踏ん張らずに生きよう

虎島沙風

文字の大きさ
上 下
15 / 29

触れんな(㊁)

しおりを挟む
 海結はすぐさま仰向けに倒れたままの風哉の元に向かったが、辿り着く直前に「邪魔だどけ!」と裕平に突き飛ばされた。鼻を啜り上げながら何とか身体を起こしたところで、風哉のものと思われる呻き声が耳に入ってきた。一回。二回。三回。
 海結の「やめて!」という泣き声に「やめろ!」という男の声が重なった。
「おい。なんで……。何で止めんだよ? 遥輝!」
 遥輝が裕平の右腕を掴んで止めている。なんで。敵の遥輝が風哉を庇う理由が分からなくて混乱する。いや、庇っているのではなく何か企んでいるのだろうか。
「それ以上殴ったらバレるぞ」
「お盆休み中は先生たちに会わないから気づかれる心配はねぇよ。お盆休み明けの部活に出る頃には腫れは引いてるだろうしもし引いてなかったら体調不良を理由に休ませればいいしな」
「駄目だ。もし親が長間の腫れ上がった顔を見たら、心配して問い詰めて誰がやったのか分かったらすぐに親や学校に報告する。ここでやめておけば、友達と取っ組み合いの喧嘩して、ぶん殴られたから俺も殴り返した。今日は無理だったけど明日ちゃんと仲直りするから心配しなくて大丈夫だよ。こういう嘘がまだ通用する。……要はやり過ぎるなって言ってるんだ」
 怒りを堪えているようにも聞こえる僅かに震えた声で遥輝が説得する。
「このチキン野郎!」
 裕平は噛みつくように言った。
「ビビってんじゃねーよ! まだ三回しか殴ってねぇから殴り足りねーんだよ!! 俺は! ずっと前からこいつの顔面をボッコボコにしてやりたかったんだ!!」
「もうやめなよ裕平~」
 うんざりしたような声を出したのは優護だ。
「マジでみっともないよ。ふうちゃんの方がかっこいい。これ以上喚くならお前を殴る」
 にこりともせず身の毛がよだつような恐ろしい声で伝える。
「……なっ、何なんだよ」
 すると光紘は戸惑った顔になり自分を止める友人二人の顔を交互に見て、やがて遥輝の手を乱暴に振り払った。
「テメェらは誰の味方だよ? 俺を裏切るのか? そんなの……あいつと変わんねぇ。最低だ」
 裕平が優護を睨むと優護は目を細めて笑った。
「俺は誰の味方でもないよ。だから裏切ってない。……あと、遥輝は俺たちの味方でふうちゃんの味方になった訳じゃないから裏切ってない」
 優護が「だよね?」と遥輝に目を向けると、遥輝は優護をちらりと見てから裕平に視線を移して「ああ」と大きく頷いた。
「で、ゆーへいくん。油断して海結ちゃんをふうちゃんに取り返された罰として俺と遥輝にアイス奢ってね!」
 優護は楽しそうな笑みを浮かべながら言うと、裕平の肩をポンポンと叩いて「じゃかえろー」とスキップでもしそうな軽やかな足取りで歩き出した。
「……マジかよ」
 裕平は優護の後ろ姿を眺めながら嫌そうに顔をしかめた。
しおりを挟む

処理中です...