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虎島沙風

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第四章

第四節

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 ごめんな華那、と雪弥は心の中で華那に謝罪した。
 嫌がらせの具体的な内容をお前に教える訳にはいかねぇんだ……。
 次に、意識的に思い出した。小学三年の頃、華那がクラスメイトの伊藤いとう美里みさとに靴を隠されたあの出来事を。
 それは下校時に行われた。
 事の発端は、美里が『靴を交換しよう!』と言い出した事だそうだ。
 華那は『うん!』と何も疑わずに自分の靴を脱いだ。
 すると、あろうことか、美里は華那の片方の靴をそのまま持ち去った。
 一度追いついて『返して!』と頼んだ華那に、
『今から華那の靴を隠すから頑張って見つけてよ。じゃ』
 美里は一方的にそう言い残して楽しそうに笑いながら走り出した。
 美里に追いつけず、どうしたらいいのか分からずに歩道に立ち尽くした半泣き顔の華那の元に、雪弥が偶然通りかかる。
 雪弥は華那から大まかな事情を聞いてすぐに一緒に探し始めた。
 そして最終的に、華那の片方の靴は無傷で発見できたのだが。
 素直には喜べなかった。それは、華那の小さな黄色い靴はの蓋の上に置いてあったからだ。
 雪弥ですらはっきりと覚えているのだ。美里からこのような酷い事をされた本人が覚えていないはずがないと思った。
 また、憎らしい事に、忘れたいと願う記憶ほどなかなか忘れられないものだ。
 なあ、華那。こんな出来事、できれば思い出したくないだろ? 思い出しても辛くて苦しいだけだよな……?
 雪弥は華那に、自分のスパイクをゴミ箱に廃棄された事を打ち明けなかった。
 それは、打ち明けた事がきっかけで、華那が美里に靴を奪われたこの出来事を思い出して苦しまないようにする為だった。
 雪弥は一言も喋らずに、
「華那、次の質問していいぞ」
 考え込むような表情をしている華那にそう促した。
 最初の質問から冷や冷やした。だが、華那はまだ肝心な問いを発していない。
 雪弥は、そろそろ来るかな、と身構えた。
「雪弥は篠田くんが風花に教えたって知ってる? 雪弥と天崎先輩の喧嘩の原因と結果……、後、雪弥が天崎先輩の友達から報復された事を」
 しかし、来なかったので雪弥は拍子抜けした。
 肝心な問いどころか、その質問は陽翔あきとが華那に話した内容に関しての疑問ではない。さては、華那は核心を突くような質問を意図的に避けているのだろうか。
 だとしたら、俺に気を遣っているのかもな……。
 少し罪悪感を抱きながら雪弥は答えた。
「もちろん、知ってるぞ」
 風花が『もしかして、清水って部活で何かあった?』と陽翔に尋ねた事や、尋ねるほど風花と華那が雪弥を心配している事。
 雪弥はこの二つの事実を、陽翔に悩みを打ち明けて相談した後に陽翔から教えてもらった。
 正直に言うと、教えてもらったこの時はまだ、全てを隠し通すつもりでいた。
 だが、こちらの異変に気づいているのなら、アバウトな内容でもちゃんと伝えた方が心配かけずに済むかもしれない。そのように考え直した。
『俺は風花にどこまで話していい? 多分っていうかほぼ間違いなく、風花は瀬川さんに伝えると思うよ』
 また、陽翔にそう言われた雪弥は、風花が華那に伝える事を考慮した上で慎重に内容を選んだ。

 雪弥はこれら全てを華那に話した。

 雪弥が話し終えると、
「篠田くんは私に伝えるって予想してたみたいだけど、実際は……。風花は文化祭前も文化祭の時も何も伝えてくれなかったし、嘘を吐いてずっと隠してた」
 華那は困ったような顔で打ち明けた。
「あっ、でも、それは私の為って言ってたし、風花は全然悪くないからそれだけは勘違いしないでね! 今のは私の言い方が悪かった!!」
 華那は慌てたようにそう付け足す。
「それは後で知った」
 雪弥は呟くように言った。
「文化祭一日目のお昼の時点では知らなかった。いや、華那が俺に詳細を訊かないからおかしいとは思ってたけど……。とっくに話したと勘違いしていた。だから、円井が何かを隠してるって勘付いた華那が、陽翔に『教えて欲しい』と頼む事も予想外だった。
 そして、中庭のベンチで暗い顔で俯いているお前の姿を目撃した時には……。陽翔が差し支えある範囲までベラベラ喋っちまったんじゃねーかって、正直テンパった」
 陽翔が華那に、「雪弥は侑聖先輩にスパイクを捨てられたんだよ」と言ったのだと。それが原因で華那が暗い顔になったのだと。
 雪弥はそのように誤解してしまったのである。
「喋ってたの?」
 心配そうに訊いてきた華那に、
「いや、大丈夫だったよ」
 雪弥は微笑みつつそう答えた。
 あの時は、

『私が頼んで可能な範囲で教えてもらったの。だから責めるなら私を責めて』

 華那のこの言葉すら耳に入らないくらい焦りまくっていた。
 おい、これだけは絶対に言うなって頼んだよなッ!?
 雪弥が咎めるような視線を陽翔に投げた時、彼は真剣な表情で首を横に振った。
 ……何だ、言ってないのか。悪い。
 言ってないと分かった雪弥は何とか冷静さを取り戻した。
 そして、下校時に陽翔から直接『言ってないよ』と聞いて心の底から安堵したものだ。
「雪弥、色々教えてくれてありがとう」
 と、突然華那がお礼の言葉を述べた。
 え、これで質問終わりか? もう疑問全て解消したのかよ?
 雪弥は困惑した表情を浮かべながら、
「いや、肝心な事をまだ何も訊いてねぇよな? ほら。例えば……、侑聖先輩が俺に嫌がらせしてきた理由の詳細とか」
 あのね、と華那は震える声で言った。
「天崎先輩、先輩の友達、雪弥の三人の話を部外者の私が聞いてもいいのかなって思って……。私は本当に無理に話して欲しくないから」
 華那の言葉に、雪弥は思わずハッとした。
 華那は思慮を巡らせた上で、サッカー部内の問題に踏み込まないと決めたのだ。
 華那はめちゃくちゃ考えてくれてんのに、俺は何にも考えてなかった……!!
 雪弥は自分の浅慮さを恥じた。
 そもそも、話し難いから華那との約束を忘れた振りして帰ろう──いや、逃げようとしたのだ。
 だが、ちゃんと話す事で一度約束を破ろうとした罪悪感から逃れようとした。
 また、文化祭の時に約束したのも、颯斗と和解して解決済みであると華那に嘘を吐いていた後ろめたさからである。
 そして、最も忘れてはならないのが、陽翔を相談役に選んだのはこれ以上華那に負担を掛けない為だ。あのような重い話を聞かせて負担を掛けないはずがない。華那に負担を掛けては元も子もないのだ。
 だったら──、
 雪弥は慎重に口を開いた。
「決して部外者だからじゃなくて、却って混乱してしまうだろうから詳細は伏せておく。……その、なんていうか、内容がすげぇ複雑で説明が難しいんだ」
「うん。とりあえず、雪弥が先輩から暴力を振るわれてないってちゃんと分かって安心したから大丈夫!」
 華那はそう答えたものの、弱々しい微笑を洩らしている。
 具体的な内容は何一つ分かってないままなのに、大丈夫なはずないよな……。
 華那に嘘を吐かせてしまった雪弥は胸がジクリと痛んだ──その時だ。
「まさか、ここで話を終わらせるつもりじゃないだろうね?」
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