥は分かる? 変更して、私への嫌がらせが終わったのは嬉しいんだけど……」
「ああそれは……。俺が『華那を傷つけたお前を好きになる事はない』って振ったからだと思うぞ」
「えっ!?」
華那は高い声を上げて、なぜか暗い表情で俯いた。
「美里ちゃん、傷ついただろうな……」
「傷つくほどあいつは俺の事好きじゃないだろ?」
「ううん、好きだよ。好きだから『そいつらを殺すの、私も手伝うよ』って雪弥に言ったんだと思う」
「そうか?」
「そうだよ! でも、雪弥のお陰で嫌がらせが終わったんだね……。ありがとう」
 いや、と雪弥はかぶりを振る。
「本当はもっと早く気づいてお前を助けるべきだった……」
 放課後、教室内でクラスの女子三人が華那の陰口を叩いているのを目撃した雪弥はすぐに注意した。注意された女子たちが皆、『美里ちゃんから命令された』と口を揃えて言うので、雪弥は美里を問い詰めた。すると、美里は華那を虐めていると素直に白状したのだ。
「ううん、雪弥が美里ちゃんに何も言わなかったら、もっと続いてたと思う」
 華那が「本当にありがとう」と嬉しそうに微笑むので、ややあって「どういたしまして」と雪弥は小声で応じた。
「……あのさ。もう一つだけ質問してもいい?」
「ああ、もちろん。遠慮すんな」
「…………」
「遠慮すんな」
「聞こえてるよ。雪弥が耳塞いでくれてても聞こえる。……迷ってるの」
……なるほど。急かして悪かった。
「……じゃあ待つよ。いくらでも」
「待たせるのは申し訳ないから言う。……雪弥はあの時何で笑ったの?」
「あの時?」
「小三の……私が算数の授業中に解答を間違えた時」
「いつだ?」
「私も正確な日付までは覚えてない。雪弥に笑われてショックを受けた事だけははっきり覚えてるけど」
 雪弥は記憶の中を必死に探してから徐に口を開く。
「悪い、覚えてない。けど……笑ってねぇと思う」
「覚えてないのに何で分かるの?」
 その質問はもっともだと思うが、
「人の失敗は笑わない。俺も笑われたら傷つくから」 
「じゃあ、本当に笑ってないんだ?」
「ああ笑ってない。別の事……友達の冗談で笑ったとかじゃないか?」
「冗談……。私が馬鹿だから嫌いになったんじゃないの?」
「何言ってんだ。俺がお前を嫌いになる事はないから大丈夫だ」
「嘘ばっかり……」
 華那が呆れたようなため息を吐いた。
「これも嘘だと思うのか? ……じゃあ、華那がちゃんと信じられるように、俺、これからもっと頑張る」
「ごめんね……。面倒くさい女で」
「いいよ。俺も充分面倒くさい男だから」
「そうだね」
「いや、そこは否定してくれよ……」
「あっ、ごめん!」
 ややあって、雪弥と華那の二人はおかしそうにクスクスと笑い合った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

僕《わたし》は誰でしょう

紫音みけ🐾書籍発売中
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。 「自分はもともと男ではなかったか?」  事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。  見知らぬ思い出をめぐる青春SF。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...