塞ぐ

虎島沙風

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第三章

第六節

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 今日は夏のような強い日差しで日陰が殆どない。
 だから華那は中庭の大きな木の下に設置しており、木陰で涼しい茶色ベンチに腰掛けた。
 腰掛けるとまず、「いただきます」と合掌しながら小さな声で言う。
 次に、パキッと割り箸を割ってから、うどんを数本挟んでフゥフゥと息を吹きかける。
 さらに、フゥフゥと息を吹きかけて熱々のうどんを冷ます。
 何を隠そう、華那は「猫舌」である。 
 まだちょっと熱いけど、美味しい!
 うどんを咀嚼して飲み込んだ後、再び割り箸で数本のうどんを挟んだその時。
「あっ、しまった!」
 華那は独り言を呟いた。
 しまった、という言葉通り、顔を顰めている。
 なぜ顔を顰めたのかというと、昼食場所として開放している教室に水筒を置いてきた事にたった今気づいたからだ。
 まぁ、今から移動するの面倒だし後で飲めばいいや。
 華那が怠惰な考えに至ったちょうどその瞬間、楽しそうな笑い声が聞こえて思わず目を向ける。
 すると、陽翔が泰雅含む四人の男子生徒と一緒に模擬店前を通り過ぎるところだった。多分、店番の交代時間を迎えたのだろう。
 華那は耳を澄ます。陽翔たちが自分の陰口を言っていないかどうかどうしても気になったのだ。
 陽翔たちは「三年二組のカフェで食べようぜ」と話しているだけで、華那の陰口は言っていなかった。
 ひとまず安堵したが、陽翔とバッチリ目が合ってしまい、華那は慌てて薄い赤色のレンガが敷き詰められた地面に視線を落とした。陽翔たちの声が遠ざかるまでひたすら待つ。
 やがて、声がほとんど聞こえなくなった。
 恐る恐る顔を上げてみると、陽翔たちの小さな後ろ姿が見えた。そのまま校舎の二階に繋がる階段を上っていく。
 はぁ、と華那はホッとしたように息を吐いた。
 でも、篠田くんにキモいって思われて嫌われたかもしれない。嫌われたくないからいつも気をつけてたのにもう最悪……。

『ジロジロ人の顔見てくるとかマジキモいんだけど! 消えろ』

 不意に思い出したのは、小三の頃に美里みさとから言われた言葉である。
 華那はただ、美里が怒っていないかどうか不安だったから美里の表情を窺っていただけだ。
 しかし、その行動が逆に美里を立腹させる結果となった。
 過去のトラウマを思い出してしまい、体中がひんやりと冷たくなった時。
 なぜか陽翔がたった一人で戻ってきた。
 受付の男子生徒と和やかに会話を交わしつつ、うどんを購入している。
 カフェで食べるって言ってたのに、何でうどん買ったんだろう?
 不思議に思っていると、陽翔はなぜか華那が座っているベンチの方に近寄ってきた。
 えっ、どうして!!?
 動揺する華那の目の前までやってきた陽翔は、華那の左隣──ベンチの空いたスペースを指差した。
「ねぇ。ここ、俺が座っても大丈夫?」
 華那が戸惑いながらもこくりと頷くと、
「ありがとう!」
 陽翔は人懐っこい笑みを浮かべた。
 それからベンチに腰掛けて、「いただきます!」と合掌する。
 そして、うどんを綺麗に啜ると、「おおっ、美味しい!」と目を輝かせた。
「やっぱり、このうどん凄く美味しいね! 瀬川さん」
 陽翔にさらりと話しかけられて、華那は「うん」と小さな声で返事をした。
「出汁が効いてて凄く美味しいと思う。……ねぇ、篠田くん」
 だが、華那にはどうしても気になる事があった。
「ん? どうかした?」
「友達と食べなくて大丈夫なの?」
「うん、大丈夫だよ。みんな、三年二組のカフェで食べるみたいでさぁ。でも、俺はいいかなぁって……。なんか、生徒も一般のお客さんも多くて大盛況らしいから断ってきちゃった」
 実は人混み苦手なんだよねー。
 陽翔はそう言って困ったように笑った。
「……人混み苦手なんだ……」
「意外?」
 思わず漏れてしまった呟きを陽翔に拾われて、
「うん、少し……。でも、私も苦手だから……、分かる」
 戸惑った華那は喋り方がぎこちなくなってしまった。
「そっかぁ、瀬川さんも人混み苦手なんだねー。居るだけでも疲れるから嫌だよね」
 うん、と頷きつつ、華那は陽翔に対して親近感が湧いていた。
 コミュ力高い篠田くんでも人混み苦手なんだ、と。

 まさに今、陽翔と一緒に他愛ない話をしながらうどんを啜る、とても穏やかな時間が流れている。
 だが、華那はふと不安になって自分の隣に座っている陽翔をそっと窺った。
 猫舌で食事速度が遅い為、陽翔を待たせたら申し訳ないと思ったのだ。
 あっ、もう食べ終わりそうだ。ってそんな事より顔小さっ!!
 陽翔の顔が自分より小さい事に気づいた華那はびっくりした。
 陽翔の身長の方が華那より約二十㎝高いのにも関わらず、とても小さい。
 顔の大きさの次は、髪型に注目した。
 友人の雪弥は両眉がしっかりと見えるベリーショートヘアだ。
 それに対して陽翔は、襟足は短めだが重めの前髪、癖毛でところどころが跳ねている。
 まさに今、風でなびいた柔らかそうな栗色の髪は艶があって美しい。
 何より、割箸の持ち方が綺麗でうどんの食べ方も上品である。
 なんか、『パピヨン』みたいだなぁ……。
 華那は勝手に陽翔を犬に喩えた。カラーはホワイト&レッド。
「あっ、飲み物買うの忘れてた!」
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