踏ん張らずに生きよう

虎島沙風

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救ってくれてありがとう(㊀)

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 遥輝たちの誰一人として虐めをやめるとは言っていないので結局何も解決していないのだが、風哉は落ち着いた表情で徐々に小さくなっていく遥輝の後ろ姿を眺めていた。
「よし! じゃあ俺たちもそろそろ帰ろっか」
 振り向きざまに言ってきた風哉に海結は一拍遅れて頷く。
「あっうん。そうだね……。帰ろう」
「あっ、でも帰る前に……楓寧かえでに急ぎで伝えたいことがあるからもうちょっとだけ待ってて」
「うん分かった」
 郡山こおりやま楓寧は風哉の小一の頃からの親友だ。
 風哉はエメラルドグリーンのリュックサックを手に取って中からスマートフォンを取り出した。
 それから、友人にメッセージを送信しているだけとは思えない強張った表情で、とても美しい右手の人差し指を素早く動かす。
 送信し終えたのか、風哉はジーパンの左ポケットにスマホを仕舞ってリュックサックを背負った。
「送信完了! お待たせ。待たせちゃってごめんね。今度こそ帰ろう」
「うん!」
 海結は風哉が楓寧に送信した内容が気になったが、訊かずに元気よく頷いた。二人のやり取りに自分が首を突っ込むべきではないと判断したからだ。
「全然待ってないから大丈夫だよ。……しまった。自転車置きっぱだ……。車の邪魔になるから早くどかさなきゃ」
 海結は風哉のことが心配でたまらなくて早く行かなきゃと急ぐあまり自転車をその場に置いてきたことをたった今思い出した。
「道路のどこらへんに置いてきたか覚えてる?」
「えっと……確か道路脇だったと思うけど」
「それなら大丈夫だよ。……それより時間大丈夫?」
 風哉は高級そうだが年季の入った腕時計を見ながら「もう六時十二分だよ」と言った。
「大丈夫大丈夫! 門限ないしまだ心配されない時刻だから」
 海結は微笑みながら返した後に周りを見渡した。足を踏み入れた時点で既に薄暗かった雑木林内が現在は夜の闇に包まれている。何かがひょっこり出てきそうなほど不気味な雰囲気が漂っている。恐怖で鳥肌が立ってきた。
「なんか、おばけとかひょっこり出てきそうだよね……」
 風哉がタイミング悪くそう言ってきたので、「ヒャア!」と喉から変な高い声が出た。
「もう言わないでよー!! 言ったら出てきちゃうからぁ!!」
 既に半泣きの海結を見て風哉が苦笑した。
「出ないよ。もし出ても俺がいるから大丈夫」
 言いつつ風哉は海結の左手を握ってきた。その驚くほど自然で予想外すぎる行動に、海結の驚くほど小さな胸が高鳴った。
「な、な、な、何で手を握るの!?」
「はぐれないようにするためだよ。もしおばけが出てきたら一緒に走って逃げよう?」
「うん! ……あっ。でも、私、手汗かいてるかもしれないからちょっと拭いてもいい?」
「あっじゃあ俺も拭く! 土下座してた間はずっと地面に手を突いてたから多分土で汚れてる。本当にごめん。海結の手汚しちゃったかも」
 言われて見てみると確かに手のひらに土がついている。が、少量なので地面に払い落とした後に汗をハンカチで拭き取った。
「大丈夫だよ。そんなについてなかったしもう地面に落としたから」
「そっか! 許してくれてありがとう」
「許すも何も風哉くんは悪いことしてないでしょ」
「いやいや俺の汚れた手のせいで海結の綺麗な手を汚してしまったんだから申し訳ないよ」
「私の手、そんなに綺麗じゃないし気にしすぎだよ」
「そうかなぁ……?」
「そうだよ」
 会話しながらお互いに手を拭き終わると再び手を繋いだ。
 つい先程初めて手を繋いだ時は興奮していて気がつかなかったが、風哉の手は意外と大きくて厚みがありマメやタコができているのか手のひらが硬い。
 また温かいを通り越して熱く、風哉の手の甲をさりげなく見てみると青緑色の血管が浮き出ている。
 かっこいい。恋する乙女のように(いや、ようなではなく恋する乙女なのだが)胸をときめかせていたら風哉が「あーあ」とため息混じりに呟いた。
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