塞ぐ

虎島沙風

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第二章

第六節

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 雪弥が教室に入ると、後ろの席の方で華那と風花の二人が何やら楽しそうに喋っていた。既に、机が四台寄せられており机の島ができている。
 華那と風花は、真後ろに窓がある奥側の席で隣同士に座っている。陽翔は今ちょうど風花の前の席に座った。陽翔が座ったので、空いている席は華那の前にある席だけとなった。
 じゃあ、俺はあそこに座ればいいんだな。っていや待て! あそこは元々俺の席じゃねぇか? …………ああそうか。なるほど。
 雪弥の席は、誰かの手によって動かされて三台の机をくっつけられていた。誰が犯人かはすぐに予想がつく。
 絶対、陽翔だな。
「あっ、清水!」
 風花が雪弥と目が合った途端に声を上げた。
「俺、篠田陽翔が『清水雪弥』を無事に捕獲完了したよ!」
 すると、陽翔がニコニコ顔でわざとらしく敬礼しながら風花に返す。
 おい人を危険生物みたいに扱うんじゃねぇ、と陽翔に文句を言いたくなったがやめて、そのまま自分の席へ向かった。陽翔の冗談を逐一気にする方が負けなのだ。風花が雪弥を見ながらクスクスと面白そうに笑う声も気にしない振りをする。
 雪弥が自分の席の前まで到着すると、席に座っている華那とばっちり目が合った。だが、華那はさっと雪弥から目を逸らした。マジか、と針を刺されたかのように鋭く胸が痛む。
 華那は英単語帳を見ながらノートに英単語を繰り返し書いていた。張り詰めた空気を体全体に纏っているのが分かる。
 雪弥は華那に声をかけずに抱えていた自分の荷物を机に置いてからそっと席に着いた。そして、一昨日に華那につい言ってしまった言葉を意識的に思い出す。

『俺は……、相手の気持ちをろくに考えずに相手が最も聞きたくない話をして傷つけた。……心に取り返しのつかない深い傷をつけてしまったんだ』

 一昨日、雪弥は華那にある悩みを打ち明けた。
去年の十一月中旬にサッカー部のキャプテンである天崎あまさき颯斗はやとと喧嘩をしてしまった。喧嘩の原因は自分が余計な話をした事だった。自分のせいで颯斗を深く傷つけてしてしまった。だから今でも、傷つけてしまった事をひどく後悔しており気に病んでいる。
 華那にそのように打ち明けてしまったのだ。
 だが、詳しい喧嘩内容や教室に遅れてきた理由の詳細は伏せたままだ。
 華那には負担を掛けたくないしな……。スパイクの事も絶対に言わねぇ。てか言っちゃいけねぇ。
 帰り際、華那に心配をかけないように嘘を吐いて必死に誤魔化した。しかし、別れてから雪弥が不安になって振り返ってみた時、華那は暗い表情で俯きながら玄関のドアを閉めていた。
 俺が悩みを打ち明けたせいだ……。
 華那に対する申し訳なさで、気が狂いそうになるくらい胸が痛んだ。
 打ち明けなければよかったと雪弥が後悔していると、
「陽翔くんは清水がどこにいるのか分かったうえで探しに行ったの?」
 風花の声で一気に現実へと引き戻された。
「もちのろん!」
 元気よく答えたのは風花に質問された陽翔である。
「俺は最初から職員室前にいると思って、A棟の方に向かったよ。……まぁ、途中で雪弥と会ったから見た訳じゃないけど。雪弥は職員室前で富川先生に数学の問題を教わってた」

 そうだよね?

陽翔がこちらを見ながらそう訊いてきたので、雪弥は「ああ」と素直に頷いた。それから数学の教科書とノートを学生鞄に仕舞いつつ考える。
 そういや、訊かれなかったもんな……。
 陽翔と遭遇した時、雪弥は既にB棟を歩いていた。恐らく、陽翔は雪弥が手に抱えている数学IIの教科書を見て、自分の予想通り職員室前にいたのだと確信したのだ。だから陽翔は雪弥に何をしていたのかを訊かなかったのだろう。いや、雪弥がすぐに逃亡したせいで質問する暇がなかっただけかもしれないが。
「あっ、そうなんだ!?」
 風花は目を丸くした。
「昨日陽翔くんが、清水は『図書館で勉強してるよ』って教えてくれたから、てっきり今日もさっさと図書館に行っちゃったのかと思ってた」
「雪弥の机の横に鞄がかけてあるのを見てまだ校内にいるって分かったから、俺は雪弥を探しに行ったんだ」
「そっか! 私、清水の席がどこか知らないから分かんなかった」
「雪弥の席はここだよ」
 言いつつ陽翔は雪弥の机を指差す。
「俺の席は他の人に使われてるから雪弥の席と周りの席を借りたんだ」
 雪弥は引き出しの中から英語のファイルを取り出しながら内心呆れた。
 やっぱり、お前が俺の席を使った犯人だったのかよ。俺を勉強会に参加させる為──いや。巻き込む為に俺の席を使ったな……?
「ああ、本当だ!」
 風花は不機嫌そうな声を出した。
「ねぇ。私があの子に『陽翔くんの席を返して!』って言ってこようか?」
 そう言うや否や席から立ち上がる風花に「ううん」と陽翔は穏やかに微笑んだ。
「言ってこなくても大丈夫だよ。雪弥とは違って俺の場合は勝手に使われたんじゃないから。『使ってもいい?』って訊かれてから貸したんだ」
「そうなんだ! ごめん。私ってば、早とちりしちゃった」
 陽翔の説明を受けて風花は恥ずかしそうに席に着いた。
「ううん。俺が『使われてる』なんて紛らわしい言い方をしたのが悪かった。……それに風花は俺の為に言いに行こうとしてくれたんだよね? ありがとう」
「ううん、どういたしましてっ!」
 風花がやや上ずった声で陽翔に返した時に、雪弥の前方からペラッという音が聞こえた。
 何の音だと疑問に思って目を向けると、華那が英単語帳のページを繰っていた。こちらが声をかけづらいほど真剣な表情をしている。
 陽翔と円井がペチャクチャ喋ってんのに集中力半端ねぇな……。雪弥が感心していると、いつの間にか陽翔と風花も勉強を始めていた。
 さてと。じゃあ、俺もそろそろ始めるか……。
 雪弥はそう思いつつ筆箱から水色のシャープペンシルを取り出した。




「はぁ、疲れた~! ね、ちょっと休憩しない?」
「いや、風花は結構前から休憩してたよね?」
 背筋を伸ばしながら提案した風花に華那が突っ込みを入れた。雪弥が今日初めて聞いた華那の声は思いの外明るかったので、良かったと胸を撫で下ろす。
「あれ、そうだったっけ?」
「うん、そうだったよ。風花だけ超休憩してた!」
 ふと左隣を見ると、陽翔が目を瞑って休憩していた。
 あれ、お前も疲れたのか? ──って事は今何時だ?
 教室の時計を確認してみると5時50分を示している。お、結構経ったなぁ、と思いながら視線を戻したその時だ。
「ねぇ、雪弥! 英語の勉強ってどんな感じでしてる?」
 華那が机に両手をついて、雪弥側に身を乗り出してきた。急に華那の顔が近くなって雪弥は思わずたじろぐ。透き通った白い肌から猫のように綺麗な瞳、左にある黒子まではっきりと見えた。
 雪弥はやや遅れて自分の勉強方法を華那に短く纏めて教えた。
「そうなんだ、ありがとう! 凄く参考になるよ」
 華那は嬉しそうに微笑んだ。華那の笑顔を目にして雪弥の心臓は一気に鼓動を速めていく。
 うるせぇな。静かにしろよ。バカ野郎。
 雪弥は内心自分の心臓に対して暴言を三つ吐いた。それから目を伏せつつ徐に口を開く。
「……いや、どういたしまして」
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